シャプロワの採れる森
気づけば今話で100話目となりました。
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セルトの町を出て3日、アルクラド達はミキアの町に到着した。
ミキアの背には広大な森が広がり、今でこそ冬枯れの為に森は木の幹と土の色しかないが、春や夏には緑が生い茂り、秋になれば赤黄に色づいた木の葉で眩しいほどだと言う。
町に着き休憩もそこそこに、3人はミキアの森へと向かう。旅疲れのあるウッカーだったが、その彼がすぐに森へ行こうと提案した。貴族の使いに急かされているのもあるが、いつオークが森を大きく荒らしてしまうか分からない。被害が最小限に留まっているうちに、できるだけ多くのシャプロワを採っておきたかったのだ。
「ウッカー、森に入るのか?」
町の東にある森へ続く門で、1人の男がウッカーに声をかけた。門と言っても平和な町故の簡易的な柵の出入り口だが、危険な森に無闇に人が近づかぬよう、見張りをしている男であった。シャプロワを入れる為の籠を背負い、犬を連れたウッカーを見て、その目的を察したのである。
「ああ、護衛が見つかったんだ。シャプロワを採ってくるんだ」
「護衛って……その2人か……?」
やっと森に入れる、と緩く笑みを浮かべるウッカーに対し、見張りの男は不安げだ。護衛を務める冒険者が、男か女か分からない美貌の人物と、小柄な少女なのだから、彼の心配も無理はない。
「危なくなったらすぐに逃げてくるさ」
未だアルクラド達に対して不安の残るウッカーは、彼の心配もよく分かるというように、苦笑いを浮かべながらそう言った。けれど中級冒険者であるアルクラド達なら、囲まれでもしない限り大丈夫だろうとも考えていた。
「とにかく無茶はするなよ? 死んだら元も子もないからな」
「分かってるよ。じゃあ行ってくるよ」
不安げな表情の消えない見張りの男に手を振り、ウッカーはアルクラド達を振り返る。
「それじゃあ行きましょうか。安全第一、危険があればすぐ逃げましょう」
アルクラドは無言で、シャリーは笑みを浮かべて頷く。それを見たウッカーは森に向き直り、足を進める。その後を2人と1匹が付いていくのであった。
ミキアの町と森の間には、半刻ほど歩いた距離があった。そして森に着くなり、アルクラドが言う。
「臭うな……」
「臭う……何がですか?」
シャリーは鼻先をあちこちに向けながら尋ねる。木や土の匂いはもちろんするが、森にいるのだからそれは当然で、むしろ緑がない分、森に満ちる香りは少ない、とシャリーは感じていた。
「オーク共の臭いだ。奴等は北へ向かっておる様だ」
アルクラドが捉えたのは、森に大量に現れるというオークの臭いだった。オークが移動していることを示すかの様に、森の中のそこかしこからオークの臭いが漂っていた。
「それとシャプロワの香りもあるな」
地面に鼻を擦り付ける様にして匂いを嗅いでいる犬の横で、アルクラドも鼻をひくつかせながら言う。
「えっ……シャプロワの匂いが分かるんですか……?」
アルクラドの言葉にウッカーは驚く。シャプロワは確かに匂いの強いキノコであるが、地面の少し深いところに生えているものである。ただの人間がその匂いを嗅ぎとることはできず、その為に犬を使ってその在処を探すのだ。
「うむ……あちらだ」
アルクラドはそう言って、シャプロワの香りが漂ってくる方向へと歩き出した。困惑するウッカーをよそに、アルクラドはどんどん先へ進んでいく。しかし、何とウッカーの犬も同じ方向へと向かっていく。ウッカーは驚き、まさかとは思いながら、アルクラドに付いていく。その後ろを、シャリーが周囲を警戒しながら付いていく。
「ここである」
程なくして、アルクラドがある木の根元を指さした。少し遅れて犬も、その木の根元を前脚で掻きながら吠えている。飼い犬の鼻は信用しているウッカーであるが、人間に見えるアルクラドがその犬よりも早くシャプロワの在処を見つけたことに非常に驚いている。
「まさか、本当に……?」
半信半疑で1人と1匹が示す場所の土を掘り返していく。そして拳がすっぽりと埋まるほどの穴ができたところで、ウッカーは手を止める。
「あった……」
そう言って、土で汚れた薄茶色の塊を取り出した。それは片手に収まるほどの大きさで、芋の様にデコボコと歪な丸い形をしていた。笠と柄のあるキノコとは全く違っており、言われなければキノコだと分からない形のものであった。
「それがシャプロワであるか?」
キノコと聞いて思っていたのと全く形の違うシャプロワを見て、アルクラドは不思議そうに尋ねる。
「少し小ぶりですが、間違いありません。ところでアルクラドさん、あなた一体何者ですか? シャプロワの匂いを嗅ぎ取るなんて……」
ウッカーの知る限り、地中に埋まっているシャプロワの匂いを嗅ぎ取った者などいなかった。皆、犬や豚など鼻の良い動物の力を借りながら採るのである。
「我は冒険者である」
アルクラドはウッカーの手に鼻を近づけながら言う。そういうことを聞いているのではない、とウッカーは苦笑いを浮かべる。
「これがシャプロワか……こちらの方がより香りが鮮烈であるな」
アルクラドはセルトで食べた料理の香りと、目の前のシャプロワの香りを比べて言う。
塩に移された香りですら十分に強いと感じたが、シャプロワから放たれる香りはそれよりも更に強いものだった。また匂い自体の強さもさることながらその奥に、養分を豊富に含んだ黒土や、朝露に濡れた下生えの香りを感じることができた。強烈な香りは艶めかしいだけではなく、繊細で凜とした佇まいがあった。
「はぁ~、すごい香りですね……何だか鼻が痛いような気がします」
シャリーもウッカーの持つシャプロワの香りを確かめているが、彼女にはいささか強かったのか鼻を押さえている。料理を食べた時は強くはあるがいい香りだと思ったが、直に香りを嗅ぐと強すぎてそうとは思えなかったのだ。
「初めての人には強すぎるかも知れませんね。けどこの強さがクセになるんですよ」
ウッカー曰く、ミキアに訪れ初めてシャプロワの匂いを嗅いだ人は、大抵シャリーと同じような反応をするらしい。しかしそのうちに魅惑の香りの虜となっていくらしい。
「このままでも香りは強いですが、調理をして火を通せばもっと香りますよ。と言っても貴族様の分を採ってからですが……」
アルクラド達に本場のシャプロワを味わってもらいたいウッカーだが、その為にはまず貴族に納める分を揃えなければならない。毎年、数日かけて貴族の求める量を採っている。シャプロワは森のあちこちに生えている為、まとまって採ることができないからだ。
「では早々に其方が必要とする分を採り、我らのシャプロワを採るとしよう」
目の前にあるのに食べられない歯痒さを感じながらも、アルクラドはやる気を見せる。シャプロワを早く集めれば、それだけ早く自分の分が得られるからだ。
「次はこちらだ。往くぞ」
そう言って再びウッカー達を先導して歩き始めるのであった。
アルクラドとシャリーを連れたウッカーのシャプロワ採りは、この上なく順調であった。
その要因の1つは、ウッカーの経験。
長年、森でシャプロワを採っているウッカーは、経験的にどこにシャプロワが生えているかが分かっていた。そこへ行き、シャプロワ採りの相棒である犬に正確な場所を探ってもらうのである。ウッカーはミキアで名人と呼ばれるシャプロワ採りであり、例年は、1、2を争う量を採る程である。
そして次の要因が一番大きく、アルクラドの存在である。
犬より鼻の利く彼は、ウッカーの相棒よりも先にシャプロワの場所を言い当ててしまう。更には歩いているそばから遠くの匂いを嗅ぎ取り、ウッカー達をその場所へ誘導していく。中にはミキアの人が誰も訪れない様な穴場もあり、群生するシャプロワを見つけることができた。
そして最後の要因がシャリーである。
シャリーには匂いを嗅ぎ取る鋭い嗅覚もなく、ミキアの森でのシャプロワの生態を知っているわけでもない。しかし彼女は精霊と言葉を交わし、その力を借りることができる。見たことのないもの、知らないものは探してもらうことができないが、今の様に現物が目の前にあれば、シャプロワのある場所を教えてもらうことができるのだ。その場所の多くはウッカーのよく訪れる狩場であったが、中には彼の知らない場所もあり、更に多くのシャプロワを採ることができた。
気が付けば日が傾き辺りが段々と暗くなっていく宵鐘の頃になっていた。貴族が必要とする量を集めるのに、もう2、3日かかると思っていたウッカーだが、彼の背負う籠が既に一杯になっている。もともと必要としていた、ひと抱え木箱を満たす量は十分に超えており、この中からでもアルクラド達の報酬を出せそうだった。
「ウッカーよ、後どれ程のシャプロワが必要なのだ?」
籠が一杯になったのを見て、アルクラドが尋ねる。
「もうこれだけあれば十分です。そろそろ暗くなりますし、明日にまた森に入って、アルクラドさん達の分を採りましょう」
冬は日が落ちるのが早く、森はあっという間に暗くなってしまう。ウッカーにとっては慣れた場所ではあるが、それでも夜の森は危険なのである。
「暗くなろうとも、我は問題ない」
「アルクラド様はそうでも、私達は何も見えなくなっちゃいますから……」
早くシャプロワを食べたいアルクラドは、シャプロワ採りの続行を求める。闇夜を見通す瞳を持つ吸血鬼に昼夜は関係ないが、シャリーとウッカーの2人は違う。月やその他の明かりがあろうと、昼に比べれば夜は著しく見える範囲が制限される。そんな中で森を歩けば怪我をする可能性もあり、また満足にシャプロワを採ることもできない。
「そうか」
無表情に呟くアルクラド。しかしアルクラドから残念さがひしひしと伝わってくるのを感じ、シャリーは苦笑いを浮かべる。
「シャプロワは色々な調理法がありますが、それは明日ということで。今日採れた分を使って、何かごちそうしますよ」
「そうか」
無表情に呟くアルクラド。しかしその声音は弾む様であった。
その様子を見てクスリと笑うシャリー。しかし次の瞬間、笑みが険しいものへと変わる。
「アルクラド様、来ました」
「何がだ? ……豚共か」
首を傾げ尋ねるアルクラドは、シャリーが目を向ける先を見る。そして得心がいったように頷く。森の南方からオークの群れがやってきていたのだ。シャリーはシャプロワを探す傍ら、オークの存在も精霊に探ってもらっていたのである。
「豚共って……もしかしてオークですか!?」
「うむ。ここへ来るまでに暫し時がある。戻る道にオークは居らぬ故、其方は町へ戻っておれ」
アルクラドの知覚に、森の南から来る以外オークの気配はなかった。ウッカーを1人で帰らせても、彼に危険が及ぶことはない。
「お2人は、大丈夫なんですか……?」
「うむ。オーク等、何匹居ようが我の敵ではない。其方は疾く、シャプロワを落とさぬ様に戻るのだ」
アルクラド達を心配するウッカー。しかしその言葉はアルクラドにとって無用であり、それよりも彼がシャプロワを落とさないかどうかが、アルクラドは心配だった。シャプロワが落ちて駄目になり、また明日も貴族の分を集めなければならないのは、嫌だったからである。
「わ、分かりました! お2人もお気をつけて! 町のギルドには伝えておきますから!」
自分が居ても足手まといにしかならない、とウッカーはすぐに町へと戻り始める。その様子を見て頷き、アルクラドとシャリーは南を向く。
「森が荒らされ、我らのシャプロワが失せては困る。往くぞ」
「はい」
森に生えるシャプロワの心配をするアルクラド。シャリーは苦笑いを浮かべながら、アルクラドに応える。そして2人は薄暗い森の中を駆けていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
シャプロワが一杯採れました。そしてオークが現れました。
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