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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
間章
127/189

閑話 ~アルクラドと魔獣の肉~

何とか、最期の最後は時間通りに更新できました。


 ドール軍が魔物軍を退け、王都ドールへ戻った日の夜。ギルドの酒場で、一風変わった肉料理が提供され、話題となった。黒衣の麗人を中心とした一団が、呆れるほどその料理を食べていたのも話題となった要因であるが。

 ことの起こりは、ドール軍が王都へ戻っている最中のことであった。


 聖女との邂逅の後、王都へと戻るアルクラド達。その途中、ふとアルクラドが立ち止まった。

「どうしたのですか、アルクラド殿?」

 傍にいたヴァイスが尋ねる。その声を聞きつけて、ライカ達もやってきた。

「あれは……もしやアルクラド殿がドール王国へ来られた際に狩られた、羊の魔獣ですか?」

「うむ」

 アルクラドの視線を追ったヴァイスが、思い出した様に言う。

 王都を悩ませていた魔獣を狩ったアルクラドだが、とある者の策略に巻き込まれてしまい、王国の兵士と殺し合う寸前にまでなってしまった。

 ヴァイスが間に入り何とか戦いは避けられたが、一歩間違えば王国がアルクラドの敵になるかも知れない、非常に危うい出来事だった。もし最悪の事態となっていれば、魔物軍の侵攻を待たずしてドール王国は滅んでいたかも知れない。

 今回の戦いでアルクラドの強さの底知れなさを改めて理解したヴァイスは、敵対関係にならなかったことを、心の底から喜ぶのであった。

「あの魔獣がどうかされたのですか?」

 そんなことを思いながら、何故羊の魔獣が気になるのかを尋ねる。アルクラドが過去を蒸し返す人物ではないからこそ、気を留める理由が分からなかった。

「あの魔獣は、非常に美味である」

 アルクラドの言葉に、ヴァイスやライカ達が眉をひそめ首を傾げる。シャリーだけが賛同する様に大きく頷いている。ついでにライカ達の気持ちもよく分かる、と頷いている。木の根を囓るよりはマシという程度で、余程の極限状態でない限り、魔獣を食べることは忌避されることであるからだ。

「其方に見せた首以外を食したが非常に美味であった。また食したいものだ」

 ドールを訪れた際に食べた羊の魔獣の味を、アルクラドは昨日のことの様に思い出すことができた。魔獣は食べない、という常識はアルクラドにはないが、その常識を持つシャリーもその虜になる程、羊の魔獣の肉は美味だったのである。

「戦も終わった。食して往くとしよう」

「ちょっと待ってください、アルクラド殿。魔獣を食べるのはお止めください」

 そう言って魔獣の死体の下へ行こうとするアルクラドを、ヴァイスが引き留める。

「何故だ?」

「あの魔獣は確かに美味なのでしょうが、戦い一番の功労者であるアルクラド殿が、悪食を衆目に晒すのはいかがなものかと思います」

 アルクラドがどこで何を食べようと彼の自由であるが、今は多くの戦士達の目がある。龍殺しの英雄と並ぶ強大な魔法を放った彼は、多くの者から英雄に近い者だと目されていた。そんな彼が魔獣を食べる姿は、間違いなく奇異の目で見られる。それは非常によくない、とヴァイスは考えたのだ。

「周りの者がどう見ようとも、我は我である。丁度昼時である故、食して往こう」

 しかしアルクラドは聞き入れない。周りの評価など、全く以てどうでもいいのである。

「お待ちください」

 だがヴァイスも諦めない。この歴史に残るであろう戦いの功労者が、悪食の英雄として語り継がれるのは、国としても避けたかった。アルクラドへの評価だけでなく国の威信にも関わってくるのだから。

「私が何とかしますので、どうかここでは食べないでください」

 頭を精一杯働かせながら、アルクラドに懇願するヴァイス。何とかアルクラドを頷かせることができた彼は、すぐにエピスに事情を説明。魔獣を密かに食わせる算段をつけるのであった。


 そうして何とかその場での魔獣喰いを止めることができたヴァイスは、部下の騎士達に羊の魔獣を王都へ持ち帰らせ、エピスを通じてギルドの酒場で魔獣の肉を提供することにした。

 酒場の料理人達も、魔獣の肉など調理したことも食べたこともない。また食材としては忌避されるものである故、調理をすること自体が躊躇われた。しかしギルド長直々の依頼である為、只の羊肉だと思って、彼らは魔獣の肉を調理することにした。こうしてギルドの酒場で魔獣の肉が密かに提供されることになったのであった。

 そしてドールへ戻ったアルクラドは、魔獣の肉を食べる準備が整ったとの報せを受け、シャリー、ライカ達4人で夕刻のギルドへと赴いたのである。

「特別料理を頼む」

 酒場に着くなり、アルクラドはそう言って注文をした。魔獣の肉など誰も食べないだろうし、そもそも酒場でそんな料理を提供していると知られたくない為、ヴァイスは注文の際の合図を決めていた。

 アルクラドの言葉が、正にその合図であった。それを聞き、給仕の顔が僅かに強張る。

「私も、特別料理をお願いします」

 そしてアルクラドに続き、シャリーも魔獣料理を注文する。それを見て、ライカとロザリーがひどく驚く。

 アルクラドが羊の魔獣を食べたいと言っていたのは、ライカ達も聞いていた。だから彼が注文しても、もう驚くことはなかった。しかしまさかシャリーまでもが、魔獣を食べるとは思っていなかったのである。

「シャリーさん……ほんとに食べんのか……?」

「私も最初はそうでしたから気持ちは分かります。けど本当に美味しいんですよ?」

 恐る恐る尋ねるライカに、シャリーは苦笑気味に答える。シャリーも初めて魔獣の肉を食べた時は、何度もアルクラドの正気を疑っていたからだ。

 そんなシャリーの言葉に2人は、もしかしたら、と思う。

 アルクラドは美味を感じ取る確かな舌を持っている。ただ同時にどんな不味い物でも全く動じずに食べることができる。またアルクラド自身の特殊性を考えれば、特殊な味を美味と感じる可能性も否定できない。その為、魔獣が美味しいと言うアルクラドの言葉を、2人はそのまま信じることができなかったのである。

 その点シャリーはエルフであり、ライカ達と同じ人族である。多少趣向の違いはあれど、人族内では美味しさの定義はそれほど変わらない。そんな彼女が美味しいと言うのなら、それは本当ではないのか。ライカ達はそう思い始めていた。

「俺も、頼もうかな……」

「えっ、ライカも? じゃあ、私も……」

 結局、アルクラド達全員が特別料理を注文し、半分はどんな料理が出てくるのかを心待ちにし、もう半分はどんな料理が出てくるのかを強張った表情で待つのだった。


 注文後、待つことしばし。

 アルクラド達の待つ席に、肉とパンの焼ける香ばしさが漂ってきた。

「お待たせしました~! 骨付き肉の香草焼きです」

 そう言って給仕がテーブルへ置いたのは、大きな骨付きの肉だった。

 肋の骨ごと切り出した肉は大きな肉の塊であり、赤身と脂身が美しく2層に分かれている。全体がこんがりと焼かれ、ザラザラとした脂身の表面から、香草とパンの香りが漂ってくる。

 給仕は大皿に乗ったそれを、骨の間にナイフを入れ、ザクザクと音を立てながら切り分けていく。

 断面は、薔薇色。中心から肉のふちに至るまで、見事なまでに均一な薔薇色だった。そして肉汁が与える照り輝きは、まるで紅玉の様であった。

 ゴクリ。と、ライカとロザリーは唾を飲み込んだ。

 見た目、香り共に申し分ない。材料の肉が魔獣だと知らされていなければ、すぐにでも飛びつきたいほどに、美味しそうだった。しかし不安は残る。注文したはいいが、いざ目の前にくると尻込みをしてしまう。

 チラリと、アルクラド達の様子を窺う。

 アルクラドは焼きたての熱さも、手袋が汚れることも厭わず、骨を掴んで肉を取った。シャリーは熱さに手を引っ込めつつも、魔法で骨を冷やしながら、最後は手掴みで肉を取った。

 そして2人同時に、肉にかぶりついた。

 ザクリ。

 堅く焼かれたパンの、しかし歯切れの良い食感が歯に響き、ザクザクと噛む度に鳴る音が小気味良い。荒く削ったパンと香草を表面に焼き付けており、食感や音だけでなく、鼻を抜ける香ばしさや爽やかさも、心地が良かった。

 そして肉の歯ごたえもまた心地よいものだった。肉は柔らかく、しかし肉の繊維が僅かに抵抗を示し、サクサクと心地よく、歯が肉に沈んでいく。こぼれ落ちるほどの肉汁は旨味に溢れ滋味深く、脂の甘味や香草の爽やかさと相まって、味が濃いにもかかわらず軽快で、いくらでも腹に収まると思えるほどだった。

 香りは、死んでからしばらく放置されたのか、鼻につく臭みが出ている。しかしそれが香草の香りと合わさり、芳香へと化けていた。香草が肉本来の甘さを伴った香りを引き出し、肉の臭みが香草の香りを鮮烈に引き立てていた。

 味、香り、食感の全てが美味な、一品であった。

 アルクラドは、シャリーやライカ達が分かる程度に表情を緩め、シャリーは、食べた美味しさが身体から漏れ出ているかの様に満面の笑みを浮かべている。

 これは本当に美味しいやつだ。

 確信した2人は肉を手に取り、躊躇なくかぶり付いた。

 ここから宴が始まった。

 まずアルクラドとシャリーが、食べる。とにかく食べる。その細い身体のどこに入るのか、という量の肉が彼らの腹に収まっていく。そしてライカ達も腹いっぱい食べ、途中から合流したマーシル達も大いに食べた。

 そうなると周りの目を引く。

「美味そうだな。それは何なんだ?」

 当然、一体どんな料理かを尋ねてくる者も出てくる。

「羊の魔獣の肉だ」

 一言だけ答え、すぐに食事に戻るアルクラド。その言葉は、興味を持ってアルクラド達を見ていた者の間を、恐ろしい速さで伝播する。結果、ギルドの中が騒然とする。魔獣の肉を食っているぞ、と。

 しかしその騒がしさに目もくれず魔獣料理を食べ続けるアルクラドの姿を見て、同じものを注文する者が現れ始めた。

「旨い……めちゃくちゃ旨ぇぞ、これ!」

 誰かの言葉が火種となり、炎が大きく燃え上がった。

 次々と飛び交う、特別料理の注文。

 料理への称賛の嵐が巻き起こる。

 それはギルドの外へと伝わり、いつも以上に騒がしいギルドの酒場を珍しがり、更に人が押し寄せる。そして注文が飛び交い、称賛が沸き起こる。

 アルクラドの為にヴァイスが大量に持ち帰った魔獣の肉が、見る見るうちになくなっていく。

 身体が牛と同じほど大きな羊の魔獣であるが、その1体分の肉がすでになくなっていた。念の為に、と3体の魔獣を持ち帰っていなければ、アルクラドの食べる分がなくなってしまうところであった。

 そして夜になる頃には、魔獣料理が引き起こした騒ぎも収まり、アルクラドも満足いくだけ食べることができた。

 酒場で魔獣料理を食べた者の中には、先陣で戦っていた者はおらず、アルクラドが戦いの功労者であることを知る者はいなかった。結果、アルクラドが悪食の英雄との誹りを受けることも、ドール王国が悪食に護られた国と蔑まれることもなかった。

 そしてその日が明けぬうちにアルクラドがドールを発つこととなり、ヴァイスの目論見は見事成功した。かに見えた。

 しかし日が明けると、1度魔獣料理を食べた者やその話を聞きつけた者が、ギルドの酒場に殺到。再び酒場に注文と称賛の嵐が吹き荒れた。

 嵐が嵐を呼び、更に嵐を呼んだ。

 魔獣料理の騒ぎは1日、2日では終わらず、1旬の間、王都を賑わせた。そしてそれは王都の外にまで広がり、様々な噂が飛び交った。

 王都の者は悪食だの、魔獣を食らうほど貧しいだの、挙句の果てには人喰いが出るだの、おおよそ事実無根の、尾ひれがいくつもついた噂が、事実であるかの様に語られていた。

 魔物の侵攻を退け平和を勝ち取ったドール王国。

 しかし、その噂を聞いたヴァイス、エピス、そしてシャルル王は、揃って頭を抱えるのであった。

お読みいただきありがとうございました。

ふとご飯の件がなかったな、と思いこの話になりました。

フッと笑っていただければ幸いです。

これで9章は終わり、少し時間を頂きまして、次章へ移ります。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] 悪食王国... しかし、今後ドール王国のギルドで羊魔獣狩のクエストが出たら絶対身体は持ち帰るようにと補足がつくやも
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