竜人族の願い
アリテーズでアルクラドの来訪を祝う為の祭りは、夜通し行われた。
当初、国王であるヴィクトルが言った龍の神子が誰なのか分からず、主役が不在のまま祭りが始まった。しかし夜になった頃、ヴィクトルが再び祭りの開催を宣言した。
龍の神子のことは自分の間違いであった。しかしそれに比肩する優れた人物を客人として迎えることができた。
そう言って、アルクラドのことを紹介し、祭りをアルクラドの為のものにしたのである。
アリテーズにはアルクラドのことを知らぬ者が大勢いる。しかし珍しい風体の人間の姿を見た者は大勢いた。加えてアルクラドは祭りが始まってから、各部族の集まりを巡っていた為、国王の言う人物が誰なのか、ほとんどの獣人が理解したのであった。
そんな祭りが終わった翌日、正確にはヴィクトルが宣言をした後から、多くの獣人達に付きまとわれていた。それらは主に竜人族と、獣人の冒険者達だった。
龍を祖とする竜人族達は、龍に認められたというアルクラドのことが知りたかった。加えて彼らにとって龍はただ恐ろしい存在ではなく、憧れや畏怖を抱く存在であり、その龍が何を語ったのかも、知りたかったのである。
また獣人は強きを貴ぶ種族であり、戦いを生業とする冒険者となれば、その傾向は強い。龍に認められる人物は一体どれほど強いのか。手合わせを願い出るほどの愚か者は居らずとも、その強さは彼らの興味を大いに刺激したのであった。
現在アルクラドは、昼食の真っ最中。店の中は、アルクラドが居ると聞いてやってきた獣人達で溢れかえっていた。初めはアルクラドに群がった彼らであるが、食事の間は静かに待っていろ、と言う言葉に従い、アルクラドの食事が終わるのを待っていた。
もちろんただ待っているだけではなく、美味しそうに料理を食べるアルクラドに触発され、獣人達も注文し、料理を食べながらアルクラドを待っていた。
時折シャリーと話しながらも、黙々と料理を食べるアルクラド。一体どれほど注文したのか、テーブルが一杯になるほどの料理が並び、皿が空けばまた別の料理が運ばれてくる。周りの獣人達はとうに自分の分を食べ終わってしまったが、アルクラドの料理はまだまだ残っている。
しかしアルクラドに文句を言う者は1人もいなかった。早く食べろと急かすことも、いい加減にしろと怒りだす者もいない。
アルクラドが店に入ってから1刻ほどが経った頃、アルクラドに加え大量に押しかけた獣人達が料理を注文した為、店の食材が空になってしまった。そうしてようやく、アルクラドの食事が終わったのである。
「何が聞きたい?」
食事を終えたアルクラドは、獣人達に言った言葉を律義に守り、彼らの質問に答える為に目を向けた。その言葉に、獣人達は我先に、とアルクラドに質問を投げかけていく。
今までどんな敵と戦ってきたのか、どんな武器を使っているのか、龍とはどんな話をしたのか、あの黒い剣はどうやって造られたのか、などなど。
龍に認められた強き武人のことを、更に掘り下げる質問がどんどん出てくる。それを獣人達は誰かれ構わず言うものだから、言葉が入り乱れ、誰が何を言ったか分かったものではなかった。
しかしアルクラドは慌てることなく料理屋の中を飛び交う言葉に耳を傾けている。そして一向に言葉を発しないアルクラドを不思議に思った獣人達が静かになったところで、アルクラドは口を開く。
「大した敵ではなかったが、魔族やオークキングと戦った」
アルクラドの言葉と視線は、質問をした獣人に過たず向けられていた。そして次々と質問をした獣人達に、発言が早かったものから順番に答えを返していく。アルクラドの耳は、あの騒がしい状況下で、しっかりと全ての声を拾っていたのである。
その状況をシャリーは不思議な気持ちで見つめていた。アルクラドは横柄で人との関わりを面倒と思う節はあるが、律義である。それ故、何かを聞かれれば、それに答える。だが今回の様に自分の都合を優先させる為、相手を長く待たせることも多々ある。その結果、相手が怒りだし、話自体が無くなってしまうことも珍しくない。
だが獣人達は苛立ちを覚えることもなく、群れの長に従うかの様にアルクラドが話し始めるのを待っていた。強きに従う野生の本能か、そんな獣人達の性質のおかげで、アルクラドと言い争うことにはならなかった。
アルクラドと獣人は意外と相性がいいのだろうか。そんなことを考えながら、大勢と話すアルクラドの珍しい姿を、シャリーは見つめるのであった。
多くの獣人達から質問攻めに遭うこと、1日。アルクラドに限界がやってきていた。
アルクラドから話を聞いた獣人達は、その話を知人友人に語り、アルクラドはたちまちアリテーズの有名人となった。しかしそのこと自体に問題はなかった。どれだけ話題に上ろうとも、注目に晒されようとも、アルクラドは気にしないからだ。
しかし1日の内に何度も何度も話をせがまれ、何度も何度も同じ話を繰り返すのは、さすがに堪えていた。誰であっても、同じ話を何度も何度もさせられては、苛立ちうんざりしてくる。それが人との関わりを面倒だと思っているアルクラドなら尚更である。
獣人達は知人友人から話を聞き、その話を直接本人から聞きたいと考え、アルクラドの下へと駆け付けた。アルクラドが何か用事を抱えていればそれが終わるまで待ち、用が無くともアルクラドが待てと言えばいくらでも待ち、じっとアルクラドの傍にいるのである。
そして話ができる状態になると、ここぞとばかりにアルクラドに質問を投げかけるのである。それが今までと違うものであればまだ良かったが、判を押した様に同じ質問なのである。もう同じ質問には答えるまい、とアルクラドは心に決めたのであった。
「アルクラド殿、よろしいか?」
少々ご立腹気味のアルクラドの所へヴィクトルがやってきた。
「我が国の者達が、無遠慮で申し訳ない」
感情の読みづらいアルクラドであるが、辟易とした雰囲気が漂っていた。それを感じとったヴィクトルもまた表情が読みづらいが、申し訳なさを漂わせながら謝罪の言葉を口にした。
「何度も同じ話をさせられるのは煩わしくはあるが、其方に責は無い。我は好きにしろと言った故な」
ヴィクトルがアルクラドを国民に紹介すると言った時、アルクラドへ彼に好きにしろと言った。こんなことになるとは思っていなかったが、好きにしろと言った以上、ヴィクトルを咎めはしなかった。
「そう言ってもらえると助かる。それで本題なのだが」
アルクラドに謝罪をする為だけに来たわけでは無かった様で、ヴィクトルは少し言いづらそうに話を切り出した。
「同胞の無遠慮を詫びた手前頼みづらいのだが、貴殿が会ったという古代龍に会わせてくれないか?」
珍しい言葉がヴィクトルの口から飛び出した。龍は滅多にその姿を見ることができない存在であり、自身の眼で見たいと考える者は多い。しかし会うとなれば話は別である。
会うということは、町1つを易々と破壊する力を持つ龍と対面するということである。そんな龍よりも更に凶悪で、天災の1つとして数えられるのが古代龍であり、どこかの龍殺しの魔女でさえ相対することを望みはしないだろう。そんな龍に会いたいと言う者は、封印から目覚めた吸血鬼の様な途方もない力を持つのでなければ、余程の命知らずか愚か者である。
しかしそれを言い出したのが竜人族であれば、話は変わってくる。彼らは龍の力を得た神子から生まれた、龍の力を受け継ぐ種族である。神子に力を与えた龍が、古代龍なのかそれよりも更に力ある存在なのかは分からないが、龍は竜人族達の親でもあるのだ。子が親に会いたいと思う。そう考えれば特別におかしなことでもないのかも知れなかった。
「面倒をかけるが、もし私が龍と話したとなれば、国民の興味は私へ移るだろう」
何やら面倒なことになってきた、と考えているアルクラドが何か口に出す前に、ヴィクトルが言う。新たな話題ができれば、獣人達の興味を逸らすことができる、と。
「……食事と酒の用意を。我が喚べば彼奴は来るであろうが、故無く喚ぶ訳にもゆくまい」
少しの間ヴィクトルの言葉について考えた後、アルクラドはそう言った。面倒ではあるが合図を送るだけで漆黒の古代龍はやってくるのである。自身の手間は大してなく、それだけで質問攻めから逃れられるのなら充分だ。そうアルクラドは考えたのである。
また黒龍はアルクラドの召使でも何でもない。にもかかわらず人族と話をさせる為だけに喚ばれたのでは、彼の龍も苛立つだろう。それを鎮める為にも、食事と酒を用意しておこう。アルクラドが食事の用意を指示したのは、こう考えていたが故であった。
「分かった、用意させよう」
ヴィクトルとしても古代龍を何のもてなしもせずに迎えようなどという気は更々なかった。盛大に祭りを行った後であるが、それよりも多くの食事と酒を用意するつもりでいた。
「うむ」
ヴィクトルの返事を聞き小さく頷いたアルクラドは、徐に腰に手を伸ばす。そして龍鱗の剣の柄を握りしめる。
「アルクラド様、ちょっと待ってください!」
それをシャリーが押しとどめた。
「ここに黒龍様を喚んだら、森がメチャクチャになっちゃいます!」
アルクラドを制止するシャリーの言葉に、ヴィクトルがギョッと目を見開いた。龍には実際に会ったことのないヴィクトルであるが、こんな所に飛来すれば森の木々や町が大変なことになるのは想像に難くなかった。
「アルクラド殿……さすがにここでは……」
「では何処に喚ぶ?」
まさか本当に喚ぶつもりだったとは。アルクラドの言葉を聞いて、ヴィクトルは肝が冷える思いだった。慌てて龍が降り立つ土地を考える。
「では、火を吹く山の麓で喚んでもらおう。あそこであれば何もなく、都合がよいであろう」
常緑の森の西の外れにある、火を吹く山。その麓は岩だらけの、草木も生えない荒野が広がっている。そこであれば、龍が飛んできても壊されるものはなにもない。
「ではそこへ往くとしよう」
「人を集める。しばし待たれよ」
獣人達の興味が早く逸れて欲しいアルクラドと、古代龍に早く会いたいヴィクトルは、早く山の麓の龍を喚びだそうという考えで一致していた。すぐにでも出発しようとするアルクラドを引き留め、ヴィクトルは山へ向かう準備を始める。
山の麓まで酒を運ぶ者達、古代龍に捧げる食事を森で調達する者達、それらを調理する者達など、必要とさせる人手を集めていく。また山の麓に行くまで4日ほど歩く必要がある。その間の食事や寝床も必要であり、それらの準備も進めていく。
そうして準備を進めること数刻、昼の時刻になった頃に出発の準備が整った。
火を吹く山に向かう獣人は主に竜人族達。他の獣人達は、話を聞くだけならまだしも、実際に龍に会うのは恐ろしかった様で、ほとんどいなかった。バックシルバ経由で、ヴィクトル一行の護衛や荷物持ちとして依頼を受けた冒険者以外は、全て有鱗人族だった。
「まさか龍に会えるなんてな! でもって龍を喚びだせる兄さんは、一体何者なんだ?」
「あの漆黒の剣が、両者の信の証なのではないか? それにしてもやはり只者ではないな!」
多くの獣人達が畏れる龍の下に向かうというのに、能天気に笑っている変わり者が2人。狼人族の青年レアンと、猩人族の男バックシルバである。
この2人を除けば、有鱗人族を含めた獣人達は皆、緊張の面持ちでいる。しかし2人の目は好奇心旺盛な子供の様に光り輝いていた。
「お2人は怖くないんですか? 今から会うのは龍、それも古代龍ですよ?」
そんな2人にシャリーは尋ねる。古の黒龍と1度あったことがあるシャリーでさえ、黒龍がアルクラドに絶対服従を誓っていると分かっている彼女でさえ、どこかに恐怖はあった。頭では分かっていても、身体が進む足を僅かに遅らせるのである。
「未知のものは何だって怖い。だがその恐怖に身を竦ませていては、オレ達冒険者は何もできないだろう?」
「それにその古代龍は兄さんを認めたんだろ? なら兄さんの友であるオレを簡単に殺したりはしないだろう」
勇ましく語るバックシルバと楽観的に言うレアン。両者の言うことは確かに一理ある、と思えるものだった。だがやはり、かつて獣国最強の戦士と謳われた男と、そして現在最強の一角に数えられる男は、やはりどこか他の者と違う様であった。
こうして一部緊張感に欠ける者が居りつつも、期待と不安を胸に頂きながら、アルクラド達は火を吹く山へと向かうのであった。
お読みいただきありがとうございます。
まったりとした話はここまで、次回から少し慌ただしくなっていくます。
そして黒龍の再登場です。
本当はもっと後の予定でしたが、話はどう転ぶやら……
次回もよろしくお願いします。





