再会の宴
ドール王国王都のギルドの酒場で、4人の男女が大量の料理を注文していた。アルクラド、シャリー、ライカ、ロザリーの4人である。もちろん主に食べるのはアルクラドである。
ドール王国にて再会を果たしたアルクラドとライカ達は、それを祝って食事をすることにしたのである。しかし時刻は朝鐘の早い時間帯であり、開いている料理屋がない為、いつでも開いているギルドの酒場での食事となったのである。
「俺達の再会に、乾杯っ!!」
「「乾杯っ!」」
「乾杯」
乾杯の合図に合わせて、杯のぶつかる音が響く。1日が始まったばかりだが、4人は気にすることなく酒を呷る。
「っぷはぁ! ほんと久しぶりだよな、元気にしてたか?」
「未だ1つの季節すら巡っておらぬ。久しいと言う事はあるまい」
アルクラドがライカ達と別れてからおよそ半年が経っており、人間の基準で考えれば久しぶりと言って差し支えない時間だ。しかしアルクラドにとっては半年などすぐのことで、久しいなどとは感じていなかった。
「いや、半年も経ったんだ。久しぶり、だぜ?」
アルクラドの時間感覚についておおよそ理解しているライカは、久しぶりだと強調する。言外に人間にとっては、という意味を込めながら。
「そうであるか」
アルクラドもその意味を理解し、静かに頷く。
「アルクラド様がこれだけ気安く話しているのは、何だか珍しいですね」
そんな彼らの様子を見て、シャリーは思う。話し方こそ普段と変わらないが、表情や雰囲気がどことなく柔らかく見える。
「俺達、一緒にパーティー組んでた仲間ですからっ……お互い、気なんて使わないですよ」
シャリーの微笑みながらの呟きに、ライカが若干上ずった声で答える。背筋を伸ばし頬を赤くする様子を、ロザリーが細めた目でじっと睨んでいる。
シャリーが2人に挨拶をした時、ライカとロザリーはその笑顔に見惚れていた。アルクラドの造り物めいた完璧な美貌は見る者を圧倒するのに対し、人族として極めて整ったシャリーの容貌は相手を魅了するのだ。
その美貌から先に我に返ったのはロザリーであり、隣でだらしなく呆けるライカの耳をギュッと引っ張った。同性である自分が見惚れるのだからそうなる気持ちも分かるが、自分の隣でやられるのは面白くなかったのである。
何をするんだ、とライカは当然怒るが、ロザリーは拗ねた様に視線を切り、アルクラドとシャリーを連れて酒場へと向かっていった。そうして今に至るのである。
「けど、アルクラドがまだ中級だなんてな。てっきり上級になってると思ってたけど」
人外の力を持つかつての仲間が未だ中級冒険者であることが、ライカにはとても不思議だった。戦いの実力だけで言えば、冒険者の頂点である特級冒険者をも凌ぐのだから。
「ギルドを介さず受けた依頼が多く在った故、昇級の条件を満たしておらぬのであろう」
アルクラドの言う通り、ライカ達と別れてから受けた依頼のほとんどはギルドを通さないものであった。特に王宮での騒ぎでは王都を救った礼としてかなりの金額をもらった為、余計に依頼を受けなくなっていた。
「そうなんですね。けど昇級試験の内容だと、アルクラドさんは合格するの大変かも知れませんね」
「其方らは上級冒険者と為ったのであったな」
アルクラドがエピスから受け取った手紙には、アルクラドの参戦を望む者達の名前が書かれていた。その中には冒険者のものもあり、ライカとロザリーは上級冒険者としてその名を記されていた。
「お前と別れてから頑張ったからな。マーシルさん達には先越されたけど」
かつてアルクラドと一緒に依頼を受けたマーシル達も上級冒険者となっており、ライカ達も彼らと同時期に上級へと至ったのであった。中級に昇級してからわずか半年で上級へと至った2人はかなり異例であった。しかしアルクラドに訓練をつけてもらったこと、そして遥か高みにある力を知れたことが2人の成長を著しく促したのだ。
「昇級試験って、どんな内容だったんですか?」
上級へ昇級試験を受けていないアルクラドはもちろん、冒険者ですらないシャリーはその内容を知らない。アルクラドが合格とならない試験とは一体どんなものなのか、何となく想像できたシャリーであるが2人に尋ねる。
「戦う力を見る試験と、人とのやり取りに対応する力を見る試験の2つがあったんです。上級冒険者になれば貴族とか気難しい人の依頼を受けることもあるので、そんな人達と揉めずに話を進められるかも見られるんです」
ロザリーの言う内容を聞き、確かにアルクラドでは難しいだろう、とシャリーは思う。何せ国王に対してもいつもと変わらぬ態度で接するアルクラドである。そこらの貴族にへりくだるはずもなく、彼らがそれなりの人物でなければ依頼どころではなくなってしまう。
「アルクラドと別れた後、マーシルさん達と一緒になることが多くてさ。対人関係のコツとか、色々と教えてもらったんだ」
戦いの力は十分であったライカ達だが、人とのやり取りはまだまだであった。その辺りを、行動を共にすることが多くなったマーシル達に教えてもらい、そのおかげでフィサンの町においては最年少で上級冒険者となったのである。
「そういやあの後、大変だったんだぜ? 盗賊だけじゃなく冒険者まで殺されているから、いなくなったアルクラドが犯人だって言う奴が出てきたり、セイルさんを通して商人ギルドと協力してギルド内の盗賊を炙り出したり……まぁそのおかげでマーシルさん達と親しくなって、上級になれたんだろうけど」
「ギルド職員にも盗賊の仲間がいて、盗賊を見つけてからも大変だったよね」
かつてフィサンの町で行われた盗賊討伐依頼。その盗賊の本当の頭であった上級冒険者を倒したアルクラドは、自身の正体をライカ達に明かした後、すぐに町を離れた。その為ことの顛末を知る機会はなく、しかしライカ達の口振りからすれば、中々面倒な事態になっていたようである。
「詳しい話はマーシルさん達も一緒の時にしようぜ。あの人達も今回の依頼に参加してるからさ」
ライカ達と同じくマーシル達も王都におり、迫りくる魔物達との戦いに参加している。夜が明けたばかりの今は宿で休んでいるが、この依頼の間はライカ達と行動を共にするようだった。
「それよりさ、アルクラドが今まで何してたか教えてくれよ」
「シャリーさんが一緒に来ることになった理由も知りたいです」
一通りパーティーを組んでいた時のことを懐かしんだ後、2人は自分達と別れてからのアルクラドのことを知りたがった。ライカは余程凄い武勇伝があるに違いないと期待に胸を膨らませ、ロザリーは旅を共にするシャリーのことが気になっていた。
「大した事は何も無いが、其方らが望むのならば語るとしよう」
「アルクラド様。私との出会いが大したことない、なんて言いませんよね?」
魔族との激闘、古代龍との邂逅、オークキングの討伐など、アルクラドの旅は大したことで溢れていた。しかしアルクラドにとっては何の苦もなかった出来事であり、取り立てて言うべきことでもなかったのだ。
そんなアルクラドの物言いに、シャリーは不満げな様子で言う。100年近く住んだ故郷を飛び出すことはシャリーにとって大きな決断であり、そのきっかけの1つはアルクラドである。自分がとても大きな出来事だと思っていることを、大したことではないと言われてしまうのは非常に切なかった。
「いいから話してくれよ!」
「お願いします!」
「うむ」
アルクラドの大したことはないと言う言葉に信憑性が一切ないことをよく理解している2人は、早く話して欲しいとアルクラドにせがむ。そんな2人の言葉に頷き、今までの旅の出来事を語るのであった。
ライカ達との語りを終えた後、アルクラド達はエピスの手配した宿で寛いでいた。アルクラドの話を聞いたライカは案の定大興奮で、詳しい話を聞きたがり、またドワーフの鍛えた龍鱗の剣を羨ましそうに見つめていた。ロザリーは女同士で気が合ったのか、途中からシャリーと話し込んでおり、女性らしい話で盛り上がっていた。
宿に着いた後、アルクラドは部屋に酒を運ばせその味を楽しみ、シャリーはすぐにベッドに倒れ込み身体を休めた。ドールへ来る為に空を飛んでいる間、シャリーは一睡もできておらず眠気が最大限まで高まっていたのだ。
部屋の中には杯をテーブルに置く音と微かな寝息だけが響き、静かに時が過ぎていた。宿に着いた時は空の真上にあった太陽が、段々と西に傾いていく。時を知らせる鐘の音を聞きながら、アルクラドは杯を傾ける。そうしてそろそろ夜になろうかとする頃、宿の者がアルクラドへの来客を知らせてきた。アルクラドが部屋に通す様に伝え来客を待っていると、覚えのある足音が聞こえてきた。
「アルクラド殿、入ってもよろしいですか?」
「うむ」
そう言ってそっと部屋の扉を開けたのは、優しげて整った顔立ちのやや長い金髪を持った男性であった。ドール王国王国騎士団団長のヴァイスである。
「お久しぶりです、アルクラド殿」
「うむ」
部屋に入ったヴァイスはテーブルの前に立ち、アルクラドに頭を下げた。
「今回の魔物討伐に参加していただき、ありがとうございます」
「依頼として参加する故、礼は不要だ」
高額な報酬が出る依頼とは言え、魔物の大軍と戦うことには大きな危険が伴う。それに対する礼の意味もあったが、その前提が違うのだと思い至った。
「貴方には危険でも何でもないのでしたね」
万に及ぶ魔物など危険極まりないのだが、とヴァイスは呆れた様に乾いた声で笑う。
「エピス殿よりお聞きかも知れませんが、陛下がアルクラド殿にお会いしたいと仰せです。晩餐を用意していますので、王宮までお越しいただけませんか?」
ヴァイスがアルクラドの下を訪れたのは、エピスが言っていた様に、国王の遣いとしてアルクラドを招く為であった。国王の名だけでは彼を呼ぶことはできないと分かっているシャルル王は、当然の様に食事の準備も命じていた。
「うむ。食事が在るのであれば、否やはない。王宮へ向かうとしよう」
国王の想定通り、アルクラドは考える素振りも見せずに城へ向かうことを決めた。
「シャリーさんはお休みの様ですし、少しここで待たせていただいても構いませんか?」
「……すぐ行けます、起きてますから」
シャリーがアルクラドの隣におらず、その姿がベッドの上にあることを確認したヴァイスは、彼女が起きるまで待とうと考えた。だがシャリーは、ぼんやりとした意識の中で来客の存在を感じ目覚めていた。
「お久しぶりです、シャリーさん。女性がお休みのところに押しかけてしまい、失礼を致しました」
「少し休んでいただけですから、大丈夫です」
伏目がちに頭を下げるヴァイスに、シャリーは首を振りながら応える。
「シャリーよ、話は聞いていたか?」
「はい。王宮へ向かうんですよね?」
アルクラドの問いに、シャリーは頷く。おぼろげながら2人の会話が聞こえていたのだ。
「うむ、往くぞ」
「はい」
アルクラドと違い、国王からの呼び出しであれば否と言うつもりのないシャリー。それに加えて食事まで用意してくれているのだから、断る要素はない。
「それでは参りましょうか。表に馬車を寄越しています」
問題なく遣いの任を果たせたことにホッとするヴァイスは、そう言って2人を馬車へと案内し、王宮へと向かうのであった。
お読みいただきありがとうございます。
戦いまでの導入が長くなりそうです。
次かその次くらいから、戦いに入っていくと思います。
次回もよろしくお願いします。