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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第8章
109/189

戦いを終えて

 身体の芯まで凍えるような冷たい水が、打ち付けられる様にして全身に降りかかった。ぼんやりとしていたオークキングの意識が急速に覚醒する。

「目覚めたか」

 腕を切り落とし、傷口を焼き、巨大な棍棒で殴り飛ばした張本人が、無感動な表情でオークキングを見下ろしていた。その背後に見える青空と、隣に立つ少女の引き攣った表情が、冷水をぶち撒けた犯人が誰なのかを物語っていた。

「余は負けたか……」

 虚空を見つめて言うオークキング。結果的に全く手も足も出ずに負けてしまったことに、どこか現実味の無さを感じていた。祖をも超える技を会得し全てを出し切ったにもかかわらず、一矢を報いることもできなかったのが信じられなかったのだ。しかしよくよく考えてみれば、それは当然のことであるとも思っていた。途中から感じたアルクラドの力は底知れず、また計り知れないものだったのだから。

 オークキングは己の身体へ視線を向ける。水に濡れた身体は、右腕が無いことを除けば、目立った外傷は見られなかった。しかし動こうとする度に、全身に鈍い痛みが走る。どうやら内側はかなりボロボロのようであったが、オークキングの巨体が吹き飛ぶほどの力で殴られたのだから当然である。

「其方には聞きたい事がある。残りのオーク共は何処だ? 何故、北へ向かう? 其方は吸血鬼ヴァンパイアの事をどこまで識っておる?」

 痛みに耐え何とか身体を起こしたオークキングに、アルクラドは矢継ぎ早に質問を重ねる。シャプロワの森へ向かう一番の脅威は排除したが、未だに500のオークの軍勢が残っている。王都から討伐隊が向かっているが、森の安全をより確実にする為にも残党狩りへ向かうつもりであった。

「余は魔王に協力しておるが、忠誠を誓った訳では無い。奴の目論見が露見しようとも一向に構わん。しかし……」

 魔王などどうでもいい、と言うオークキングの言葉に、すぐに話が聞けると2人は思った。

「お主の思い通りに事が運ぶのも面白くない」

 オークキングはもったいつけるように唇の片側だけを吊り上げて笑った。

「気に食わん奴とて、1度は力を貸した相手。軽々しくその者の事を話したのでは、我らオークの沽券に関わる」

 一体何がオークの面目に差し障るのか、どうでもいいこと甚だしいが、オークキングが簡単に口を割るつもりがないことは分かった。オークロードは、どんな責め苦を受けても決して口を割らなかった。情報どころか呻き声の1つも漏らさなかった。その主たるオークキングも、話さないと言えば、決して口を割ることはないだろう、と思われた。

「だが魔王が気に食わんのも事実。故に取引だ」

「取引……?」

 オークの沽券に関わると言いつつも、条件次第では話をしてもいいようだった。面目どうこうよりも、負けた腹いせの方が大きかったのかも知れない。

「実はうた時より気になっておったのだ。お主らの背負い袋から良い匂いがする。魚の類であろうか、とても美味そうな匂いだ」

 オークキングは同じような顔を持つ4足の獣がする様に、鼻をヒクヒクと動かしている。その視線はシャリーが持つ2つの袋に注がれている。

「むっ……」

 オークキングの意図を理解したアルクラドが唸る。彼ら袋の中にあるもので美味そうな匂いのする魚など、干しグーフ以外にない。つまりはそれを寄越せ、とオークキングは言っているのである。

「鼻が利くな……伊達に豚面をしておらぬ」

「何とでも言え。取引に応じるも応じぬもお主の自由。だが応じねば余は決して口を開かん」

 オークキングは豚と呼ばれても怒ることなく、泰然とした様子である。その目は自らの死を悟った者のそれで、事実これから自分が殺されることを理解しているのだ。たとえ相手の求める情報を話そうが話すまいが、その事実は変わらないのだから。

 オークキングを睨んだまま思案するアルクラド。その様子をシャリーは静かに見つめている。

 オークキングの要求する干しグーフは残り十数本しかない。時間を置くと美味しくなると言う老婆の言葉の通り、このところ味に深みが増してきていた。美味しくなった上に数の少なくなった干しグーフをやるのは非常に惜しいと、アルクラドは思っていた。

 しかし山間の村に行けば再び干しグーフを得ることはできる。しかしここでオークの軍勢を取り逃がせば、ミキアの森が荒らされシャプロワを食べる機会が減るかも知れない。

 それだけでなく、オーク達が北へ向かうのなら、グーフの棲まう村にもその手が伸びるかも知れない。川のグーフが死に絶えることはないだろうが、あの老婆が死んでしまうかも知れない。毒の効かないアルクラドは食べる部分を気にする必要はないが、彼女より美味しく干しグーフを作ることができるかは分からない。

 シャプロワにしてもグーフにしても、これから先も食べることを考えれば、その機会を減らす原因を先に潰しておくことが重要だ。とアルクラドは考えた。

「良いだろう」

 現在と未来を天秤に乗せ、未来が僅かに深く沈んだのだ。

 意外そうに驚くシャリーをよそに、アルクラドはオークキングの前に腰を下ろし、魔法で火を熾す。そしてシャリーから自分の背負い袋を受け取り、中から干しグーフを取り出し、広げる。

「火で炙り食すが良い」

 アルクラドは干しグーフを1つ手に取り、火にかざす。香ばしく食欲をそそる香りが立ち昇る。その匂いに鼻を大いにひくつかせながら、オークキングも干しグーフを炙っていく。

 一足先にアルクラドが、焼きあがった干しグーフを口にする。無表情ながらその美味しさを噛みしめているのが、シャリーにはよく分かった。

 それを見てオークキングも干しグーフを口に放り込む。水気が抜けて身の縮んだグーフは、巨大なオークが食べるにはとても小さい。しかしその小さな身からも、オークの王を満足させるだけの旨味が溢れ出していた。

「これは美味いっ! 何たる美味だ!」

 初めて食べる干しグーフにオークキングは大興奮だ。

「我は其方の望む物を与えた。次は其方が我に差し出すのだ」

 オークキングは干しグーフを食べたのを見て、アルクラドは言う。次はお前が情報を話す番だ、と。

「うむ。余は言葉を違えぬ」

 2つ目の干しグーフを炙りながらオークキングが言う。元より魔王の思惑などどうでもよく、相手が取引に応じたのだから、包み隠さず話すつもりであった。

「まず余を除くオークの軍勢だが、あの森の中を北へ進んでおる。先に発ったオークロードと合流せよと命じたが、人族共が余の出陣を知っておるということは、ロードは討たれたのであろうがな」

「オークロードとやらは我が殺したが、残るオーク共はその跡を辿るのか?」

「どこかでロード達の痕跡を嗅ぎ取るであろうから、恐らくはそうなるであろう」

 2つ目の干しグーフを食べるアルクラドの問いに、同じく2つ目を口にするオークキングが答える。オークの軍勢がロードの跡を辿るということは、ミキアの森を通るということである。500のオークが森を通れば、荒らすつもりはなくとも、森の恵みが食い尽くされてしまう。それは看過できない事態であり、ミキアに着くまでに確実に殺す、とアルクラドは心に決めた。

「次に北へ向かう目的だが、魔王は山向こうの国を攻めると言っておった。北の地における魔族の拠点とする、等と言っておったがそれ以上の事は聞いておらぬ」

 3つ目の干しグーフを炙るオークキングが言う。ドール王国に攻め入る、というシャリーの予想は当たっていたようだ。もしドール王国に拠点を築くことができれば、人族にとっては確かに脅威となる。南北を魔族に挟まれるなど、その間にある国にとっては迷惑以外のなにものでもない。

「挟撃など策を弄さず、正面から潰していけば良いものを……当代の魔王は腑抜けであるな」

 3つ目の干しグーフを食べながら、オークキングが言う。人魔大戦においては、魔族はその力で以て正面から人族とぶつかったと、オークキングは聞いていた。それを考えると、今の魔王はコソコソと陰で動き回っている様に映り、その点も王たるオークからすれば気に食わなかった。

「どうして魔王に協力することにしたんですか? 今の話を聞いていると魔王を良く思っていないみたいですけど」

 美味しそうに干しグーフを食べる2人を見ながら、シャリーはふと気になったことを尋ねる。祖に倣うのも一興と言っていたが、それだけではないように感じたのだ。

「祖に倣うも一興と思ったのは事実だ。オークキングへと至った余の力を試したかったというのもある。だがそれ以上に……」

 干しグーフの美味しさに緩んでいたオークキングの表情が、引き締められる。どこか悔しげな表情だった。

「奴に勝てぬと悟った。奴と争い滅びるよりは、手を貸し人族とやり合う方が良い。そう考えたのが、一番の理由かも知れんな」

 オークキングが勝てないと悟る程に魔王は強いのか、とシャリーは思う。魔王を名乗るからには強いのだということは分かっていた。ドール王国を襲った魔人イビルスアヴェッソは相当な手練れであり、その彼が従う程なのだから弱いはずがない。しかし圧倒的な力を見せたオークキングが、戦う前から負けを悟るなど、一体どれ程の強さなのか想像もできなかった。

 そんなシャリーの驚きを見て、情けない、とばかりに肩を落とすオークキング。そして4つ目の干しグーフを炙りながら言う。

「お主らの力も読み違えていた様だ。勝てぬ相手であっても敵から逃げはないが……」

 余も耄碌した、と乾いた声でオークキングは笑う。そして干しグーフを口にして、表情を崩す。戦わずして負けを悟った情けなさや、負けた悔しさを消してしまうほどに、干しグーフが美味しかったのだ。

 アルクラドもオークキングも会話の間に、挟むようにして干しグーフを炙って食べている。シャリーはその様子を羨ましそうに見つめている。自分も食べたいと思っている彼女であるが、自分の分の干しグーフはもう食べてしまったのだ。だから次に山間の村に行くまでは、干しグーフを食べることができないのだ。

「最後に吸血鬼ヴァンパイアの事だが……」

 幾つ目かになる干しグーフを炙りながらオークキングが話し始めた時、シャリーの中にある疑問が浮かんできた。おや、と首を傾げ、その疑問が何であるかすぐに思い至った。

「あっ……」

 自然と漏れ出た声に、アルクラドとオークキングが振り向く。2人とも訝しげな様子でシャリーを見ている。

「ぐっ……!」

 途端にオークキングが口を押さえて、呻きだした。炙っていた干しグーフを火の中に落とし、地に這いつくばる。

「は、謀ったな……」

 オークキングはくぐもった声で、恨みがましく言う。その突き刺す様な視線は、アルクラドに向けられている。

「毒を盛るとは卑怯なりっ……!」

 シャリーが声を上げた原因は、単純なものだった。

 アルクラド達がいくつも食べていた干しグーフ。それはアルクラド専用の毒入りグーフだったのである。

「むっ……」

 アルクラドもここに来て、シャリーが声を上げた理由に思い当たる。アルクラドは言わずもがな、シャリーもアルクラドが毒物を食べることに慣れ過ぎており、毒入りグーフのことを忘れていたのである。

「済まぬ。我に毒は効かぬ故、忘れておった」

 少しも済まないと思っていない様子でアルクラドが言う。そんなアルクラドを睨みながらも、オークキングはフッと笑みを浮かべる。

 口だけでなく全身が痺れ力が抜けていく感覚に晒されながら思う。自分が手も足も出なかった相手が、わざわざ毒を盛る意味がない、と。言葉の通り、本当に毒が入っていることを忘れていたのだ、と。

「其方の分だ。まだ食すか?」

 アルクラドは火の中に手を突っ込み、その中の干しグーフを拾い上げる。オークキングが落としたものであるが、ちょうど食べごろの焼き加減であった。

「……貰おう」

 動きづらい口を何とか動かし、オークキングは地に伏したままそう言う。干しグーフの美味さは相当なものだった。毒と分かった今でも、食べたくて仕方がなかった。死んでも食いたいと思う毒魚の面目躍如である。

 身体が痺れて動けないオークキングは、険しい表情で口を開く。アルクラドはその中へ、頃よく焼けた干しグーフを放り投げた。

 ぎこちない動きで干しグーフを咀嚼するオークキング。口を動かす度に、険しい表情が崩れ、穏やかになっていく。

「……せめて、最期は……お主の、手、で……」

 干しグーフを嚥下したオークキングは、そうアルクラドに訴えた。

 死ぬ前に想像を超える美味を味わえたことはありがたかったが、戦士が毒で死ぬなど恥以外のなにものでもなかった。

 果てる時は戦場いくさばの中で、強敵の刃の下で。

 それが戦士の本懐である。

 無感動な目でオークキングを見下ろすアルクラド。吸血鬼ヴァンパイアのことを話しかけていたが、もうオークキングにその力は残されていない様であった。

「オークの王よ、其方の僕共も直ぐに逝く。それまで暫し待っておれ」

 目にも止まらぬ速さで振り抜かれた龍鱗の剣が、漆黒の軌跡を描きオークキングの首を斬り落とした。

 北の地を攻めんとしたオークの王が、その命を落としたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

次話で8章、お終いとなります。

次回もよろしくお願いします。

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[一言] さすがに毒で逝きかけるのはわらう
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