閑話 ~アルクラドと祭りの後~
祭りも終わりを迎え、騒ぎ疲れ酔いつぶれた獣人達が広場やそこらの地面に寝そべり眠りにつく、夜更け。
アルクラドとシャリーは、ギルドのある部屋にいた。
「しかしお前さんは本当に凄い男だな。ひと目見て只者ではないと分かったが、まさかここまでとは思いもしなかった」
ギルド長のバックシルバと共に。
「かの龍殺しもお前さんを認めたと聞いてるが、古代龍を従えていると聞いたら、たまげるだろうな」
酒の入った杯を傾けながら、バックシルバは言う。話す機会が余りなかったから、とアルクラド達をギルドの自室に誘ったのである。
バックシルバが用意したのは、果実の香り豊かでほんのり甘い酒。逞しい身体と精悍な顔つきの猩人族には似つかわしくない酒だが、その甘い味わいをシャリーは特に気に入っていた。
「どうだ、美味いか?」
「うむ、美味だ」
「はい、すごく美味しいです」
形として味の感想を聞くバックシルバだが、2人の表情や仕草を見ていればその必要などないということがよく分かった。シャリーは頬が緩むのを隠しきれず、アルクラドは無表情だが杯を傾ける手が止まらないからだ。
「そいつは良かった。これはオレのお気に入りなんだ」
そう言って笑みを浮かべ、バックシルバは再び自身の杯を傾けた。
「2人は伝承を求めて旅をしているらしいが、火を吹く山の話はお前さん達の求めてるものだったのか?」
「うむ。正しく我が求める物、ではなかったが」
伝承を求めると言っても、本来の目的はアルクラドの過去を知ること。その点においては求めるものではなかったが、伝承を聞けただけで充分だ、とアルクラドは考えていた。
「それは残念だったな」
「そうでもない。美味なる物を見つけるついでである故な」
申し訳なさそうな様子で呟くバックシルバ。彼の太く凜々しい眉が僅かに垂れるが、アルクラドは首を振り何でもない様に言う。アルクラドの一番の目的は、美味しい食べ物なのだから。
「はっはっはっ、メシが大事か! そう言えばお前さんは見た目に反して、とんでもない大食らいだったな!」
そんなアルクラドの言葉に、バックシルバは牙を剥いて笑う。常緑の森を飛び出し各地を巡った冒険者時代、各地の名物料理はその土地を訪れる楽しみであった。しかし世界を巡るのは冒険者としての名を上げる為であり、食べ物を主たる目的に置くことはなかった。
戦士として只者でない強さを持つアルクラドであるが、その考え方もまた只者ではなく、全く面白い男だ、とバックシルバは改めて思った。
「よしっ! 食い狂いのお前さんに、オレのとっておきの情報を教えてやろう!」
「取って置きの?」
ドンッと胸を叩き言うバックシルバの言葉を繰り返し、アルクラドは問う。
「オレ達が今飲んでるのは氷果酒って言うんだが、この酒は凍った果実から造られるんだ」
「凍った果実から?」
初めて聞く酒の造り方に、シャリーも彼の言葉を繰り返して尋ねる。
「そうだ。オレも詳しくは知らないんだが、厳しい冬の盛りに造り始める酒らしくてな。今飲んでるやつより香りも味ももっと濃厚で美味いんだ。これは水で薄めた氷果酒だからな」
バックシルバ曰く、氷果酒はアリテーズに入ってくる数が少なく、また高価な酒で、彼であってもなかなか手に入れることが出来ないらしい。その為、水で薄めるなどして、少しずつ飲んでいる様だった。
「お前さん達は南へ行くんだろ? 森を抜けて更に南に行くとフランクって町がある。そこから更に西へ向かうと、山の麓にリースって村がある。そこでこいつが造られてるんだ」
アリテーズからリース村へは1旬以上かかる様だったが、南へ行く道中である。アルクラド達の次の目的地は、氷果酒の造られる村に決定した。
「そもそも造られる数の少ない酒らしいからな。本当は教えたくないんだが、お前さんには世話になったからな」
現時点でも数が少ない為、購入の機会が限られており価格も高い。造られた氷果酒の多くは、その多くが地域の富裕層に買われる為、あまり外に出回らないからだ。アルクラドが現地で大量に氷果酒を飲めば、外に出回る量が更に減る可能性がある。購入の機会が今より減るのはバックシルバとしても避けたかったが、それに代えられないほどの恩を受けている。
「我は何もしておらぬ」
「はははっ、そうだったな」
どこかでした様なやり取り。山鎮めの伝説はあくまでも漆黒の古代龍が為したことで、アルクラドは何もしていないのである。
「そう言えば、オレ達ギルドは所属する国は違えど、連絡を取り合っていてな。まぁ国をまたぐのは、先のオークキング出現の様な緊急事態が発生した時くらいだが」
突然、バックシルバが話題を変えた。
「そのオークキングの件とは別に、ドールやラテリアから連絡があってな。お前さんの情報の共有についてだ」
「どう言う事だ?」
バックシルバ曰く、各国の王都ギルド長だけでなく、その下位にあたる各町や地域のギルド長までで、アルクラドの風貌や能力について情報共有をするというのだ。
「お前さんの強さは中級どころか上級にも収まらないが、戦いの強さだけでは上級冒険者にはなれない。だが階級によらず強い者が必要になった時、中級というだけでお前さんが戦力から外されては、大きな不利益をもたらす。だがギルドがお前さんのことを把握していれば、そういう事態を避けることができる」
オークキング出現や魔物の大軍が押し寄せるなどの緊急事態において、ギルドがアルクラドの存在を把握しているかどうかは、非常に大きな問題である。先のラテリアやドールの戦いではアルクラドの参戦が間に合い大事には至らなかったが、間に合わず大きな被害が出ていた可能性もある。そういった事態を避け、迫りくる危機に適切に対処できる様に、ギルドでアルクラドの情報を共有するというのだ。
「ついでに言えば、他の冒険者との要らぬ諍いを防ぐ目的もある。お前さんの風貌は、強さや態度の大きさとは正反対だからな。舐められて絡まれることもあっただろう」
愉快そうに笑いながら言うバックシルバの言葉に、アルクラド本人よりシャリーの方が強く同意を示し、頷いていた。魔力を完璧に制御しているからこそ、一定以上の力を持つ者以外には強さが伝わらない。そのせいで他の冒険者から疑いを持たれたり絡まれたりする場面を、彼女は何度も見ているからである。
「この件は決定事項だ。お前さんもギルドに所属する者として決定には従ってもらいたい。ただどうしても困ると言うのなら、進言はしてみるが」
ギルドでの強者の情報共有は不文律の様なものだが、名を上げたいと考えている冒険者がこれを渋る事は基本的にはない。しかしアルクラドがただの冒険者でないのは承知のことであり、その機嫌を損ねてまで強制するつもりはギルドにはなかった。
「全ての依頼を受けろ、等と言うので無ければ構わぬ。ギルドの決定であれば従おう」
「そう言ってもらえると助かる。もちろんそんな強制はしないから安心してくれ」
アルクラドに直接話が行く様な事態になれば、それはつまりアルクラドの力が必要ということであり、無理やりにでも依頼を受けてもらいたい状況である。しかしそんな事態が早々起こるとは思えず、ひとまず情報共有の件をアルクラドが了承してくれたことに、バックシルバは安堵の息をついた。
「今後、各ギルドで指名の依頼が増えるかも知れんが、その代わりに便宜も色々と図ってくれるだろう。お互い様ということで、できるだけ依頼は受けてやってくれ。まぁ、可能な限り面倒なことにならない様にするつもりだ。発案者の龍殺しも同じ考えだろう」
高い戦闘力を持つ冒険者が自らのギルドに来たら、難易度の高い依頼を受けて欲しいと考えるのはおかしなことではない。しかしいくつものギルドで、いくつもの難依頼を押し付けられては、誰だって気を悪くするだろう。
もしアルクラドの気分を害してしまったら、と思うと、バックシルバはそれだけで冷や汗出る思いだった。そしてこの提案の発起人であるドール王国ギルド長も、同様の懸念を抱いている。アルクラドの実力を見抜ける龍殺しは元より、古代龍を使役する姿を見た猩人族も、不用意にアルクラドに依頼を押し付けない様に、念を押すつもりでいた。
「さて、話したいことも話したし、そろそろ終わりにするか。もう夜明けも近い」
ギルドとしての連絡から雑談までを話し終えたバックシルバだが、後数刻で空が白み始める時間になっていた。これ以上話しては2人も辛かろうと、話を切り上げる。その実、自身もかなりの眠気に襲われていた。
「うむ。氷果酒とやらは美味であった。リースへ往くのが楽しみである」
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
バックシルバに合わせて、アルクラド達も席を立つ。夜が明ければ常緑の森を出るつもりのアルクラド達。睡眠の不要なアルクラドはともかく、シャリーにもかなりの眠けが襲いかかっていた。
「ああ。またアリテーズへ来ることがあれば、味の感想を聞かせてくれ。オレも産地で氷果酒を飲んだことはない。他所には出回ってない上物があるかも知れないからな」
「うむ。又この国を訪った時には、その味を語るとしよう」
美味なる酒の情報を教えてもらったのだから、これくらいの礼はあってもいいだろう、とアルクラドは思った。
「楽しみにしている。ではまたな」
「うむ」
「お休みなさい」
約束を取り付けた後、最後に挨拶を交わし、アルクラド達はギルドを後にした。
こうしてアリテーズ最後の夜は過ぎ、翌朝、常緑の森を発つのであった。
お読みいただきありがとうございます。
アリテーズのギルド長、バックシルバ。
特徴的なキャラなのに活躍の機会がなく、せっかくなので閑話で登場です。
次話から次章へと移ります。
今話が2019年最後の更新で、次章は年が明けてからとなります。
今年1年、拙作をお読みいただきありがとうございました。
(少し早いですが)
皆さま、良いお年をお過ごしください。
来年もよろしくお願いします。





