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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第9章
121/189

後陣の戦い

 迫りくる数々の魔物。ドールを守る戦士達は各々武器を手に魔物に立ち向かう。

 その中でライカ達、マーシル達も獅子奮迅の勢いで戦い、大いに戦果を上げていた。シャリーの精霊魔法の支援を受けて戦う彼らだが、ライカとマーシルはその恩恵が特に大きかった。

 巨大な武器で以て戦うマーシルは、攻撃の威力が大きい分、隙も大きい。その為、普段は防御や回避に意識を割き、ここぞという時に攻撃を繰り出す。それがいつもの戦い方である。しかし今は、地の精の盾が防御をになってくれる為、攻撃に専念することができた。巨大な戦斧を思い切り振り回す攻撃は暴風の様であり、魔物達は次々と斬り飛ばされていった。

 ライカにしても攻防織り交ぜて戦うのが常であったが、彼もまた攻撃に傾注することができた。魔力強化を段々とものにしてきており、身体の大きな魔物にも怯むこと無く懐に入り込み、強烈な攻撃を加えていった。地の精の盾はライカの動きを先読みしたかの様に動き、ライカが剣を振るうのに合わせて魔物の攻撃を防いでいった。その為、絶好の攻撃機会が次々と生まれ、ライカの剣はことごとく致命傷を与えていったのである。

「ライカさんにロザリーさん。まだ若いのに凄いですねぇ」

 シャリーはその様子を、エピス達がした様に壇を作り、少し高い所から眺めていた。かつてアルクラドとパーティーを組んでいた2人の力はどうだろうと見ていたが、それは彼女の予想以上のものだった。

 剣での戦いに素養のないシャリーであるが、ライカの魔力強化はシャリーの目にも堂に入ったものとして映っていた。魔力の流れに淀みも無駄もなく、本人の意図したことかは分からないが、武器強化も拙いながら出来ているようであった。

 またロザリーの魔法にもシャリーは驚かされていた。彼女から感じた魔力量は人間ヒューマスとしてはやや多い程度であり、使っている魔法もそれほど威力の高いものではない。魔物相手であれば牽制にはなれ、大きな手傷を与えるには至らない魔法である。しかしその魔法を一言二言の短い詠唱で正確に発動させ、時には無詠唱で魔法を使い、仲間の支援を行っている。

 成人して間もないと聞く2人の力に驚くとともに、アルクラドとの出会いがそうさせたのだろうか、とシャリーは思う。

 アルクラドの魔力の扱いの凄まじさは、称えることすら無礼なほどだ。人が息をする様に、鳥が空を飛ぶ様に、魚が水を泳ぐ様に、ごく当たり前のものとして行われる魔力強化は、まさしく人の域を出たものだ。それを目にして訓練をしてきたのなら、若くして卓越した魔力の扱いを身に着けることも可能だろう、と。

「氷雪よっ! 敵を穿つ矢となれっ!」

 ライカ達の様子を見ながら、魔物達の動向も見逃さない。氷の魔法を放ち、やってくる魔物を攻撃する。致命傷を与えるのではなく手傷を与えるのが目的だ。元々この場にいる冒険者であれば倒せる魔物であり、その動きを少しでも鈍らせられればいいのだから。

 そうしてシャリーの目の届く範囲においては、大きな負傷をする者もなく、順調に魔物を討伐していた。まだまだ数は残っているが、ドール軍側にも大きな疲弊は見られず彼らもまだまだ戦える様子であった。

「さて、そろそろですかね」

 どんなドール軍の様子を見ながら、シャリーは魔物軍へと目を向ける。黒い群れのその中から、強い魔力を感じる。アルクラドが言っていた強敵である。

 自分に倒すことができるのか、とシャリーは思う。

 魔力の量はシャリーの方が多い。しかし戦いは魔力の大きさだけで決まるものではない。それはよく分かっていることであるし、今しがた目にしたばかりである。魔力の量ではあまり差のないシャリーとエピスであるが、彼女と同じ様な魔法をシャリーは使うことができない。それは魔力の量以上に、その扱いや意思が関係しているからだ。

 だが自分がやるしかない。

 魔力の量だけが強さというわけではないが、その差が大きくなればなるほど、それを覆すことは難しくなる。少なくとも今迫ってきている敵は、ここにいる者達よりも遥かに魔力が多い。たとえ束になってかかっても敵いはしない。

 シャリーは覚悟を決める。不安はあるが、今この場には自分しか迫りくる脅威に対処できない。そして何よりアルクラドが任せると言ったのだ。それがシャリーが敵に打ち勝つことができる何よりの証左であり、敵に立ち向かう原動力だった。

 シャリーは壇から飛び降り、強敵へと向かって歩き出したのだった。


 魔物の大軍へと向かいながら魔力を巡らせるシャリー。周囲に満ちる濃密な魔力に、何人もの戦士達が息を飲みシャリーへと視線を向けていた。

 その視線を受けながら、シャリーはどんな強敵がやってくるのか、と考える。強力な魔物、魔獣か、それとも魔族か。アルクラドが自分に任せたのだから大丈夫だという思いはあれど、やはり不安は拭えなかった。

「皆さん、そろそろ強敵がやってきます。危険ですから私から離れていてください」

 ライカ達の傍に戻ったシャリーは、彼らに言う。敵の強さもさることながら、自分の魔法も彼らを危険に晒してしまうかも知れない。

「けど、シャリーさん1人で大丈夫なのか?」

「分かりません。ですが、周りを気にしている余裕はないでしょうから」

 心配そうに尋ねるライカ。他の面々も不安げな表情をしている。しかしシャリーは彼らに自分から離れるように、重ねて言う。

「偉そうな言い方ですが、皆さんを守りながら戦う力が私にはありません。後ろへ下がって、他の敵の相手をお願いします」

 シャリーはぶっきらぼうに言い放つ。もう敵の姿が視認できるほどの距離にあった。もうすぐ戦いが始まる。その緊張と焦りの為に、シャリーは周りを気にする余裕がなくなっていたのだ。

「シャリーさん、気を付けて!」

 ロザリーに続き、皆がシャリーの身を案じながら後ろへと下がっていく。敵方から伝わってくる強大な魔力に気付いたのである。敵は自分達では手も足も出ないほど強力なのだ、と。ライカとロザリーは手助けができないことに悔しさを覚えていたが、歯を食いしばり後ろへと下がっていった。

 その様子にシャリーはホッと息を吐き、目の前の敵へと目を向ける。

 強大な魔力を放つのは、髪の長い1人の女だった。腰まで届く長い髪は、鮮やかな茶色であり、腕や脚が大きく露出した服を着ている。その肩や太もも、顔や胸元には鱗の様な痣があり、切り傷の様に鋭い瞳孔を持つ瞳が、シャリーを睨みつけていた。

「あんなバカげた魔法を使う奴がそう何人もいないとは思ってたけど、あなたも大した魔力を持ってるのね」

 周囲にヘビやトカゲの魔獣を引き連れた女が、そう言って笑う。

「魔王様の話じゃオークキングが背後から攻めてるっていうけど、戦力を分断した上でこれなの?」

 彼女は大きくため息を吐き、後ろへ視線を向ける。万に届く魔物達は半分以上が死に、残りも散り散りになり数の利を生かせず次々と狩られていっている。こんなはずではなかった、と女は思う。

「オークキングはもう倒されています。ドール王国は全力で貴女達を迎え撃っています」

「あら、そう? じゃあここにいる人族共を全て殺せば、この国を落とせるのね」

 シャリーの言葉に女は、いいことを聞いた、と言わんばかりに笑みを深める。開戦時の途轍もない魔法には驚かされたが、自分達は絶対に負けないということを知っているのだ。

「それは出来ればの話です。貴方達が勝つことはありえません」

 何やら自信満々な様子の女に向かい、シャリーは言葉を返す。アルクラドが戦場にいる以上、最終的な勝敗は既に決まっている。どう足掻いても魔物軍が勝つことは有り得ないのだ。

「それはこちらの台詞よ。魔王様の右腕であるあの御方に、人族が敵うはずないのだから」

 魔王の右腕。その言葉にシャリーは少なからず驚く。それだけの実力者を送り込んでくるということは、ドール王国を落とす意志の強さの表れなのだから。

「……貴方達は、どうして魔王は世界を支配しようとしているんですか? 大戦の後、魔族は魔界で平和に暮らしていると聞きましたが、それがどうして」

 魔王の国落としの意思の強さを知り、ふとシャリーの口からその理由を尋ねる言葉が漏れる。

 以前、魔族の女に魔王へ力を貸すよう誘われたシャリーだが、魔王が世界を征服するその理由は知らなかった。アルクラドから、魔族が魔界で戦いを避けて暮らしていることを聞いたが、それを聞くと尚更平和を捨て戦いの道を選んだのかが分からなかった。

「そんなの決まってるじゃない。力を持つ私達が、どうして狭い世界に閉じこもっていなければならないの? 魔界を出て好きに生きたっていいじゃない。人族がそれを許さないなら、戦いでもなんでもやってやる。そういうことを考える連中が、魔王様に賛同したのよ」

 そんな女の言葉にシャリーは少し表情を翳らせる。人魔大戦の後、人魔間でどのような取り決めがされたのかをシャリーは知らない。もしかしたら魔族に不利な取り決めがあったのだろうか。そんな考えがふと頭を過ったのだ。

「ですが、こんな方法を取った時点で、人族との共存は不可能ですよ」

 魔界を出て人族の領域で生きるのなら、彼らと一緒に生きていくことになる。互いを理解し生きていかなければならないのに、力に訴えてしまえば共存の道は再び閉ざされてしまう。

「共存? どうして力のない人族共と共存しなければいけないの?」

 しかし魔界を出るということに対する考えが、両者の間で全く違っていた。

「力のないものは淘汰されていく、この世の理よ。魔王様は世界を支配し、魔族の為の世界を創り上げるのよ。そこに人族との共存だなんて考えはありはしないのよ」

 魔王が求めるのは、まさしく魔族による支配。共存という考えは最初からなかったのだ。もっとも万の軍で攻め入るという行動を起こした時点でそれは判り切ったことであり、共存という言葉を使ったシャリーは自嘲気味に笑った。

「そうですか……もうこれ以上言葉は無意味ですね」

 シャリーはふと、両親の言葉を思い出した。人を殺す為ではなく、守る為に力を使ってほしい、と言った両親の言葉を。今が正に、誰かを守る為に力を使うその時であった。

 正直に言えば、シャリーはあまり争い事が好きではなかった。両親の言葉があった為か、今まで誰かに明確な敵意を向けることはほとんどなかった。意思の疎通ができる者へは、そうすることが特に苦手であった。アルクラドの旅に同行してから戦うことはいくらかあったが、可能なら戦いは避けたかったというのが本音であった。

 だが今はそんなことを考えている時ではない。シャリーの背には守るべき国が、愛する故郷があった。戦いを避ければ、その大切なものが失われてしまう。自分が辛い目に遭うだけならまだしも、大切な場所が壊されてしまうのを、決して見過ごすことはできなかった。

 敵は殺す。アルクラドのいつも言う言葉である。

 争いが好きだ嫌いだは関係なく、今はアルクラドの様にあるべきだとシャリーは思った。僅かな気の遅れが致命的な遅れになるかも知れない。相手が何者であれ、敵は敵。殺すべき対象なのだと心に刻む。

 いつにない鋭い目つきで、敵を睨みつけるシャリー。それと共に溢れる魔力。薄ら笑いを浮かべていた女も、スッと目を細める。

「私はシャリーと言います。見ての通りエルフです。貴女のお名前は?」

 シャリーは鳥の意匠が施された杖を構え、女に問う。

「私はシューラン。蛇人ウィル・アングィスよ」

 そう言ってシューランは両腕をゆっくりと広げる。先の割れた細長い舌が、チロチロと口から這い出ている。

 互いの魔力が高まり、周囲を圧倒していく。

 思えばシャリーは、人族であれ魔族であれ、人と戦うのは初めてであった。ギュッと杖を握りしめるシャリー。大きく息を吐き今一度覚悟を決め、蛇人ウィル・アングゥイスの女との戦いに臨むのであった。

お読みいただきありがとうございました。

今話でシャリーの戦いは決着が着く予定でしたが、終わりませんでした。

次話で決着し、アルクラドの戦闘に移りたいと思っています。

次回もよろしくお願いします。

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