誤解の解消
ヴィクトルの宣言と獣人達の雄たけびで始まった、アリテーズの祭り。夜になり、昼に仕事で森の中や外へ赴いていた者達が戻ってきた為、祭りは更に賑わいを増していた。
各部族の集まる場所で彼らが提供する料理をしっかり食べ、時には食べ比べや飲み比べをしたアルクラド。一通り料理を堪能した後、ヴィクトルの邸宅の前へと戻ってきた。
「おう、アルクラド! 随分と祭りを賑わせているみたいだな」
そこにはヴィクトルと語る、ギルド長バックシルバの姿があった。獣の顔をした獣人ながら、端整な雰囲気を漂わせる猩人族の男である。
「我はただ料理を食していただけであるが」
祭りを賑わせていると言われても、アルクラドにそんなつもりは全くなかった。祭りに参加しているものの中で誰よりも多くの料理を食べていることがその原因なのだが、もちろんその自覚もない。
「はっはっはっ! お前さんはただ料理を食べていただけかも知れんが、獣人より大食いの人間は誰だ、と話題だぞ? オークキングや魔物の軍勢を返り討ちにした男は、やはり違うな」
ラテリア国王からヴィクトルへの手紙には、アルクラドの功績や人となりが記されていた。バックシルバはその内容を知っており、またヴィクトルが傅く姿も目撃している。只者ではない男は、ただ食事をしているだけでも周りを騒がせるのだな、と愉快な気持ちになっていた。
「いたいた。おーいっ、兄さん!」
そこへ狼人族の青年レアンがやって来た。
「レアン。アルクラド殿のことを知っておるのか?」
気安い口調でアルクラドに話し掛けるレアンを見て、ヴィクトルは問う。
「はい。この前一緒に食事をして友人になったんです。なっ、兄さん?」
「友となってはおらぬが、食事を共にしたのは事実である」
「そりゃねぇぜ、兄さん! 一緒に飯を食ったら、友達みたいなものだろ?」
レアンは鼻に手を乗せ大げさな身振りで天を仰ぎ、縋る様にアルクラドの肩に手を置いた。冗談めかして言っているが、その実、少なからず哀しみを感じていた。
「それは獣人の流儀であろう?」
「そうだ。けど兄さんは、その獣人の流儀で、俺と飯を食ったんだぜ?」
言外に、それはもう友人と同じだ、と言うレアン。アルクラドの返答をじっと待っている。
「であれば、其方の好きにすると良い」
「へへっ、そうこなくっちゃ」
友人であるかは別として、そう呼ばれることに抵抗はないアルクラドは、レアンに好きに呼ばせることにした。レアンは喜んでいるが、アルクラドが彼を友と認めてはいないことに、気づいてはいない。
「そうだ、忘れてた。兄さん、龍の鱗で造ったっていう剣、見せてくれよ」
逸れた話に意識が向いていたレアンは、思い出したように本題を切り出す。アルクラドとレアンが食事を共にする前に話題に上がった龍鱗の剣。謂れのある武器は戦士として興味があるが、その時には剣を見なかった為、見せてもらおうと思いアルクラドを探していたのである。ついでに龍の神子の誤解も解消できればと考えていた為、ヴィクトルがいるこの場は渡りに船だった。
「うむ、構わぬ」
龍の鱗という言葉に驚くヴィクトルをよそに、アルクラドは鞘から引き抜いた漆黒の剣をレアンへと手渡す。
「こいつはすげぇ……!」
艶やかに輝く漆黒の剣を眼前にかざしながら、レアンは呟く。曇りの無い剣身、刃こぼれ一つない刃、そして静かに佇む力の気配。ドワーフの名工が、鮮度抜群の龍の鱗をドワーフの遺産で鍛え上げた、渾身の一振り。
かがり火に照らされたそれに目を奪われる、レアンやバックシルバ、そして近くに居た獣人達。しかしヴィクトルだけは、龍鱗の剣を凝視するその視線の色が違っていた。
「そんな、まさか……」
信じられないものを見る様な目で、漆黒の剣を見るヴィクトル。その視線が龍鱗の剣とアルクラドを行き来する。
アルクラドから感じられていた龍の力が、今は感じられない。代わりに狼人族の青年が持つ漆黒の剣から、静かで、しかし他を圧倒する力を感じる。
「まさか、アルクラド殿は、龍の神子様ではないのですか……?」
「我は何度も、違うと言ったであろう」
ヴィクトルは信じられない気持ちだった。まさか龍の神子の末裔たる竜人族の、代々常緑の森の王を務めてき者たる自分が、龍の神子を見紛うとは。
そのことに衝撃を受けるヴィクトルに、追い打ちをかけるようにアルクラドが事実を突きつける。アルクラドにそのつもりはなくとも、冷たく言い放つ様な言葉は、竜人族の王の心に深く突き刺さった。
「アルクラド殿……その剣は一体……?」
「龍の鱗より打たれし剣である」
ヴィクトルが聞きたかったのはそういうことではなかった。剣のことではなく、それが造られるに至った謂れを聞きたかったのである。
「ドールとラテリアの間のとある山に龍飛来の伝承があります。それに従い山に登ったところ、漆黒の古代龍と会い、鱗を分けてもらったんです」
アルクラドに代わり、剣が造られた経緯を話すシャリー。アルクラドの正体を隠しておく為には詳しく話さないほうがいいが、ひた隠しにしているわけでもない。またこの場にいるのがただの獣人だけであれば、適当に誤魔化すことができたかも知れない。しかしヴィクトルは龍鱗の剣から感じる力を、龍の力だと見抜いた。竜人族の王である彼が誤魔化されてくれるとは思えず、言える範囲で話すことにしたのである。
「古代龍から鱗を譲り受けた!?」
龍が、それもただの龍とは一線を画す古代龍が他者に身体の一部を分け与えるなど、古代龍が討たれることと同等に有り得ない。ヴィクトルは信じられない気持ちだった。しかしただの龍の鱗から、ここまでの力を感じることはない。であれば、アルクラドが古代龍の鱗を手に入れたことは、事実だということになる。
「それは一体、どういうことなのですか!?」
事の真相を知る為、ヴィクトルは大声を上げ身を乗り出すのであった。
場所を広場からヴィクトル邸へと移したアルクラド達。
レアンやバックシルバもテーブルに着く中、シャリーが龍鱗の剣が造られるまでの経緯を話している。それを聞いている間、ヴィクトルは漆黒の剣を持ち、穴が開くほどに見つめていた。
「初めはアルクラド様が元々持っていた剣を、鍛冶師に見てもらうことになって……」
硬い表皮を持つミミズの魔物を100体以上、剣で斬り殺したところから話は始まり、ドワーフの鍛冶師オルネルとのやり取りを話していく。ヴィクトルが一番気になっているのは、ドラフ山頂での古代龍とのやり取りだが、そこは上手くぼやかして話していく。1000年以上前にアルクラドが黒龍を叩きのめしていることや、古代龍の龍の吐息を防いだことは、決して知られてはならないから。
「しかし何故、古代龍にまで至った龍が、人間に鱗を分け与えたのですか?」
「それは私にも分かりません。ただの気まぐれだったのか、それとも別の理由があったのか……」
理由は明白、黒龍のアルクラドに対する恐怖心以外にないのだが、それを語るわけにはいかない。龍が他者に恐怖するなど本来は有り得ないことであり、話しても信じる者は恐らくいないが、念を入れるに越したことはない。
「ううむ……」
シャリーの答えにヴィクトルは唸る。そして龍鱗の剣とその持ち主を交互に見比べる。
女性とも思える美しい顔立ちをした人間。線が細く強さとはかけ離れた外見の奥に、静かな魔力を感じることができた。しかしそれ以上はなく、とても古代龍を圧倒する力を持っているとは思えなかった。
「バックシルバよ。アルクラド殿をどうみる?」
竜人族は獣人の中でも強い種族であり、ヴィクトル自身もかつては強力な戦士であった。しかし龍殺しを為すほどの力はなく、今では歳を重ね力も衰えてきている。そこで種族の差を覆し、自分よりも高みに至った男に尋ねたのである。
アリテーズのギルド長バックシルバ。かつて獣国最強の戦士の名を戴いた、雄々しい猩人族の男。寄る年波に力の衰えを感じつつも、まだまだ若い物には負けない屈強な男である。
「そうだな。間違いなくできるが、オレではその全てを推し量ることはできない。だが、1つだけ確かなことがある」
出会った時から、アルクラドは只者ではないと感じていたバックシルバ。しかしそれも漠然とした感覚であり、アルクラドの強さを正確に捉えることはできていなかった。
「確かなこと……? 何だ、それは?」
「猩人族を含め、猿人族であるオレ達は、竜人族とは違い生来臆病だ。もちろんオレだってそうだ」
バックシルバの語る前置きに、ヴィクトルとレアンが噴き出す様に笑った。獅人族や虎人族といった獰猛な獣人である獅虎人族達も、最強の猩人族には怖れを抱いていた。どの口が臆病だというのか、と2人は笑いを堪えることができなかった。
「ともかく、その臆病なオレの本能が告げてる。アルクラドはとんでもない奴、だとな」
獣の血を色濃く残す獣人は、人間が忘れた本能も強く有している。そしてその本能は強い獣人ほど優れている。そんな獣人の、最強の名を戴いた猩人族の本能は、告げていたのである。
アルクラドには、決して立ち向かってはいけない、と。
「お前がそこまで言うほどか……私には見えぬものも、その黒龍様であれば、見えたのかも知れんな……」
皆が話している始終無言のアルクラドを見やるヴィクトル。付き人だと思っていたシャリーがしゃべる一方、剣の持ち主であり古代龍から鱗を譲り受けた本人は、何の言葉も発しない。
何か話せない事情があるのかも知れない。そうヴィクトルは考えた。それと同時に、あの素晴らしい剣を所持していることが、アルクラドの素晴らしさを物語っている、とも考えていた。
漆黒に輝く龍鱗の剣からは、途轍もない龍の力を感じる。竜種はおろか只の龍の鱗でさえ、これほどの力は発さない。それこそ古代龍の鱗を使うか、遥か古に鍛えられた剣でもなければ。
もし無理やりにでも鱗を剥ぎ取ったのならばそれはまさしく強さの証明であり、古代龍から譲り受けたのならば人物の証明である。また古の遺品を手にすることもただの人にできることではない。さる名家の出が、古代の遺跡を踏破するほどに優れた冒険者か。
いずれにしても、アルクラドは国を挙げて迎えるに値する人物である。そうヴィクトルは結論付けたのである。
「アルクラド殿。竜の神子であると勘違いをし、また祭り上げる形となり申し訳なかった」
「構わぬ。其方がどう思おうと、我にはどうでも良い故な」
素直に頭を下げるヴィクトル。アルクラドが龍の神子ではないと分かった為か、言葉遣いも国王のそれに変わっていた。アルクラドは人の話し方など気にすることはなく、無感動な顔でヴィクトルの謝罪を受け入れる。
「しかし龍、それも古代龍に認められるなど、龍殺しと並んで成し難い偉業!」
しかし顔を上げたヴィクトルは、分かりづらい竜人族の顔にもかかわらず、分かりやすいほどに興奮した様子だった。
「我ら獣人は強きを貴ぶ種族。そして我ら竜人族は龍を祖に持つ種族。龍に認められた強き武人を、私は国を挙げて歓迎したいと考えている」
アルクラドが龍の神子ではなかった。ヴィクトルの誤解が解けたことで終わるかに思えていた話が、変な方向に流れ始めた。
「さぁ、祭りはまだまだ続く。我が国の、私の正式な客人として、皆に知らせよう!」
ヴィクトルは勢いよく立ち上がり、1人で家の外に出て行ってしまった。アルクラドが一緒に出てこなくとも、1人で客人の紹介を始めそうな勢いであった。
「アルクラド様、どうしますか……?」
「好きにさせると良い」
いつもの様にアルクラドの実力や行動が疑われるのかと思っていたシャリーだが、まさかこんな展開になるとは考えもしなかった。ヴィクトルにこのまま話をさせていいのか、とシャリーは思ったがアルクラドは静かに首を振る。ヴィクトルがどんな話をしようが、目立とうが目立つまいが、アルクラドにとってはどうでもいいことなのである。
そんなアルクラドの耳に、力強く語るヴィクトルの声が届いてくるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
一緒にご飯を食べた青年のファインプレー?で誤解が解けました!
でもこれは解けたと言っていいのだろうか……?
次回もよろしくお願いします。