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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第9章
122/189

戦士達の決着

 上方より迫る獣爪。

 剣を跳ね上げ弾き返す。

 僅かに空いた胴へ再び獣爪。

 手首を引き、突進の勢いごと投げ飛ばす。

 身体が回り、口に咥えた剣が周囲を薙ぐ。

 身を反らし、剣を躱す。

 軽やかに着地し、僅かの間を置いて、再び獣が駆け出す。

 ヴァイスとパンテラの戦いは目にも止まらぬ攻防が続き、怒涛の攻撃にヴァイスが防戦を強いられていた。

 豹人ウィル・パルドゥスとしての姿を現したパンテラは、豹の名を冠した魔族らしく凄まじい速度で攻撃を繰り出してきた。その攻撃はヴァイスが見切ることのできるギリギリの速度であり、やや直線的であるからこそ何とかなっている。もしも見せかけに引っかかってしまえば、そこでお終いである。

 このままでは徐々に体力を削られ、いずれ致命的な攻撃を受けてしまう。と、ヴァイスは若干の焦りを感じていた。

 そして今のところ一方的に攻めているパンテラだが、彼もまた攻めあぐねている状況に焦りを覚えていた。豹人ウィル・パルドゥスの鉄をも切り裂く獣爪と口に咥えた剣。自身は3つの攻撃手段があり、対する相手は剣1本にもかかわらず、未だ決定的な一撃を喰らわせられないでいる。速度では自身が勝っているはずなのに、全ての攻撃が、防がれ、躱され、受け流されてしまう。

 自分の攻撃が相手には通じないのか。パンテラの頭にそんな思いがよぎってしまう。それほどまでに焦りが募ってきていた。

「やるな。まさかこの姿になっても殺せない人間ヒューマスがいるとは思っていなかった」

 パンテラは剣を手にして、研ぐ様にして爪を剣にはわせている。その間にも油断なくヴァイスを見つめ、どう攻めるかを考えていた。

「貴方こそ。しかし剣士が剣を咥えるとは感心しませんね」

 ヴァイスは息を整えながらパンテラの様子を観察する。ついでに少しでも相手を苛立たせられれば、と煽ってもみる。

「俺は剣士ではなく、戦士だ。認めた相手には全力を出す。それが俺の礼儀だ」

 しかし煽りの効果はなかったようだ。パンテラは再び剣を口に咥え、身をかがめ飛び出してきた。

 左右の獣爪が縦横無尽に駆け、ヴァイスへと襲い掛かる。それをヴァイスは剣で弾き、手で払い、受け流していく。獣爪の攻撃の合間に剣が振るわれ、攻めに転じようとするヴァイスへと襲い掛かる。間一髪のところでヴァイスがそれを避けると、2人は距離を取り、再び攻め入る機会を窺い、睨み合う。それが幾度も繰り返された。

 ヴァイスは考える。どうすれば敵に1撃を与えることができるのかを。

 何よりも厄介なのは、縦横無尽に繰り出される獣爪だ。あの爪を砕くことができれば戦局は大きく動く。しかし魔力強化の強度が高く、魔力で強化した剣であっても砕くことはできない。魔力の量もその扱いも魔族であるパンテラの方が上なのか、単純な魔力強化の強さでは勝ちは見えなかった。

 だが勝ち目が全くないわけではなかった。未完成ながら、この状況を打破する技がヴァイスにはあった。武器強化の更に上位の技術である、魔力の刃を作り出す技である。

 苛烈で隙の少ないパンテラの攻撃に対し、ヴァイスの攻撃の機会はごく僅か。しかしその僅かな攻撃も、紙一重で躱され相手には届かない。だが、魔力の刃により剣の間合いが変われば、相手の不意を突くことができる。そうなればギリギリのところで保たれている均衡は一気に崩れる。

 残る問題はヴァイスが魔力の刃を作り出すことができるかだが、ヴァイスにはそれ以外の選択肢はなかった。単純な力や魔力では相手が上。辛うじて上回っている技術のおかげで何とか攻撃を防げているが、今この瞬間に、筋肉や魔力が強くなることはないのだから。

 ヴァイスがこの技の可能性に気付いたのは、かつて行った戦いとも呼べない、アルクラドとの模擬戦が終わった後のことである。

 木の枝を折ればヴァイスの勝利という馬鹿げた条件で行われた模擬戦であるが、ヴァイスが全身全霊を込めた一撃を放つまで、木の枝は剣を受けても全くの無傷だった。戦いの間は必死で気が付かなかったが、ヴァイスの攻撃を受ける際、剣と枝は触れ合っていなかったのだ。その間にあるものが一体何なのかを考えた時、魔力が剣を受け止めていたのだと思い至った。そして攻撃を受けることができるのなら、その逆もまた然りなのでは、と。

 それからヴァイスは訓練を重ね、武器強化でより多くの魔力を、武器へと纏わせることができるようになっていた。しかし鋭い刃を創り出すには至っていなかった。

 その技を今ここで完成させる。ヴァイスは自らの剣へと、更に魔力を込めていく。

 それを見て、まだ何かあるのか、とパンテラは笑みを深める。この均衡を崩す手が相手にあれば、自分は負けてしまうかも知れない。しかし死の恐怖よりも、強者と戦う快楽の方が勝っていた。どんな攻撃が来ても、豹人ウィル・パルドゥスの力と速度で捻じ伏せてやる。そう意気込んで、大地を踏みしめ再び駆けだしたのだ。



 パンテラは思う。敵は自分の動きに慣れつつある。ならばより変則的な動きをすればいいのだ、と。

 パンテラは身を低くし、まさしく豹の様に4つ脚で大地を駆ける。

 首を捻り、身体を捻り、地面に差し込んだ剣を振り抜き、土もろともに跳ね上げる。

 剣を躱すヴァイス。巻き上がった土に束の間、視界を奪われる。

 パンテラが消えた。

 剣を左へ振るう。

 迫る獣爪と剣が交わり、迫るもう片方の獣爪をヴァイスの手が掴む。

 拮抗する両者の力。パンテラが大口を開け、ヴァイスの首元に牙を突き立てんと迫る。

 後ろに倒れ込み腹部を蹴り上げ、パンテラを突き放す。

 ヴァイスが立ち上がったのは、パンテラの音の無い着地と同時であった。

「やるな。これも凌ぐか」

 腹をさすりながら言うパンテラ。その動作の割には、大して打撃は効いていないようだった。

「生来備わったその力と魔力……全く魔族とは厄介ですね」

 対するヴァイスは、悪態を吐きながらも、内心は焦りで一杯だった。先程の攻撃を躱せたのは半分は運だった。姿が見えないなら視界の外に消えたのであり、身体の向きから左側だと推測したに過ぎないのだ。

「そんな俺とやり合うお前は、既に人間ヒューマスの域ではないな。俺は魔族の中でも上位だというのに」

 人間ヒューマスの域でない者なら他にもいますよ、とヴァイスは白髪の老女や黒衣の麗人を思いながら、心の中で呟く。確かに自分もただの人間ヒューマスではないのかも知れないが、あの2人と比べれば可愛いものだと思う。彼らは一体、本当に何者なのだろうか。そんな思いが尽きない。

「いつまでも防戦では埒が明かない。次は私から参りましょう」

 ヴァイスは剣を払い、ゆっくりと歩き出す。

 速さで翻弄し隙を突くことに意味はない。相手の方が一段も二段も速いのだから、徐々に間合いを詰め、じっくりと攻撃の機会を窺う。これで相手が焦れてくれれば言うことはないが、その望みは薄い。

 剣の間合いまで後数歩まで迫った。爪の間合いには更に数歩のところ。

 身体の横にあった剣を、前で構える。剣の間合いまで後1歩。

 1歩踏み出し、1拍遅れで剣を振るう。

 身を引く豹人ウィル・パルドゥス。鼻先の僅か手前を剣先が過ぎる。

 パンテラが獣爪を突き出す。

 手で払い、更に踏み込み、懐へと潜る。

 両者、距離が近く、剣も爪も振るえない。

 否。

 先程のお返しとばかりに、敵の額へ自らの頭を打ち付ける。

 鈍い音が響く。

 呻くパンテラが闇雲に振るう腕を打ち払い、更に踏み込む。

 パンテラに追いすがり、執拗に攻撃を繰り返す。

 頭突きがパンテラの隙を作り出す契機となり、2人は一進一退の攻防を繰り返している。互いが互いの攻撃を紙一重で躱し、受け流し、僅かに出来た隙を狙って攻撃に転じていく。

 魔力よ、我が剣と為れ。

 その攻防で中でヴァイスが思うのはただ1つ。敵を斬る、それだけを思い、魔力を込めた剣を振るう。

 刃は魔力、魔力は刃。鋭き剣は魔力を纏いて、切っ先伸びて敵を斬らん。

 強く心で念じ、剣を振るう。

 斜めに切り上げた剣を身体を反らして避け、パンテラは攻撃へ転じる、はずだった。僅かに伸びた剣先が、パンテラの口元から鼻先にかけてを切り裂いた。思わぬ痛みに踏み出そうとしていた足が止まる。

 その決定的な隙を、ヴァイスは見逃さなかった。

 振り上げた勢いを、全身で振り下ろす力に転化。弾き出される様な勢いで、剣がパンテラに襲いかかる。

 1拍遅れて獣爪を突き出すパンテラ。しかしその遅れは致命的だった。

 先程までより数段速いヴァイスの剣は、パンテラの腕を地面ごと切り裂いた。

 顔をしかめ呻きながらも、残った腕を振るうパンテラ。剣を切り返し、獣爪を迎えるヴァイス。

 甲高い音を立てて交わる剣爪。

 ヴァイスの極限まで高められた魔力を纏った剣が、硬き獣の爪を打ち砕いた。

 距離を取る両者。

 ヴァイスは息を乱しながらも、剣を構え、油断なく敵の様子を窺っている。対するパンテラは血だらけの手で、腕の傷口を押さえている。筋が切れたのか、右腕はダラリと垂れ下がっている。咥えていた剣も落とし、呆然とした様子でヴァイスを睨んでいる。

「今の攻撃は、一体何だ……」

 息も絶え絶えに言うパンテラ。左手は砕け、動かない右腕からは少なくない量の血が流れ出ている。ほんの僅かの隙が、戦いの趨勢を決めてしまった。

「さて、私もよく分かっていませんが、魔力の刃です」

「魔力の刃、だと……!?」

 ヴァイスの言葉に驚きを見せるパンテラ。しかしヴァイス自身も、魔力の刃を作り出せたことに驚いている。極度の集中は半ば忘我の境地であり、もう1度やれと言われてもできる自信はなかった。

 だがパンテラの驚き様はそれ以上だった。

「そんなもの、人間ヒューマスが作り出せるわけがないだろう!?」

 魔力の刃は人族の中では知る者がほとんどいないが、魔族の中では割と知られた技術である。しかし魔力を思い通りの形に変えるのは、その扱いに長けた魔族の中であってさえ、扱える者がほとんどいない高度な技術なのである。

 パンテラ自身、魔力の刃を作り出すことはできる。しかしそれはあくまでも可能か不可能かの話であり、実戦で用いることができるかどうかは別であった。

 独り心静かに集中を高め、ようやく作り出せる魔力の刃。たとえ刃先を僅かに伸ばすだけであっても、パンテラには実戦で使うことはできなかった。そんなものを、魔力の扱いが不得手とされる人間ヒューマスが作り出したなどと、彼は信じることができなかったのである。

「私も驚いています。ですが、こうでもしなければ、貴方には勝てなかったでしょうからね」

 ヴァイスは苦笑気味に言う。アルクラドとの戦いがなければ、この方法を試すことすらできなかった。更に言えば、アルクラドに負け今まで以上に高みを目指し励んだからこそ、パンテラの苛烈な攻撃に耐えることができたのだ。まったくアルクラド様様であった。

「全く呆れた男だ。できもしない技を実戦で試し、あまつさえ成功させてしまうとは」 

 命が失われつつあるパンテラだが、苦しげながらもその表情は晴れやかだった。手酷くやられた悔しさはあれど、危険を冒し勝利を掴もうとするヴァイスの胆力に見上げる思いもあったのだ。

「長く苦しめるのも酷です。幕を引きましょう」

 剣を構え直し、手負いの豹を見つめる。

「楽に殺せるとは思わないことだ」

 牙を剥き、自らを狩る剣士を見据える。

 両腕をダラリと下げ低い姿勢で駆けるパンテラ。その眼は、ヴァイスの首元だけに向けられている。素早い動きで翻弄することも、見せかけの攻撃をすることもない。ただ真っ直ぐに、ヴァイスの首に牙を突き立てようと、大地を蹴る。

 迫る獣牙。左へ逸れて身体を捻る。

 ピンと伸びた身体の中心へ、残した剣を突き立てる。

 抱きしめる様にして深く刺し込み、もろともに倒れこむ。

 立ち上がり、大地に縫いとめられた豹人ウィル・パルドゥスを見下ろす。

「見事だ……お前と戦えたことを誇りに思う……」

 胸を貫かれたパンテラは、血を吐きながらヴァイスに笑いかける。敗北の悔しさ、死の恐怖より、拮抗した戦いの中で得た昂揚が勝っているのだ。

「だがこの先、お前達を待つのは絶望だ……我らを率いるのは、魔王様の右腕たる御方……俺すら足元に及ばぬあの御方に、お前達の勝ち目は万に一つもない……」

 魔王の右腕。大層な名前が出てきたものだと、ヴァイスは思う。魔王の実力すら未知数であるが、国落としの2万の大軍を指揮するのだから、その右腕とやらも相当な実力者なのだろう。確かにパンテラに苦戦した自分では勝つことはできないだろう、と。

 しかし、とヴァイスは同時に思う。たとえどれだけの強敵が現れても、それが魔王であっても負けはしないだろう、と。そんな思いが漠然とあった。

 だから言う。穏やかな微笑みを湛えて。

「更なる深き黒が、その絶望をも塗りつぶすことでしょう」

 絶望に塗りつぶされたヴァイスの表情を予想していたパンテラは、呆気に取られる。何故、そんな不安など何もない様な表情をしているのだ、と。しかし死に逝く者がそれを考えても仕方がない、とパンテラは自嘲する。これからの戦いに、自分は何の影響も及ぼすことができないのだから。

「そうか……ではな」

「ええ。安らかな眠りを……」

 緩く笑い目を閉じる豹人ウィル・パルドゥスの戦士に、ドールの騎士は胸に手を当て頭を垂れるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

この話でヴァイスとシャリーの戦いに決着を着けたかったのですが、

ヴァイスだけでとなってしまいました。

次話でシャリーの戦いを終えて、今度こそアルクラドの戦いに移りたいと思います。

次回もよろしくお願いします。

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