偽物の正体
フランクの町のとある料理屋に、4人の男女がいた。
テーブルには所狭しと料理が並べられ、周囲の目を集めていた。しかし一番の理由は彼らの出で立ち。
男2人、女2人の4人共が、黒い衣服に身を包んでいるからだ。
「それで、どうしてこんなことをしたんですか?」
意気消沈した様子で俯く男女に、シャリーが尋ねる。問いかけるシャリーは優しげだが、無表情で黙々と料理を食べるアルクラドの様子が、偽物の2人に無言の圧力を与えていた。
「アルクラド様は怒ってませんから、大丈夫ですよ」
何とか2人を安心させようとシャリーは微笑みかけ、アルクラドはそれを肯定する様に無言で頷く。
「……俺はリース村で酒造りをしているオルテと言います。こっちは妻のシルヴァです」
未だアルクラドを恐れながらも、男は自分達の身元を明かした。そのオルテの言葉にアルクラドが反応する。
「リース村で酒造り……其方らが造るは氷果酒であるか?」
「ご存じで……?」
プルーシ王国の外から来たアルクラドの言葉に、オルテは驚く。国内では有名な氷果酒であるが、国の外にはほとんど流通しておらず、まさかアルクラドが知っているとは思わなかったのだ。
「うむ。我らは氷果酒を求め、リース村へ往く為にこの町へ来たのである」
偽物騒ぎなど気にもしていなかったアルクラドだが、思わぬところで目的地の住人に会い、ようやく言葉の為に口を開いた。
「そうでしたか。俺達が造るのは正にその氷果酒なんです」
思わぬ相手との出会いはオルテも同じで、まさか自分が真似をした相手が氷果酒を求めていることに、驚きを隠せないでいた。
「氷果酒は高価な酒と聞く。それを造る其方が何故盗人の様な真似を?」
アリテーズのギルド長バックシルバの話によれば、氷果酒は希少かつ高価な酒。ギルド長の地位にある者でもおいそれとは買えず、バックシルバも水で薄めて飲んでいた。それほどの酒を造り売っている者が、果たして物を盗るほどに貧しいのか。アルクラドには甚だ疑問であった。
「……実はこのところ氷果酒が全く売れず、日々の食事に困るほど生活が苦しいのです」
自分達の恥を晒す様で中々言葉の出てこなかったオルテであるが、アルクラド達への誠意を見せる為にも訳を話した。
「氷果酒は希少な酒とも聞くが、この頃は売れぬのであるか?」
「いえ……他の家の氷果酒は変わらずに売れています。何故か俺達の酒だけが売れないんです……!」
拳を強く握りしめ、氷果酒の造り手は悔しそうに言う。
「氷果酒を造るには、果実の収穫の為に人手がいります。今年こそは、と造りましたが結局売れず、給金の支払いで金が底を突いたんです」
そうして徐々に生活が困窮していき、生きる為にアルクラド達の真似をしたのだと言う。
「其方らの氷果酒は、何故売れぬ? 不味いのであるか?」
「そんなことはありません! 俺の氷果酒は村一番です!」
余りに無遠慮で直接的に問うアルクラドに、オルテは噛みつく様に言う。その様子から、自分の造る酒への強い誇りが感じられた。
「では何故だ? 美味であれば高価であろうと、買う者は居るであろう?」
静かに言うアルクラドの言葉に、シャリーもその通りだ、と頷く。アルクラドの様に美味なる物に対して、金の糸目を付けぬ者もいるだろう。また王族や貴族の様な金持ちが買えないのであれば、それはそもそもが高すぎる。
「氷果酒は、主に貴族様方に買っていただいています。ですがその貴族様の間で、俺達の酒は不味い、という噂が流れているみたいなんです」
何者かが流した悪評が、自分達の酒が売れぬ原因だと、オルテは言う。それさえなければ、盗みを働くこともなかった、とも。
「お酒が売れてないってことは、オルテさんから氷果酒を買えるってことですよね?」
項垂れるオルテとその背を撫でるシルヴァに、シャリーは言う。
「……そりゃあ、売れ残りがたくさんありますから」
造った氷果酒が全て売れ残っているからオルテ達は困っているのであり、誰でもいいから買って欲しいというのが正直なところであった。
「村一番の氷果酒らしいですけど、どうしますか、アルクラド様?」
値段はともかく希少でなかなか手に入らないと聞いていた氷果酒が、十分な数、残っているのである。村一番という言葉の真偽はさておき、アルクラドに買わないという選択肢はなかった。
「其方から氷果酒を買おう。いくらであるか?」
そのアルクラドの言葉に、パッと表情を明るくするオルテ夫妻。しかしすぐに暗い表情に戻ってしまった。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、氷果酒は高いですよ? 一番安いものでも大銀貨が必要で、最高級品になれば金貨が何枚も……」
流石は主な客が貴族などの富裕層なだけあって、値段はかなり高価だった。一介の冒険者が簡単に出せる金額ではなく、オルテは躊躇う様に氷果酒の値を告げた。アルクラドがそれだけの金を持っているとは思っていなかったのだ。
「問題無い」
そう言うなり、アルクラドはテーブルの上に革袋を置いた。中に硬い物が入っているのかジャラッと音を立て、その重さでテーブルの上の料理を揺らした。
「これは……?」
アルクラドの視線に促され、オルテは袋の紐を解き、中を覗き込んだ。そして中から溢れる金色の輝きに、思わず目を細めた。
「それだけあれば、足りるのではないか?」
袋の中に入っていたのは、両手から零れるほどの金貨だった。ドール王国での魔物軍の討伐やラテリア王国でのオークキング討伐の報酬として、アルクラドはかなりの金額を受け取っていた。ラテリアでは大金貨5枚を与えられ、ドールでも金貨と併せて大金貨10枚分の報酬を得ていたアルクラド。フランクの町に来るまで高級な料理屋は利用しなかった為、2つの国から得た報酬はほとんどそのまま残っているのである。
「こ、これだけあれば、最高級品も充分に買えます! ぜひ俺達の氷果酒を買ってください!」
無造作にテーブルに置かれた大金に目の色を変えたオルテは、身を乗り出す勢いでそう言った。こうしてアルクラド達は、オルテ夫妻と共にリース村へ行くことになったのであった。
料理屋での話し合いと食事が終わった後、アルクラドとシャリーは、オルテとシルヴァの案内の下、彼らの引く馬を先頭にリース村へと向かっていた。
「お2人の真似をして、迷惑までかけて、本当にすみませんでした」
町を出てすぐ、シルヴァがそう言って深く頭を下げた。既に通りの真ん中で謝罪を行っており、アルクラドはそれでオルテ達を許していた。しかし迷惑をかけただけでなく、氷果酒を買って自分達を救ってもらうわけであり、その感謝も込めて再び謝罪の言葉を口にしたのであった。
ちなみに盗みを働いた露店には、アルクラドから氷果酒の代金を前払いでもらい、その金で改めて支払いに向かっていた。店主は終始険しい顔をしていたが、一応は謝罪を受け入れてもらえた様だった。
「そういえば、どうして私達の真似が出来たんですか? 常緑の森より北の国なら別ですけど、この国ではアルクラド様のことを知っている人は、余りいないと思うんですけど」
謝罪を重ねるシルヴァに、構わないと首を振りながら、シャリーが尋ねる。彼女の言う通り、アルクラドが今まで訪れた町や村であれば、2人のことが知られていても不思議ではない。特に2人が長く滞在した所では、大喰らいの2人組として覚えられていた。
しかしフランクの町には着いたばかりであり、ギルドの上位者ならばともかく、町の人達が恐れるほどに名が知られているのはどうもおかしかった。
「それは私もよく分からないんですが、最近町に来た時にお2人の噂を聞いたんです。露店の人達が話してるのを聞いて、ちょうど黒い服を着てて私がエルフに見えるので、つい魔が差してしまって……」
オルテ達がその噂を聞いたのは、その日の食事もままならなくなった時であり、無理を承知でアルクラド達の真似をして脅しをかけたのだ、と言う。それが見事にも成功してしまい、何軒かの露店を脅して回ったらしい。そして再び食料を得る為に脅しをかけたところ、運が良いのか悪いのか、アルクラドに見つかったというわけであった。
「ギルドの偉い人達の中で、アルクラド様の情報が共有されてるみたいですけど、それが普通の町の人にまで広がるものなんでしょうか?」
バックシルバも下位のギルド員にまで情報を共有するとは言っておらず、外部の人間にも知らせるなどもってのほかである。よからぬことを考える者が出てくるかも知れないし、現にその者がアルクラド達の傍にいる。
「噂の出所は、ギルド員の誰かみたいですけど……」
「ギルドの人がそんな情報を漏らすでしょうか?」
オルテ達が噂を聞き付けたのは、人づてに広がった後であったが、ギルド員から聞いたという人が多かった様だ。しかし依頼者や冒険者の個人的な情報も扱うギルド員が、そう簡単に情報を外部に漏らすとは考えにくかった。
「ここで話していても分かるまい。フランクのギルドで聞けば分かるであろう」
「アルクラド様の言う通りですね」
難しそうな顔をしていたシャリーであるが、アルクラドの言葉に頷き、今の話題を頭の隅へと置いた。
「そういえばシルヴァさんは、エルフの血を引いているのに、魔力は少ないんですね」
そこでシャリーは、自分と同じ外見を持つシルヴァを話題に上げる。エルフの混血児は、高い確率で大きな魔力を持つ。しかしシルヴァの持つ魔力は、ただの人間ほどしかなく、これはかなり珍しいことであった。
「私の両親も祖父母も、そのまた親も普通の人間なんです。どうして私だけエルフみたいなのか分からなくて、だから魔力とかもさっぱりなんです」
シルヴァにはエルフどころか魔法使いの血も流れていない様で、魔力そのもののことさえよく分かっていない様だった。
「先祖返りであるか」
「先祖返り……?」
聞いたことのない言葉に、シルヴァは首を傾げる。
「遠い遠い先祖の血が、突然現れることです。シルヴァさんのずっと遠いご先祖様にエルフがいたんでしょうね」
遠い先祖のエルフから外見だけが継承され、魔力は受け継がれなかったのだろう。エルフの長命はその魔力の大きさによるところもある様で、シルヴァの時間は人間と変わらないだろう、とシャリーは言う。
「そうなんですね。エルフの人は若い姿が長く続くって聞きますけど、ちょっと残念ですね」
魔法使いでもないシルヴァにとって魔力云々はどうでもいい話であったが、年相応に老いていくのは嫌だった様だ。いつまでも若く美しくというのは、全ての女性の望みである。今20歳であるシルヴァも同様で、エルフの外見にそれを期待していたのである。
「シャリーさんは、本物のエルフなんですか?」
「父がエルフじゃないので半分だけですけど、魔法も使えますし寿命も長いです。こう見えて100年くらい生きてますから」
エルフであることに真贋があるのかはさておき、魔力の多さや長命さにおいては、シャリーは紛れもなくエルフであった。こと魔法に関しては、混血ながら並みのエルフを遥かに凌ぐ力を持っている。
「そんなに!? ごめんなさい、私より年下だと思ってました……」
「気にしなくていいですよ、お婆ちゃんって思われるよりはいいですから」
100歳というのは、エルフにとってはまだまだ若い年齢だが、人間からすれば一生かそれ以上の時間である。年齢だけ見れば紛うことなくお婆ちゃんだが、若いつもりのシャリーは、そう呼ばれることを良しとはしなかった。
正直に言えば、背丈や体つきなどはもう少し成長して欲しかったが、老婆呼ばわりされることに比べれば、些細なことであった。
こうしたシャリーとシルヴァの他愛の無い話を耳にしながら、リース村までのおよそ3日の道のりを、アルクラド達は行くのであった。
お読みいただきありがとうございます。
ニセモノのエルフはコスプレではなく、混血のエルフでした。
ニセモノの正体は、氷果酒の生産者。
これからどうなるのか、次回以降をお待ちください。
次回もよろしくお願いします。





