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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第9章
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若き力と景慕の念

 戦いの一番槍を務めるエピス達より1000歩ほど後方で、2000名の戦士達は空を赤く照らす魔法を、驚きを以て見つめていた。

 大輪の花がその花弁を悠々と広げるかの様に、大地から浮かび上がった火炎の渦。遠く離れた場所にあっても肌がチリチリとするような燃え盛る紅蓮は、見る者を圧倒した。そして炎の渦が前方に飛び出したかと思えば、突如現れる赤き尖塔。天を衝き空を焦がすほどの火柱が吹きあがり、それに煽られたかの様に、戦士達の興奮は高まっていた。

「あれがギルド長の魔法……凄い……」

 それを見ていたロザリーは、呆然とした様子で呟いた。人の姿など点でしかない距離にあって、感じることができるほどの強い魔力。これだけの魔力を人間ヒューマスが持てるものなのか、と彼女は思う。

「アルクラド以外でも、あんな魔法使える人がいるんだな」

 ライカもライカで、目に見える魔法の規模の大きさに驚いていた。遠くに見える黒い塊の一部を、燃え盛る火柱が削り取っていた。あれほどの炎を起こすなど人間ヒューマスの業ではないように思えた。

「もしかしたら、アルクラドさんより強いかも……」

「まさか、ウソだろ……?」

 躊躇いがちなロザリーの言葉に、ライカは大げさな身振りと共に笑ってみせる。彼にとってアルクラドは最強無敵の存在であり、それを越える者などいないと思っているのだ。しかしロザリーは、エピスと会った時、彼女の持つ途轍もない魔力を感じ取っていた。それはかつてアルクラドから感じた魔力よりも大きいもので、もしかしたら、という思いがぬぐえなかったのだ。

 ただそれはロザリーの単なる勘違いである。ロザリーの知るアルクラドの魔力は、ライカに魔力を感じさせる為に軽く解放しただけのものであり、アルクラドの全力とは程遠いものであった。その証拠に再び強い魔力を前方から感じた。エピスのものと匹敵する、巨大な魔力である。

 黒い塊の一部が持ち上がり、地面から離れている。丁度、森や林を遠くから見たような様子であり、一体何があったのか、と目を凝らす。黒い塊は魔物の群れであり、それが宙に浮き制止している。

「あれってもしかして……串刺し?」

「アルクラド、だよな……?」

 魔物達が何らかの力で下から突き上げられたのだろう、と考えた2人。それと同時に、アルクラドが魔法を使う際、よく土の杭や剣で敵を串刺しにしていたことを思い出した。加えて突如現れた不気味な森は、エピスが生み出した火柱よりも広範囲に亘っているようであった。それだけ消費される魔力の量も多くなるはずだ。

「やっぱアルクラドはすげぇな……」

「本気なんて全然出してなかったんだね……」

 こんなことができるのはアルクラド以外にいない。2人はそう思うと同時に、改めて彼の底知れなさを実感するのであった。


 エピスとアルクラドの強大な魔法による先制攻撃の後、魔法士団の魔法使い達による魔法攻撃が始まると、纏まっていた魔物達がバラバラになって動き始めた。

 アルクラド達のいる先陣に突撃する様な形だった魔物の大軍は横に広がり、彼らを通り越して後陣へと迫ってきていた。集団魔法によりその数はどんどん減っているが、元の数が多すぎる為、まだ数千にも及ぶ魔物が残っている。

「そろそろだな。2人とも気を抜くなよ」

 大きな戦斧を携えた筋骨隆々の大男が、ライカ達に話しかけた。ライカ達と共にこの依頼に参加している冒険者のマーシルである。その後ろで彼のパーティーである残りの3人も戦いの準備を行っていた。

「分かってるよ、マーシルさん。あいつに格好悪い姿、見せるわけにもいかないしな」

 ライカにとってこの依頼は、初めて受ける大規模な討伐依頼だった。そのせいで緊張していないかと心配したマーシルだが、ライカにその様子はなかった。しかしこの戦場にアルクラドがいるからか、どこか気負いがあるように見えた。

「あんまり気負うんじゃないぞ?」

「大丈夫です。私がちゃんと見てますから」

 ライカの様子に若干不安を覚えたマーシルであるが、その考えを読んだようにロザリーが言う。今までライカを支えてきたロザリーは、彼よりも冷静で周りがよく見えている。彼女には気負いの様子もなく、これなら大丈夫だと、マーシルは緩く笑いながら頷く。

「何だよ、2人して……」

 冒険者の先達であるマーシルだけでなく、幼馴染であるロザリーからも子ども扱いされた気がして、ライカは面白くない、とそっぽを向く。

 そんな3人の下に、1人の少女が駆けてきた。

 1条の黒が走る煌めく金髪をなびかせて、風の如く軽やかに疾走する少女。アルクラドの旅の仲間であるシャリーである。

「ライカさん、ロザリーさん。こちらに強敵が迫っています。一緒に頑張りましょう!」

 やってくるなり、そんなことを言うシャリー。その顔には妖精の様な笑みが浮かべられている。

「……えっとシャリーさん、どういうことですか?」

 近くにいた多くの冒険者が、中でも特に男連中がシャリーに見惚れる中、ロザリーが彼女に尋ねる。他の冒険者同様、彼女に見惚れるライカに苛立ちを感じながら。

「ご覧の通り魔物達が散開してこちらに向かっています。アルクラド様をはじめ先陣の方達が強敵を討伐していますが、それを通り越してここまで来そうなんです」

 アルクラドの知覚は、魔物軍の中の強敵の存在をはっきりと捉えていた。彼にとっては取るに足らない相手だが、後陣の戦士達には手に余る魔物もいくらかいた。それらの魔物は先陣の戦士達が討伐を進めていたが、左右から大きく回り込んでくる相手にまで手が及んでいなかったのだ。

「そうなのか。でもアルクラドなら、そんなの関係なく倒せるんじゃないか?」

 シャリーの言葉に一応は頷くライカであるが、敵との距離が近かろうが遠かろうが、アルクラドなら問題としないのではないかとも思った。

「確かにそうですが、国としての事情があるようで、アルクラド様は一番強い敵の相手だけをすることになりました。なので私が、後陣での戦いを任されました」

 ライカの言う通り、アルクラドであれば遠くの敵でも問題なく倒すことができる。しかしアルクラドが全ての敵を倒してしまっては、ドール王国の戦士達の面目が立たない。加えて、それだけの力を持つアルクラドを危険視する者が出てくるかも知れないから、とエピスに手出ししないように言われたのである。

「確かに、アルクラドさんのことをよく知らなかったら、怖いですもんね……」

 そう言ってロザリーが思い出すのは、アルクラドの強さを目の当たりにし、恐ろしげな眼を向けた冒険者達の姿だった。十数人の盗賊を圧倒する力を見せただけでそうなるのだから、強力な魔法を何度も放つ姿を見せればそれだけでは済まないだろう。先制攻撃の時の魔法を見せた時点で手遅れだろう、ともロザリーは思ったが。

「とにかく俺達で何とかするしかないってことだな。やってやるぜっ!」

「無茶しちゃダメよ、ライカ?」

 当初の予定よりも強い敵が来ることになったが、ライカに恐れはなかった。強くなった自分の力がどこまで通じるのか、それを考えた時の興奮の方が大きかったのだ。そんなライカの様子にため息を吐くロザリーであるが、ふとあることが気になった。

「ところでシャリーさん……何だか嬉しそうですね?」

「えっ……そうですか?」

 ロザリーからすれば何かに喜んでいるのは明白だったが、シャリーはその自覚がないようだった。

「別にそんなことはありませんが、戦いの前に嬉しそうだなんてダメですよね」

 しかし自覚がないとは言え、国の存亡がかかった戦いにおいて緩んだ表情をしていてはいけない、とシャリーは気を引き締める。せっかくアルクラドに後陣での戦いを任されたのだから、しっかりしなければ、と。しかしそう意気込むほどに、喜色はより一層露わとなるのだった。

「そう言えばライカさん達が一緒に依頼を受けているパーティーと言うのは、こちらの方達ですか?」

 周囲の様子に気付かぬまま、シャリーはマーシル達へと目を向ける。彼の後ろには準備を終えたパーティーの仲間、魔法使いのソシエ、剣士のジキル、狩人ハンターのレインがやってきていた。マーシルは頷き、彼らを紹介する。

「皆さん、初めまして。アルクラド様のお供のシャリーと言います。よろしくお願いします。改めてここで一緒に戦ってもいいですか? 強力な魔物がこの辺りに来ますので」

 自己紹介を終えたシャリーは、改めて共闘を申し出る。アルクラド達を回り込んで攻めてくる強敵が王都へと向かう進路上に、ライカ達がいるのだ。このまま何もなければ、ちょうど強敵と遭遇することになる。

「そりゃあ構わねぇが、嬢ちゃんは戦えるのか?」

 一緒に戦う仲間が増えることに否やはないが、マーシルは不安を覚えずにはいられなかった。立ち振る舞いは堂々としており、静かながら確かな魔力を感じることもできた。しかしライカやロザリーよりも幼いその姿を見ると、大丈夫なのだろうか、とどうしても考えてしまっていた。ライカとジキル、レインも同じ考えなのか、どこかその表情は不安げだ。

「ご心配なく。見ての通り私はエルフです。アルクラド様には遠く及びませんが、魔法の扱いには自信があります」

 自身の強さを疑われたことを気にもせず、シャリーは力こぶを作る様に腕を曲げて見せる。自分に戦う力があることを訴える姿ではあるが、はた目には少女の強がりにしか見えなかった。しかしその様子は自信満々であり、不思議な説得力があった。

「大丈夫だと思うか?」

 一見すると戦う力はなさそうだが、それはマーシルの戦士としての見方である。魔法使いとしての意見を聞く為に、マーシルはロザリーとソシエの2人の魔法使いに尋ねる。すると彼女達は同時に、迷いなく頷いた。シャリーの恐ろしく精緻に制御された魔力を感じ取っていたからである。

「よし、それじゃあよろしく頼むぜ」

 パーティーの魔法使い2人ともが大丈夫だと言うのだから、魔法使いとしての腕は確かなのだろう。そう考えて、マーシルは共戦の申し出を受け入れた。

「ありがとうございます」

 マーシルの言葉に緩く笑うシャリー。彼の答えに依らず強敵と戦うつもりでいた。しかしライカ達の傍にいる方が、もしもの時の対処ができる。彼らはアルクラドの仲間や知り合いであり、そんな彼らが傷つくことをアルクラドは望んでいないだろうから、と。

「あっ、そろそろ魔物が来ます。皆さん、準備を!」

 そうこうしているうちに魔物の群れが後陣へと迫っていた。群れはまばらで、纏まってなだれ込んでくるわけではない。またライカ達なら難なく倒せる魔物がほとんどとはいえ、その数はやはり脅威的だ。

「作戦はどうする? 嬢ちゃんはどんな魔法が使える?」

 マーシルがシャリーに問う。

 マーシル達は魔法を補助的に使って戦いを進めるパーティーだった。魔法や小さな攻撃で敵の隙を作り、最も力のあるマーシルの攻撃で敵を沈めるのだ。ライカ達はマーシル達よりも攻撃目的で魔法を使うが、長期戦となれば持久力の関係でライカの補助にロザリーが回る形になる。

 そんな彼らであるが、シャリーが使える魔法の種類によっていつもの戦い方を変える必要が出てくる。その為の問いであった。

「私はパーティーでの戦いの経験がありませんから、皆さんを支援します。ですからいつも通り戦ってください」

 シャリーはそもそも戦いの経験が少なく、誰かと一緒に戦った経験など皆無であった。旅の道中、アルクラドと一緒に魔物や魔獣と戦うことはあったが、あれはただ個別に戦っているに過ぎなかった。

「支援って、6人同時にできるのか!?」

 シャリーは簡単に支援という言葉を口にしたが、それは言うほどに簡単なものではない。魔法を使うことに集中し、また発動の機を窺うことに集中する。全てが流動的な戦いの場であって、敵味方の動きを正確に把握することは容易いことではない。相手の動きにばかり意識が行くと魔法が発動せず、魔法に集中し過ぎては味方に魔法が当たるかもしれない。魔法による支援こそ、パーティーとしての信頼や連携が必要なのである。

「大丈夫です。皆さんの支援は、みんなにお願いしますから!」

 自信満々なシャリーの言葉に、皆が同時に首を傾げる。言葉は理解できたが、意味が理解できなかった。そんな彼らをよそに、シャリーは魔法の詠唱を始めた。

「森羅抱きし精霊よ、我は汝にこいねがう……大地を侵すは汝が敵、それを阻むは汝が友……命を侵す刃より、汝の友を護り給えっ!」

 シャリーの魔法詠唱に驚くライカ達。しかしその驚きは、魔法使いの2人とそれ以外で理由が異なっていた。

 魔法使いではない剣士や狩人ハンター達は、シャリーの予想を超える魔力の大きさに驚いていた。彼女の制御された静かな魔力が、どれほどの大きさを持つものなのか分からなかったからだ。

 対して魔法使いであるロザリーとソシエは、聞き慣れない詠唱を不思議がり、それが精霊魔法だと気付いたからだ。精霊の助力を借りるという強力な反面、使い手の少ない魔法。それを目にすることになるとは思ってもいなかったのだ。

 シャリーの精霊魔法が発動すると、6人の足元が光り、拳大の土塊が浮き上がり、それぞれの周りをフヨフヨと漂いだした。僅かに光を放つ土塊は、6人それぞれから付かず離れずの距離を保ち、彼らが動いても傍に漂い続けていた。

「これは……?」

「大地の精霊の力を借りた盾です。魔物の攻撃から皆さんを護ってくれて、たまに一緒に攻撃もしてくれます」

 呟いた様な誰かの問いにシャリーが答える。マーシルの言う通り魔法支援はそう簡単なことではない。しかし精霊魔法であれば話は別だ。1度魔法が発動すれば、後は精霊が維持してくれる。敵の位置の把握にも、魔法の発動にも意識を割く必要がないのだ。

「余り強い攻撃には耐えられませんが、いつもより攻撃に意識を向けられるはずです。来ました、行きましょう!」

 魔物達はすでに接敵間近のところまで迫っていた。シャリーの掛け声で、皆が武器を構えなおす。

 先陣での戦いに続き、後陣でも魔物軍との戦いが始まったのである。

お読みいただきありがとうございます。

ヴァイスさんと魔族の決着は、もう少し後となります。

次はライカ、ロザリー、シャリーの活躍です。

今回は戦闘まで辿り着きませんでしたが、次話で戦いが始まります。

次回もよろしくお願いします。

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