オークキング討伐に向けて
夜も更けたミキアの町。そのギルドの1室に十数人名の者達が集まっていた。
1人はこの町を取り仕切る町長を務める男。1人はこの町のギルドにおける代表を務める男。残りは町に常駐する冒険者パーティーのリーダー達。そして町の特産であるシャプロワを目当てにやってきた、アルクラドとシャリーである。
「夜分遅くに申し訳ない。だが急を要する事態だ」
そう言って話を切り出したのは引き締まった身体の中年の男性だ。肌は日に焼けており、頬や手にはいくつかの古傷があった。くすんだ金髪を短く切りそろえた、鋭い目つきの男は、ギルドの代表者であった。
「アルクラド。お前とは初対面だな。俺はトーリ、この町のギルドの代表を務めている。と言っても複数のギルドを統括するギルド長からその権限の一部を委譲されているに過ぎないがな」
そう言ってトーリは軽く肩をすくめる。
「私も初めてだね。私はこの町の町長を務めるアルバ=ビアン。よろしく頼むよ」
トーリに続きそう言ったのは、穏やかな表情の男だった。背丈は平均的ながら少し肥え気味なのか僅かに腹が出ている。明るい金髪は後ろに撫でつけ、白い肌には皺が目立ち始めていた。
「我はアルクラド。中級冒険者である」
この町の代表者2人に対し、アルクラドも挨拶を返す。しかし権力者を前にして、深く椅子に腰かけ足を組み膝の上に組んだ手を置くという、どちらが上位者か分からない態度をとっている。アルクラド自身は至って普通のつもりだが、どちらかと言えば貴族肌のアルバは僅かに眉根を上げる。が冒険者相手に目くじらを立てても仕方がないと、すぐに表情を戻す。
「私はシャリーです。アルクラド様の旅のお供です」
対するシャリーは、極端に畏まるわけではないが、変に偉ぶることもなく、礼儀正しく挨拶をする。会釈の際に垂れた美しい髪に、冒険者の男達の視線が一時奪われた。しかし続くトーリの言葉で、男達は視線を彼へと向ける。
「早速本題に入ろう。アルクラド、オークロードを倒したお前に聞きたい。やつはどれほどの強さだった?」
敵を討つには、まず相手を知らなければならない。今の人間達の中にオークキングはおろか、オークロードを目にしたことがある者すらいない。相手がどれほどの存在なのか、オークキングに次ぐ力を持つオークロードから、その力を類推しようと考えているのだ。
「この場にいる者達では傷1つ付けられぬ。たとえ数を揃えようとも意味を為さぬであろうな」
ハッキリと断言するアルクラドの言葉に、冒険者の男達は一時気色ばむ。しかしすぐにその怒りを抑え込む。彼らは自らの実力はある程度、把握していた。
1対1ならオークは問題なく倒せる。パーティーで挑めば自分達より数が多くてもオークは倒せる。しかしソルジャーとなれば不安が残る。ハイオークともなれば、見たことすらなく、かなり厳しい戦いになるだろう。
オークロードの力がどれほどのものか、知りはしない。しかしあんなバカでかい頭を持ったオークに勝てる気がしない。それが彼らの考えだった。
「数では駄目か、確かに上級冒険者が複数必要な強さだとは言われているからな。ちなみにお前以外にオークロードを倒せる者に心当たりはあるか?」
いくら数を集めても、個々の力が弱ければ意味がない。その点に関してはトーリも同意だった。彼もかつては上級に至った冒険者であり、力の差が一定以上開けば、それを数で埋めることができないとよく知っているからである。
「2人、心当たりがある」
「それは誰だ?」
アルクラドの脳裏に浮かんだのは、流れるような美しい金髪の優しい面持ちをした騎士と、長い白髪を持つ凜とした佇まいの老女。
「ドール王国のヴァイスとエピスと言う者だ」
ドール王国の王国騎士団長ヴァイスと、王国ギルド長エピスであった。
「まさか、王国騎士団長と王国ギルド長か!?」
「うむ」
かなりの大物の名前が挙がったことにトーリは驚く。
史上最年少で王国最強の騎士となったヴァイスの名は、国外にも広まっている。騎士と冒険者の違いはあれど、同じく剣士であるトーリは彼のことを知っていた。
また龍殺しという歴史に残る偉業をなしたエピスの名は、地の果てまで轟いたと言っても過言ではない。若い世代には知らない者も多くなってきたが、中年以上の、そして冒険者ならば間違いなく誰もがエピスの名を知っている。
トーリは現役時代、エピスに憧れていたこともあり、若干興奮気味であった。
「しかし他国の英雄をそう簡単に連れてくることはできないだろう。仮にできたとしても、その猶予があるかどうか……」
トーリとは対照的に冷静なアルバ。彼の言う通り国の守護に携わる者が国の外へ出ていくことは稀である。またミキアの町からドール王国の王都は遠く、どんなに速く馬を走らせても10日はかかる。直線距離であればその半分ほどの時間で済むが、東西に横たわる山脈がそれを邪魔している。
「もちろんドール王国へ報せは出すが、この事態は我々で何とかしなければならないね」
「王都でも何か動いてはいるだろうが、あの2人に匹敵する者がどれだけ集まるか……」
他国の助力を得られない以上、自分達で何とかするしかない。そもそも自国内での出来事であり、極力他国の力は借りたくもなかった。
トーリは英雄と一緒に戦えれば、などと考えたりもしていたが、やはり現実的ではなく自国の戦士達のことを思い浮かべる。ギルド長代行に選ばれるほどの冒険者であった彼は、それなりに顔が広い。今の地位についてからも、多くの強者と出会ってきた。
ラテリア王国にも国の守護者たる存在が当然いる。王国騎士団および王国魔法士団がその両翼を担っている。その両団長のことはトーリも知っているが、その2人であればドール王国の英雄に匹敵する強者である。しかしそれ以外となると1段も2段も劣っており、一抹の不安が頭を過った。
「ところで、君はオークキングを倒す自信はあるかい?」
トーリほど自国の戦力に心当たりのないアルバであるが、ひとまず目の前のオークロードを倒した人物の戦力を知っておこう、とアルクラドに尋ねた。
「容易い事だ。大仰に王を名乗ろうとも、所詮はオーク。我の敵では無い」
自信を見せるでなく、決まりきった事実であるように語るアルクラド。アルクラド自身、オークキングを見たことがなくどれほど強いかも知らないが、相手になるはずもないことは知っている。
「オークキングに遭ったことは?」
「無い」
「それなのに勝てると?」
「うむ」
「本当に?」
「我は嘘を好まぬ」
矢継ぎ早に質問を重ねるアルバ。武人ではない彼は目の前の人物の強さを見極める目を持っていない。その代わりに言葉の真偽を見る目はあるつもりであり、その点で言えば嘘を吐いているようには見えなかった。
アルバは隣のトーリへ目配せをする。一流の冒険者である上級まで上りつめた彼に、アルクラドの強さを確かめてもらおうと思ったのだ。その意図を察したトーリであるが、彼は困惑してしまう。
アルクラドに対して、何か底知れないものを感じはするが、強者特有の覇気を感じることができなかった。周囲に対する警戒は一切なく隙だらけで、強い魔力も感じられない。警戒をしていない点では隣に座るシャリーも同じだが、彼女からは強い魔力を感じていた。
この娘の方ができる。それがトーリの考えだった。
「お前は、オークロードを倒せるか?」
トーリはアルクラドのことを一旦頭の隅にやり、視線をシャリーへ向ける。見た目は幼さの残る少女だが、尖った耳を持つ彼女であれば、見た目よりも齢を重ねており、大きな魔力を扱いきる優れた魔法使いである可能性もある。もしそうであれば今回の戦いにおいて、重要な戦力となる。
「魔法を使う十分な時間があれば、倒せると思います」
期待していた言葉が返ってきたことに、トーリは笑みを浮かべる。初めは怪訝そうな顔をしていたアルバも、エルフがどういう存在か知っている為か納得した様な表情を浮かべていた。
「オークキングならどうだ?」
人魔大戦以降、その名を聞くことのなかったオークキング。しかし寿命の長いエルフであればオークキングを見たことのある者がおり、何か言い伝えが残っているかも知れない、と考えたのだ。しかしシャリーは若いエルフであり、オークキングの名こそ知ってはいてもその力を知りはしなかった。
「分かりませんけど、オークロードより強いなら恐らく無理です」
「そうか……」
シャリーの答えに嘆息するトーリ。
「でもアルクラド様なら、オークキングが何体いようと必ず倒してくれますので、大丈夫です」
残念がるトーリを励ますようなシャリーの言葉に、彼は乾いた声で笑う。オークキングが何体もいて堪るかと思うと同時に、アルクラドがそれほど強いと信じられなかったのだ。
「むぅ……アルクラド様、みんな信じていません。ちょっと魔力を解放してみたらどうですか?」
アルクラドは普段、己の魔力が外に漏れないよう完璧に封じ込めているのだが、そのせいで常人にはアルクラドの魔力が分からない。魔力は強さの指標にもなる為、魔力を感じられなければ強さも分からないのだ。
しかしここにいる者達が皆、アルクラドのことを弱いと思っているわけではない。オークロードを倒しているのは事実であり、強いと思っている。ただオークキングを確実に倒すほどかと問われれば、答えには窮してしまうのである。
「我は信じられずとも構わぬが」
「けどこのままじゃ、いつまで経っても話が進みませんよ?」
アルクラドの力を頼るようで気は引けるが、彼に任せるのが一番手っ取り早く確実だとシャリーは考えていた。オークキングの討伐が遅れれば、それだけ多くの人が犠牲になるかも知れない。この国の住人を危機にさらさない為にも、討伐は早いに越したことはないのだ。
加えてアルクラドもオークキングの討伐依頼から、早く解放される。オークロードの討伐者にキング討伐が依頼されるのは必至で、ミキアの森を守ろうと考えているアルクラドは、その依頼を受けるであろう。であれば、オークキング討伐はアルクラドに任せて、如何にして見つけ出すかを考えた方が合理的だ、とシャリーは思っていた。
「ふむ……であれば魔力を見せ、信を得るとするか」
「あっ、でもちょっとだけですよ! 私と一緒くらいで!」
シャリーの言う様に早くオークキングを討つに越したことはないと考えたアルクラドは、自分の強さを見せる為に魔力を解放しようとする。しかしシャリーは、それを慌てて止める。
アルクラドがどれほど魔力を解放するつもりかは分からないが、仮に完全に解放してしまっては何が起こるか分からない。また加減をしたつもりでも、アルクラド基準の加減では、その魔力に当てられただけで気が触れる者や、死んでしまう者も出てくるかも知れない。
そうならない為にも、シャリーは具体的に解放の度合いを示す。自分と同じくらいであれば、人が死ぬことはまず無いからだ。
「其方と同じか……」
アルクラドは僅かに見開いた目でシャリーを視た後、徐々に魔力を解き放っていく。
アルクラド達のやり取りを不思議そうに見つめていたこの場の面々は、徐々に膨れ上がっていく魔力に当てられ、段々と目を見開いていく。その中で最も魔力の扱いに長けたトーリは、エルフに比肩する魔力の大きさだけでなく、それを一切外に漏らさずにいた技量に驚愕を禁じえなかった。
この場を満たす魔力がシャリーのものと同等になった時、彼女以外の誰もが口を開くことができず、身体を震わせながら冷や汗を流していた。シャリーの持つ魔力も、人を殺すには至らないが、他者を圧倒するには十分な量の魔力である。ごく一般的な中級冒険者であるミキアの戦士達はもちろん、上級に至ったとはいえ現役を退いたトーリには、酷であった。戦士ですらないアルバは、言わずもがなである。
「そ、そろそろ魔力を収めてくれ……次はどうやってオークキングを見つけるか、それを考えようか」
息も絶え絶えなアルバが死んでしまわないうちに、アルクラドに魔力を抑える様にトーリは言う。この時点で、アルクラドの力に疑いを持つ者は誰もいなくなった。満場一致でアルクラドがオークキングの討伐者となり、話は討伐対象の捜索方法へと移るのであった。
お読みいただきありがとうございます。
そろそろオークキングが登場です。
アルクラドとのバトルはもう少し先になると思います。
次回もよろしくお願いします。