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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第9章
118/189

それぞれの戦いの始まり

 空を赤く染めるほどの炎の魔法を放ったドール王国ギルド長エピス。彼女の周りに陽炎の如く揺らめいていた魔力は失せ、はためいていた髪やローブは風に優しく揺れている。

 魔法を放った後、僅かに眩暈を覚えた彼女であるが、杖を支えにしつつも自らの足でしっかりと立っていた。

「ふぅ……」

 眩暈を収める為に閉じていた目を開いた彼女の表情は、疲労の色が浮かびつつも晴れやかなものだった。随分と久々に本気で魔法を使い、どこか解放感に似た心地よさを感じていたのである。

 魔法に関して天賦の才のあったエピスは、成長するにつれて全力で魔法を使う機会が減っていった。成人してからはドラゴンと戦った時以外、その機会は1度たりとも訪れなかった。龍殺しから数十年経った今、もう来ないだろうと思っていた全力を出せる機会がやって来たのである。

「さて、あちらはどうなっていますかね」

 心地よい疲労感と共に呟き、目を凝らして魔法を放った先を見る。

 竜巻を逆さにした様に、燃え盛る炎の渦が大地から天へと伸びている。黒い大軍の一部はポッカリと穴が開いた様に赤く染まり、周囲の風を巻き込む轟音と共に魔物達の断末魔の叫びが響いている。朱きあぎとの通った途では溶けた霜が湯気を発し、更には余りの熱で鎚が溶けたのか焼け焦げた真っ黒な土の中に、艶のある輝きを放つ物があった。

 魔法を放った後が焦土になっては意味がないとアルクラドに手加減をお願いしたのは誰だったのか、数百を超え千に届くかという魔物を消し炭へと変えたエピスの魔法は、まさしく西の平野を焦土へと変貌させていた。

 やりすぎた。

 思わず漏れそうになった呟きを、エピスは唇を引き締めて何とか堪えた。

「これが、英雄の力……」

 そんなエピスの様子に気付かずに、ヴァイスは恐れ慄いた様に呟きを漏らした。まだ年若い彼はエピスの戦う姿を見たことはなく、その様子を話でしか聞いたことがなかった。しかしその誇張めいた話でさえ、目の前の光景には遠く及ばなかった。

 ヴァイス以外の者達も同じ思いだったのか、呆然とした様子でエピスの作り出した光景を見つめ、中には腰を抜かしている者もいた。シャリーもその中の1人であった。

 これは人が持ち得る力なのか。

 エピスの種族は、魔法に秀でているとは言いがたい人間ヒューマスであり、そんな彼女が作り出した光景を、シャリーは信じがたい思いで見つめていた。

 エルフや魔族の中でも、これだけの魔法が使える者がどれほどいるだろうか。エピスは人間ヒューマスの皮を被った、別の何かではないのか。

 そんな考えが頭を過ぎる程度には、シャリーの驚きは大きかったのである。

 しかしその中で、ただの少しも驚きを見せていない人物が1人。

 アルクラドである。

 アルクラドは、エピスの膨大な魔力にも、大地を変貌させた魔法の規模にも、一切驚きを感じていなかった。ただ、エピスの荒々しくも精緻で淀みのない魔力の扱いに、僅かながらの感心を抱いていた。

「ここまでの力の魔法であれば放っても良いのだな」

 ともかくアルクラドの考えは、この言葉に尽きるものだった。

 敵を倒せ、しかし手加減をしろ。と、エピスに言われたアルクラドは、どの程度の魔法を使うべきかを量りかねていた。だがたった今、エピスの魔法を見て、使ってよい魔法の程度を理解した。手加減をしろと言った本人と同じ程度の魔法であれば、咎められるはずはないのだから。

 そんなアルクラドの小さな呟きを聞きつけ、ギョッとした者が若干名いた。

 まず驚いたのはヴァイスとヴェルデ。

 彼らはアルクラドの強さを多少なりとも分かっている者達であり、あれほどの魔法をまさか使うことができるのか、というのが2人の驚きの根幹である。魔法が使えない彼らだが、エピスの放った魔法の凄まじさは肌で感じ取ることができた。龍殺しの逸話に違わぬ力であり、そんな魔法を年若く見えるアルクラドが使えるはずがないと思う一方で、彼ならやりそうなどとも思っていた。

 そして彼らとは別に驚いているのが、エピスである。

 彼女の場合は驚きよりも、やってしまったという後悔や不安の方が大きかった。本気を出したアルクラドの魔法がエピスのものを凌駕するのは明白であり、そのような魔法を使わせない為にエピスは手加減を頼んだのだ。しかしアルクラドが頷いたことに安心し、また無様な姿を晒してはいけないと意気込んだ結果、自分と同じ程度なら構わないという線引きをしてしまった。一体どんな魔法を使うのか、エピスは不安で仕方なかった。

「其方ら。未だ下がっておれ」

 驚きや不安を感じる彼らをよそに、アルクラドはエピスと並ぶ位置まで歩を進める。そして焼け焦げた大地とその熱に苦しみながらも迫りくる魔物達を見据え、魔力を巡らせていく。エピスが魔法を使った時と同等の魔力が辺りに満ち、彼女の魔法に腰を抜かしていた者達を含め、全員がアルクラドに視線を注いだ。

「歩みを阻む杭の森、蠢く侵敵枝葉とす……野に満ち響く苦悶の声は、心を挫き体躯を縛る……愚行の先に汝を待つは、緩く傾く死への路……貫きツェペシュ晒す者・ディマスカー

 朗々と詠うアルクラド。その手には土色の杭が握られている。

 詠唱の終わりと共に杭を地面に突き刺し、僅かに飛び出た頭を踏みつけ押し込む。それと同時に魔法が発動し、強大な魔法が再び、魔物達に襲いかかった。


 大地から突き出る大小様々な、土の杭。無数のそれらは大地を行く魔物を貫き、その歩みを止める。更には杭の内側からまた別の杭が生え、魔物の体内を尚も蹂躙していく。突如現れた杭の乱立地帯は、エピスの魔法が作り上げた赤き大地よりも広範囲に及び、千を超える魔物が磔刑に処されたかの様にもがき苦しんでいる。

 地獄とは、こんな景色をしているのだろう。

 エピスのものに続きアルクラドが放った魔法。それらが作り出した光景を見た者達の全てが、同じ事を考えていた。

 灼熱の業火に焼かれた大地は赤熱し、その上を行く魔物達を焼き焦がしている。未だ消えぬ炎の竜巻は、周囲の亡骸を糧として更に勢いを増している。

 そして大地からは無数の土杭が突き出し、幾匹もの魔物がその餌食となった。しかし絶命には至らず命の雫を零しながら呻きもがいている。串刺しとなった魔物が蠢く不気味な像の乱立する様は森を思わせ、杭を伝い流れる血が、大地に赤い川を作り上げていた。

「お見事。流石はアルクラド殿です」

 驚きを隠せない戦士達をよそに、エピスがアルクラドの傍へとやってくる。アルクラドの魔法を称えるその姿は、疲れの色こそ見えるものの普段と変わらない穏やかなものだった。

「うむ。其方の精緻な魔力の扱いも見事である」

「まさか貴方にそう言っていただけるとは思っていませんでした。しかし少しやりすぎました」

 穏やかに互いを称える2人であるが、地獄を作り出した後という状況にあって、その姿はとても異様に見えた。

 そんな2人の様子に若干委縮してしまった者達もいるが、士気の方は上々だった。まだ接敵もしていない段階で、たった2人の魔法使いが、それぞれ千に近い数の魔物を屠ったのである。自軍の確かな勝利を信ずるには十分であった。

「ヴァイス殿。初手としての成果はまずまずだと思います。接敵に備え騎士達の指揮をお願いします」

 アルクラドとの僅かばかりの談笑を終えたエピスが、ヴァイスの下にやってくる。

「承知しました。魔法士団の指揮はお願いいたします」

 ヴァイスは頷きながら応える。

 エピスが一番槍として魔法を放った後は、騎士団と冒険者の精鋭達の出番である。大規模な魔法により敵の数を減らすことを目的とした魔法使いとは反対に、彼らは敵の戦力の中核となる強力な魔物や魔獣を討つことが目的である。

「諸君っ! 接敵までもう僅かだ! 各班、戦闘準備!」

 ヴァイスがアルクラド達といる時は見せない、厳しい顔つきで騎士達に指示を出していく。騎士達は4人前後の班に分かれ、また冒険者達は自らのパーティーで強敵の討伐に当たるのである。

「さて貴方達も配置についてください。敵が散り散りになると厄介ですので、纏まっているうちにできるだけ数を削いでください。お願いしますね」

 エピスの方も魔法士団の精鋭達の前で指示を出している。いつもの様子で話すエピスだが、彼女を前にした魔法使い達は緊張した面持ちで背筋を伸ばし立っている。優しい口調で紡がれたエピスの指示に、彼らは一糸乱れぬ敬礼で以て応えた。

 現魔法士団長を筆頭に、彼らはかつてエピスの扱きを受けた者達である。その余りに厳しい魔法の指導の日々は彼らの記憶に深く刻まれており、それから長い時間が経った今でも、彼女に対する応えは肯定以外にないのである。

 そうして魔法士団の面々に指示を出したエピスは、もう1度アルクラドの傍へとやってくる。

「アルクラド殿。私は少し下がらせていただきます。申し訳ありませんが、大軍の中に潜んでいるであろう強者の討伐をお願いします」

 龍殺したるエピスも、本気で魔法を使った為、さすがにかなり魔力を消費していた。ここで無理をして倒れてしまうわけにはいかないので、戦況が動くまでは身体を休め魔力の回復に努めるつもりであった。

「うむ。オークの王に比肩する者も居る様だ。我は其奴の相手をするとしよう」

 魔物の大軍が視認できる距離にまで近づいている為、アルクラドの知覚にも強者の魔力が伝わっていた。オークキングよりも大きいと思われる魔力がその中にあり、その敵を獲物と定めたのである。

「アルクラド殿が戦に間に合ったのは、まさしく僥倖。よろしくお願いします」

 オークキングを凌ぐ相手に、万全の態勢ならともかく、今の状態で勝てるとエピスは思わなかった。だが幸いにもアルクラドがいる為、彼に任せるのが確実かつ安全だった。

「アルクラド様。私はどうしましょうか……」

 アルクラドやエピスの魔法に圧倒され、黙ったままであったシャリーが口を開く。アルクラドの相手がオークキング以上の敵であれば、彼女に出番はなく、また傍にいても役には立たない。アルクラドが付いて来いと言えば危険があろうとも傍にいるつもりだが、足を引っ張ることだけは避けたかったのだ。

「好きにすると良い。しかし其方は治療の魔法を使う事が出来る。後陣に居れば充分に力を発揮出来るのではないか?」

「治癒魔法の使い手はあまりいません。私からもお願いします、シャリーさん」

 後陣で負傷者の治療をすればいいのではと言うアルクラドに、エピスが言葉を重ねる。戦いとなれば必ず傷を負う者がおり、死に至る者も当然いる。そのような者達は少しでも減らしたいというのが、エピス、ひいてはシャルル王の気持ちだった。

「そうですね。命を落とす人がいないよう、精一杯努めます」

 2人の言葉を聞き、シャリーは緩く笑いながら応える。役立たずとしてただ戦いを眺めているより、何か役割を果たす方がいいに決まっているのだから、と自分に言い聞かせる様に。

「さて、そろそろ敵がやって来ますね。皆さん、準備はいいですか!?」

 気が付けば魔物達は、かなり近くまでやってきていた。魔物や魔獣の個々の姿が認識できるようになり、唸り声や吠え声が怒号として聞こえていた。

 しかしドール軍の面々は、自らの勝利を確信していた。エピスの問いに、皆が一斉に応と答える。

「勝利を我が手に、ドール王国に栄光を!!」

 再び杖を掲げたエピスの宣誓により、戦いの第2幕が上がったのである。

お読みいただきありがとうございます。

エピスに続きアルクラドの魔法で、戦いの第二幕が始まります。

次からは個別での活躍をお見せできたらと思います。

次回もよろしくお願いします。

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