両家の確執
カンエーダとの昼食を終えオルテの家に戻ったアルクラド達を、オルテ達は心配そうな顔で迎えた。
「何もされたりはしなかったんですね」
「うむ。ただ食事をし、ヴァイダルとやらのテビアを飲んだだけであった」
オルテはアルクラド達のことをかなり心配していた様だが、彼の答えを聞きホッと胸を撫で下ろしていた。
「やはり其方の物が優れていた。あの者の物も不味いとは言わぬが、其方の物と比べれば劣っていた」
「ありがとうございます。自信はありましたが、そう言っていただけて安心しました」
そう言うオルテだが、味に関しては不安を一切感じていなかった様で、アルクラドの誉め言葉を自信たっぷりな様子で聞いていた。
「あの者は、己の酒こそ真の氷果酒と言っておったが、名よりも実が肝要であろう」
「それは、どういうことですか?」
が、続くアルクラドの言葉にオルテは怪訝な顔をする。真の氷果酒が何かと問われれば、まさしく自分のものがそうだ、と言えるだけの自信が彼にはあったからだ。
アルクラドは、昼の出来事をオルテに伝える。その中の、酒に混ぜ物がしてあるというくだりで、オルテが声を荒らげる。
「俺は氷果酒にハチミツなんて一切加えてません! 正真正銘、凍った葡萄から造った酒です!」
ハチミツを加えれば簡単に甘さが出せるが、厳しい冬の寒さの中で葡萄を収穫し、搾り、酒にするからこそ、あの甘く濃厚で複雑な味わいが生まれるのだ、とオルテは続ける。極寒の中での辛い作業に耐えられるのも、そこから生まれる味わいに誇りを持っているからこそ。その誇りが、混ぜ物など決して許さないのだ、と。
「混ぜ物をしてるって言ってたのはヴァイダルさんですけど、カンエーダさんもそれを肯定してるみたいでしたよ。それにヴァイダルさんの氷果酒を、美味しいと言わせたいみたいでした」
カンエーダ邸でヴァイダルの氷果酒を味見した際、アルクラド達がオルテの方が美味いと言う度に、彼らは非常に苦い顔をしていた。味を比べられ、造り手が強く悔しがるのは当然だが、その支援者までもが強い不満を示していた。しかもその不満は、不出来な酒を造ったヴァイダルではなく、オルテの酒を美味いと言ったアルクラド達に向いている様だった。
「ヴァイダルさんは単なる商売敵なんですか? 何かそれ以上のものがある様に思うんですけど」
カンエーダ邸での昼餐会を経て、彼らには何かがあるという思いを、シャリーは更に強くしていた。そんなシャリーに問われたオルテは、何か考える素振りを見せた。
「実は……」
そしてある話を語り始めた。
「リース村は葡萄酒用の葡萄栽培に適した土地ですが、その中でも我が家の畑は特に良い葡萄が育ちます。最高の畑から穫れる良質な葡萄と絶え間ない努力によって、我が家はかつてリース村、ひいてはこの国で一番の葡萄酒、氷果酒の造り手と呼ばれていました」
オルテの話は、自身の家の自慢の様な語りから始まった。しかしその表情は暗い。
「しかしその名声に胡坐をかいた祖父は、努力を怠り品質を酷く落としてしまいました。もちろん一番の造り手との呼び声も、我が家からなくなりました」
語りは続くも、未だヴァイダルの話は出てこない。
「話は変わりますが、この国には『王室献上品』という制度があります。王室がその品質を認めたものに与える称号で、与えられるのは品目ごとに1つだけです。それはつまりその品目において最高の物を作っているという証で、我が家は氷果酒において、その王室献上品の称号を得ていました」
元は各作り手が勝手に献上していたが、後に王室がそれを選定する様になり、制度となった王室献上品。この称号を得ることは作り手にとって大変な名誉であり、また称号を得るその前後では品物の売れ行きも全く違う。それ故に皆がこの称号を目指して、日々励んでいるのだと言う。
「かつて祖父の代で失ったこの称号を取り戻すべく、父の代から必死で品質の向上を図ってきました。が、未だ獲得には至っていません」
「この話とヴァイダルさんとは、どう関係があるんですか?」
オルテの話にヴァイダルが中々出てこない。今はオルテ家の歴史を語っているだけだったが、ようやくその名前が挙がった。
「ここでヴァイダルの家が絡んでくるのですが、現在、氷果酒の王室献上品の称号はヴァイダル家が持っています。祖父の代にあいつの家に移ってから、まだその称号を守っています」
「あの者の氷果酒が最上だと、国が認めたと言うのか」
王室献上品の称号は、最高の品質の証。それをヴァイダルが持っていることが、アルクラドは不思議で仕方なかった。
「悔しいですが、あいつの家も不味い氷果酒を造るわけではありません。また王室献上品は、王室の規則に則って決められるので、1度与えられた称号は中々動かないのです」
王室献上品は、王室の執り行う選定会で選ばれるが、その選定会に参加する資格を得るのが大変だと言う。まず世間での評判や売れ行きを基に、王室が献上品候補を選ぶ。そしてその候補の中から更に選ばれた1つだけが、選定会に参加することが出来る。
選定会は、現王室献上品と候補品との一騎討ちの様な形で行われ、それに勝った方が献上品の称号を得る。しかし候補品は、ただ1度の勝利では献上品の称号を得ることが出来ない。現献上品を上回る品質を安定して生み出せるかどうかを見る為に、3回続けて勝たなければならないのである。その間に1度でも負ければ献上品には選ばれず、また候補品に選ばれるところから始めなければならないのである。
こうした現献上品に有利な選定制度の為、なかなかその称号は動かないのだとオルテは言う。
「ですが、近くその称号を取り戻せそうなんです」
氷果酒の献上品を決める選定会は、年に1度行われ、その年の葡萄で造った酒で品質の優劣を決めると言う。その選定会において、オルテは2度続けて勝利していると言う。
「つまり今年も勝てば、王室献上品の称号を取り戻せるんですね」
「今年は氷果酒がほとんど売れずダメかと思いましたが、候補品には選ばれています。そこからは味の勝負なので、選定会への参加もその勝利にも自信はあります」
選定会で既に2度の勝利を収めているオルテは、称号奪還まであと1歩のところまで来ていた。味の勝負になれば元より負けるつもりはなく、またアルクラドがヴァイダルよりオルテのテビアの方が美味しいと言った為、その自信はより強固なものになっていた。
「そのことでヴァイダルの奴が、俺を疎ましく感じていると思います。元々良く思っていなかったですが、選定会に勝ってからはより酷くなりましたから」
カンエーダとヴァイダルが何を考えているのか、もう確定したも同然だった。オルテ達は単なる商売敵ではなく、その間には王室献上品の称号を賭けた争いがあったのだ。
「オルテさんの氷果酒が売れなかったのも、ヴァイダルさんの仕業だったんでしょうか?」
「そうかも知れません。候補品に選ばれたり選定会に勝利すれば、以前よりも売れるのが普通です。しかしその頃から売れ行きが悪くなり始めましたから」
かも知れないというオルテだが、その原因も明らかだった。貴族の後ろ盾があれば、他家に圧力をかけることも可能だろう。しかしそうすると、オルテに援助をしようと言う、ヴァイダルやカンエーダの考えが分からない。オルテの家が困窮の果てに潰える方が、彼らにとって都合がいいはずなのだから。
「ともかくもう大丈夫です。選定会はこの冬に行われます。王室献上品の称号を得られれば売れないということはなくなるでしょうし、冬を越せれば何とかなります」
アルクラド達に会う前のオルテは、寒さの中で飢え死ぬかの瀬戸際だった。故に盗みを働いていたが、餓死を憂うこともなくなり、後は選定会での勝利を待つばかりだと考えていた。
確かにオルテの言葉通りであれば、彼の氷果酒は見事勝利を勝ち得るだろう。その品質の高さは、アルクラド達の知るところでもある。しかし無事に選定会の日に臨むことが出来るだろうか、とシャリーは思わずにはいられなかった。
称号を守る為に、敵の酒を全く売れない様にするほどの相手である。仮にヴァイダル達がそれだけのことをしていたとすると、選定会の日まで何もしてこないとは思えなかった。もっと直接的な妨害を仕掛けてくることは、充分に考えられた。
「貯蔵庫の氷果酒を割られてしまえば、選定会に出すものが無くなってしまいます。確かに、そうなればどうしようもありませんね……」
「アルクラド様が居る間には、危害を加える様なことはしてこないと思います。けど私達が村から離れて後は心配ですね」
カンエーダは、アルクラドとシャリーが優れた戦士であることを知っている。その2人が居るにもかかわらず武力行使に及ぶ愚は犯さないだろう。しかしアルクラド達がオルテの下から離れたのならば、その限りではない。
「……アルクラドさん。選定会が終わるまでの間、俺達と氷果酒の護衛をしてもらえませんか?」
アルクラドのおかげで無事に選定会に臨めると安心しきっていたオルテだが、自身の状況を改めて考え、まだ安心出来ないということに思い至った。
「構わぬが、其方は報酬として何を支払うのだ?」
オルテの氷果酒が、王室献上品の称号を得るかどうかは、アルクラドにとってどうでもいいことだ。しかしオルテの家が潰え、あの素晴らしい酒がこの世から消えるのは看過できないことだった。
「選定会が無事終われば、テビアを差し上げます。それと護衛の間は毎日1本カネットを飲んでもらって構いません」
成功報酬は金貨3~4枚相当で、加えて日ごとの報酬が大銀貨1~2枚相当。護衛依頼の報酬としては充分過ぎる額であり、また現物支給ということもありアルクラドはすぐに承諾した。
「アルクラド様が居れば龍が来たって安心ですよ」
龍より強いというのがどれほどの強さなのか、オルテには分からない。しかし只人ならぬ様子のアルクラドに、漠然とした安心感を覚えていた。
「お2人を真似て名を貶めておきながら、恥知らずなお願いだとは思いますが、ぜひよろしくお願いします」
「構わぬ。我らを騙った事は既に赦した故な」
申し訳なさそうな顔で頭を下げるオルテに、アルクラドは首を振る。アルクラドは元より真似をされたことなど気にも留めていなかった。その名がその姿が、功を上げようとも悪を為そうとも、それは表面的なことに過ぎないのだから。
「それでは依頼は成立ということですね。ちなみにその選定会はいつ頃あるんですか?」
「半月後の冬三つ月に王都で行われます。王都までは1旬ほどかかるので、数日の内には村を発ちます」
リース村からフランクの町までおよそ3日、そこから王都までおよそ7日の道のりであり、余裕を持つ意味でも、明日、明後日には村を発ちたいところだった。
「俺達は出発の準備をしますので、お2人はゆっくりくつろいでいてください」
選定会へ向かう旅の準備には、通常よりも時間がかかる。陶器よりは割れづらいとはいえ、瓶に入った酒を運ぶのである。決して割れない様に、入念に荷造りをする必要があるのだ。
「アルクラドさん、もうカネットを飲みますか? よければお持ちしますよ」
既に護衛依頼は始まっており早速1日の報酬を受け取るかと尋ねるオルテに、アルクラドは首を振る。
「いや、其方のテビアを買おう。ヴァイダルの物を飲んだ所為か、其方のテビアを飲ませよ、と喉が渇きを訴えておる」
そう言ってアルクラドは、金貨と銀貨をオルテに手渡す。手に感じる硬貨の重みに、彼の表情が更に明るくなる。既に冬を越すだけの金は得たものの、王都まで往復することを考えれば、得る金は多ければ多いほどいい。
「ありがとうございます! お供と一緒にすぐ持ってきますね」
テビアを気軽に買ってしまうアルクラドがどれほどの人物なのか気になるところではあるが、それは彼にとって些細な事。喜色満面の様子で、オルテは貯蔵庫へと飛んでいった。
それから夕食までの間、アルクラド達は氷果が生み出す至上の味わいを堪能し、また楽しげな食事を共にし、夜を越すのであった。
お読みいただきありがとうございます。
商売敵と貴族の2人が何のために動いていたのか、
確定的に明らかとなりました。
オルテは選定会を無事迎えられるのか?
次回もよろしくお願いします。





