若人の特訓
2章開始です。
ギルドでの一悶着がありながらも無事に中級冒険者に昇級した、アルクラド、ライカ、ロザリーの3人。中級になってからも彼ら3人はパーティーを組み続け、冒険者として一緒に活動していた。
中級になってからの依頼は、下級のものと比べその危険度が大きく異なっていた。
昇級試験となったオーク討伐の様に、生半可な実力では達成できない討伐依頼や、魔物が頻繁に出現する危険な土地での薬草、鉱物の採取が主だった依頼だった。その分報酬も高くなっており、銅貨数枚だった下級に比べ、中級の依頼は最低でも銀貨が支払われる。
もちろん戦いの機会が増え、武器や防具の維持にかかる費用も増えてくる。増えた報酬がそのまま純粋な収入になるわけではないが、それでも駆け出しの頃に比べれば、十分収入は増えている。安定して依頼をこなすことが出来れば、一般的な人よりも豊かな生活が出来る。冒険者は中級になって初めて一人前と言われる所以でもある。
対してアルクラドは、増えた報酬がそのまま収入となっている。
彼には武器や防具の手入れの費用が一切かからない。武器は100年以上の時が経っても刃こぼれどころか曇り1つない聖銀の剣。防具に至ってはそもそも身につけておらず、衣服も自身の魔力を用いて創り出したものだ。
ライカ達とパーティーを組むことで依頼を受ける回数は減ったが、下級の時よりも稼ぎは多い。そして彼の金の使い道は専ら食事であり、今の稼ぎで十分にその欲求を満たせていた。そのため何の文句もなくパーティーを組んでいた。
ちなみにライカ達は知る由もないが、利害の一致はあった。
ライカ達はまだ2人で安全に討伐依頼をこなすほどの実力はない。もちろん2人だけでもこなせはするが不測の事態が起きれば、大怪我や死に至る危険性が十分にある。それがアルクラドの支援があれば、安全に依頼をこなすことができるのだ。
対してアルクラドは魔族であるという疑いを向けられることなく、また人族の生活を識ることができる。彼らを通し人族、特に人間らしい行動を学んでいるのだ。
そういうわけで人間の少年少女と、悠久の時を生きる吸血鬼はパーティーで活動を続けていた。
「いくぜ!」
町を出て少し歩いた街道の外れでライカとアルクラドが対峙していた。傍らではロザリーが目を閉じ何かに集中している。2人への特訓の最中である。
ライカはアルクラドとの模擬戦を、ロザリーは無詠唱魔法を、ひたすら繰り返すだけの訓練だ。これが有効な方法なのかライカにもロザリーにも、そして訓練をつける側のアルクラドにも分かっていない。それでも少しでも強くなるために2人は愚直に訓練に勤しんでいた。
ライカは自身の剣を使いアルクラドに斬りかかる。
中級冒険者となり増えた報酬で新しく購入した剣で、彼の新たな相棒である。特別な魔法効果があるわけではないが、固く折れづらい良い剣であった。
それを使い、親の敵を相手にするつもりでアルクラドに斬りかかる。防具の1つも身につけていない彼に容赦なく、手足、胴体、首とあらゆる場所に剣を振るう。
しかしライカの剣は、アルクラドに一切届かない。
アルクラドは防具を身につけておらずいつもの黒ずくめの恰好で、手に持つのは途中で拾った木の枝。そんな姿の彼に初めは剣で斬りつけることに躊躇していたライカだが、アルクラドを心配する必要はどこにもなかった。
牽制目的の中途半端な攻撃は少し身体を動かすだけで躱されてしまう。渾身の一撃も木の枝で簡単に軌道を逸らされてしまう。しかもアルクラドは片足を地面につけたまま1歩も動かせていない。もしその制限がなければ、剣を逸らすまでもなく攻撃は当たっていないだろう。
そして時折アルクラドからも攻撃が飛んでくる。
剣を振った後の隙を狙って、木の枝が飛んでくる。攻撃の速度はライカと同じだが、不意に飛んでくる攻撃への対処は難しい。1度も防ぐことが出来ず、攻撃の全てを身体で受けている。
その繰り返しが、ライカが力尽き地面に倒れ伏すまで続けられた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
手足を投げ出した恰好で、ライカは荒い呼吸を繰り返す。身体中から汗が噴き出し、全身土にまみれている。
「大丈夫か?」
その様子に、少しやりすぎたのではないか、と不安になりライカに尋ねる。
「はぁ、はぁ、はぁ……大丈夫。もう動けないけど」
徐々に呼吸は落ち着いてきたが、身体は重く動く気が起きなかった。
「そうか。少し休むと良い」
大丈夫という言葉を聞き安心した彼は、ライカを置きロザリーの下へ向かう。
「ロザリー。どうだ?」
声を掛ければ額に汗を浮かべた彼女が振り向き、無言で指を1本立てる。そこに小さな火が現れる。そして徐々にその火が大きくなっていく。
初めは蝋燭や枯れ葉に火を点けるのが精一杯の小さな火が徐々に大きくなり、調理をするにも充分なほど大きな炎になっていた。
「出来ました! どうですか?」
炎を消し、ロザリーは嬉しそうに尋ねる。
アルクラドが無詠唱魔法を教えたときの様に、『灯火』の魔法を無詠唱で使い、そこに魔力を込めていき火を大きくする。人を飲み込むほど炎を大きくは出来なかったが、込める魔力の多寡でその規模を制御することが出来たのだ。
「うむ。次はもっと早く発動させることだな。戦いで敵は待ってはくれぬからな」
ロザリーが何とか無詠唱魔法を使えるようになった。そうなれば次は如何に早く発動させることが出来るかが重要になってくる。そう思い言葉を掛けるがロザリーは不満げであった。
「私、結構頑張ったんですけど……」
「努力の成果が現れたのだな。良い事だ」
「教えてもらってから毎日練習して、結構早く無詠唱が出来るようになったと思うんですけど」
「我は其方ら以外の人間を知らぬ。其方は他の者よりも早く習得できたのか?」
ロザリーは、どうやら自分の頑張りを褒めてほしかった様だが、アルクラドにそういった人の機微は分からなかった。その結果、微妙に的外れな問答が続き、もういいとロザリーから会話を中断した。
その様子に首を傾げつつ、再び無詠唱魔法の訓練に戻ったロザリーの邪魔をしない様、アルクラドはライカの方へ戻っていった。
何とか身体を動かせる程度に回復したライカは、休憩がてら魔力についてアルクラドに色々と話を聞いていた。
「ライカよ、己の魔力を感じることは出来るようになったか?」
「ああ。アルクラドに比べたら凄ぇ小さいけど、身体の中にあの時感じたのと同じのがあるのが分かるよ」
初めは違和感程度にしか感じていなかったが、今ではもっとはっきりと自身の身体にある魔力を感じることが出来るようになっていた。
「後はそれを操り身体に纏わせれば魔力強化となる」
「でもどうやって纏わせればいいのかが、分からないんだよな」
「……そうか」
アルクラドにとって魔力強化はとても簡単なことで、簡単すぎてその方法を説明することが出来ずにいた。人が呼吸の仕方を問われて困る様に。
「魔法や魔力強化など魔力の扱いには、何よりも意志が重要だ。己の魔力に、身体を纏え、と念じればいい、のではないだろうか……」
アルクラドは自分の説明に全く自信を持てないでいた。魔力の扱いなど教えたことも教えられたこともないのだから、何が正しいのか全く分からなかった。
「魔力の操作はそれでいいと思いますよ」
そこへいつの間にかやってきていたロザリーが言う。
「私が村のばば様に魔法を習った時も、手に魔力を集めるよう強く念じろって教えられましたから」
ロザリーが村で魔法を習った時、師匠にそう教えられた。頭の中に自分の身体を思い描き、その中で魔力が動くように念じるのだ、と。
「だからね、手に集まれとか、足に集まれとか、念じながら魔力が動く様子を思い浮かべれば、魔力を操れるようになると思うよ」
そう言ってライカに助言を与えた。魔法使いであるロザリーの言葉。魔力の扱いに長けていなければ、魔法使いは務まらない。そんな彼女の言葉であるから信憑性は高いと言えるだろう。
「ロザリーの言葉は正しいだろう。とにかく魔力が感知出来たのならば、それを自由に動かせる様になれ。そうなれば魔力強化を覚えたも同然だ」
そこからライカは、身体を休めながら魔力操作の練習を行い、体力が回復すればアルクラドと打ち合う。その繰り返しとなった。
一方ロザリーは、ただひたすら、黙々と無詠唱魔法の練習である。その間、アルクラドに魔力の込め方などを尋ねてみるもあやふやな答えしか返ってこず、結局はひたすら繰り返す他なかった。
教える側も教えられる側も何が正しいのかよく分かっていない訓練。それらが、依頼の合間に何度も繰り返されていった。
3人が中級冒険者となり階級を7から6へ上げた頃、訓練の成果が出始めていた。
分かり易いのはロザリー。
無詠唱魔法の発動が明らかに速くなっていた。以前は最も簡単な魔法の1つである『灯火』の魔法でさえ、立ち止まりしばらく集中しなければ使うことが出来なかった。それが今では歩きながら指を立てるだけで、魔法を発動させることが出来る様になっていた。また飲み水を確保する『湧水』の魔法も無詠唱で使える様になっていた。
依然として戦闘に使う魔法は無詠唱では使えないが、無詠唱の訓練をしたおかげか詠唱魔法の威力が以前よりも高くなっていた。これは無詠唱の訓練により魔法に必要な意志の力が鍛えられたからであり、ロザリーは魔法使いとして1段強くなっていた。
「ライカ、私もっと強くなるから! 戦いでもちゃんと役に立つように頑張るから」
以前はそれほど魔法の威力は高くなく、野営の準備や情報収集などが自分の役割だと考えていたロザリー。しかし本当は戦いでもライカの役に立ちたかった。だから魔法使いとして強くなれたこと。これからも強くなれることにロザリーはとても喜んでいた。
そんな彼女に対してライカは少し表情が暗い。
「俺、強くなれてるのかな……?」
ライカの訓練は、ただひたすらアルクラドと模擬戦を繰り返すこと。そして身体を休める間に魔力操作を行うこと。ライカはその訓練の成果を感じれないでいた。
アルクラドとの模擬戦では、こちらの攻撃は一切当たらず、相手の攻撃はほとんど当たる。稀に防げたり躱せたりするが本当に偶然。意図してやったわけではなかった。
魔力の操作についても手や足など身体の一部に集めることは出来るようになっていた。しかし身体を覆って魔力強化をすることは出来ていないし、模擬戦の間は魔力操作に意識を割く余裕がなかった。
訓練を始めたときから比べて、強くなっているという実感が少しもなかった。
「以前と比べれば強くはなっているぞ」
アルクラドは慰めなどではなく、当然の事実としてそう言った。
アルクラドは攻撃の速度をライカと全く同じにしている。
弱い敵と戦っても強くなれない。強すぎる敵も意味がない。自分の限界を乗り越えた分だけ強くなる。
そう考えたアルクラドは、常にライカと同じ強さで戦っていた。ライカが強くなればその分、アルクラドも強くする。ライカは事実少しずつ強くなっていた。今の自分という超えられる壁を着実に越えて行っているのだ。しかし超えた先にすぐ壁があり、それがどこまでも続いている。壁を越えていない、と錯覚しても無理はない。
「ほんとかよ?」
それを聞かされたとき、ライカは喜びや安堵より、疑いの気持ちが先に来た。
「うむ。オーク1匹であれば、其方1人で倒す事が出来るであろう」
単なる力ではオークに及ばないが、相手の動きを見切りその隙を突いて攻撃する力は充分に付いていた。いくら力が強かろうと、動きの鈍いオークに負けることはない。それがアルクラドの考えだった。
「疑うのであればオークと戦ってみろ。其方は負けぬはずだ」
「……分かった」
ライカは力強く頷く。アルクラドは嘘をつかない。思ったことを素直に口にする。そういう相手だとライカは知っている。その彼が、強くなっている、オークに勝てる、と言うのだから本当なのだろう。
こうしてとてつもない強さを持つ吸血鬼に鍛えられる2人は、階級に見合わない強さを着実に身につけていくのであった。
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