王室献上品選定会
リース村を出発して丁度10日目の昼、アルクラド達は王都プルーシに到着した。岩の多い土地柄か、石造りの建物がほとんどを占める都市であった。
4人はまず王都での宿を取ることから始めた。オルテが選んだのは商人がよく利用するもので、馬や荷車を停めることができる場所を併せ持った宿であった。人以外も泊まるので割高な宿であるが、必要な出費であった。
選定会が始まるまで後3日あり、4人はそれぞれの目的を持って、王都の中を散策していた。
護衛の依頼がある為、基本的にアルクラド達はオルテ達と共に行動した。互いの持つ目標は違っていたが、その目的地は同じだった。
それぞれが王都を巡る目的。オルテの目的は氷果酒の販売であり、アルクラドの目的は王都の食巡りであった。
氷果酒は高価な酒であり、基本的には貴族や裕福な商人などと直接売買を行う。しかし高級な料理屋の酒として提供されることもあるので、料理屋も売り先の1つなのである。
アルクラド達が料理屋で食事をし、その間にオルテ達が氷果酒を売り込む。互いの利害が一致し、4人は何の不満もなく王都を巡るのであった。
そして選定会が行われる2日前の昼頃、氷果酒が売れずに肩を落とすオルテとシルヴァは、ある高級料理屋の前で商売敵とその支援者とばったり出くわした。
「何だオルテ、随分早いじゃないか。俺達より後に出たんだろ?」
カンエーダと共にリースを発っていたヴァイダルは、オルテの到着が早かったからか、とても驚いた表情をしていた。
「いくつか宿場を飛ばしたからな、どこかで追い抜いたんだろう。……カンエーダ様は今到着されたところですか?」
「うむ。しかし野宿とは無茶をしたね。比較的安全な道とは言え、少し危険じゃないかね?」
腹立たしげな様子でヴァイダルから視線を切ったオルテは、形上は丁寧な物腰でカンエーダに問う。オルテを心配する様な言葉を返すカンエーダが、その表情は何だか怪訝そうであった。
「ああ、それでしたら心配ご無用です」
アルクラドさんが付いてきてくれましたから、とオルテが言おうとしたところで店の扉が開き、料理を食べ終わったアルクラドとシャリーが現れた。
「これはアルクラド殿とシャリー嬢。なるほど、この2人に護衛を依頼したのだね」
「ええ。おかげさまで何事も無く王都に来ることが出来ました」
2人の姿を見たカンエーダは、誰にも気づかれない様に僅かに歯噛みする。
「ところで、その顔を見れば聞くまでもないだろうが、選定会への準備は万端かね?」
「もちろんです。今年も勝利して、王室献上品の座を返してもらいます」
すぐに表情を穏やかなものに戻し問うカンエーダに、オルテは自信に溢れた様子で答える。それを聞き、ヴァイダルが悪態を吐く。
「けっ、去年と同じ俺だと思うなよ。今年こそは俺が勝つ!」
「もちろんお前も努力はしてるだろうが、畑の差はそう簡単には覆らないぞ」
鋭く睨み合うオルテとヴァイダル。互いに、選定会で選ばれるのは自分の氷果酒だと信じて疑っていない様子であった。
「2人とも止めるんだ。ここで言い合うまでもなく、選定会でその優劣が決まるのだから」
カンエーダが、徐々に険悪になっていく2人の間に割って入る。2人が殴り合いなどでも始めようものなら、カンエーダにとってはいい迷惑である。
「時にカンエーダよ。依頼の詳細を王都で聞かせると言っておったが、その件はどうなっておる」
「ああ、そのことだが、まだ依頼するかは分からない。今はまだ、よろしく頼む、とだけ言っておこう」
依頼の詳細を問うアルクラドに、カンエーダは今回も明言をさけ意味ありげに返すだけだった。
「ところで、アルクラド殿達はこの店で食事を?」
2人の会話を首を傾げながら聞いているオルテをよそに、カンエーダは店から出てきたアルクラドに問う。
「うむ」
「味はどうだったね?」
「いくつもの店の者が美味であると言っていたが、その評判に違わぬ味であった」
「そうだろう、ここは私もよく利用する店なのだよ。ここには隠れた名物があるのだが、それは食べたかね?」
選定会や氷果酒の話をする時とは打って変わり、カンエーダは非常に楽しげな様子であった。
「いや、それは食しておらぬ」
「そうか。ならば近いうちにこの店で食事をしよう。ぜひ貴殿の感想を聞かせて欲しい」
カンエーダも食べることが好きなのだろう、同じ美食家同士、アルクラドのことを気に入っている様であった。
「さて私達も食事なのでこれで失礼する。オルテ君、選定会での健闘を祈っているよ」
「それじゃあせいぜい、候補品の中で勝ち残れるよう、祈ってるんだな」
軽く目礼をして店に入るカンエーダ。ヴァイダルはオルテに自慢げな表情を見せてから、彼の後を追う。
「勝つのは俺だ……ところで、依頼ってなんのことですか?」
「詳細を聞いておらぬ故、我も分からぬ」
扉越しにそう言って、オルテはアルクラドを向く。がアルクラドも識らぬことは答えられない。
「そうですか……とにかく選定会まで後2日、よろしくお願いします」
リースを出発してから、予想された直接的な妨害は一切なかった。気を引き締める様に言うオルテであるが、その実もう何もないだろうと考えていた。
その考えが当たったのか、残りの2日は何もなく、翌日の候補品同士の戦いも勝ち抜き、無事オルテは選定会の日を迎えるのであった。
王城の一室に、6人の男女が集まっていた。選定会に臨む、ヴァイダルとオルテの一行である。
選定会へはその造り手だけが参加するのが常であるが、その支援者や関係者が参加することも許可されている。今回、カンエーダの口利きで、アルクラド達も同席しているのである。
これから選定会にて王族に会うということで、ヴァイダルとオルテは共に緊張の面持ちであった。しかし2人とも今回が初めてではないので、何も出来ないほど緊張しているわけではなかった。
「それでは双方の氷果酒を預かります」
選定会で給仕を務める2人の人物が部屋に現れ、2人から氷果酒の入った瓶を受け取る。肩から下をすっぽりと覆うローブを身に着け、手を出した時に見えた下の衣服もゆったりとしたものだった。
2人のテビアは、双方黒っぽい瓶に入れられ首に藍色の紐が巻かれているので、ひと目では見分けがつかない。その為、それぞれが目印となる物を付け、区別できる様にしていた。
ヴァイダルは元々巻かれている物と同じ藍色の紐を巻いており、オルテは黒く細い布を巻きつけていた。
「君達、くれぐれも気を付ける様に」
オルテとヴァイダルのテビアを受け取った2人に、カンエーダは念を押す。もしここで瓶が割れてしまえば選定会に差し支えるからだ。
「心得ております」
「それではお呼びがあるまで、しばしお待ちください」
給仕役の2人は、恭しく礼をした後、部屋を後にした。
「オルテ君、君への支援の話だがね」
ふと訪れた静寂、それをカンエーダの声が破った。
「……カンエーダ様、その話はお断りしたはずです」
「確かに献上品として選ばれれば援助も不要だろう。選定会で勝つ自信があるのだろうが、この世に絶対はない」
何故今この話を、と半ば呆れた様子のオルテだが、カンエーダは構わずに続ける。
「氷果酒造りには多くの費用がかかる。それへの支援となるとかなりの額になるが、君の畑を担保にするのならその用意が私にはある」
「畑を、担保に……?」
畑は氷果酒における命でもある。いくら困窮した状態にあっても、そう易々と借金のかたに出来るものではない。
「もしもの話だ。だがよく考えておいて欲しい。これからもずっとアルクラド殿を頼るわけにもいくまい」
アルクラドやシャリーがオルテの氷果酒を美味しいと言った時には、苦い表情をしていたカンエーダ。そんな彼であるが、今はとても落ち着いて見えた。もしもの話と言ってオルテに語る様は、まるで予言めいた忠告の様であった。
「カンエーダ様、それはどういうっ……」
「これより選定会を執り行います。皆様、ご移動を」
突如覚えた寒気に駆られカンエーダを問いただそうとするが、選定会場へのお呼びがかかり、オルテの言葉は遮られてしまった。
今になって言い知れぬ不安を感じたオルテだが、王城の中では何も出来ないと自分に言い聞かす。そして案内役についていき、選定会の行われる謁見の間へと移動した。
そこには選定を行う王族、つまり国王と王妃、皇太子が既に着座していた。
プルーシ王国国王、アルバン・フォン・プルーシ。歳の頃は30の半ばかまだ若い国王で、美しい金髪、優しげで整った顔立ちは、女性の目を引くものだった。細身の身体と髭がないことから、他国の王よりもずっと若く見えた。
その妃である王妃エリーゼ。歳の頃は国王と同じで、長く美しい髪は黒に近い茶色をしている。切れ目の美しい顔立ちであるが、年相応ののふくよかな体つきをしていた。
彼らの子である皇太子アルベルト。歳は20の頃で、父親譲りの整った顔立ちをしており、髪は母から譲り受けた暗い茶色。身体は細身ながらも良く鍛えられていた。
そんな彼らの座る長机の前にもう1つの長机が置かれ、痩せた男が2人座っていた。
案内役が立ち止まり膝を突いた。それに合わせてオルテ達も膝を突く。しかし1人だけ立ったままの者がいた。
それを見てギョッとしたのは、オルテとカンエーダ。
「アルクラドさん、跪いてください!」
「アルクラド殿、膝を突きたまえ!」
互いに跪いたまま、視線だけをアルクラドに向け、小声で怒鳴る2人。そんな2人に、アルクラドは何故だと問う。
アルクラドは今まで3つの国を訪れ、そのいずれの国王にも膝を突くことはなかった。その度に咎められはしたものの、最終的に罰を受けることはなかった。
しかし現在、オルテとカンエーダは何度も何度も言葉を重ね、アルクラドに膝を突く様に言う。2人は非常に焦った様子で、冷や汗を浮かべていた。
2人が何故これほど慌てているのかは分からないが、知り合いとなり食事を共にした者を困らせるものではないな、と思ったアルクラド。全く形だけながら、決して跪いたとは言えないが、その場で屈む様にして地面に膝を突いた。
ホッと息を吐くオルテとカンエーダ、そしてシャリー。少し時間はかかったが一応は全員が跪いた為、選定会を始めることが出来る様になった。
「……今より王室献上品として相応しい氷果酒の選定を始める。皆の者、面を上げよ」
僅かに訝しげな表情をしていた国王だが、平静な声で選定会の執行を宣言した。オルテとヴァイダルの味比べの始まりであった。
謁見の間にはアルクラド達と王族の他に、見届け人である数人の貴族と国王達を守る近衛兵らがいた。
「両者の氷果酒を前へ」
選定会の進行役なのか、上等の衣服を纏った年嵩の男が言うと、先程オルテ達から氷果酒を預かった給仕役の2人がやってきた。手には白い布で包まれた瓶を持っており、瓶の口だけが僅かに覗いている。
彼らはすぐには王族の元へは行かず、その前に座る2人の男のところに向かっていった。
緊張の面持ちで座る痩せた男達の前には、銀の杯が置かれ、そこへ給仕達が氷果酒を注いでいく。杯から立ち昇る香りの為か、男達の表情が僅かに緩む。
男達は杯を手に取り、ゆっくりと回しながら色を確かめ、口に含んだ。
オルテ達から見て左手の男は、惚けた様に口を開け、その目はどこともなく宙を見つめていた。そしてハッと我に返り、残った酒をじっくりと味わう様に飲み干した。
そしてもう1人の男は、首を傾げながらも何度か頷き、もう1度杯を傾け、流し込む様に酒を飲み干した。
そして彼らは給仕達を向き、小さく礼をした。
給仕達は2人に礼を返した後、王族の待つ長机の方へ向かっていった。
それらの様子をオルテ夫妻は緊張の面持ちで見つめていた。いかに自信があろうと、王室献上品の称号を得られるかの瀬戸際にいては、気が張ってしまうのである。対してヴァイダルとカンエーダはとても落ち着きのある様子だった。時には笑みさえこぼすほどに。
そんな彼らの様子をシャリーは不安げに、また訝しげに見つめており、アルクラドはただ前を向き、僅かに首を傾げていた。
王族の前に2つずつ並ぶ銀の杯の片方に、氷果酒が注がれていく。
まずはオルテ達の左手の給仕が持つ酒。杯に注がれた瞬間、国王達から感嘆の声が漏れる。ゆっくりと杯を回し、色や香りを確かめている。そして徐に杯を傾け、氷果の雫を舌先に落とす。
唸る様な声が響く。国王達は目を閉じ、その長い余韻に浸っている。
「今年は葡萄の出来が良いと聞く。昨年よりも素晴らしい出来栄え、見事である」
王族を代表して国王が味の感想を伝える。その言葉を聞き、オルテとヴァイダルは静かに頭を下げる。国王が飲んだのがどちらの氷果酒かは分からないが、2人とも昨年よりも美味しく出来たという自信があるのだ。
次にもう片方の氷果酒が注がれる。
先程とは別の杯に酒が注がれると、王族達は怪訝そうな顔をした。ゆっくりと杯を回し、色と香りを確かめる。彼らの表情は更に険しくなる。口に含んだ瞬間、慌てて杯を離した。
「何だこれは!?」
国王が驚きの声を上げた。だがその声音は単なる驚きではなく、怒りまでも含んでいる様であった。
「これが氷果酒だと!? これを氷果酒と呼ぶなど、恵みをもたらす神への冒涜、厳しい作業に耐える造り手への侮辱でしかない!」
国王の怒りはとても激しく、机を力いっぱい叩き立ち上がった。優しげなその顔が、怒りで赤く染まっている。
「オルテ、ヴァイダルよ! お主らのどちらがこれを氷果酒などと申すかは知らぬが、この様な酒をこの場に出し、以後この仕事を続けられると思わぬことだ!」
後の氷果酒の味は余りに酷かったのか、国王は感情を露わにしオルテ達を睨みつけている。王族ともなるものが感情のままに物を言うことは褒められたことではないが、それほどまでに許しがたいことだったのだろう。
「審議の必要はない、先のものが献上品として相応しい! 双方の布を取れ!」
国王が声高に言う。
その言葉に従い、給仕達が瓶を覆っていた布を剥ぎ取る。国王の怒りを間近で感じている為か、その手が震えている。
そうして給仕が布を取り、瓶の首に巻かれた紐の色が明らかになった。
左手、先に飲まれた瓶には藍色の紐が二重に巻かれ、右手、後に飲まれた方には細く黒い布が巻かれていた。
黒い布が巻かれた瓶、それはつまりオルテのものということである。
「そんなバカな!?」
静まり返った謁見の間に、愕然としたオルテの声が響くのであった。
お読みいただきありがとうございます。
飲み比べが終わり、まさかオルテの酒が不味い?
次回もよろしくお願いします。





