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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第8章
107/189

オークキングとの戦い

 何故、人目を避けて進まねばならないのか。

 何故、王たる余がコソコソと隠れなければならないのか。

 冬の森を隠れ進むオークキングは、そのようなことを考えていた。

 魔王を名乗る者が彼の下を訪れ助力を願った時、祖に倣うのも一興か、と協力を約束した。しかし魔王はあれをしろ、これをしろ、あれはするな、これはするな、と注文が多かった。

 人族を皆殺しにしろ、やり方は任せる。

 この程度の命令であれば素直に頷き、喜んで力を振るっただろう。しかしあれやこれやと命令し、小間使いの様に顎で使われるのには閉口した。

 1度協力すると言った以上、最後まで力は貸すが、どうにも面白くなかった。

 オークキングは、オークの軍勢を率い森を進みながら、悶々としていた。

 止めじゃ、止めじゃ

 オークキングは溜息交じりに独りごち、立ち止まり後ろを振り返る。

 付き従うオーク達が一斉に足を止め、ピタリと整列している。

 お前達はこのまま北へ向かい、ロードと合流せよ

 余は森を出て、野を征く

 オークキングは北を指しながら、オーク達にそう命令した。

 兵が王を1人残して先に進む。人族であればあまり見られることではない。王の安全の為、必ず護衛が付く。しかしオークキングは全てのオークの中で最も強く、それ故にキングなのだ。守られることを良しとせず、常に最前線で戦うのである。

 またオーク達もキングの命令には逆らわない。ロードほどのオークがいれば意見くらいはしたかも知れないが、それでも命令には必ず従う。そのロードも倒されてしまった為、キングに意見する者さえいないのである。

 オーク達は再び歩き出し、北へと向かった。キングの命令通り、オークロードと合流する為に。

 そんなオーク達を見送ったオークキングは、ドカッとその場に腰を下ろした。疲れ知らずで1晩中でも戦い続けることのできるオークキングであるが、慣れない隠密行動に気疲れをしていた。

 ひと眠りしよう、と横になり目を閉じ、すぐさま大きないびきをかきはじめた。仰向けでゴロリと寝転がる姿からは警戒心の欠片も感じられないが、それは強者故の余裕だった。最強のオークたるキングは、いつ如何なる時も堂々としているのである。

 気づけば空が白み、夜が明けようとしている時であった。オークキングはひと眠りのつもりだったがぐっすり寝てしまっていた。寝すぎたことを気にも留めず、オークキングは北へ向かって進みだした。

 オーク達を率いている時は足並みを揃える為にゆっくりと進んでいたが、今は自分しかいない為、好きなように野を駆けていた。

 食べる物があまりないことは不満であったが、見つけた時に存分に食べればよい。ことさらに人を襲うつもりはなかったが、見かけたのならば積み荷を奪い、馬を喰らい、人を喰らおう。そう考えながらオークキングは野を駆けた。

 そして日が沈み再び昇った頃、オークキングは平野を往く2つの人影を見つけた。獲物だ、と彼は獰猛な笑みを浮かべ、地を蹴る足に力を込めたのであった。


 アルクラドとシャリーの前に現れたのは、オークらしからぬ薄い脂肪しか持たない、筋骨隆々の巨大なオークだった。盛り上がった鋼の様な筋肉とオークロードを遥かに上回る魔力を持ったオークは、アルクラド達を見つけると物凄い速度で迫ってきた。しかし近づくにつれて段々と速度を落とし、襲い掛かることなくアルクラド達の前で立ち止まった。

「其方が、北へ向かうオーク共の王であるか?」

 そんな巨大なオークへ、アルクラドが尋ねる。

「如何にも。余がオークの王、オークキングである」

 問われたオークキングは頷き、堂々と名乗りを上げた。彼は興味深そうにアルクラド達を見つめ、何度か鼻をひくつかせた後、僅かに目を見開いた。獲物を見つけ喜んでいたが、そうではなかったことに気が付いたのだ。

「お主……まさか吸血鬼ヴァンパイアか……?」

 オークキングの言葉に、まさかアルクラドの正体を見抜くとは、とシャリーは驚く。対するアルクラドは驚きもせず、応える。

「ほう、我を識るか。其方の言う通り、我は吸血鬼ヴァンパイアである」

「お主は知らぬ。が、吸血鬼ヴァンパイアであれば知っている」

 アルクラドは僅かに感心した様に、ほう、と呟いた。今まで吸血鬼の祖アルクラドのことを知る者はおろか、吸血鬼ヴァンパイアのことを知る者すらほとんどいなかった。魔族には知る者もいたが、まさかオークが知っているとは思わなかったのである。

「人魔の争ったかの大戦おおいくさの時を生きた我が祖曰く、比類なき力を持つ最強の魔族である、と。ただ大戦おおいくさの頃には姿を消していたようだが……」

 オークキングは、吸血鬼ヴァンパイアの強さを語った彼の先祖を思い出しているのか、昔を懐かしむ様に言った。彼にとっては懐かしい昔話の1つかも知れないが、アルクラド達にとっては大きな情報だった。

 吸血鬼ヴァンパイアは御伽噺の中にしか出てこない様な種族であり、今の時代において吸血鬼ヴァンパイアについて記した文献などは一切ない。実際に吸血鬼ヴァンパイアを見たことがあるであろうオークキングの先祖の言葉は、アルクラドのことを知る為の手がかりになるかも知れなかった。

 そのことについて詳しく聞きたかったシャリーであるが、彼女が口を開く前にオークキングが疑問を口にした。

「何故、吸血鬼ヴァンパイアがここにいるのだ? 余を探していた様な口振りであったが」 

「其方を討つ為だ」

 オークキングのまぶたがピクリと跳ねた。

「今、何と言った……?」

「其方を討つ為だ、と言ったのだ」

 聞き間違いかと思い聞き直すオークキングだが、そうではなかった。

「魔族が、それも吸血鬼ヴァンパイアが、何故、余を討つ?」

「我らを脅かす其方を討て、と人族より依頼を受けた故に」

 オークキングは、人族ならともかく魔族が、それも吸血鬼ヴァンパイアが自らの前に立ちはだかるとは思ってもいなかった。それも人族から依頼を受けてなどと、信じられなかった。

「我が祖はかの大戦おおいくさで時の魔王に力を貸した。祖に倣うも一興かと魔王に協力したが、まさかそれを魔族が、吸血鬼ヴァンパイアが阻もうとは……」

 オークキングは1拍の間を置き、フッと笑った。そして目を閉じ、ゆっくりと開いた鋭い目でアルクラドを睨みつけた。

「因果なものよ……だが、矮小な人族の相手など詰まらぬと思っていたところ。最強と謳われる吸血鬼ヴァンパイアの力を見せてもらおう!」

 オークキングはもう一度小さく笑った後、獰猛な笑みを浮かべて全身に魔力と力を込める。身体中の筋肉が更に膨れ上がり、それを濃密な魔力が覆っていく。

「シャリーよ、下がっておれ」

「アルクラド様、お気をつけて! 聞きたいことがありますから、殺しちゃダメですよ!」

 シャリーは言われるまでもなく、遠くへ離れていた。オークキングの魔力の高まりを感じた時から、自らにも魔力を巡らせ、全力で逃げていた。ついでにオークキングからは色々と話が聞けそうなので、その点をアルクラドに伝えるのも忘れない。アルクラドもオークキングの口振りに興味を持ったようだったので殺さないつもりかもしれないが、念の為に。

「殺さずに余を倒すつもりか……面白い!」

 自身が侮られているようで苛立ったが、それほどに強いのかと逆に興味を覚えた。拳を握りしめ、オークキングが吠える。

「余はオークの中のオーク

 至高のオークにして最強なる者

 余はオークキングなり!」

 腹の奥底に響く様な声で名乗るオークキング。その堂々たる姿は、最強の魔族ヴァンパイアを前にして恐怖を感じていない様子であった。

「我が名はアルクラド

 闇夜を支配する者にして、陽の下を往く者

 悠久の時を生くる者にして、血を飲み啜る者

 吸血鬼ヴァンパイアにして、その始祖たる者なり」

 対するアルクラドは静かに応え、魔力を解き放っていく。

 冬空の下、2つの凄まじい魔力が吹き荒れぶつかり合う。

 吸血鬼ヴァンパイアとオークキングの戦いが始まった。


 人間(ヒューマス)の頭がスッポリと包まれるほど大きな手を固く握り、オークキングは駆けだした。そして相手を押し潰す様に、アルクラドに向けて拳を上から叩きつけた。

 シャリーはその動きを捉えることができなかった。愚鈍と言われるオークとは思えない速度で、オークキングはアルクラドの眼前に迫った。それは瞬きの間のことであり、気付けばオークキングの拳が振り下ろされていた。

「これを受けるか!? 吸血鬼ヴァンパイアは脆いと聞いていたが、何と言う魔力だ!」

 全てを砕かんとしてアルクラドに迫る拳は、しかしてその手に阻まれた。巨岩の様な拳からすれば小さなアルクラドの掌が、オークキングの攻撃を受け止めていた。アルクラドの身体に異常はなく、ただ足下が僅かに沈んでいる。頑丈さという点では人間(ヒューマス)と変わりの無い吸血鬼ヴァンパイアであるが、アルクラドの途轍もない魔力がその身体を何よりも頑強にしていた。

 何の痛痒も感じていないようなアルクラドに驚くオークキング。殺せはしないにしても、少しは痛手を与えられると思っていたのだ。

 その動揺を突いて、アルクラドはいつの間にか握っていた聖銀の剣を振るう。

 防御の姿勢を取っていたオークキングが、慌てて手を引く。

 剣に宿る聖気が魔力を打ち消し、鋼をも勝るオークキングの筋肉を易々と切り裂いた。しかしすぐに手を引いた為、切断には至らなかった。

「魔族が聖剣を振るうとは何たる矛盾……だが面白い!」

 血の滴る拳を再び握りしめ、オークキングは歯を剥き笑う。全身に魔力を漲らせ、更に拳に幾重にも魔力を重ねていく。

「斬れるものなら斬ってみせよ!」

 再び吠え、拳を打ち付けるオークキング。

 迫る拳を聖銀の剣で迎え撃つアルクラド。

 聖銀の剣が拳を捉え、しかし切り裂くことなく弾き返した。

 拳が弾かれた反動を利用し、もう片方の拳を打ち付ける。

 それも弾かれると、また反対の拳を打ち付ける。

 全身の筋肉を爆発させ、オークキングは剛腕を振るう。

 打ち付け、弾かれ、打ち付け、弾かれ、それでも打ち付ける。

「ガァッハッハッハッハァー!!」

 興奮を抑えきれぬ様に声高に笑うオークキングの攻撃は、正に拳の雨。余りの速さに、腕が何本もあるかの様に見えている。

 しかしアルクラドには届かない。雨を遮る膜がある様に、ひと振りの剣がその全てを阻んでいた。

「ガアァアアァァァ!!!」

 拳を弾かれ雄叫びを上げるオークの王。反対の拳を出すのではなく、同じ拳を打ち付ける。弾かれた反動を筋肉でねじ伏せ、全てを打突の力へと転化して。

 剣と拳がぶつかり合い、轟音が鳴り響く。

 互いに傷は1つもなく、2つは交わったまま宙で静止している。

「まさかこれ程とは……流石は最強と謳われし魔族よ」

 あれだけの攻撃をしたにもかかわらず、オークキングは息ひとつ切らすことなく、嘆息と共に呟いた。

「ふむ……オークと言えど、王を名乗るだけの事はある」

 アルクラドも、聖銀の剣を受けてなお傷つかない相手に、僅かに感心している様子であった。聖銀の剣はオークキングが纏う魔力を確かに打ち消しているが、それを上回る速度で魔力が噴き出しているのだ。

「しかし余はまだ負けんぞっ!」

 己の全てを出し尽くすかの様な猛攻をしかけたオークキングであるが、彼にはまだ敵を打ち倒す技が残っていた。

「ヌゥオオオォォッ……!」

 オークキングは地面に手を付き、掌に魔力を集め、己が魔力を大地に注ぎ込んでいく。今まで全身を巡っていた魔力が1点に集められ、手の周りの景色がグラグラと歪んでいる。

「大地よっ! 我が呼び声に応え、その姿を顕せっ! 万物を打ち砕く鎚と為れっ!」

 大地に手を付き呪文を唱えるオークキングの姿を見て、シャリーは驚きを隠せなかった。オークが魔法を使っているから、ではない。オークキングから伝わる魔法の気配は、とても珍しく、しかしシャリーにはなじみ深いものだったからだ。

「出でよ……地を揺らす者トンブルモント!」

 オークキングの手には、土色の柄がいつの間にか握られていた。地面に刺さった剣が引き抜かれる様に、土色の巨大な棍棒が大地の中から姿を顕した。

 ただ土を固めた棍棒、などではない。巨大な1粒の土が棍棒を模っていた。木から雑に削り出した様な姿でありながら、棍棒から伝わる圧倒的な土の力。

「まさか、精霊魔法っ……」

 それはまさしく、エルフの得意とする精霊魔法であった。

「これこそが、我が祖も得られなかった、余の奥義っ! 大地は余と共にあり、悉くお主の敵となろうぞ!」

 身の丈程の棍棒を両手で構え、巨大なオークが吠える。自身の膨大な魔力だけでなく、大地の精が司る土の魔力が辺りへと広がっていく。それは余りに圧倒的な力であるが、この技の恐ろしさはそれだけではない。

 大地が自らを武器として貸し与えたということは、大地がオークキングの味方をしているということである。大地の力を秘めた武器だけでなく、足元に広がる大地さえもが敵を襲う武器となるのだ。

 しかしアルクラドは恐れない。オークキングの圧倒的な魔力もアルクラドには及ばず、いくら強力であろうとも魔法である限り、聖銀の剣の前では無意味なのだ。

「ふむ……面倒であるな」

 隙だらけな構えでオークキングに対するアルクラドは、呟いた。そして手に持つ聖銀の剣を、唐突に後ろへ放り投げた。魔を打ち消す聖なる剣は、弧を描きながら宙を行き、地面に突き刺さる。

 アルクラドは徐に腰へと手を伸ばす。そしてもう1本の剣をゆっくりと引き抜く。

「来るが良い」

 漆黒の剣を突き付けるアルクラド。

 戦いの第2幕の始まりであった。

お読みいただきありがとうございます。

オークキングとの戦い、少し長くなったので2回に分かれます。

次回もよろしくお願いします。

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