王との会食
王宮の中のある1室で、アルクラドとシャリーは美味しそうな料理の並べられた円卓の前に座っていた。肉に魚、パンに酒と、王宮で供されるものとしては大人しいが、テーブルの上は豪華な料理で彩られていた。
「アルクラドよ、息災であったか」
自分が食べるよりも先に料理に手をつけているアルクラドに、ドール国王であるシャルル王がそれを咎めることもせずに尋ねる。
「……うむ。其方も壮健の様であるな」
口の中に料理があったアルクラドは、それを飲み込んでから応える。相変わらず知人に接する様な態度でシャルル王に話しかけるが、それを咎める者はここにはいない。非公式の会食であり、王の私室であるこの部屋にいるのは、エピスとヴァイスを含めた5人だけである。
「急ぎ準備させたのでな。大したものはないが、存分に味わってくれ」
「構わぬ」
王宮へ招く代わりに食事を用意しておくように言ったアルクラドであるが、至極の料理を求めたわけではなかった。もちろんそんなものが出されれば嬉しい限りであるが、シャルル王が大したものではないと言うものでも十分満足できていた。
「此度の戦い、お主が参加してくれて助かった。礼を言うぞ」
「我は依頼を受けたに過ぎぬ。礼は不要だ」
激しくなると予想される戦いへの参加に礼を言うシャルル王であるが、アルクラドはいつもの様に応える。
「変わらぬな。だがお主がいれば無駄に散る命も少なくなろう。その働きに期待しているぞ」
シャルル王の下にも、もちろん迫りくる魔物の報告がなされている。その中には騎士が十数人でかからなければならない魔獣もおり、多数の死傷者が出るだろうと頭を悩ませていた。しかしアルクラドがいればそれも少しはましになるだろう、とシャルル王は考えていた。かつて龍殺しを為した暴虐の魔女をして、自分が100人いても敵わないと言わしめた力を持つ者であれば、万の大軍に対しても大きな力となるはずだ、と。
「依頼を受けた以上、力は尽くそう」
「うむ。ところでこの魔物の襲撃は魔王の差し金であると聞いたが、魔王自身は現れるのであろうか……」
「識らぬ。オークの王はその様な事は言っておらなんだ故な」
アルクラドの言葉を頼もしいと思う一方で、シャルル王には少なからず不安があった。
魔王の存在である。
強者揃いの魔族を力で統べる魔族の王が、どれ程の力を持っているかは分からない。しかし生半可な力ではないことは確実だった。何せエピスでしか倒せない様な魔物、オークキングを従えていたのだから、少なくともそれ以上の力を持つことになる。エピスの話で、アルクラドがオークキングを圧倒したことは聞いているが、魔王にその力が通じるのかどうか。それが分からなかった。
「だが魔王とやらが戦場に居れば、余程巧く魔力を隠さぬ限り、我が見逃す事は無いであろう」
魔王の力を恐ろしく思うシャルル王に対し、アルクラドは何の不安も感じていなかった。彼の認識では、たとえ魔族を統べる力を持っていようとも、敵になり得ぬ程度なのである。
「お主は、魔王に勝てるのか……?」
「無論だ」
恐る恐る尋ねるシャルル王に、アルクラドは事実であるかの様に応える。その余りにも自信に満ちた姿が、逆にシャルル王の不安を煽った。無言で頷きつつ、傍に控える王国最強の戦士達に目配せをする。その視線に2人は神妙な様子で頷いた。
2人の考えていることは、おおよそ同じであった。アルクラドの戦いの力は、エピスとヴァイスの遥か上にある。特にエピスはその果てしなさをよく理解している。
アルクラドと比肩する様な存在が、彼以外にいては堪るものかと思っている。また魔王が戦いに出てくれば、アルクラドに任せるほかないのだから、彼の勝利を信じるしかない、とも。
2人が頷く様子を見て、その考えを理解したのか、シャルル王も頷き深いため息を吐く。先の見えぬことを憂慮していても仕方がないと、まずは分かっていることに目を向けることにした。
「エピス、ヴァイスよ。戦いの準備はどうなっておる?」
「はい。前線に赴く戦士達は50名、大規模魔法を使う魔法使い達も50名が揃っています。その後ろに展開する戦力としては、ドールの騎士、警備兵を合わせ1000人が。周辺都市からも500の兵力が集い、冒険者も同数が王都に居ります」
「現在、2000名と少しか……万の軍を相手にするには、心もとない数であるな……」
王都に集まった戦力の数を聞き、シャルル王は唸る様に息を漏らす。敵との戦力差はおよそ5倍。数の上で不利になることは予想されていたし、エピスを筆頭に強力な戦士達がいる。彼女達がいれば、万に及ぶ魔物が相手でも問題はないのかも知れない。しかしそう思う一方で、もうすぐ戦いが始まろうとする局面において、この戦力差に不安を覚えずにはいられなかったのだ。
「確かに数の上では有利とは言えません。冒険者はもう少し集まるでしょうけれど、周辺都市からの応援は、彼ら自身の守りも必要でしょうから、これ以上は望めないでしょう」
ヴァイスの報告を聞き不安を見せるシャルル王の言葉を、エピスは肯定する。王都に近い周辺都市からは出来るだけの戦力を出してもらっており、また遠くの都市は戦いに間に合わないだろうからと、自らの守りを固めさせている。冒険者達も、少し離れた町から向かってきている者達がいるが、増えても100人に届くかどうかというところ。戦力差を覆すほどにはならない。
「ですが陛下。恐れながらこの私が、一番槍を務めます。陛下はご覧になったことはないかと存じますが、龍殺しの力を存分に発揮し、必ずやドール王国に勝利をもたらしましょう」
そう言ってエピスは不敵に笑う。
龍殺しの英雄としてその名を知られるエピスであるが、彼女のパーティーと龍の戦いを見た者は、彼ら自身以外にいない。ましてや人魔大戦後の世において大戦などなく、魔法が集団に対してどれだけの威力を発揮するのか、それを正確に把握している者も少ない。
平和な時代の王であるシャルル王もまた同じである。エピスが、彼女の魔力に触れるだけで身体が震えあがるほど、強く恐ろしい人物であることはよく理解している。若かりし頃の彼女が、自分に絡んできた冒険者をボロボロにしたのを目にしたこともある。しかし彼女が本気で魔法を撃つところを、見たことはなかったのだ。
「確かに、お主の戦いを見たことはなかったな」
見たことがあるのは、相手を一方的に叩きのめす喧嘩だけである。
「陛下のお目に届く様、全力を尽くしましょう。西の空より出づる朝日が、お目汚しにならなければよいのですが」
シャルル王の不安をよそに、エピスは自国の勝利を何一つ疑っていなかった。万の敵の全てが龍であったならば絶望的だが、そのほとんどは雑兵である。雑魚は魔法の餌食であり数による有利不利はほとんどないと考えていた。また前線に赴く100名の戦士達はいずれも猛者揃いであり、龍には及ばずとも中位の竜種であれば倒すことのできる者達である。それに加えてアルクラドがいるのである。最悪全てを丸投げすれば、戦いはそれで終わる。負ける要素など一切ないのである。
「王よ、案ずる事は無い。万の魔物程度、我が魔法で一掃してくれよう」
彼らの話を聞いていたアルクラドも、エピスと同じ様な考えであった。雑兵がいくら群れようとも何ら脅威ではなく、一撃の魔法の下、いとも容易く葬り去ることができるのだから。
「ふっ……頼もしいな」
アルクラドの言葉を励ましと捉えたのか、シャルル王は少しぎこちなさはあるものの笑みを浮かべた。しかしアルクラドの言葉を励ましや冗談だと捉えなかったものが2名。
「アルクラド殿……お願いですから、手加減してくださいね? 敵を退けたはいいものの、西の平野が焦土と化しては意味がありませんから」
エピスである。アルクラドであれば万の軍勢を一撃で葬り去る魔法が使えると理解している。そんな魔法で戦いがすぐに終われば誰一人死なずめでたくはあるが、代わりに土地にどんな影響が出るか分かったものではない。
愛する国に攻め込んでくる敵に対して手加減をしろと言うのは、おかしなことだとは理解している。しかし向こう十数年、草木の生えない死んだ土地ができない為にも、エピスはアルクラドにしっかりと釘を刺すのであった。
残りの1人はもちろんシャリーであるが、この場で気軽に発言することは躊躇われた為、アルクラドの言葉を静かに聞くに留まっていた。
「ふむ……我は早くこの依頼を終えたいが、其方が言うのであれば従おう」
敵を倒し依頼を終え早くミキアに戻りたいアルクラドであるが、この依頼における最高指揮者であるエピスの言葉に素直に頷く。
「万の敵が迫るというに、お主らは豪気であるな……お主らの頼もしい言葉も聞けたことであるし、そろそろ終いにしよう。有意義な会食であった」
自国に迫る大きな脅威に不安を覚えずにはいられないシャルル王であったが、2人の様子を見てそれも随分と和らいでいた。用意していた食事も、アルクラドが休みなく食べた為にほとんどなくなり、会食のお開きには丁度いい頃合いであった。
「アルクラドよ。此度の戦い、お主の働きに大いに期待しておる」
「うむ。依頼故、其方に言われるまでも無く魔物は全て殺す」
最後に神妙な面持ちでそう言うシャルル王に、アルクラドは表情を動かさずに頷く。言われるまでもなく、敵として自らの前に立つ者は全て殺すつもりである。
「3日後の朝に王都を発ちます。それまで身体を休め、戦いに備えていてください」
「うむ」
ヴァイスの言葉に頷くアルクラドであるが、彼には休息も戦いへの準備も全く必要ではない。故に応えはしたが、戦いが始まるまで改めて王都の美食巡りをしようと考えていた。
「往くぞ、シャリー」
「はい」
アルクラドは立ち上がり、畏まった退出の挨拶をすることなく、部屋を出ていく。
「国王様、失礼いたします」
代わりに、非公式とはいえ一国の王を前に気軽な発言を控えていたシャリーが、深々と礼をし、アルクラドの後を追って部屋を出ていった。
「陛下。私も失礼いたします」
その姿を見送った後、ヴァイスも部屋を後にする。王国騎士団だけでなく、前線に赴く戦士達を指揮する者として、彼にも色々と準備があったのだ。
ヴァイスが退出した後、部屋に残ったのはシャルル王とエピスの2人だけ。
「大丈夫よ、シャル。必ず勝てるわよ」
未だ一抹の不安が残るシャルル王に、エピスが優しく語り掛ける。自分達しかいない為、その口調は昔の様に気軽なものだ。
「龍殺したる暴虐の魔女が全力を振るうのよ。それでも私達が負けると思う?」
「ふっ……確かに、お主が負ける姿など、想像もつかんな」
エピスの軽口に、笑みをこぼすシャルル王。不安は残るものの彼女達の力を信じるしかない、と改めて彼女達の勝利の為に祈るのであった。
お読みいただきありがとうございました。
少し長くなりましたが、次から場面は戦場に移ります。
次回もよろしくお願いします。