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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第8章
108/189

地精の力と龍の威

 魔力を使う相手に有効であるはずの聖銀の剣を投げ捨てたアルクラドを、訝しげに見るオークキング。

「何故、聖剣を捨てる?」

「加減が面倒なのだ。あれは我の魔力も払う故な」

 問いに対する答えは、考えてみればごく当たり前のことであった。

 聖銀の剣は魔力を打ち消す。それに敵味方の区別はなく、剣を持つアルクラドの魔力も当然、散らされてしまっているのである。もちろんアルクラドの魔力を全て打ち消すことなどできず、戦いにも支障はない。しかし剣の聖気を相殺しながら、オークキングを殺さぬように加減するのはいささか面倒であった。

 その点、剣を手放せば魔力が散らされることもなく、力の制御だけに気を割くことができる。殺さずに相手を倒すには、こちらの方が楽だった。

 アルクラドは漆黒の剣をオークキングへと向ける。

 黒き古代龍エンシェントドラゴンの鱗より造られし、龍鱗の剣。アルクラドが魔力を込めると、その瞬間に辺りが静寂に包まれた。

 生皮を剥ぐが如く黒龍から毟り取った、血肉の付着した龍鱗には、かのドラゴンの魔力が多大に残されていた。それは剣となりても変わらず、アルクラドの魔力に呼応して、辺りにドラゴンの威を放っていた。

「これはドラゴンの力……だがドラゴンごときで、余を止められると思うでないぞ!」

 眼前から迫りくる力の気配に、オークキングは身を固くしながら吠える。ドラゴンごときとは言いつつも、それがただのドラゴンの力でないことは理解していた。一握りの年経たドラゴンしか持ち得ぬものだと。

 しかし所詮は武器に宿った力に過ぎない。厄災そのものと言われるドラゴンが目の前にいるわけではない。いかにオークキングとは言え年経た力あるドラゴンが相手では分が悪いが、相手はドラゴンそのものではない。ドラゴンの力が宿る武器を操っている相手であれば、何とかなると考えているのだ。

「征くぞっ、吸血鬼ヴァンパイアよっ!」

 大地の力が宿る棍棒を握りしめ、オークキングが再び雄たけびを上げるのであった。


 オークの王が吠える。静まり返っていた大地がざわめく。

 駆け出し、振りかぶった棍棒を、横に振りぬく。

 風切り音と共に側面から迫りくる巨大な棍棒を、アルクラドは難なく受け流す。棍棒が左から右へと流れ、遅れて風が髪や衣服を揺らす。

 攻勢に転じ剣を振るうアルクラドの身体に、巨大な土塊が直撃した。右へと受け流した棍棒が、その軌道を変えていた。あたかも元々右側からアルクラドへと襲い掛かっていたかの様に、威力も速度も変わらぬままに。

 防御の姿勢を取ろうともしなかったアルクラドは、打たれた球のごとく上空へと弾き飛ばされた。しかしすぐに黒衣を巨大な羽の如く広げ減速し、そのまま地面へと落ちる。そして何事もなかったかの様にオークキングの下へ戻ってくる。

「この程度、傷にもならんか……」

 平然と歩くアルクラドの姿を見て、オークキングは唸る。相手が死ぬか、そうでなくとも全身の骨が砕け血反吐を吐いているであろう、手応えを感じていた。が、そうはなっていない。

 アルクラドの足取りは確かで、2本の足はその身体を支えている。手も剣をしっかりと握っている。

 しかしアルクラドが傷つかなかったかと言えば、そうではない。確かにアルクラドの手足の骨は粉々に砕け、巨石に圧し潰されたかの様にグチャグチャになっていた。ただそれが瞬きのうちに治っただけのことである。

「だがこれで終わりではないぞっ!」

 吸血鬼ヴァンパイアを知らぬ者からすれば、絶望的な光景だった。自分の渾身の攻撃が全く効いていないのだから。しかしオークキングは違う。吸血鬼ヴァンパイアがどういった存在かと知っている。その驚異的な再生能力を知っている。それ故に。

「再生が追いつかぬ程に、粉々に砕いてくれん!」

 それ故に、攻めあるのみ、とヤケクソの様な攻勢に打って出るのである。

 上段から巨大な土塊を振り下ろす。

 受け止めたアルクラドの足元から、土の槍が飛び出す。

 脚を貫かれ体勢を僅かに崩したアルクラドに、オークキングの強烈な蹴りが襲い掛かる。

 龍鱗の剣で迎え打つが傷は浅く、剣ごと腕を圧し潰される。

 腕を地面に突き刺し身体が吹き飛ぶのを防ぎ、上段から襲いくる棍棒を弾き飛ばす。

 同時に駆け出し、地より突き出る槍を躱す。

 弾かれた棍棒が有り得ない速度で切り返され、再びアルクラドに迫る。

 棍棒を躱し、足場としてオークキングに迫る。

 アルクラドが剣を振るうと同時に、棍棒から土の刃が飛び出し、その腕を切り飛ばす。

 アルクラドは表情を変えず、右手をオークキングの腕へと突き刺す。

 驚きに目を見開き、棍棒を振るい、アルクラドを払い落す。

 剣の傍に着地したアルクラドは、それを拾い上げ、再び何事もなかったかの様に、オークキングへと歩き出す。

 足と腕の浅い傷口から血を流しながら、オークの王は信じられないものを見る様な目で、アルクラドを見ていた。

 オークキングは吸血鬼ヴァンパイアがどの様な種族かを知っていた。

 吸血鬼ヴァンパイアの戦い方に、基本的に防御の考えは存在しない。傷を受けてもしばらくすれば治る為、わざわざ防御に意識を割く必要がないのだ。他の魔族であれば攻撃を受けないようにしながら戦うが、吸血鬼ヴァンパイアはそうしない。

 相打ちであれば吸血鬼ヴァンパイアの勝利。攻撃が当たらず反撃を食らっても、仕切り直せばいいだけのこと。それ故に、敵を切ると決めれば相手の反撃など考えずに、吸血鬼ヴァンパイアは攻撃に打って出るのだ。

 非常に厄介な相手だが、それが逆に弱点とも言える。相手の攻撃を見切る力があれば、反撃し放題なのである。オークキングもその点を利用し、アルクラドの攻勢に合わせて攻撃を仕掛けていた。どれだけ再生能力が高かろうと、いずれ限界を迎えるだろう、と。

 しかしその考えは甘かったと言わざるを得なかった。

 1つはアルクラドの再生速度が異常だった。

 瞬きよりも更に短い時間で行われた攻撃の最中、切り飛ばしたはずの腕が元に戻っていたのである。幸いにして受けた反撃の傷は浅いものだったが、いつ大きな痛手を食らうか分かったものではない。

 そしてもう1つは、アルクラドの魔力の底知れなさである。

 吸血鬼ヴァンパイアの持つ再生能力、その力にも限りがある。詳しくは分からないが、再生には魔力を使用するということは分かっている。つまり傷を与えるごとに魔力が減っているはずなのである。しかしアルクラドから感じる魔力は、一切減じていなかった。あれだけの傷をあれだけの時間で治すには相当な魔力が必要なはずで、にもかかわらず少しも減る気配がない。

 一体どれ程の魔力を有しているのか、はたまた再生に魔力は使わないのか。限りないものなど無くいずれは果てようが、こちらが先に力尽きてしまう。

 そんな焦りがオークキングの内に生まれ始めていた。

 その一方で、アルクラドにもある気持ちが生まれ始めていた。

 埒が明かない、と。

 情報を聞く為に手加減をして戦っているが、そのせいでなかなか勝負を決められないでいた。

 オークキングが拳だけで戦っていれば、すぐにでも決着は着いていた。いくらオークキングが魔力強化を使い、硬くなろうと速くなろうとも、それを上回り切り伏せることができる。

 しかし大地の精が、オークキングに力を貸していることが非常に厄介だった。

 重く巨大な土の棍棒は、オークキングの意思を読み取り、それに沿う様にして自ら動いている。またアルクラドの立つ大地も同様で、その行動を阻害する形で襲い掛かってくる。攻勢に転じた途端、腕や脚が切られ貫かれ、ほんの一瞬動きが止まってしまう。その瞬間に、オークキングは新たな攻撃を仕掛けてくる。

 魔力を更に解放すれば、精霊の助力など関係なく勝利を収めることができる。しかし地精を切り伏せた勢いで、うっかりオークキングも殺してしまうかも知れない。それ故、相手と同程度の魔力で戦っているが、そうすると地精の攻撃に対処できない。

 堂々巡りであった。

 さてどうするか、と考えを巡らせ、すぐに結論を出す。

「遅かれ早かれ殺すのだ。死んでしまおうが構うまい」

 今の大事はシャプロワの森を守ること。その為にオークキング、そしてオークの軍勢を倒すこと。

 オークキングが吸血鬼ヴァンパイアのことを知っていたのは偶然であり、その話を聞く為に倒すことに手間取っていたのでは本末転倒である。

 それ故に、アルクラドは殺すつもりで相手をすることに決めたのである。戦いの後、オークキングが生きていれば話を聞き、死んだのであればそれでいい。吸血鬼ヴァンパイアのことを知る者が、オークキングだけとは限らないのだから、と。

「シャリーよ、離れていろ」

 遠くへ離れているシャリーに、更に離れるように言うアルクラド。

 これ以上離れるのか、などとシャリーは思わない。すぐに後方へ駆け出す。手加減をしていたアルクラドが更に力を出すのだと理解したのだ。今以上に力を出すとなると、声が聞こえる範囲にいては危ないと直感し、とにかく急いで距離を取った。

 アルクラドの反撃が始まるのであった。


 シャリーが離れるにつれ、アルクラドの魔力が徐々に大きくなっていく。周囲に魔力が満ち、世界が凍っていく。比喩ではなく文字通り、地面が、空気が凍っていく。地面は霜が降りたかの様に白く染まり、宙にキラキラ輝くものが無数に漂っている。

 アルクラドが歩き出す。コツコツという硬い音と共に、濃密な魔力が迫ってくる。オークキングは後ずさりしそうになるのをグッと堪え、武器を握りしめアルクラドを睨みつける。

「化け物めっ……!」

 オークキングは、ようやくアルクラドの異常性に気付き始めていた。吸血鬼ヴァンパイアの性質を利用し手傷を与え、どうにかその魔力を削ごうとしてきた。そうやってどうにか減らそうと思っていた魔力が、減るどころか増えてしまった。

 絶対に勝てない。

 オークキングは、自然にそう感じてしまった。しかし退くことはできなかった。オークの王たる彼に、撤退という選択肢はなかった。最後まで諦めず死力を尽くして戦う、それが王の務めなのだから。

 ブガァアアアァァッ!!!

 オークキングは雄たけびを上げ、地精の棍棒を天高く掲げながら駆け出した。

 相手の魔力がどれだけ大きかろうと、どれだけ傷が癒えようと、それらは必ず有限。その限界に達するまで、ひたすらに攻める。それ以外に道はない。

 上段から垂直に振り下ろされた棍棒をアルクラドが、龍鱗の剣で受け止める。

 このまま串刺しにしてくれる、と地面を一瞬見やるオークキング。しかし大地からは槍も刃も飛び出てはこなかった。

「大地はの下故、此方へは出て来られぬ」

 驚くオークキングの耳に、アルクラドの声が響く。

 気づけばアルクラドの剣を持たぬ手が、土塊の棍棒に触れていた。

 オークキングは慌てて力を込める。自身の途轍もない筋肉を唸らせ、地精の力も借り、振り下ろした時と変わらぬ速度でアルクラドを打ち付ける。

 しかし攻撃は受け流され、凍った地面を叩くに終わった。

 すぐさま距離を取るべく、後ろへ飛び退くオークキング。しかし棍棒が何者かに引っ張られたかの様に動かず、前のめりの姿勢で止まってしまった。

 見れば、大地より這い出た氷が棍棒の先端を捕らえていた。

 手を離せばアルクラドから離れることができる。しかし地精の棍棒なしで戦えるのか。

 その一瞬の迷いが大きな隙となった。

 1歩踏み込み振るったアルクラドの剣が、オークキングを捉えた。

「ぐぅっ……!」

 肩に走った痛みに呻きながら、オークキングは棍棒を手放し後ろへ飛ぶ。地面とくっついた棍棒を握りしめる右腕が、オークキングの視界に入ってきた。龍鱗の剣によって、腕が肩から切り落とされてしまったのだ。

 バシャバシャと耳障りな音を立てながら、大量の血が凍った地面へと落ちる。どす黒い血から白い湯気が立ち昇り、しかしすぐに消えて血も凍っていく。

 血の流れ出す勢いは衰えることなく、傷口は焼ける様に熱いにもかかわらず、肩から体温が失せていく不思議な感覚を、オークキングは味わっていた。

 このままではすぐに失血で死んでしまう、何とかしなければ。

 そう考えるオークキングの耳に、再びアルクラドの声が響く。

「まだ死んでおらぬな」

 同時に切り落とされた肩に激痛が走る。まるで焼ける様な痛みは、まさしく燃え盛る炎が傷口を焼き焦がしている為であった。いつの間にか近くにいたアルクラドが、灼熱の炎をオークキングの傷口に押し当てていた。

「ぐぁあああぁぁぁっ!!」

 生来、途轍もない筋肉を持ち、魔力強化で自身を鋼の如く強靭にすることのできるオークキング。身体の外から迫る攻撃には何度も耐えてきた彼であるが、身の内を直に焼かれるのは初めての経験であった。それ故に苦悶の声を抑えることができなかった。

「終わりだ」

 傷口を焼き焦がしたアルクラドの手には棍棒が握られていた。僅かに紅く光る、巨大な土の棍棒が。

 全身が砕けるかの様な衝撃が、オークキングを襲う。

 宙を舞う巨大なオークの身体。

 自らの生み出した地精の棍棒で殴られ、吹き飛ばされたのだと、気づくオークキング。それと同時に彼の意識は闇に閉ざされた。

 ズドンと轟音を立てて地面に落ちるオークキング。地に伏し起きぬまま、しかしビクビクと身体を痙攣させている。何とか死ななかったようである。

 その様子を見て頷くアルクラド。

 森を守る第一の目標を達成し、ついでに第二の目標も成し遂げたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

オークキングとの戦い、決着しました。

もうそろそろ8章も締めとなります。

次回もよろしくお願いします。

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