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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第10章
139/189

生き神の降臨祭

 その光景は、神話の世界の様であった。

 漆黒の古代龍エンシェントドラゴンの頭上に輝く紅き尖槍が、1条の閃光となって火を吹く山を貫いた。大地が崩壊したのではないかと思えるほどの衝撃が走り、山の怒りが頂点に達した。

 大きく翼を広げる巨大な黒龍よりも、更に巨大な赤黒く輝く赤岩水ラーヴァの柱。全てを焼き尽くす灼熱の赤岩水ラーヴァが、黒煙と共に滝の如く空へと流れ落ちる様は、この世の終わりの様でさえあった。

 天へと噴き上がり地に降り注ぐかと思われた赤岩水ラーヴァは、しかし白き風に包まれ、その輝きを失っていく。水が冷やされ凍てつき凝る様に、赤く溶けた岩石が元の姿へと戻っていく。

 空を覆い尽くす強大な魔力と、身体の底から震える様な極寒の冷気。雪の降らないこの地にあって、森の枝葉に霜が降り、陽光を照り返し輝く粒子が宙を舞っている。

 白き風が止んだ後には、黒々とした巨大な岩石が、天へと昇る姿があった。

 一際大きく翼をはばたかせた黒龍が、巨大な岩石を仰ぐ様に見上げる。その口元からは、遠目にも分かるほどに、青き魔力が揺らめく炎の如く漏れ出ている。

 轟っ!!

 青き魔力が、龍の吐息ブレスとして放たれた。

 円錐状に広がる古代龍エンシェントドラゴン龍の吐息ブレス。空を青く染めるほどの輝きが、巨大な岩石を包み込んだ。

 深く青い光で満たされた、灰色の空。

 光の消えた後に巨岩は影も形もなく、澄み切った青空の中で、黒龍が悠然と佇んでいた。

 山の上をぐるりと旋回した後、黒龍が大地へと戻ってくる。そして飛び立った時と同じ場所へ、風もなく静かに降り立った。

 鼻先に黒衣の麗人を乗せながら。


「皆も聞いたことだろう、天地を揺るがすほどのあの音を。皆も見たことだろう、火を吹く山より天へと昇る赤き柱を」

 ヴィクトルが自らの邸宅の前に立ち、広場に集まる獣人ビースツ達に、厳かに語りかけている。

「あれこそが、この地に温もりをもたらす大いなるものの、その怒り。火を吹く山の、その名の所以。この国は滅亡という未曽有の危機にあった」

 ヴィクトルの語りに、国民達はどよめく。かつてない音を耳にした。かつてない光景を目にした。それらはとても恐ろしげで、激しい不安に駆られた。しかし国の滅亡にまでは思い至らなかった。

「しかし、危機は去った」

 ヴィクトルは続ける。

「皆も見たことだろう、空を駆ける漆黒の翼を。皆も聞いたことだろう、空に響くあの咆吼を」

 厳かであったヴィクトルの声音に、興奮の色が混じっていく。その瞳の奥には、神話の如き山鎮めの光景が焼きついていた。

「永き時を生き頂へと至った真のドラゴンたる古代龍エンシェントドラゴン。漆黒の鱗を持つかのドラゴンが、この地におわしになられたのだ」

 ヴィクトルの興奮が伝播していく。特にヴィクトルと共に山鎮めの瞬間を見た者達は、未だ興奮冷めやらぬといった様子だった。

「皆も見たことだろう、西の空を染めた青き輝きを。あれこそがドラゴンの吐息。ドラゴンの象徴にして、天空より降り注ぐ災厄、逃れ得ぬ死、龍の吐息ブレスである」

 語る者限りなくも目した者無に等しき、龍の吐息ブレス。まさにそれこそ天災であり、滅びをもたらすものである。しかしアリテーズが滅ぶことはなかった。

「大いなるものがもたらした滅びを、それを遥かに超える天の災厄が、滅ぼしたのである。大いなる古代龍エンシェントドラゴンによって、我らの国は守られたのである!」

 ヴィクトルは両手を広げ、天を仰ぐ。広場の獣人ビースツ達が、静かに感嘆の声を上げる。

「神として崇められることもある古代龍エンシェントドラゴン。その御力はまさしく神の如きものだった。そしてその神が、我らの守護者たる証として、その鱗を賜られた!」

 そう言ってヴィクトルは、邸宅の傍に設えた神座から漆黒の鱗を取り、頭上へと掲げた。

 神樹から零れる陽の光に照らされ、輝きを放つ黒き鱗。ひと抱えもある、尋常ではない大きさの鱗。大きな力の気配を感じることが出来、ひと目でただの鱗ではないと分かった。

 誰もが、力あるドラゴンの鱗だ、と理解した。

「大いなるものの加護を受け、寒さに震える暮らしとは無縁だった我らは、新たに神の加護を得たのである」

 おおっ、と一際大きな声が獣人ビースツ達から上がる。自分達の国が、(ドラゴン)の、それも古代龍(エンシェントドラゴン)の庇護の下に入ったのだ。約束された未来の安寧を思い、安堵の気持ちや期待感が漏れでたのである。ましてや自分達の王は(ドラゴン)の力を受け継ぐ種族であり、鱗までもが与えられたのだから、否が応でも興奮は高まる。

「しかしその加護も絶対ではない。我らの誇りが失われた時、我らを救いし(ドラゴン)の力は、我らに牙を剥くだろう。今までと変わらず、いやそれ以上に、我らは誇り高く生きねばならない」

 ヴィクトルは知っている。この加護が偶然もたらされたものだということを。数奇な巡り合わせが漆黒の古代龍エンシェントドラゴンを導いたに過ぎず、それが絶対ではないことを。故に、国民達を、そして自分を戒める為に言う。龍神の庇護下にあるべき者として、誇り高く生きよ、と。

「だが今よりひと時は、それらを忘れ騒ごうとも、龍神様はお許しになられるだろう。我らの神がこの地におわしになられたことに、感謝と祈りを捧げるのだ」

 広場にはかがり火が焚かれ、各部族の料理が湯気と芳香を立ち昇らせている。

 先の祭りから1旬の間も置かずに、また新たな祭りが始まろうとしていた。いつもであれば有り得ないが、誰も異を唱えることはない。山の怒りによる国の滅亡を回避し、新たな神の加護を得た。これらを祝わないわけにはいかない。

「これより、龍神祭を執り行う!」

 森の木々を震わす獣の咆哮が、獣人(ビースツ)の国を満たしていった。

 

 ヴィクトルの祭りの宣言と共に湧きおこった獣人(ビースツ)達の咆哮を、アルクラドとシャリーはヴィクトルの邸宅から離れた場所で見ていた。

 火を吹く山の怒りを鎮め、アリテーズへと戻ったアルクラド達。ヴィクトルは国の滅亡の回避や古代龍エンシェントドラゴンの降臨を祝し、また山の怒りに怯える国民達を慰撫する為に、再び祭りを開くことを決めた。

 国民達は沸き、黒龍への感謝の言葉を口にしながら、祭りを大いに楽しんでいた。また古代龍エンシェントドラゴンが山の怒りを鎮める場面を直接見た者達の周りに、多くの獣人ビースツ達が集まっていた。皆、伝説になるであろう瞬間の話を、詳しく聞きたかったのである。

 中でも最も人だかりができていたのは、黒龍の鱗を持つヴィクトルの所である。話を聞くだけでなく、古代龍エンシェントドラゴンの鱗を間近で見たいと思った者達が押し寄せているのである。

 話をせがまれた者達は口々に、漆黒の古代龍エンシェントドラゴンの為した偉業を語った。言葉では言い尽くせない感情を大げさな身振り手振りで伝えながら、山鎮めの凄まじい光景を精一杯に語った。時折、申し訳なさそうな、残念そうな視線がアルクラドへと向けられるが、話を聞く者は興奮の為かそれに気づくことはなかった。

 当初ヴィクトルは、山鎮めの英雄として、そしてドラゴンを使役する者として、アルクラドを崇め奉ろうとした。言葉遣いも改め、龍の神子だと勘違いしていた時よりも畏まり、是非ともアルクラドの為の祭りを開きたいと申し出た。

「アルクラド様、数々のご無礼平にご容赦を。是非とも国を挙げて、アルクラド様の偉業を崇め称えたく存じます」

「止せ」

 黒龍との邂逅を根掘り葉掘り聞かれ辟易していたアルクラドは、当然その様に扱われることを良しとしなかった。強い口調でヴィクトルに止める様に言った。

「しかしっ……!」

「控エロッ! アルクラド様ノ御言葉ニ異ヲ唱エルハ、万死ニ値スルト知レ!」

 ヴィクトルはそのアルクラドの言葉を否定しようとするが、怒りを露わにした黒龍の言葉に慌てて膝をつく。

「実際に赤岩水ラーヴァを消し飛ばしたのはドラゴンである。崇めるのならば此奴を崇めれば良かろう」

 平伏しつつも納得がいっていなさそうなヴィクトルに、アルクラドは言う。ドラゴンを祖とする者が治める国が崇めるのであれば、古代龍エンシェントドラゴンはうってつけであり、ヴィクトルは分かりづらい表情を明るくする。

「……好キニセヨ。貴様等ガ何ヲシヨウトモ、此ノ地ヲ去ル我ニハ関ワリノ無イ事ダ」

 ヴィクトルに言った手前、黒龍は否定の言葉を発しなかった。そもそも小さき者に崇め奉られようとも知ったことではなく、元より否定するつもりもなかったが。

 そうしてアルクラドは、山鎮めの功績は全て黒龍のものとし、自身が関わったことは決して口外しないように、ヴィクトル達に求めた。ヴィクトル達もそれに応じ、山鎮めは黒龍が為した伝説として語り継ぐことを誓ったのだった。

 そしてアルクラドの望み通り、誰もアルクラドに注目することなく、祭りは進んでいった。鱗に群がる獣人ビースツ達を見て、平和的な話し合いの下、黒龍から分けてもらって良かった、と頷きもしていた。

「兄さん、食べてるかい?」

 そこへ大きな骨付き肉を齧りながら、レアンがやってきた。

「うむ」

 祭りでは数多くの料理が供され、当然アルクラドはそれらを思う存分堪能している。シャリーは既に満腹になっていたが、アルクラドはまだまだ食べる気でいる。

竜人族ドラコスが治める国で、火を吹く山が火を吹いて、それを古代龍エンシェントドラゴンが鎮める。本当、おとぎ話みたいだよな」

 料理がたくさん並べられたテーブルの、アルクラドの向かいに座り、レアンは感慨深そうに言う。

「そんな伝説をこの目で見られたんだから、兄さんには感謝だな」

「我は何もしておらぬ」

「ははっ、違いない」

 山鎮めの伝説において、アルクラドは何もしていない。そういうことになっている。ヴィクトルはもちろん、レアンもそれを承知している為、アルクラドの言葉に苦笑いを浮かべつつも頷く。

「兄さん、もう行っちまうんだってな」

「うむ。この祭りが終われば発つつもりだ」

 アリテーズでの滞在中、2度も祭りが開かれ、この国の料理は十分に堪能した。また自身の過去につながることではなかったが、伝承の地を訪れ、その謎を知ることができた。次の地へ向かうには充分だった。

「そっか……でもまたアリテーズに来てくれよ? ここは年中暖かいけど、季節が変われば美味い食い物も変わる。まだ兄さんの食ってない美味いもんが一杯あるんだからな」

「そうか。又何れ、必ず訪おう」

 火を吹く山と神樹のおかげで、常に安定した気候の常緑の森であるが、それでも季節は存在する。季節ごとの美味なる物はまだまだあり、それらをアルクラドと一緒に食べたいとレアンは思っていた。

「約束だぜ? それまでにオレももっと強くなっとくから、一緒に依頼でも受けようぜ」

「それは構わぬが、冒険者としての階級であれば其方が上であろう」

「兄さんみたいな中級がいてたまるかよ! 兄さんは人族の尺度には当てはまらないだろうけど、舐められない様に早く昇級した方がいいぜ?」

 ここしばらくギルドを通しての依頼を全く受けていないアルクラドは、依然として中級冒険者のままである。本人は階級など全く気にしないが、周りの者達は気になるのである。

「さて、オレも伝説の瞬間を語ってくれってせがまれてるんでな。黒龍様の伝説を広めてくるよ」

 レアンも当然、山鎮めの瞬間に立ち会っていた為、その時の様子を語ってくれと、大勢の獣人ビースツに囲まれていた。それを抜け出して、アルクラドと話に来たのだ。

「それじゃあ、兄さん、嬢ちゃん。元気でな」

「うむ」

「レアンさんもお元気で」

 最後にそう言葉を交わして、レアンは熱狂する群衆の中へと消えていった。

 こうしてアルクラド達がアリテーズを発つ前日、祭りの夜は更けていくのだった。

お読みいただきありがとうございます。

アルクラドの代わりに黒龍が、獣人の国で語られる伝説となって、10章は終了です。

閑話を挟み、次章に移ります

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 黒龍さんにとって、小さき者はどうでもいいが。 アルクラドのご機嫌を損ねないか、戦々恐々、跼天蹐地の如くなっていた思うと・・・。 再び鱗も剥ぎ取られたし・・・。 活躍したのに良い所無しの…
[良い点] 10章も面白かったです、まさか黒龍までかかわってくるとは思いませんでした! ありがとうございます!
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