オークロードとの戦い
大木を棍棒とし、構えるオークロード。その巨体に秘められた膂力を存分に発揮し、アルクラドに向けて棍棒を振り下ろした。
周囲の木をへし折りながら、少しも勢いが衰えることなく、巨大な棍棒がアルクラドに襲い掛かる。
耳をつんざく様な音が響き、森の空気がビリビリと震える。
アルクラドの後ろで、シャリーが耳を塞ぎながら震えている。その前で、アルクラドは2本の剣を持った腕を上げ、オークロードの攻撃を防いでいた。
「ほう、これを防ぐか……」
オークロードは感心した様子で、棍棒を再び持ち上げる。身体を大きく仰け反らし、天高く棍棒を振り上げる。
ブガァアアアァァッ!!!
天を衝く雄叫びを上げ、一撃に全ての力を込めて、棍棒を振り下ろす。
その瞬間、オークロードは違和感を覚えた。手に、何かを叩き潰した感覚が一切伝わってこなかったのだ。敵にしろ地面にしろ、棍棒は何かにぶつかるはずなのに、その感触がないのだ。見れば、握ったところから先が、すっかり消えていた。
「炎よ……」
ポツリと呟く様なアルクラドの声に顔を上げれば、宙を舞う大木が炎に包まれ、瞬く間に灰となって風にさらわれていた。
オークロードは酷く驚いた。彼は生来、魔力強化を扱い、それによりその身体は岩よりも硬くなる。同時に武器強化も扱い、ただの木を鉄より硬くすることができる。そんなオークロードが全力を込めて強化した大木が、あっさりと斬り飛ばされてしまった。
「バカなっ……!」
オークロードは決してアルクラドを侮ってはいなかった。最初に感じた途轍もない魔力。あれを用いた魔法を使われれば、自分達の全滅は必至。そう考えたからこそ、魔法を使われる前に肉弾戦で決着をつけようとしたのである。
しかしその目論見は見事に潰えた。城壁にさえ一撃で風穴を開ける攻撃が、何の意味もなさなかったのだ。
「森を荒らすなと言うに……」
アルクラドは、十数本の木をへし折ったオークロードに言う。自身も木を切り倒していることは端に置き、巨大なオークを睨みつけている。
「まさかこれ程とは……だがこれならどうだ!?」
オークロードが驚いたのもつかの間。両手をガッシリと組み合わせ、腕を振り上げる。腕の筋肉を膨らませ、ありったけの魔力を込める。
魔力で強化しようとも所詮、木は木に過ぎない。素の状態で木をへし折り岩を砕く自らの拳が、オークロードの一番の武器だった。それを魔力で強化すれば、それ即ち全てを粉砕する戦鎚となる。
大きく1歩踏み込んだ勢いのまま、大鎚と化した両腕を振り下ろした。
愚鈍と言われるオークからは想像もできない速さで、拳が迫る。
轟音が響き、大地が揺れる。
地面を叩いた確かな感触の中に、敵を叩き潰した感触はなかった。
ゾクリと肌が粟立つのを感じ、オークロードは慌てて飛び退く。
「ぐぅっ……!!」
同時に右目に激痛が走り、視界が赤く染まる。無事な目で前を見れば、アルクラドが腕を突き出した姿勢で止まっていた。振り下ろしの一撃を回避し、頭を貫こうと聖銀の剣を突き出したのである。ちなみにシャリーは、オークロードの攻撃を察知しすぐにアルクラドの傍から離れ、すんでのところで難を逃れていた。
「ほう……あれを躱すか。只の豚では無いと言う事か」
全力ではなかったが、相手を十分殺し得る刺突を躱され、少し驚くアルクラド。本来であれば脳天まで貫き絶命させるつもりであったが、片目を奪うだけに終わってしまった。
「くっ……儂では力及ばぬか……」
ここに来て、オークロードはアルクラドの途轍もない力を感じ始めていた。隙だらけの構えからは武威を一切感じない。しかしそれは、圧倒的な力の差があるが故。自分の力がその足元にも及んでいないからだと、オークロードは気付いたのだ。
「だが儂は退く訳にはいかぬ。貴様は我らが王の邪魔になりそうだ。ここで刺し違えても、討ち取るっ!」
ブギィ……
オークロードは再び身体から魔力を迸らせ、そして小さく一声鳴いた。その声を聞いた周りのオーク達が、一瞬の戸惑いの後、揃って身体を北へと向けた。
ブガァアアアァァッ!!!
オークロードが雄たけびを上げる。それに合わせてオーク達が北へ向けて走り出す。オークロードがアルクラド達の足止めをし、残りを北の地へ送り出すつもりなのだ。
「この森を通す事は出来ぬ、と言った筈だ」
アルクラドが迫りくるオークロードに向けて手をかざす。
「受け止められるものなら受けてみよ!!」
オークロードは吠えながら、拳に力と魔力を込める。そして叩きつける様にして右の拳を打ち付ける。
トンッ……
と、柔らかな音を立てて、オークロードの拳が止まった。
「何っ……!?」
両者を遮るのは、僅かに暗い透明な幕。龍の吐息をも防いだ、アルクラドの魔力による防壁である。
「大地よ……」
驚くオークロードをよそに、アルクラドは魔力を広げ大地を踏み叩く。
大地が蠢き、北へ走るオーク達の足を絡めとり、身体に巻き付きその自由を奪う。オークロードの足元からも土が這い上がり、幾重にも巻き付き、身体を縛っていく。
「くそっ……こんなもの……!」
渾身の力を込め大地の呪縛から逃れようとするオークロードだが、身体がピクリとも動かない。アルクラドの魔力で操られる鎖を模った土の強度は鉄の比ではなく、オークロードでも壊すことはできなかった。
「貴様等の血で森を穢したくはないが……」
身動きの取れないオーク達を睥睨し、胸の前にかざした手をゆっくりと閉じていく。
それに合わせてオーク達の苦悶の声が、段々と大きくなっていく。土の鎖がゆっくりとオーク達の身体を締め付けていた。ほとんどのオークは口から涎と血を流しながら絶命し、オークロードを除けば残るオークは僅かであった。
「アルクラド様、ちょっと待ってください」
いよいよハイオークも死に絶え、オークロードを残すばかりになった時、シャリーが制止の声をあげる。
「何故だ?」
制止の訳を聞きつつも、アルクラドは締め付けの手を緩めない。土の鎖は止まることなく、ゆっくりとではあるが、確実にオークロードの身体に食い込んでいく。
「オークキングがいつ、どこから来るのか。それを町やギルドに知らせた方がいいと思うんです」
アルクラドには何でもないオークキングも、人族からすれば大問題だ。北へ向かう途中で町が襲われれば、ひとたまりもない。かつて国を滅ぼしかけた化け物であり、1つの町の戦力では太刀打ちができないからだ。
オークキングの現れる時間によっては、国を挙げて討伐隊を組むことができるかも知れない。それができなくても、付近の町から住人を避難させることができるかも知れない。時間が足りず満足な対応ができないかも知れないが、何もしないよりはマシである。
「ふむ、其方の言う通り人族には酷な相手やも識れぬな」
シャリーの言葉を聞き、アルクラドは今までに出会った人族達を思い出す。オークロードを単身で倒せる者には数名心当たりがあるが、それ以外は足元にも及ばない。オークキングが敵となれば一握りの人族以外は相手にならないだろう、と思われた。
「貴様らの王はどこから来る?」
「儂らは出来得る限り目立たぬ様にここまで来た。王の居場所を教える訳にはいかぬ」
進軍を悟られずに北へ向かうことが、オークキングからの、そして魔王からの命令であった。その命令を守る為にも、オークキングがどこから来るかなど、言えるはずがなかった。
「だが覚悟しろ。500のオークからなる王の軍勢は、国の都ですら陥落させる。いくら足掻こうとも、貴様らが死から逃れる事は無い」
オークロードは、アルクラドが鎖の締め付けを更に強めても、苦悶の表情を浮かべるだけで、情報どころか呻き声1つ漏らさなかった。
「儂では敵わなかったが、王が必ずや、貴様を殺すだろう。その恐怖に怯えながら、残りの命を生きるが良い……」
いよいよ鎖が身体の深くまで食い込み、全身の骨が砕け、身体中から血を流し、目や口からも血を溢すオークロード。そしてアルクラドへの怨言を残し、オークロードは絶命したのであった。
オークロードの命の火が消えると、アルクラドは魔法を解き、オーク達を大地の呪縛から解放する。自らの流した血で濡れた大地に、オーク達が次々と倒れていく。
「オークキングの居場所は分かりませんでしたね」
オークロードの言葉から分かったのは、オークキングが500のオーク軍を率いていることだけ。何も情報が無いよりはましだが、あまり有益な情報とは言えなかった。
「だが臭いを辿れば、凡その方角は判る。加えて奴らは隠れているとも言った」
アルクラドの嗅覚をもってすれば、オーク達の臭いを基にその足取りを辿ることは容易い。またシャリーが精霊に尋ねれば、詳しい足取りが掴めるかも知れない。更にオーク達が隠れながら進んでいるということは、人目に付かない所を探せばいいということでもある。
アルクラド達には分からないが、ラテリア王国の地理に詳しい者であれば、おおよその見当を付けられるかも知れない。そうなれば人手は必要になるが、オークキングの居場所を突き止めるのも不可能ではない。
「それなら早く戻って知らせましょう」
何はともあれ時間が必要だと言うシャリーに、アルクラドは頷く。
「うむ、我らも戻るとしよう」
アルクラドは、地に倒れ伏すオークロードの下へと歩み寄り、その首を刈り取った。そして残りの胴体と他のオークの屍は、魔法の炎で焼き尽くしていく。冬枯れの森の中、炎は過たずオークの死体だけを焼き、全てを灰に変えていく。そして幾つも数えぬうちに、灰は風にさらわれ森の中へと消えていった。
「誰かが此方へ来るな」
オークの死体を焼き終え町へ向かって歩いていると、自分達の方へやってくる者の気配をアルクラドは感じ取った。数は20人前後で、いくつかの組に分かれ、それぞれが武器を携えているようであった。
「こんな時間に、一体誰でしょう……?」
「……どうやら、我らを探している様だ」
一瞬シャリーは警戒を見せるも、すぐにアルクラドはその正体が分かった。遠くから自分達を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。
「……お~いっ! アルクラド~! シャリー~!」
その声は段々と大きくなり、シャリーにも自分を呼ぶ声が聞こえてきた。程なくして不安げに周囲を警戒しながら森を歩く、冒険者達が見えてきた。
「おいっ、いたぞ!」
「良かった、無事だ!」
アルクラド達の姿を目にすると、冒険者達は顔を綻ばせて2人の下へ駆け寄ってきた。
「あんた達がアルクラドとシャリーかい?」
「うむ」
冒険者達の中で一番身体の大きい者がアルクラドに話しかける。この集団のリーダー的存在である彼曰く、なかなか戻ってこないアルクラド達を心配したウッカーが、ギルドに掛け合い冒険者を集めてもらったそうだ。そしていざ森に入れば、奥から身の竦む様な雄たけびが聞こえてきた為、恐る恐るその方向へやってきたのだと言う。
「あの恐ろしい声は何だったんだ? とにかく無事でよかった」
未だ正体の分からない声に怯えながらも、彼らは一様にアルクラド達の無事を喜んでいた。
「恐らくオークロードの声であろう。既に殺した故、心配は不要だ」
声の正体を疑問に思う男に対して、アルクラドは何でもないように答える。しかしそれは男にとって信じられるものではなかった。
「おいおい……オークロードなんて軍隊が必要なやつじゃねぇか。第一こんなところに出るわけないだろ」
男は嘘を吐くな、と嘆息気味に笑う。ミキア周辺はオークの出現すら珍しい場所であり、オークロードが出るはずがない。そう男が思うのも無理はなかった。
「嘘では無い。これが証拠だ」
アルクラドは黒布の包みを解き、その中身を見せる。冒険者達の前に、人間の胴体よりも大きな豚の頭が現れた。歴戦の証である多くの古傷を持つ巨大なオークの頭。死してなお威圧感を放つその顔を見て、誰もが疑うことなくオークロードだと理解した。
「「「ぎゃああぁぁああぁぁぁ!!!」」」
初めて見るオークロードの凶悪な豚面に、ミキアの冒険者達は一斉に叫び声を上げる。そんな彼らを引き連れ、アルクラドはミキアの町に戻るのであった。
お読みいただきありがとうございました。
オークキングが迫ってきています、どうなるラテリア王国?
次回もよろしくお願いします。





