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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第10章
130/189

獣国の王

 人々に踏み均された自然の道を行く、アルクラドとシャリー。

 街道から森の中へ続く道は、やや曲がりくねっているものの、おおむね真っすぐ南に伸びていた。周囲から下草が生い茂ってきているが、何とか道の体をなしていた。

「この辺りは火と風の精霊が多いですね。それに森の中は暖かいですね」

「うむ。大地が熱を持っている様であるな」

 進行方向を真っすぐ見つめ歩くアルクラドに対して、シャリーはキョロキョロと視線を彷徨わせている。多くの人族には感じることのできない精霊の気配を、シャリーはしっかりと捉えていた。

 火の精霊が多い為に気温が高いのか、はたまた火の精霊を集める原因が空気を熱くしているのか。ともかく他の場所とは違う何かが、ここにはあるようであった。

 そうして歩いているうちに、不意に視界が開けた。

 と言っても木々が全く無くなったわけではなく、数十人の人が収まる場所に小屋がポツンと立っているだけであった。小屋の前には膝の高さの杭が等間隔に打たれ、それぞれが縄でつながれている。申し訳程度であるが、内と外を隔てる囲いであり、外の町における門の役割をしている場所だと思われた。

「あれ? 人か……ここを通るなら、何か身分を示すものを見せてくれ……」

 アルクラド達が小屋に近づくと、1人の獣人ビースツが欠伸をしながら中から出てきた。垂れた丸く長い耳とフサフサの尻尾を持つ、恐らくは犬人族ドッグス獣人ビースツであった。

「これを」

 優しげな顔立ちでおよそ門番には向いていなさそうな彼に、アルクラドはマルク王から受け取った2つの紹介状のうち1つを見せる。

「これは……ラテリア国王からの紹介状か……」

 1つは獣人ビースツの国の王へ宛てたものであり、もう1つは入国の際にアルクラド達の身分を証明する為のものであった。アルクラド達は罪を犯した者ではないので入国に問題はないが、国王が身分を保証すればことが円滑に進むであろう、とのマルク王の配慮であった。

 門番の目がアルクラド達を見定める様に細められるがそれも一瞬のこと。すぐに人懐っこい犬の様な笑みを浮かべる。

「君達の身分は確かに保証されているようだね、通って大丈夫だよ」

 門番の獣人ビースツは紹介状を返すと共に、2人に通行証を手渡す。

「王様は神樹、あのとても大きな樹の下に住んでいる。ここを真っすぐ行けば迷うことはないと思うよ」

 そう言って彼は、門番の小屋から続く道を指さす。やや曲がりくねったおおむね真っすぐな道が、森の奥へと続いていた。

「ようこそ、獣人ビースツの国アリテーズへ! 君達の来訪を歓迎するよ」

 畏まった口調と仕草で深く礼をする犬人族ドッグスの青年。顔を上げた時には、ニッと牙を剥いて笑うのであった。


 門番の小屋を通り過ぎ、獣人ビースツの国アリテーズの中を歩く、アルクラドとシャリー。道を真っすぐに行けば迷わないと言われた2人であるが、人間ヒューマスやドワーフであれば迷うのだろうな、とシャリーは思っていた。

 門番を務めていた犬人族ドッグスの青年はさも当然の様に、真っすぐ行け、と言ったが、そもそも道らしい道がなかった。

 森の入り口から小屋までの道は、それ以外の地面が下草が生い茂っていた為、道を見失うことはなかった。しかし小屋より奥、つまりはアリテーズの中はそれほど草が生い茂っていなかった。人が頻繁に通っている道らしきものは見受けられたが、その他の地面と余り変わりはない。

 また国の中にも木々が並び立っており見通しが悪く、頭上を覆う枝葉のせいで太陽の位置も分からない。結果として自分がどちらの方角を向いているかが分からず、非常に迷いやすい環境であると言えた。

 もちろん人族を遥かに凌駕する感知能力を持つアルクラドや、森の中で暮らしてきたシャリーが迷うことはない。神樹と呼ばれていたあの大樹の下へと、真っすぐに向かっていた。

「ふぅ……この格好だと、森の中は暑いですね……」

 森に着くまでは黒布で全身を覆い、目しか見えなかったシャリーであるが、今は頭の覆いも首巻も取り去り、森の中に吹く風に豊かな金の髪をなびかせていた。

 対してアルクラドは森に入ってからも、その格好に変わりはない。日差しの厳しい夏の盛りでさえ今と同じ格好をしていたのだから、この程度で暑さを感じるはずもない。シャリーの言葉もよく分かっていない様子であった。

 そうして歩いているうちに段々と並び立つ木々の数が少なくなってきた。神樹のある国の中心に向かうにつれてその傾向は強くなり、視界が一気に開けた。

 1つの町ほどの大きく開けた空間。白い雲の浮かぶ青空を濃い緑の傘が遮り、その枝葉の隙間から陽光が細く降り注いでいる。その空を覆い尽くすように大きく広がった枝葉を支えるのは、途轍もなく太い幹。その中に城を建てられそうなほど太い幹から、その中に人が住めそうなほどの太い根が広場の端まで幾つも伸びている。

 一体どれ程の齢を重ねてきたのか想像もできず、内に秘める魔力は見る者の心に触れる、厳かな気配を有していた。呼び名に神を戴くに相応しい姿であった。

「こうして見ると、本当に大きいですね……」

「この辺りはあの樹の魔力が、良く満ちておるな」

 遠くからだと、山の様だ、と漠然としかその大きさを掴めなかった。しかしある程度近づくと、1本の樹から伸びる枝葉が空を覆い尽くすという信じがたい光景が目に入り、神樹の巨大さが否が応でも感じられた。また神樹の持つ魔力は大きく、広場全体を満たしていた。神樹の下に立つ木は、空を衝く大樹ほどでないにしても、森をなす木々よりも高く太いのがその証左であろう。

「王様はあの樹の下にいるって言ってましたけど、まだまだかかりそうですね」

 そしてまた神樹の下までの距離も、その大きさを物語っていた。広場の端からその中心まで、1刻以上も歩くほどの距離がある。本当に途轍もない大きさの樹である。

「訪いの約束がある訳では無い故、急ぐ事もあるまい」

 もう既に日も傾き始めており、神樹の下に着く頃には夜になるであろう時刻であった。だがアルクラドの言う通り、獣人ビースツの王へ謁見を申し込んでいるわけではない。時間ができた時に会う。それがアルクラドの認識だった。故に急ぐこともなく、神樹の下へゆっくりと歩いていくのだった。


 アリテーズの中は、その国の名の通り、多くの獣人ビースツが暮らしていた。

 猫に犬、狼や羊など獣の特徴を有した獣人ビースツ達は、身体の一部が獣のようである者から顔まで獣そのものの者まで様々だった。ドールやラテリアでは獣人ビースツの方が珍しかったが、ここでは人間ヒューマスやエルフ、ドワーフの方が珍しい存在だった。

 その中を歩けば、アルクラドとシャリーはよく目立った。黒ずくめの服装や、暖かい気候の中での厚着もそうであるが、一番の要因は2人が獣人ビースツでないことだった。頭の上で動く耳も、尻から垂れ不規則に揺れる尾も、身体を覆う体毛もない2人は、奇異の目こそ向けられないものの、やはり多くの獣人ビースツ達の視線を集めていた。

 そうした視線の中を歩き神樹の下に着いた2人は、冒険者の常としてギルドへと向かった。辺りは暗くもう夜になっていが、広場の至る所で青い光が淡く灯り、暗闇で身動きが取れないということはなかった。

 他のギルドと違い木だけで作られた平屋造りの建物に入れば、やはり中にいる冒険者達の視線が、開かれた扉へと注がれる。屈強な戦士たる冒険者達の鋭い視線。しかしここの冒険者達はそのほとんどが獣人ビースツ。獣の瞳から放たれる鋭い視線は、同じ冒険者であっても並の者であれば竦むほどであった。

 しかしアルクラド達はそんな視線に怯むことはない。アルクラドに至っては相手の力を見定める様な視線に気づいてもいない。

 そんなアルクラド達から、次第に獣人ビースツ達の視線は離れていく。常であれば相手が視線を逸らすまで睨み続ける彼らであるが、反応のないアルクラド達に拍子抜けしたのかあるいは別の理由か、次々と視線を切っていく。

 心なしか、アルクラド達が入ってきた時より静かになったギルドの中を歩き、奥へと向かうアルクラド。それぞれのカウンターには猫人族キャッツの女性が座っている。

「宿を探している。どう往けば良い? それと美味なる料理を出す良い店は識らぬか?」

 受付のギルド員に宿と料理屋のことを尋ねるアルクラド。今は夜であり人を訪ねる時刻ではない為、アリテーズでの寝床と食欲を満たす場所を探すことを優先したのだ。

「神樹の周りに沿って歩けば、宿や食堂はすぐ見つかると思いますが……もしかしてアルクラドさん達ですか?」

 問われたことへの答えを返す猫人族キャッツの女性であるが、どうやらアルクラドのことを知っているようであった。

「うむ、我はアルクラドである」

 自分達のことを知っている様子の彼女を不思議に思うシャリーに対して、アルクラドはただ問われるままに答えを返す。

「お2人が来られたら報せるように、とギルド長から言われています。ちょっと待っててもらえますか?」

 言うが早いか、彼女は自身の持ち場を空にしてギルドの奥へと消えていった。それからほどなくして、受付の女性を引き連れて1人の大男が現れた。

 背の高いアルクラドよりも頭2つは大きな背丈。幅も厚みも並の人間ヒューマスの倍はあり、腕や脚は少女の胴ほどの太さがある。種族柄か上着を着ておらず、分厚い筋肉に覆われた逞しい上半身が惜しげもなくさらされている。

 全身が艶やかな黒の体毛で覆われ、その下の地肌も黒い。鼻は平らで鼻孔は大きく、唇は厚ぼったくボッテリとしている。しかし目元は涼しげで高い眉骨が整った眉毛の様で、その視線にはキレがある。山なりに尖った頭にも豊かな黒毛が生え、しかし首の付け根から背中には白銀の体毛が広がっている。

 様々な種族のいる猿人族マンキスの中の1種族、大猩人族ガリラスの男性であった。

「オレはアリテーズのギルド長、バックシルバだ。お前さんがアルクラドか、よく来たな! 王から話は聞いてるぞ」

 そう言って、アリテーズギルド長バックシルバは、牙を剥いて笑った。獣らしい獰猛な笑みであったが、彼の端整な顔つきの為にどこか美丈夫めいた雰囲気があった。

「ラテリアの国王から文が届いてな。オークキングを打ち倒すほどの武人であるお前さんと会うのを楽しみにしていた。王へは報せに行かせたから、もうしばらくするとここへ来るだろう」

 アルクラドがちゃんとアリテーズの王を訪ねるか不安だったのか、マルク王はあらかじめ書簡を送っていたようだった。そしてそれを受けた獣国の王は、客人の来訪を知る手立てを整えていたのだった。

「王様がここに来るんですか!?」

 一介の冒険者のことで国王同士がやり取りをしていたこともそうだが、国王自ら客人を迎えにくることにシャリーは驚いた。おおらかな人物だとは聞いていたが、仮にも一国の王である。城に招き迎えるのが普通である。

「アリテーズは国といっても規模の大きい集落や村みたいなものだ。王も集落の長みたいなもので特別偉ぶっているわけでもない。もちろん皆、王のことを尊敬しているがな」

 どうやらこの国は他と比べてその体制が異なっており、貴族の様な特権階級は存在していないようだった。無論、地位の上下はあるもののそれは能力によるもので、実力主義の国であるようだった。

 そうしてバックシルバと話しているうちに、ギルドの扉が開き、1人の獣人ビースツが入ってきた。

 祭司の様なゆったりとした、全身を覆う衣服を着た獣人ビースツ。漆黒の鱗に覆われた身体、ねじくれた2本の太い角に、長い口にズラリと並んだ鋭い牙。引き締まった手足の先には鋭い爪があり、太い尻尾が裾から覗き、背中では皮膜のついた羽が小さく折りたたまれている。

「お初にお目にかかる。私はこの国の王、ヴィクトル。ようこそ、アリテーズへ。貴殿らの来訪を歓迎する」

 感情の読めない金色の瞳で2人を見つめる獣国の王は、そう言って優雅に礼をした。蜥蜴人族リザーズと似た特徴を持ちつつも、それよりも更に雄々しく威厳のある種族、竜人族ドラコスであった。

「うむ」

「あ、ありがとうございます」

 一国の王とは思えないヴィクトルの振る舞いに、アルクラドは鷹揚に頷き、シャリーは恐縮した様に礼を返す。他の国では何度も咎められたアルクラドの態度であるが、ヴィクトルもバックシルバも特に気にした様子はない。いささか驚いた様子はあるものの、アルクラドの態度に言及することはなかった。

「マルク王から文を頂き、貴殿らの事は聞いている。が直に夜も更ける。まずは我が家で旅の疲れを癒し、話は明日にでもするとしよう」

 アリテーズでの滞在の間、衣食住はヴィクトルが面倒を見てくれるようで、彼はアルクラド達をギルドの外へ出るようにと促す。しかし何かに気付いたのか、ハッと立ち止まりアルクラドに向き直った。

 不思議そうに首を傾げるアルクラドとシャリーをよそに、ヴィクトルはマジマジとアルクラドを見つめる。頭の先から足の先まで視線を巡らせ、その目を驚きで以て見開いた。

「も、もしや貴方様は……!」

 慄く様に身体を震わせるヴィクトル。その様子にバックシルバまでもが、不思議そうに首を傾げている。

「もしや貴方様は、龍の神子であらせられるのでは……!」

 龍の神子。

 聞き馴染みの無い言葉に皆が首を傾げる一方で、ヴィクトルはアルクラドの前で膝を付き頭を垂れている。その様子にアルクラド達だけでなく、ギルドの中の全員が驚き、首を傾げるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

めちゃくちゃ大きい樹の下にある獣人の国アリテーズ。

王様はちょっと変わった人でした。

次回もよろしくお願いします。

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[一言] いいえ王様!龍の方が舎弟レベルでアルクラドが上です。
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