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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第9章
112/189

ドール王国の危機

皆さま、お待たせしました。

本日より、9章を始めます。

隔日更新で頑張っていきますので、お読みいただければ幸いです。

 雲1つない、良く晴れた冬の空。

 黒とも青ともつかぬ空はまだ昏く、遠くの山々の稜線だけが赤く照らされている。明けたばかりの朝はしんと静かで、澄んだ空気を吸えば身の内が清められていくよう。地を撫でる風はとても穏やかだが、身に染み入る様に冷たい。

 そんな中を2人の人物が往く。

 1人は長く美しい、煌めく銀糸の髪をはためかせる黒衣の麗人。つばの広い帽子、襟が高く足元まで覆う外套、手首足首を覆う袖の長い衣服、手袋、靴、その全てが黒ずくめ。白磁の如く白く滑らかな肌と相まって、無彩色の絵画から出てきた様であった。しかし形の良い眉の下に収まる瞳と高く整った鼻梁の下の薄い唇は、血で染めたかの様な紅であり、妖しくも艶やかな色彩を放っていた。前から吹き付ける風の冷たさを感じてもいないのか、真っ白な肌に赤みが差すことはない。その風の強さにも、瞼を閉じることも顔を逸らすこともせず、ただ前を見て冬空の中を進んでいる。

 もう1人は、陽光の如く煌めく金の髪をなびかせる、美しい少女。彼女もまた全身黒ずくめであり、手首を覆う長い袖の服に、足首を隠す裾の長いスカートに身を包んでいる。頭から首にかけて長い布を巻き、少しでも冬の冷気から身を守ろうとしている。黒布の合間から覗く両の瞳は、黒紫と新緑の色を宿しており、風の強さに目は細められ時折顔も逸らせている。風の冷たさの為に赤く染まった耳は、木の葉の様に尖っており、彼女がエルフに連なる者であることを示していた。

 アルクラドとシャリーである。

 アルクラドはいつもの様に無表情であり、自分の行く先だけを見つめている。対してシャリーは、寒さが原因なのかガチガチと歯を鳴らせ、ガタガタと身体を震わせていた。ラテリアの王都を出た時の穏やかな風は、叩きつける様なものへと変わり、シャリーの体温を問答無用で奪っていた。

 ある報せを受けた2人は、冬の寒空の中、ドール王国へと向かっていたのである。

 事の起こりは、ラテリア王国の王都ギルドでのことだった。


 オークキングを倒しオークキング討伐隊と合流したアルクラドは、依頼完了の報告と報酬を得る為に、彼らと共にラテリア王国の王都へと向かった。本来であれば今すぐにでもミキアの町に戻りたいが、討伐隊の報告を以て依頼完了となる為、仕方なく彼らに付いていくのであった。

 そうして王都まで2日の距離を歩き、2度目の夜を迎える頃に王都に到着した。討伐隊は騎士団、魔法士団、警備隊のそれぞれの詰所に戻っていく。討伐隊の指揮者である騎士団長のクライスと魔法士団長のマージュは、報告の為に城へと向かっていった。冒険者達は報告の為にギルドへと向かい、アルクラド達もそれに続いたが、アルクラドの目的は報告ではない。

 討伐隊に参加した者達は、倒したオークの牙で以て各々の戦果を示していた。アルクラドの場合、戦果はオークキングの首になるわけだが、クライス達が報告の為に城に持っていっており、今はない。その為、今は討伐の報告ができず、またクライスが責任を持ってギルドに話を通しておくと言ったので、するつもりもなかった。

 アルクラドの目的は、ドール王国が自分達に宛てた報せを受け取ることである。彼にドール王国から報せを受ける心当たりはないが無視する理由もない為、クライスに言われた通り、ギルドに顔を出したのだ。

「ドールより我に宛てた報せがあると聞いたのだが、どの様な報せだ?」

 いきなり本題から入るアルクラドに、話しかけられた受付のギルド員は一瞬驚くが、すぐに何かを思い出した様にアルクラドと隣のシャリーに目をやった。

「貴方がアルクラドさんですか?」

「うむ。我がアルクラドである」

「貴女がシャリーさんですか?」

「はい、そうです」

 2人を交互に見ながらそう言う彼女であるが、受付のギルド員達はアルクラド達の特徴を聞かされていたのだ。銀髪の男とエルフの少女の黒ずくめの2人組が来たら、ドール王国からの報せを渡すように、と。

「こちらが、ドール王国ギルド長エピス様からの書簡です」

 そう言って彼女が渡したのは、王国ギルドを表す印で封がされた、封筒だった。アルクラドは無造作に封を切り、中から紙を取り出した。しなやかで丈夫な紙には、何やら文章が書かれており、手紙のようであった。



 アルクラド殿


 天空に御座す大神が疾く空を駆け、ドールの御嶽が白き衣を重ねて纏うこの頃

 その雄姿を何処かでご覧になっていることでしょう

 雲居での茶の会は、とても賑やかなものだったと伺っています

 その場に貴方が居られたことを、陛下は大変お喜びでした

 後の事も陛下のお力があり、宮は美しさを取り戻しつつあります

 また我らが国のつるぎも、その身の鋭さを増しています

 頂を識り、己を研く道筋を見出したのでしょう

 終を迎えつつあるこの老躯も、頂の高さ、道の果て無さを思い知りました

 盛時にその果てを識ることが出来ていればと思わずにはいられません


 さて、前置きが長くなりましたね 

 ドール王国を守る為に、貴方の力を貸してください

 

 現在、国外の各地で凶悪な魔物の出現が確認され、それらが我が国へ向かっています

 我らの背中はドールの山々が守っているので、国の西で敵を迎え撃つ為の戦力を集めています

 我が国には精強な強者が多くおり、負けることはないと確信しています

 しかし魔物の数は膨大で、数千は下らないと報告されており、命を落とす者も出てくるでしょう

 私は国を愛する者の1人として、その様な哀しみをできるだけ払いたい

 その為にも貴方の比類なき力をお貸しいただきたいのです

 戦場で貴方の勇姿を見られる事を切に願っています


  ドール王国王都ギルド長 エピス=トラミネル

 


 アルクラドの助力を願う文章が、美しい文字でつづられていた。

「アルクラド様。手紙には何と?」

「ドール王国へ魔物が攻めてくる故、我に力を貸して欲しい、と」

 文面から察するに、この手紙が書かれた時には、まだオークキングが北へ向かっているという情報は伝わっていなかったのだろう。しかしオークだけではなく他の魔物の軍勢もドール王国へ向かっており、どうやら魔王は複数の軍勢を動かし北の国を落としにかかっているようだった。

「オークキング以外にもドールに魔物が向かってたんですね……助けに行きましょう!」

 魔物の大軍がドールに押し寄せることを知ったシャリーは、すぐにそう告げた。北の王国には、シャリーの生まれ育ったセーラノの町がある。王都が魔王の手に落ちれば、いずれは王国全体が魔王に支配されてしまう。その様な事態は、絶対に避けたかった。

 加えてアルクラドと訪れた場所の中で、王都は長く滞在しており、美味しい料理など良い思い出がたくさんある。そんな場所を失いたくもなかったのだ。

「……そうであるな」

 対してアルクラドは歯切れが悪い。行かない、とハッキリ言うわけではないが、どこか気乗りしない様子であった。

「アルクラド様、行かないんですか?」

「エピスには、依頼であれば無為に断りはせぬ、と言った。故にドールへは往こう」

 アルクラドの様子が気になったシャリーが尋ねれば、アルクラドはドール王国に向かうつもりではあるようだった。しかし何か含みのある言い方であった。

「だがその前にミキアへ戻るとしよう」

 シャリーはアルクラドが何を考えているかが分かった。そう、ミキアでシャプロワ料理を食べたかったのである。

「アルクラド様……流石に1つの国の存亡がかかっているので、それは後回しにしてもいいのでは……」

 アルクラドがシャプロワ料理を楽しみにしていたのはシャリーも分かっている。オークキング討伐の為に、料理を食べる時間を削ってミキアを発ったのだから、こうなることもある意味では予想できていた。

「だが後方の憂いは我が断った。あの者が居れば魔物の大軍などに負けはすまい」

 確かに精霊魔法を使うオークキングを打倒し得るエピスがいれば、負けることはないように思えた。しかし彼女がアルクラドに助力を願ったのは、勝敗を憂いてのことではなかった。

「勝ち負けが問題というわけじゃ……あれ、裏に何か書かれてますよ」

 どのようにアルクラドを説得しようか、と考えるシャリーの目に、手紙の裏に書かれた文字が映った。

「シャルル王、ヴァイスさん、エピスさん……アルクラド様が戦いに加わることを願ってる人達の名前みたいですね」

 これだけ多くの方々が貴方の参加を望んでいます、という言葉と共に、アルクラドの参戦を願う者達の名前が、エピスの美しい文字で書かれていた。

 国王やエピス、ヴァイスを始め、アルクラドの力を目の当たりにした大臣達の名前もそこにあった。またシャリーの知った名はなかったが、ドールで活躍する冒険者の名前も書かれていた。

 それらの名前をシャリーが読み上げていると、アルクラドがいきなり手紙を裏返した。そして書き連ねられた名前に目を走らせる。その視線が、1点に注がれる。

「シャリーよ、ドールへ往くぞ」

 何の心境の変化か、アルクラドはそう言った。もうミキアへ寄るつもりはない様子であった。

「……分かりました。でも、どうして?」

 アルクラドの説得が容易ではないことを知るシャリーは、その変化に驚いた。何がそうさせたのか、シャリーが尋ねれば。

「懐かしい名があった。我は嘘を好まぬ故、言葉は違えぬ」

 そんなよく分からない言葉が返ってくるだけであった。ただアルクラドが行く気になったのだから、とそのことを喜ぶことにした。

「でもドールは遠いですね。どれくらいかかるでしょうか……」

 それよりも問題なのは、ドール王国までの道のりであった。ドールの背にそびえる高い山々は、王都を守る壁にして、通行を妨げる壁でもあった。

「どれ程急ごうとも10日は掛かろうか」

 ドールの王都を出発してから、ラテリアの王都に着くまで、寄り道があったとはいえ1月以上かかっている。最短距離を進んだとしても、アルクラドだけであれば話は別だが、10日前後かかる道のりである。

「シャリーよ、直ぐに発てるか?」

 何はともあれ時間がない。少しでも早くドールに着く為、すぐにでもラテリアを出る必要があった。

「はい、大丈夫です」

 本当のことを言えば、ここしばらく野宿が続いていた為、1度ちゃんとした宿で疲れを取りたい、とシャリーは思っていた。しかし魔物との戦いで必要とされているのはアルクラドの力であり、自分ではない。アルクラドが着きさえすれば、自分はヘトヘトで戦力にならなくても問題はないのだ、とも。

「其方、後に討伐隊よりオークキング討伐完了の報告が来るであろう。その時、クライスに伝えよ。我はドールへ往く、と」

 アルクラドは向き直り、ギルド員に伝言を頼む。クライス達の報告が終わるのを待っている時間はなかった。自身の依頼の完了報告は後回しにして、何よりも先にドールへ向かおう、とアルクラドは考えたのである。

「征くぞ、シャリー」

「はい」

 呆気に取られるギルド員をよそに、2人はギルド内の酒場へと向かい、必要なだけの食糧を買い、外へ続く門へと向かった。

「鳥みたいに飛んでいけたら早いんですけどね」

 門へ着くまでの間、シャリーがそんなことを冗談めかした風に言った。空を飛べれば、ドール山脈に邪魔されることなく、回り道をせずドールに向かうことができる。加えて鳥の飛行速度であれば、数日でドールに着くことができる。何日も野宿をする必要もなく、シャリー達にとってもエピス達にとってもいいことづくめである。

「まぁ、できたらの話ですけど」

 しかし鳥ならぬ人の身では空を飛ぶことは叶わず、地を往くしかない。シャリーはため息交じりに苦笑いを浮かべた。

「そうであるな」

 アルクラドはいつもの通り無感動な様子で言いながら、空を見上げていた。夜の空には鳥などなく、ただ無数の星が煌めている。

 そうこうしているうちに門に着き、そして案の定、宵鐘以降に外に出ることを止められたのである。しかし故郷の危機を救いたいというシャリーの説得と、自己責任という形で門を通ることができた。

「それじゃあ行きましょうか……ってアルクラド様?」

 門を出て、いざドールへ、というところで、アルクラドが門の前で立ち止まり空を見上げているのに、シャリーは気付いた。どうしたのだろうか、と思うシャリーだが、すぐにアルクラドは視線を戻した。

「征くぞ、シャリー」

「はい」

 そう言ってシャリーの方へ歩き出すアルクラド。シャリーも進路へと向き直り、アルクラドが自分の前へ来るのを待った。

 この直後、シャリーは町中での軽率な発言を大いに後悔し、そんな自分を呪いたくなるのであった。

お読みいただきありがとうございます。

ドールに迫る魔物はオーク達だけではありませんでした。

次回もよろしくお願いします。

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皆さま、ぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] 鳥……空を飛ぶものを全て鳥とするなら虫であっても鳥でしょう そしてそれがドラゴンであっても
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