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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第8章
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シャプロワと卵

 アルクラドがオークロード率いるオークの軍団を全滅させた翌日。ミキアの近隣の町、そして王都ラテリアは大騒ぎとなっていた。近くの町には早馬が駆け、王都へは連絡用の鳥が飛ばされ、オークキング出現が知らされたからである。

 その情報がもたらされた当初は、誰もが信じなかった。オークキングなど人魔大戦を歌った詩歌でしか耳にしたことがない。加えてオークキングの下位に当たるオークロードでさえ、その出現が確認されていなかった為だ。

 しかしその情報を届ける書簡には、ミキアの町とギルドの代表者の署名が連名でなされていた事。オークロードが出現した事。オークキングの出現は討伐されたオークロードの言葉である事。近頃ミキアの森でオークが多数出現し、その討伐依頼が近隣の町にも出されていた事。

 以上の理由から、オークキングの出現は真実であるとされ、その危機にどうやって対応するかで、特に王都は大騒ぎになっているのである。

 しかし国を揺るがす事態を座視しているわけにはいかず、ラテリア王国はギルドと連携し大規模な捜索隊を結成。オークキングの捜索に当たることとした。それと同時にオークキング討伐の為の人員を、軍の精鋭の中から選抜。またギルドを通して名うての冒険者を集い戦力の増強を図った。

 これらが急遽もたらされた情報に対し、ラテリア王国が夜通し話し合いをした結果であった。この様に王国の中心で議論が飛び交っていた頃、アルクラド達はそんな騒ぎとは無縁の時間を過ごしていた。


 森から町へ戻り、ギルドに事の顛末を話した日の夜。

 ミキアの町のきこりであるウッカーの家で、アルクラド達はテーブルに着き料理の到着を待っていた。

 狭くて申し訳ないと言うウッカーの言葉通り、彼の家は確かに1部屋しかない小さな家だった。しかしベッドやテーブルが一緒に置かれた部屋の広さはそれなりで、客人を2人もてなすには十分であった。

「お待たせしました。シャプロワを使った卵の包み焼き、ウフジュロワです」

 そう言ってウッカーが持ってきたのは、紡錘形の黄色い物が乗った皿だった。

 それは溶いた卵を焼いたもののようで、形は綺麗に整えられているが、表面の所々が黒く焦げていた。そしてその料理からは、卵の香りだけでなく豊かなシャプロワの香りが溢れでていた。

「ミキアで食べられているシャプロワ料理の中で一番単純なものです。けれどシャプロワの良さがよく分かると思います」

 料理は得意でないので見た目は悪いですが、と笑うウッカー。確かに焦げの目立つ卵の包み焼きは、お世辞にも見た目がいいとは言えない。しかしそれを差し引いても香りの素晴らしさが、否が応にも食欲を刺激していた。生のシャプロワの香りにはキツさがあったが、火を通すことでそれがなくなり、より魅惑的な香りを漂わせていた。

 2人はスプーンを手にし、ウフジュロワに差し入れる。包み焼きの表面は僅かに硬いが、中は柔らかくスルリと切れ目が入る。

 その瞬間、香りが弾けた。

 切れ目から次々と香りが生み出されるかの様に、止めどなく香りが溢れ出し、ウッカーの家がシャプロワで満たされていく。

 小さな家は、熟れた果実の生る深い森となり、むせかえる緑と土の香りの中、甘美な芳香が満ちている。鮮烈で華美でさえありながら、その香りはどこまでも優しげで雅であった。

 口に含めば、口内が、そして頭の中までもが、その香りで満たされるようであった。

 またひと口食べて、まず驚くのはその食感だった。外側はフワフワと弾む様で、中は完全に火が通っていないのか、トロトロと滑らか。しかし生ではなく、温かさが喉を滑り落ちていく。

 味付けは塩のみという簡素なものであった。しかしシャプロワの香りが卵の風味を引き立てており、卵の濃厚さを存分に味わうことができた。

 食べ進めていくと薄く切られたシャプロワが姿を現した。歯ごたえは弱く、ホクホクとした芋の様な食感であるが、香りの素晴らしさとは裏腹に味はあまりしなかった。しかしウフジュロワが美味しいことに変わりはなく、2人は休むことなく料理を口に運び続けていた。

「いかがでしょう、お口に合いましたか?」

 2人がパクパクと料理を食べる様子を見ながら、ウッカーが言う。笑みを浮かべながら料理の味を尋ねているが、聞くまでもない、とその笑顔の上に書いてあった。故郷の味に強い自信と誇りを持っているが故であろう。

「美味だ」

「すっごく美味しいです!」

 アルクラド達の答えは、ウッカーの予想通りのものであった。

「けど、味はあまりしないんですね? シャプロワの香りはすごく良いのに」

 初めはシャプロワの香りを強すぎると感じていたシャリーも、既にその虜となっていたが、香りに対する味の乏しさを不思議に思っていた。

「確かにそうですね。シャプロワは、香りを食べるキノコ、とも言われますから」

 味わいは乏しいながら唯一無二の香りで、料理の風味をどこまでも高めるシャプロワ。それ故に、香りを食べるキノコ、とまで呼ばれるのである。

「この卵は特別な物か? 卵自体からもシャプロワの香りがするが」

 アルクラドはアルクラドで別のことが気になっていた。鮮烈な香りの大本は卵に包まれた薄切りのシャプロワだが、卵からもその香りを感じることができた。部屋の中がシャプロワの香りで満たされている為、常人にはまず分からないことであるが、卵の奥の奥からシャプロワが香っているのをアルクラドは嗅ぎ取っていた。

「すごい……よく分かりましたね。卵自体は普通のものですが、料理をする前にひと工夫しているんです」

 アルクラドの鼻の良さに改めて驚きながら、ウッカーはウフジュロワの作り方を説明する。

「シャプロワと卵を同じ箱の中に入れておくと、卵に香りが移っていくんです。その卵を使うだけで充分シャプロワの香りを楽しむことができますが、中に薄切りのシャプロワを入れれば更に美味しくなります」

 ウッカー曰く、香りを他の物に移すやり方は、シャプロワの活用法として一般的な手法であり、シャプロワ塩もその1つである。その中で最もよく香りが移るのが卵であり、ミキアではよく食べられているそうである。

「包み焼きの作り方も簡単です。溶いた卵をフライパンでかき混ぜながら熱して、全体が固まりかけたら折り返すようにして形を整える。これだけです。ウフジュロワは折り返す時にシャプロワを中に入れるだけです。とても簡単な料理ですが、これがシャプロワの一番美味しい食べ方だと言う人もいます」

 私も一番だと思っています、と言ってウッカーは自分の分のウフジュロワを口にする。

「けれど私が作ったものはイマイチです。包み焼きは上手な人が作れば、焦げずに見た目がよく、よりフワフワ、トロトロしていて舌触りも格別です」

「これよりも美味であるか?」

 ウッカーの作った料理でも十分美味しいと感じたアルクラドは、その更に上の味というものに興味を引かれた。

「それはもう。包み焼きの味だけでなく、シャプロワの香りも全然違います。知り合いにとても料理の上手な人がいます。よろしければ紹介しましょうか?」

「うむ、頼む」

 ウッカーの言葉が終わらないうちに、アルクラドは言う。美味しい物を食べられる機会を、わざわざ逃す手はないからである。

「その代わりと言ってはなんですが……」

 すると先ほどまで穏やかな表情をしていたウッカーが、気まずそうに言葉を続けた。

「明日に採るシャプロワを町の仲間に分けてやってもいいでしょうか? 森に入るのは命がけで、シャプロワを採れた奴はほとんどいませんから……もちろんアルクラドさんの分は残します」

 ミキアの町にとって、シャプロワは冬の貴重な収入源の1つである。それが無くとも冬は越せるが、空腹に耐える必要が出てくる。現状まとまった量のシャプロワを採ることができたのはウッカーだけであり、彼はその状況に申し訳なさを感じていたのである。

「追加で報酬も支払います。仲間にもタダではなく、格安ですが販売します。その売上と金貨2枚を支払います。金貨は貴族様に買い取ってもらってからですが、必ず支払います。なので、お願いできないでしょうか……?」

 ウッカーはアルクラドを窺い見ながら返答を待っている。

「ウッカーよ、幾つか質問がある」

 アルクラドは少し考えるそぶりを見せた後、ウッカーの問いには答えず質問を返した。

「何でしょうか……?」

「この町ではシャプロワを食す、様々な方法があるのか?」

 ウフジュロワが、一番簡単で美味しいシャプロワの食べ方だと言っていた。それが一番だということは、他にも色々な調理法があるということである。

「いくつもあります。ミキアでは冬になれば誰しもシャプロワを食べますから、伝統的な調理法から新しいものまで色々なものがあります」

 ウッカー自身は作ることができないが、彼が知っている調理法だけで、手では足りないだけの数がある。

「次に、料理が得手と言う其方の相識は、それらを作る事は可能か?」

「できると思います。シャプロワ料理を全部知ってはいないと思いますが、それでもたくさんの料理を作れると思います」

 ウッカーはアルクラドに紹介しよう、と言った人物のことを思い浮かべる。自分の知らない料理を食べさせてもらったこともあり、かなりの種類の料理を作ることができるだろう、と思っていた。

「最後に、その者以外に、料理が得手である者に心当たりはあるか?」

「ええ、何人かは……」

 ウッカーは、他にも何人か料理が得意な者の心当たりがあった。またきこり仲間や町の知り合いの中に、嫁の料理が美味しいと自慢する者が何人かいる為、彼女達も料理上手な知人と言っていいだろうと考えた。

「よし。其方が町の者にシャプロワを分けるのは構わない。代わりに報酬を変更する。料理が得手である者達に、様々なシャプロワ料理を作らせよ。それを我が食す事、それが報酬である」

 シャプロワは香りを食べるキノコである。

 その言葉を聞いてから、アルクラドは考えていた。シャプロワの本質は香りであり、調理をしてこそその真価を発揮する。であれば報酬としてシャプロワを得ても、自分では生かしきれないのではないか、と。その点、シャプロワの産地であるミキアの住人達は、その扱いに長けている。そんな彼らがシャプロワを使って料理を作れば、その真価を遺憾なく発揮することだろう、と。

 その結果、ウッカーへ幾つかの質問をし、報酬をシャプロワ料理を作らせることに変更させたのである。

「それだけでいいんですか? シャプロワを分けてくれると知ったら、みんな喜んで料理を作ると思いますけど……」

 護衛依頼に対する報酬がシャプロワを分けること。これだけでもウッカーにとっては自分に有利すぎる条件だと思っていた。シャプロワを分ける条件がシャプロワ料理を作る、というのも貰う側が非常に有利なものであった。

「構わぬ。元より金は必要ではなく、シャプロワを味わうことが目的だ。我よりもこの町の者達が美味な料理を作るのであれば、十分報酬となり得る」

 シャプロワを分けてもらえば、普段の食事をより華やかにすることができる。しかしそれ以上の美味を感じることができるのならば、そちらを選ぶのが当然であった。

「分かりました。その条件で仲間達に分けます。けど大勢が分けてくれと言ってくるので、明日はたくさん採らないといけませんね」

 アルクラドへの交渉が上手く収まり、ウッカーは晴れやかな笑顔を見せる。

「うむ。時が許す限りシャプロワを採るとしよう」

 無表情ながらやる気が窺える様子で言うアルクラド。その言葉は、ウッカーにとって心強いものと同時に、不安を覚えるものであった。アルクラドがいれば凄まじい速度でシャプロワを採ることができる。しかしそれが仇となり、森のシャプロワを根こそぎとってしまうかも知れない。来年の為にも採り過ぎないようにしよう、と心に誓うウッカーであった。

 コンコン……

「アルクラドがここにいると聞いたが、いるか?」

 そこへ扉を叩く音とともに、男の声が聞こえてきた。森で出会った冒険者の声であった。

「オークキングの件でギルドから召集がかかった。俺と一緒に来てくれ」

 オークキングの報告をした後、アルクラドはすぐにウッカーの家へと向かった。しかしオークロードを倒すだけの力を持った冒険者を、今の状況が放っておくわけはなかった。

 オークキングの討伐など面倒だと思ったアルクラド。しかし人間ヒューマス達を蹴散らしたオークキングがミキアの森を荒らしては、今後シャプロワが食べられなくなるかも知れない。そう考えると召集を無視するわけにもいかない、とギルドへと向かうのであった。

お読みいただきありがとうございます。

シャプロワ料理でお腹を少し満たしたところで、オークキング討伐へ向けた作戦会議です。

次回もよろしくお願いします。

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