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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第2章
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したたかな商人

「水の精よ、集いて清水を湧き起こせ……湧水オードソース

 太陽が空の真上を通り過ぎた頃、セイルの商隊は昼の休憩を取っており、依頼を受けた時の約束通り、ロザリーが魔法で商隊の水を用意していた。

 生活魔法を使い、空の樽や桶を水で満たしていく。馬を含めた各々が、それぞれの樽や桶から水を飲んでいる。

「ふぅ、美味い! しかしこれだけの水を出してもまだまだ平気そうとは、君は中々魔力が多いようだな」

 豪快に喉を鳴らしながら水を飲んだマーシルが、お礼と共にロザリーにそう言った。彼のパーティーの魔法使いであるソシエも5級になる実力を持った魔法使いだが、ロザリーが生み出したのと同じ量の水を出そうものなら、少なからず疲れの色を見せるのだそうだ。その点で、ロザリーは一般的な魔法使いよりもかなり多い魔力を持っているようだ。しかしその原因が、アルクラドの訓練によるものだとは誰も知らない。

「それだけの魔力があるなら、うちのソシエに配水の依頼が回ってこなかったのも仕方がないな。いい臨時収入になっただろう?」

「臨時収入、ですか……?」

 先輩冒険者のマーシルに褒められ少し照れていたロザリーだが、臨時収入という言葉に首を傾げる。すぐ近くにいたライカとアルクラドも同じ反応をしている。

「おいおい、もしかしてタダで配水の依頼を受けたんじゃないだろうな?」

 正しくその通りだった。

「まだ若いから仕方ないが、俺達が受けたのは”護衛依頼”だ。配水依頼はその中に含まれていない。それに水だってタダじゃない。商人が町で水を買う代わりに、魔法使いに水を用意してもらうんだから、支払いがあって当然だろう? 更に言えば魔法だって無限に使えるわけじゃないんだしな」

 どうやらライカ達はセイル達にまんまと一杯食わされた様だ。あの時はマーシルが言ったようなことは全く考えておらず、完全に安請け合いであった。

「はっ、間抜けだなぁ。そんなんじゃ上級にはなれねぇぜ。まぁ、そこのおっさん達みたいに中級がお似合いだよ」

 近くにいたウノー達が、マーシルの話が聞こえたのか、口を挟んできた。嫌味に嫌味を重ね、何とも鼻につく顔をしていた。

「まぁ、命に関わる様なことでもない。今回は勉強だと思って、次回から気を付けるんだな」

 ウノーの嫌味を気にすることなくマーシルは話を続ける。

 ライカ達から見てセイル達の人柄は良いものに見えた。それでも商人はしたたかな人間なのだろう。これくらいであれば騙したとは言わないのであろう。

「やはり人間ヒューマスは面倒であるな……」

 魔法で水を出す程度、労力にすらならないアルクラドにとっては、全くもって取るに足らないことであった。そんなことでもいちいち言葉の裏を読まなければならないのか、とアルクラドはため息交じりに呟いた。しかしそれも人間ヒューマスらしい振る舞いのためだ、と同じ失敗を繰り返さない様に、しっかりと記憶に留めるのだった。


 昼の休憩に入り、皆が一通りの水分補給を終えたところで昼の食料が支給された。本来であれば休憩がてら腰を据えて昼食を摂る予定であったが、時間が押しているため歩きながら食べることになった。

 冒険者であれば移動しながらの食事など珍しくもないため誰からも文句は上がらなかったが、別な理由で不満の声が上がった。

「おいおい、昼飯がたったこれだけなのかよ!?」

 ウノー達である。

 昼食として支給されたのは堅パンと干し肉が1つずつ。女子供ならいざしらず、身体を鍛えた大の男の腹を満たす量ではなかった。面接時にセイルが言ったように本当に最低限の量である。

「食事を提供するとは言ったが、お前達の腹を充分に満たす量を、とは言っていない。お前達は食事の量について聞いてこなかったし、他のパーティーは自分達で余分を用意しているぞ?」

 ライカ達がタダで配水の依頼を受けたことをバカにしていたウノー達だが、今度は自分達が間抜けを晒すことになった。

「っち、くそっ! おいお前ら、お前らの食いもん、俺らに寄越せよ。こんな量じゃ腹が減って仕事になんねぇからな」

 ウノー達は、自分達の準備不足で食事量が少なくなったにも関わらず、それを反省するどころかライカ達に食料の提供を要求してきた。それも強い命令口調で、思い切り睨みつけながら。

 腕っ節がものを言う冒険者の世界で、階級の差はそのまま力の差を示している。そんな上位の者から凄まれては、萎縮してしまっても仕方がない。たとえ合同で依頼を受けているため、暴力沙汰にならないと分かっていても。

 しかし凄まれたライカ達は、普通の冒険者ではなかった。アルクラドという途轍もなく強い存在を知っているため、中級冒険者に凄まれた程度では全く恐がりもしなかった。そしてその途轍もない強さを誇るアルクラドは、人族では威圧することすら叶わない。故に。

「断る」

 一切の躊躇もなく、一瞥と共にそう言い放った。そしてウノー達が呆気に取られているところへ言葉を重ねる。

「我らが受けた依頼は護衛と配水だ。その中に貴様らの飯の世話は含まれておらぬ」

 そう言って視線を切り、ライカ達に向き直る。ライカ達はすでに、出発前に用意した干し肉に齧り付いている。それを見て、アルクラドの意識が完全に干し肉に移った。

 干し肉は自作であり、保存性は高めず味と食感を優先させたものだった。その試みが上手くいったのか、それが気になり始めたのだ。

「どうだ、美味いか?」

 自分も袋の中から干し肉を取り出しながら、ライカ達に尋ねる。

「おう、美味いぜ! 上手く出来たな」

「柔らかくて食べやすいですし、噛めば噛むほど味が出てきます!」

 どうやら出来は上々の様だ。

 アルクラドもすぐさま齧り付く。食感の差はそれほど気にならない。ただし旨みの差は歴然だ。通常売られている干し肉は水分が殆どなくなるまで乾燥されており、肉の旨みなど申し訳程度しか残っていない。しかしこの干し肉は、良い具合に旨みが閉じ込められており、噛むほどに旨みが滲み出てくる。

 成功の喜びと美味しさのおかげで、ささくれ立っていた心が落ち着いていく。

「なぁおい、冒険者は助け合いだろ? だからそれをくれって」

 ライカ達が干し肉を食べる様子にウノー達の食欲はより刺激されていた。特にアルクラドが良く食べるものだから余計に自分達も食べたくなってしまったのだ。

「助け合い? ではお前達はこの干し肉の代わりに、何を差し出すのだ?」

 本当はもう話したくなかったが、話しかけられれば言葉を返さなければ、と思い返事をする。

「代わりに敵から守ってやるよ。大事な水と飯だからな」

 彼らは本当に人にものを頼む気があるのだろうか、と全員が思った。

 食事の対価に武力を提供する。これが冒険者と村人や旅人の間であれば、その交渉も成立しただろう。しかし同程度の階級の冒険者同士では成立するはずもない。

 ウノー達は自分達の実力をとても高いと考えている。しかし仮にそれが本当だったとしても、階級がたった1つ上の者に守ってもらうなど、ほとんどの冒険者の矜持が許さないだろう。そもそもアルクラドに他者から守ってもらう必要などどこにもない。だから。

「不要だ。お前達に守ってもらう必要はない。己の身は己で守る。加えて言えば、仲間を守るのは依頼に含まれておるのではないか?」

 これもまたひと言で切って捨てる。取り付く島もないとはこの事だ。ウノー達は何かを言おうとして口をつぐんだ。

「金を払うなら、分けてやってもいいんじゃねぇ?」

 そこにライカのひと言。金が最も分かり易い対価であるから、販売の形式をとればいいのだ、と。

「ふむ……我は美味くもない肉よりも、我らの作った干し肉を食したいが、其方がそう言うのであれば異は唱えまい」

 本来、人間ヒューマスと同じ食事は必要ないアルクラドだが、フィサンの町で串焼きを食べてからというもの、かなり舌が肥えていた。今の彼にとって食事の妥協が一番嫌なことであった。

「って訳でどうしても分けて欲しいって言うなら売ってやるよ。いくらがいいかな? セイルさん、こういう時ってどれくらいで売るもんなの? ちなみにこの肉、ホウロ鳥なんだけど」

 ライカにものの売買の経験はないが、この場にはその道の達人がいるのだ。意見を聞かない手はない。

「ホウロ鳥の干し肉とは贅沢だな。ホウロ鳥は希少でそもそも高価だ。何の加工もしていなくても、その干し肉1枚分で大銅貨1枚はするだろう。そこに加工の手間賃を加えると、安くても大銅貨1枚と銅貨5枚。ただこの状況を考えると、大銅貨2枚が妥当なところだろう」

 ホウロ鳥の肉は希少で高価だが、その分人気も高く、干し肉にする人間はまずいない。なのでセイルとしても正確な値段は分からなかったが、彼の値付けを聞いて、マーシル達は納得したように頷いていた。

 しかしそれに納得できないのがウノー達である。

「ふざけんなよ! 干し肉1枚が大銅貨2枚だ!? ホウロ鳥の肉だとか嘘言って高く売りつけようとしてるだけだろ!」

 ライカ達の作ったホウロ鳥の干し肉は、1枚が特別大きいわけではない。普通の干し肉と大きさは変わらない。ある程度、満足感を得るならば、2、3枚は食べたいところだ。

 仮に1食で2枚買ったとすると、朝昼晩の3食で干し肉6枚。大銅貨12枚、つまり銀貨1枚と大銅貨2枚の費用がかかる。これを往復の4日間で考えると、銀貨4枚と大銅貨8枚。報酬のおよそ3分の1が食費として消えてしまうのである。到底見過ごすことの出来ない大きな額である。

「嘘だと思うなら買わなけりゃいい。アルクラドも言ったように元々誰かに分けるつもりはなかったからな。ああ見えてアルクラドは大食いだから、余らせて腐らせる心配もないしな」

 ライカも元々自分達で食べきるつもりでいた。もし誰かに分けて欲しいと言われれば、分けるつもりでもいた。その時に金を取るつもりは全くなかった。しかし友好的とは言いがたいウノー達には、無償で譲る気にはなれなかったのだ。

「さぁ、そろそろ出発するぞ。各自、自分の持ち場に戻ってくれ」

 食事の支給後の騒ぎで出発が遅れていたので、セイルが皆を急かすように手を叩く。ウノー達を除き、皆がよし、と一声かけて立ち上がる。

「ところでライカ。ホウロ鳥の干し肉というのは気になる。2枚、売ってくれ」

 ライカ達が自分達の馬車の所へ戻ろうとした時に、セイルが大銅貨4枚を取り出してライカに渡してきた。

「あっ、俺達にも売ってくれ。1枚ずつだ」

 セイルに釣られマーシルも大銅貨8枚を渡してくる。

 どうやら滅多にないホウロ鳥の干し肉が気になって仕方がないようだ。

 ライカは金を受け取り、セイルに2枚、マーシルに4枚、干し肉を渡す。大銅貨12枚という、思わぬ臨時収入を得ることになった。

 干し肉を渡し終えたところでいよいよ出発となった。各自が自分の馬車へと向かっていく。

 ウノー達は、ライカ達を嘘つき呼ばわりしたことで決まりが悪かったのか、結局干し肉を買わずに、支給された分だけで昼食を済ませていた。

 それから日が暮れるまで、獣にも魔物にも、もちろん盗賊にも遭うことなく、平和な道のりが続いていった。

お読みいただきありがとうございます。

イラッとする3人組。徐々に凹まされていく予定です。

次回もよろしくお願いします。

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