初顔合わせ
依頼主であるセイルとの面接を終え護衛依頼を正式に受けた次の日、陽が昇り始めた頃に3人はギルドに集まっていた。依頼主を交え、依頼を受ける他の冒険者との顔合わせ兼打ち合わせのためである。
ライカ達が一番乗りであった。眠りを必要としないアルクラドが、陽が昇る少し前にライカ達を起こしに行ったため、陽が昇ると同時にギルドの扉を開いたのである。当然、依頼主を含め誰も来ておらず、ギルドの中も受付の人間以外、誰1人いなかった。
「早いな。待たせてしまったか?」
その後しばらくして依頼主であるセイルと、その相棒であるグレイがやってきた。
「指定した時間に遅れることなく、それよりも早く来る。いい心がけだ。商人に対しては特に印象がいいぞ」
中級辺りの冒険者であれば時間を守らない者はそれなりの数がいる。中級までは腕っ節さえあればたどり着けるため、ゴロツキ紛いの冒険者も少ないが存在している。そんな冒険者の中で規律を守る人間は、商人としては信の置ける人物であり印象もいいようだ。
「すまん、少し遅れたようだな」
セイル達が来てしばらくも経たないうちに、4人組の冒険者達がギルドの中へ入ってきた。30代前後の男女2人ずつのパーティーだ。
「私も今来たところだ。遅れたという程ではない」
「そう言ってもらえると助かる。君らが一緒に依頼を受ける冒険者か?」
セイルと挨拶を終えた4人パーティーのリーダーらしき大男は、ライカ達に目を向ける。
「あぁ、そうだ。よろしくな!」
ライカは相変わらず物怖じしない様子で挨拶をする。相手は比較的背の高いアルクラドよりも更に大きく、全身が分厚い筋肉で覆われた筋骨隆々の大男だ。経験豊富な冒険者の様で、その目つきは鋭い。初対面においては怖がるのが普通の反応であろう。
「あぁ、よろしく頼む」
ライカと彼が握手を交わし、お互いに簡単な自己紹介をした。
筋骨隆々の大男はマーシルといい、このパーティーのリーダーであった。見た目通り力を使った戦いが得意で、大剣や戦鎚で敵をなぎ倒したり、大盾で敵の猛攻を防ぐ戦い方をするらしい。パーティーのもう1人の男はジキルと言い、平均的な背格好で、リーダーとは違い技量に富んだ剣で敵と相対するようだ。一見細く見えるが、その身体は鍛え込まれ、引き締まった筋肉で覆われている。
一方女性は動きやすそうな軽装をした人でレインと言い、背には弓矢を背負っている。冒険の最中、森や山を歩く際、先導や斥候を行う狩人の役割を担っているのだろう。もう1人はソシエとしい、ロザリーと同じ様なゆったりとしたローブを身に纏っており、恐らく魔法使いなのだろうと予想された。
ちなみにこの4人は夫婦2組のパーティーであり、マーシルとソシエ、ジキルとレインの組み合わせらしい。
「そうか、お前が噂の……」
お互いの自己紹介が終わった時、マーシルがアルクラドを見ながらそう呟いた。
「噂のとはどういう意味だ?」
アルクラド自身に噂をされる様な心当たりはなかった。もちろん魔族であることがバレればそれどころではないが、その秘密はしっかりと周りにバレない様にしているのだから。
「冒険者に登録して僅かな日数で中級試験を受け、試験を難なく突破。更にギルドで絡んできた複数の中級冒険者を1人で撃退。そんな凄い新人がいて、何でもいつでも真っ黒な恰好をしてるらしいぜ。
大抵の奴は根も葉もない噂だって思ってるが、ちゃんと注目してる奴だっているんだぜ」
本人は全く自覚していないが、アルクラドは見た目と実績の両方が目立っていたため、人々の噂になっていた様だ。
マーシルの話を聞いたライカとロザリーも納得していた。アルクラドはただでさえ目立つ。肌がほとんど見えない黒ずくめの服装というだけで目立つのに、今の季節は夏である。その奇特な恰好は他人の目を大いに集めていた。
それに加えて、中級昇級時の乱闘騒ぎである。冒険者の階級はその強さの指標でもある。絶対的に正しいわけではないが、大まかな指標にはなる。その指標の上で格上である冒険者を複数人、1人で叩きのめしたのだから噂にならない方がどうかしている、というものだ。
「まぁ噂がなんだって話だが、俺達はお前に、お前のパーティーに期待してるんだ。有望な若手には大いに活躍してもらいたいからな」
どうやらマーシルの話は、出る杭を打つ類いのものではなかったようだ。先輩として期待をしている。そう話をまとめてライカ達の肩を力強く叩いたのだった。
そうやって自己紹介の後、お互いについて話している内に、朝の2つ目の鐘が鳴り響いた。
人族の間では、日の出から日の入りまでを12等分し、その1等分の時間を1刻としている。そして町中では時刻が分かるように、1刻毎に鐘を鳴らしている。
日の出と同時に鐘を鳴らし3刻目までの4つの鐘を鳴らす明け鐘。4刻目から8刻目までの5つの鐘を鳴らす昼鐘。そして9刻目から12刻目、つまり日の入りまでの4つの鐘を鳴らす宵鐘。
陽が昇っている間、この合計13の鐘の音で時刻を知らせているわけであるが、明け鐘2つがなっても最後の冒険者のパーティーがまだ来ていない。既に指定の時刻よりも1刻が過ぎているにも関わらず。
依頼主であるセイルの表情も段々と苛立ったものになってきた。そんな時、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「いや~、悪い悪い、遅れたわ!」
ライカ達よりも少しだけ年上の軽薄そうな男3人組が入ってきた。口では悪いと言いながら全く悪びれた様子はない。
セイルの顔が引きつっている。どうやら彼らが最後の冒険者のパーティーの様だった。
集合予定時刻から遅れること1刻、ようやく護衛依頼を受ける全ての冒険者が揃ったため、改めて自己紹介となった。各パーティーのリーダーが代表して行う。
「俺はライカ。剣士と魔法使いの3人パーティーで全員6級だ。よろしく」
「俺はマーシル。戦士、狩人、魔法使いの4人パーティーだ。皆5級だ。よろしくな」
「俺はウノー。戦士3人のパーティーだ。今は5級だがすぐ上級に上がるから、あんたらと依頼を受けるのはこれが最後だろうな。まぁ、短い間だがよろしく頼むよ」
遅れてきた3人は、ウノー、デューエ、トーレスと言い、それぞれが剣、短剣、槍を持った戦士のパーティーであった。年齢はライカ達よりも少し上、20歳前後に見え、身体はよく鍛えられている。しかし態度は悪く、同じ階級で年上であるマーシル達でさえも見下している様子だった。
「ウノー。昨日も言ったが我々の指示にはちゃんと従え。下らん理由で依頼失敗にはなりたくないだろう?」
ウノーの発言や態度は、明らかにパーティー間の不和をもたらすものだ。グレイが強い言葉で釘を刺す。
「はいはい、分かってるよ」
しかし当の本人に反省の色はなく、仲間達と共に肩をすくめながら返事をする。セイルに続きグレイの顔も引きつっていた。
「とにかく時間が押している。すぐに出発だ。隊列などについては移動しながら話す。さぁ、行くぞ!」
予定よりも1刻近く時間が遅れている。時は万金に値するものだから、セイルとしてはウノー達を放っておいても出発したかったのだろう。反省しないガキの説教に貴重な時間を割いていられない、と皆を急かす。
それに従い、ライカ達3つのパーティーはギルドを出て、町の外へ続く門へと向かっていった。
町を出てすぐ、冒険者達は荷物を牽く馬車の先頭に集まり、今回の護衛依頼の隊列などの指示を聞いていた。
「よし、今から移動中の隊列について指示をする。また今後、移動中の指示は各パーティーのリーダーに出し、リーダーから各メンバーへ伝えてもらう。よってリーダー以外は自分の持ち場から離れないようにしてくれ」
今回セイルの商隊は3つの馬車を牽いており、各馬車に各パーティーが付き護衛する形を取るようだ。
「まず先頭の馬車にはマーシルのパーティーがついてくれ。人数が多く狩人もいる。商隊を離れて周囲の警戒を行ってもらう場合もあるから、よろしく頼む」
マーシルのパーティーは唯一の4人パーティーで、1人が商隊を離れることによる戦力の低下の割合が少ない。また狩人は地面の状態を読むことに長けており索敵役に適している。
「次に真ん中の馬車にはアルクラドのパーティーについてもらう。周囲への警戒はもちろんだが、前後のパーティーの援護にすぐ迎えるようにしていてくれ。また今回、商隊の水のほとんどはお前達に用意してもらう予定だ。魔力が切れて水が出せないでは話にならないから、魔力の管理はしっかりと行ってくれ」
列の真ん中は真っ先に敵にぶつかる可能性が低く、前後からの援護も期待できるため比較的安全な位置である。商隊の生命線である水を委ねているのだから、ある意味では当然の配置だった。
「最後に一番後ろにはウノーのパーティーに付いてもらう。背後をしっかりと警戒し、何かあればすぐに知らせてくれ。くれぐれも先走るなよ。どうするかは俺が判断するから、まずは報告をしてくれ。分かったな?」
朝のギルドでのやりとりがあったからか、子供に言って聞かせる様な口調での指示になってしまった。これが相手を不機嫌にさせると分かっていても、念を押さずにはいられなかったのだ。案の定、ウノーは一気に不機嫌そうな顔になっていた。
「さて以上だ。何か質問はあるか? ……ないようだな。それじゃあ各自、配置についてくれ」
グレイの合図で、それぞれが自分の守る馬車の方へと歩いて行く。ウノー達は、元々気怠そうであったが、より面倒くさそうにダラダラとした足取りで馬車へと向かっていた。
彼らの口ぶりからして腕にはある程度自信があるのだろう、典型的なゴロツキ冒険者達であった。
ライカ達も自分達の守る馬車の傍へ行き、馬車を操る御者に声を掛ける。
「俺達がこの馬車を守るパーティーだ。よろしくな!」
御者の男と簡単に挨拶を交わし、馬車の速度に合わせて歩いて行く。
周囲に目を配り警戒するが、危険が迫る様子はない。現在この商隊は、依頼主、冒険者、御者を含め、15人の人間が集まっている。弱い魔物や獣は普通、近寄ってこない。これに近づいてくるのは、強力な魔物かよほど腹を空かせて大型の獣くらいである。
町から出てすぐのところではそんな魔物や獣は現れない。もちろん町に近いため盗賊も滅多に現れない。そのためこの段階では、必要以上の警戒は気疲れするだけで無駄であった。
「ライカ、気を張り過ぎだ。これほど見通しが良いのだ。もっと気を楽にしろ」
ライカはいつかオークの森に入った時の様に、辺りを警戒する余り身体に余計な力が入ってしまっていた。初めての人間にはさほど緊張しない彼であるが、初めての仕事はそうではない様だ。
「そうだな。どこ見たって、隠れる様な場所もねぇもんな」
アルクラドに言われ、肩に力が入っていたことに気付いたライカ。緊張をほぐすように肩を上下させ、大きく深呼吸を行う。
「ライカって意外と緊張しやすいよね」
普段の大らかな態度との落差が可笑しいのか、ロザリーはクスクスと笑っている。
「うるせぇな、仕方ねぇだろ」
図星を突かれ、不機嫌そうに唇を尖らせるライカ。しかしおかげで緊張はすっかり解けていた。
それからは何事も問題はなく、突き抜けるような青空の下を、のんびりと歩いていった。
お読みいただきありがとうございます。
中々鬱陶しい3人組の登場です。
果たして彼らは単なる噛ませなのか、どうか・・・
評価にブックマークありがとうございます!
そしてPVが1000を超えました!
1つのボーダーを超えたように思います、皆様ありがとうございます!
次回もよろしくお願いします。