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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第9章
119/189

ドール王国の剣

 アルクラドとエピスによる、大規模な先制攻撃に続く戦いの第2幕はドール軍優勢で進んでいた。

 千を超える数の魔物が2人の魔法によって命を落としたが、それでもまだ万に近い数が残っている。その数に恃み押し切ろうと考えたのか、魔物の大軍は纏まったままドール軍の先陣へと突っ込んできた。

「「「大地よ……汝を足蹴に迫る者、等しく我らに仇なす者……汝の恥辱は我らが恥辱、汝の怒りは我らが怒り……募る怒りは刃となりて、彼の歩みを奪い去らん……肉断ちの刃ラーム・ブシェール!」」」

「「「炎よ……赤々と燃える数多の根を伸ばし、小さき紅蓮が花開く……もがく畜生苗床に、赤き大輪咲き誇る……百花の炎舞ルメン・フランタンズ!」」」

「「「氷雪よ……凍てつく雪風吹き荒み、命の灯火朧気に……硬く澄んだの礫、見えざる獣の爪牙を成す……風雪嵐氷シュナイ・ヴィント!」」」

 5人1組となった魔法使い達が、それぞれの組で同じ魔法を一斉に詠唱する。

 複数人で同一魔法を詠唱することで個々が放つよりも魔法の規模を大きくする、集団で魔法を用いる時の戦術である。互いの詠唱が互いの意思を高め、その結果魔法の威力を高めるというものであり、人数が多ければ多いほどその上がり幅は大きくなる。しかし詠唱を合わせる難易度の関係で、5名前後での運用が最も効率的とされている。

 ともあれ彼らの魔法は、迫る魔物達に大きな損害を与えていった。1組ごとの威力はエピスの半分程度であるが、それが10組ともなれば魔物軍への被害はとても大きなものとなる。結果的にアルクラドとエピスが屠った数の倍近くの魔物を死傷することとなり、敵はその数を大きく減らしたのである。

 その様子を見ながらヴァイスは思う。魔法とは凄まじい力だ、と。

 魔法士団の面々は、1人で100体前後の魔物を殺していることになる。これだけの威力の魔法は、何度も放てるものでないが、それでも1度に100の敵を屠るなど簡単なことではない。更に言えば、1人で千に及ぶ敵を屠ったアルクラドやエピスは、もはや同じ人間ヒューマスだとは思えなかった。

 特にアルクラドは、剣の腕ではヴァイスを圧倒し、魔法の力ではエピスに比肩する。かつて剣を交えたヴァイスは、アルクラドの力は個に対して発揮されるものだと考えていた。剣の力はもちろん、王宮での魔族との戦いは、魔法を使っていたとはいえ戦士のそれであった。まさかこれほどの大規模な魔法を使うとは思っていなかった。

 一体どうすればあそこまでの境地に至れるのか、ヴァイスは自分との力の差を嘆きたくなる思いだった。

 しかし今はそんなことを考えている時ではない。少しでも多くの敵を切る時である。

 ヴァイスは独り、魔法を受け悲鳴を上げる敵の中へと突っ込んでいく。様々な魔法が放たれた結果、地面は抉れ、焼け焦げ、凍り付いており、足場はとても悪かった。しかしそれをものともせず、ヴァイスは敵陣を駆け抜けていく。

 ゴブリンにオーク、頭に大きな角を持った一角狼、長い尻尾を持つ尾長猪、人の背丈よりも大きな体の狂走羊など、ドール周辺でよく見られる魔物や魔獣が多数いる。また北方では珍しい蛇やトカゲ、虫型の魔獣や魔物の姿があり、中にはゴーレムや炎蜥蜴サラマンダーなどの強力な個体の存在もあった。

 しかしそれらは、後ろの戦士達に任せても問題ない相手だった。積極的に追うことはせず、向かってくるものだけをすれ違い様に切っていく。死んだかどうかは確認しない。元より後ろに任すつもりであり、強敵を見つけることを優先していた。

 ある程度散開し散り散りになった魔物達の中を、魔力の反応を頼りに駆けることしばし、ヴァイスは1体の魔物を発見した。

 彼が見つけたのは、枯れ葉色の体表をした巨大なカマキリだった。目の高さは人間ヒューマスと同じで、身体の長さはその倍ほどあった。その巨大さだけでなく、獲物を捕らえる為の鎌が握り拳の様な形をしていることが、その魔物の特徴であった。

 拳闘蟷螂。

 ドールには生息していないが、その強さと戦い方から知名度の高い魔物である。戦い方はその名の通り、拳の様な前脚で殴りかかる、ただそれだけである。しかし繰り出される拳の速度が尋常ではない。

 顔にくっつくほど引き寄せられた状態からはじき出される拳は、まさに目に留まらぬ速さであり、大抵の者は殴られたことに気が付かぬまま絶命してしまう。その威力も凄まじく、亀の様に強固な甲羅を持つ魔物であっても、甲羅ごとその身体を打ち砕いてしまう。もちろんまともに受ければ、人間ヒューマスはおろか人族、魔族に関係なくひとたまりもない。

 ヴァイスは十分な距離を取って立ち止まった。拳闘蟷螂もヴァイスの存在に気付き、逆三角形の頭部が彼を向く。

 4本の脚でしっかりと大地に立つ拳闘蟷螂。拳闘士の様に拳を顔に引きつけ、身体を左右に揺らしている。頭部左右の頂点から飛び出した様な大きな眼がどこを見ているかは分からないが、意識は確実にヴァイスへと向けられていた。

 拳闘蟷螂は身体を揺らしながら徐々に距離を詰めてくる。それに向けて、ヴァイスは足元の石を拾い上げ、思いきり投げつける。拳闘蟷螂の頭部を狙ったそれは、突如空中で粉々に砕け散った。目にも止まらぬ速さで繰り出された、殴打の為である。

 ヴァイスの投げた石はかなりの速度であったが、拳闘蟷螂はそれに過たず自身の拳をぶつけたのである。折りたたまれた腕が真っすぐに伸び、飛んでくる石を正確に打ち砕き、その次の瞬間には拳は顔の横に戻っていた。拳が飛び出す速度だけでなく、引き戻される速度も驚異的であった。たとえ一撃を躱そうとも、嵐の様な殴打が敵に接近を許さないのだろう。

 厄介だ、とヴァイスは思った。しかし彼の目には、拳闘蟷螂の拳の動きがハッキリと見えていた。自分であれば打ち倒せる、と再び石を拾い上げ駆け出した。

 剣の間合いの外から、走る勢いを乗せて石を投げつける。拳闘蟷螂の腕の長さは、体高とあまり変わらず、ヴァイスの剣の間合いよりも遥かに長い。その間合いに石が入る直前、ヴァイスは脚に思いきり魔力を込め突進する。

 顔の横で石が砕け散る。伸びきった腕が見える。拳闘蟷螂の左の拳が僅かにブレた。

 頭部目がけて飛んでくる拳を、ヴァイスは首を傾けて躱す。

 伸びきった左腕。右の拳は既に元の位置に戻っている。再び右の拳が僅かにブレる。

 身体を捻るのと同時に、ヴァイスは剣を振り上げる。真っすぐに伸びた腕の関節を、剣が切り裂いた。片腕を落とされた拳闘蟷螂は悲鳴を上げることもなく、どこを見るともつかない大きな瞳でヴァイスを見つめている。

 左の拳が僅かにブレる。

 頭上の剣を振り下ろし、迫りくる拳を切りつける。岩を叩いた様な感触と轟音と共に、剣が弾かれる。拳は既に引き戻され、次の殴打の動きに入っている。ヴァイスは身体を僅かに沈め、髪を掠める様にして通り過ぎた拳の、その根元である腕を切り裂いた。

 両腕を落とされた拳闘蟷螂は僅かの間、その動きを止める。しかしそれも束の間。上下左右4つに分かれた口を大きく開き、ヴァイスに噛み付く為に頭を突き出す。

 迫りくる頭部、その首目がけてヴァイスは剣を振り下ろす。硬い感触が剣を通して手に伝わったのと同時に、大きなカマキリの頭が鈍い音を立てて地面に落ちる。

 頭部を失った拳闘蟷螂は、ゆっくりとその身体を地面へと横たえた。剣を仕舞ったヴァイスはその死体に一瞥を投げ、次の敵を探す為に駆けていった。僅かに痺れの残る掌を握りしめながら。


 ヴァイスがその魔族と遭遇したのは、大鬼オーガの戦士2人との戦いを終えた後であった。

 圧倒的な膂力を有した大鬼オーガの戦士は、拳闘蟷螂よりも手強い相手であった。単純な攻撃の速度で言えば、拳闘蟷螂の拳の方が速いと言えた。しかしあくまでも虫であり、戦いの中に駆け引きはなかった。間合いに入った敵をただ拳で打つ。ただそれだけであり、単調な攻撃は見切ることも容易かった。

 しかし大鬼オーガの攻撃はそんな単純なものではなかった。身の丈程の棍棒を振るう2体の大鬼オーガがお互いの隙をなくすように動き、またヴァイスの隙を突いて攻撃を仕掛けてくる。牽制目的の攻撃であっても大鬼オーガの膂力で振るわれる棍棒は、当たれば重傷を負うには十分な攻撃であり、また彼らの全力の攻撃は大地を揺るがすほどであった。

 そんな大鬼オーガ達の連携を崩しながら攻め、2体ともを切り伏せた時、ヴァイスは強い魔力と武威を感じたのである。

人間ヒューマスにも中々の戦士がいるのだな」

 10歩の離れていないところに1人の男が立っていた。猫を思わせる細く鋭い瞳孔の瞳を持った男で、黄と黒がまばらに混じった長い髪を首元で1つにまとめ、肩から前に垂らしている。黄と黒を基調とした貴公子然とした服装で腰に剣を帯びた姿は、戦場には似つかわしくないものだった。

「何者です……?」

 しかしヴァイスは警戒を解くことなく、抜いた剣を構え男に問う。男は線が細く一見すると戦士だとは思えないが、身体の芯がブレることはなく、武の心得がある者の立ち姿であった。加えてここまでの接近を許すまで、その気配を感じることが出来なかったのだ。間違いなく強者である。

「俺の名前はパンテラ。豹人ウィル・パルドゥスという魔族だ」

 パンテラと名乗った男は、ヴァイスの問いに素直に答える。魔族という言葉に、ヴァイスは警戒をさらに強める。この場にいる魔族、それはすなわち敵であるということなのだから。

人間ヒューマス相手など弱者ばかりで詰まらんと思っていたが、お前の様な相手であれば楽しめるだろうな」

 パンテラはそう言って徐に腰の剣を抜き、ヴァイスへと向ける。武骨で、実用の拵えであることが見て取れる、見事な剣だった。

「名乗れ」

 相手の出方を窺うヴァイスに向けて、パンテラは言う。半身のまま剣を向ける様子を、ヴァイスはじっと見つめる。敵意こそあれ、未だ攻撃の意思は感じられなかった。

 この男はドール王国に仇なす者であり、切らなければならない。しかし同時に、応えなければ、とも思った。敵であり、戦いを楽しむ野蛮な精神を持つ相手であるが、正しく戦士でもあった。短い間で、ヴァイスはそう感じ取った。

「……私は、ドール王国騎士団長ヴァイス」

 ヴァイスは構えを解き、パンテラと同じく剣を相手に向けて名乗りを上げる。パンテラはニヤリと口角を上げ、剣を握った拳を胸の前に掲げる。ヴァイスもそれに倣う。

 2人が同時に剣を払い、切っ先を大地へ向ける。

「いざ、尋常に……」

 ヴァイスが言う。

「勝負っ!」

 パンテラが吠える。

 2本の剣がぶつかり合い、2人の騎士の戦いが始まった。

 2本の剣がせめぎ合っていたのは一瞬のこと、すぐさま2人は距離を取る。

 ヴァイスは相手をよく観察する。

 身体の細さから想像もできない程の力は、魔力強化によるものか。僅かに前傾した姿勢は、攻勢の現れか。

 歯を剥いて笑うパンテラは、大地を踏みしめ再びヴァイスに迫る。

 首筋を狙う剣は見せかけ。直前で軌道を変え胴へ迫る。

 受け流し、ヴァイスが1歩、踏み込む。

 パンテラの脚が、鞭の様にしなり跳ね上がる。

 更に踏み込み、身体をぶつけて蹴撃を躱す。

 パンテラの頭がヴァイスに迫る。重く鈍い音が響く。

 額を押さえ、チラつく視界に顔をしかめながら、ヴァイスは剣を構える。

「やるな」

 パンテラは凶暴な笑みを浮かべながら言う。同時に自らの脚に手を当てる。

人間ヒューマス相手に一撃をもらったのは初めてだ」

 手に付いた血を舐め、パンテラは嬉しそうに言う。

「貴方も中々お強い……それにまだ全力ではない様ですね」

 ヴァイスはそう言いながら、ふらつきを収める為に深い呼吸を繰り返す。

 僅か数舜のやり取り。パンテラの攻撃は、ヴァイスが感じた魔力や武威から想像したものよりも、ずっと大人しいものだった。今の攻防はただの様子見だったのだろう、これ以上の攻撃が必ずある、とヴァイスは確信していた。

「分かるか。人間ヒューマス相手にこの姿になるのは初めてだが、お前なら簡単には死なないだろう」

 ヴァイスの予想通り、パンテラは全力を出してはいなかったようだ。

「よく見ていろ。これが俺達、豹人ウィル・パルドゥスの本当の姿だ」

 パンテラが豪奢な装飾の施された上着を脱ぎ捨てる。肌着を纏った、しなやかで引き締まった身体が露わになる。

「ナ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛!!」

 どこか猫を思わせる可愛らしい吠え声。しかしその緊張感のなさとは裏腹に、パンテラの魔力が膨れ上がり、その身体に変化が起きていく。

 しなやかな身体の筋肉が膨らみ、獣の毛が全身を覆っていく。黒い斑点模様の浮かぶ黄色い体毛。それに包まれた身体の上には、鋭い牙を剥いた豹の頭が乗っている。手からは鋭い爪が飛び出し、身体の後ろでは長い尾がユラユラと揺れている。

「出来るだけ耐えろ。すぐに死なれると、詰まらんからな」

 豹の姿へと変身したパンテラは、くぐもった声でそう言うと、剣を口に咥え腕をダラリと下げる。倒れそうなほど身体を前に傾け、鋭い目つきでヴァイスを睨みつけている。

 今にも飛びかかってきそうなパンテラを前に、ヴァイスは全身に巡らせる魔力を更に高める。大きく息を吐き、半身に構えて唸る猛獣を見据える。

 相手は強い。しかし強いということが分かる。どこかの黒ずくめの男と違って、その強さの底が見える。厳しい戦いになることは明白だが、自分であれば打ち倒すことができる。

「行くぞっ!!」

 剣を握りしめ、ヴァイスが吠える。

 2人の剣士の、全力のぶつかり合いが始まるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ドール王国編ではあまり活躍のなかったヴァイスさん、強敵と相対しました。

決着はどうなるのか。

次回もよろしくお願いします。

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