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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
間章
10/189

閑話 ~アルクラドと屋台のおっちゃん~

 アルクラドが依頼を終え、その足でいつもの串焼きの屋台へと向かった時のこと。

「これで買えるだけ頼む」

 アルクラドは宿の宿泊費を除いた全財産を屋台の店主に渡し、串焼きを注文する。まだ町に来て数日だが、毎回同じ買い方をする為、既に顔を覚えられていた。それを除いても、全身黒ずくめの真っ白な麗人は中々忘れられないであろうが。

 アルクラドは現在、中級試験の打診を受け、その日程調整のために、下級の依頼をこしながら、連絡が来るのを待っていた。

 その間、依頼をこなしその報酬を全て串焼きに使う、という生活を続けていた。

 予想外の上客が現れ儲けが上がり喜ぶ店主だが、ある心配事があった。

「兄ちゃん、依頼で手に入れた金は全部ウチの串焼きに使ってくれてるのかい?」

 そう、アルクラドの生活である。

 儲けが増えるのは嬉しいが、町へ来たばかりの駆け出しの冒険者が、稼ぎの全てを串焼きに使っていることを心配していたのである。

 冒険者は常に命の危険がある職業であり金を貯めても仕方がないと考える者は多いが、それでもある程度の貯蓄は必要である。もしアルクラドがそれを考えていないのであれば、教えてやろう、と心優しい店主は考えていた。

 しかしアルクラドは首を横に振る。

「宿に1日泊まる金は残してある」

 つまり貯蓄は一切考えていなかった。

 店主は言葉を選びながらアルクラドの考えを諫める。しかし話をしていく内に更なる問題が発覚した。

 アルクラドの食生活である。

 アルクラドは宿では食事を摂らず、1日の食事は店主の串焼きだけしか食べていなかった。

 これはいけない!

 肉ばかりを食べていると、体調を崩し、病気などになりやすくなることを、店主は経験的に知っていた。

 アルクラドが、美味しいものを食べることが好きで今の生活を改めるつもりはない、と強く言った為、店主は食生活だけでも改めさせようと決意したのだ。


 肉以外を食え! と店主は串焼きを2本だけ売り、残りの金をアルクラドに返した。そして残りの金で他の屋台や料理屋で食事を摂るように伝えた。

 そもそも血液以外の摂取を必要としない彼は偏食で体調を崩したりはしないのだが、人間ヒューマスの生活に倣うためにも店主の言葉に従うことにした。

 しかしわざわざ不味いものは食べたくなかったので、店主のオススメの店を紹介してもらった。

 まず1つ目が、干し魚のあぶり焼きだった。

 アルクラドの住む町の近くには海はなく、近くの川にも大きな魚は棲んでいない。必然的に魚は遠くから運ぶ必要があり、日持ちをさせるために干し魚の姿でやってくる。その干し魚を調味液に浸してから焼いた、干し魚のあぶり焼きを注文した。

 まず感じるのは焼き色のついた皮の香ばしさ。薄い皮がところどころ泡立つ様に浮き上がり、その下で脂がジュワジュワと沸き立っている。肉よりも焦げの香りを強く感じるが、調味液の香りと相まってとても食欲を刺激された。

 1口食べれば、焼けた皮がパリパリと音を立て、身がホロホロと崩れていく。柔らかく口の中でほどける身には、肉の様な歯を押し返す弾力はないものの、噛めば旨みが溢れ出してくる。調味液は少し塩の辛さが強いが、それ以上に凝縮された魚の風味、旨みが感じられる。干し魚の身から溢れる旨みとそれらが合わさり、アルクラドは夢中になりあっという間に食べ終えてしまった。

「美味であったぞ」

 アルクラドはそう言い残し、次に勧められた店へと足を運んでいった。


 次に訪れたのも屋台であった。

 そこでは店主が大きな鉄板の上で2種類のものを焼いていた。

 1つはドロリとした粘性の高い液体の様なもの。

 僅かに黄色みがかった白い液体で、それを円形になる様に薄く伸ばしながら焼いている。途中それをひっくり返すと、今まで焼かれていた面に綺麗なきつね色の焼き色がついている。

 もう1つは細切れにされた肉などであった。

 細切れになった肉などを鉄板の上で混ぜるように焼いている。その焼ける音と香りが煙と共に辺りに漂っていく。肉だけではない甘く香ばしい香りであった。

 店主は焼けたそれらを1つにしていく。

 薄く焼いたものに同じくらいの大きさの緑の葉、恐らく野菜、を乗せ、更に細切れの肉などをその上に乗せていく。そしてそれを棒状になる様に丸めていた。

「それを1つくれ」

 金を渡し、商品を受け取るアルクラド。ついでにこれがどんな料理なのかを尋ねる。

 薄く焼いていたのは水と卵と小麦粉を混ぜた生地で、細切れのものは肉と色々な野菜だった。それらを葉野菜と一緒に包んだものだった。

 漂ってくる香りの中で一番強く感じるのは、嗅ぎ慣れた肉の香り。それと一緒に麦の甘く香ばしい香りがやってくる。

 1口食べると、小麦の生地のモチッとした食感に続き、シャキッとした野菜の食感がやってくる。噛めばそれらが交互にやってきて、とても心地が良い。

 そして細切れの具は塩のみで味付けられていたが、野菜の甘味と苦味が感じられ、それらが肉の旨みを際立たせていた。塩が強めではあったが、仄かに甘い生地と葉野菜の水気が見事に合わさり、いくらでも食べられそうであった。

「美味であったぞ」

 この料理もあっという間に食べ終えたアルクラドは、またそう言い残し、次の店へと向かっていった。


 その日、アルクラドが最後に向かったのは、屋台ではなく食堂だった。

 串焼きの店主曰く、この食堂の料理はどれも絶品だが、特に一番の名物料理があるそうだ。

 店に入り席に通されるとすぐにその名物料理を注文する。

 料理はすぐにやってきた。

 沢山の野菜や肉が入ったスープと固焼きのパンであった。

 スープからは湯気と共に優しい甘い香りが漂っていた。様々な肉や野菜の香りが混じり合った芳しい香り。スープは薄い黄金色に輝き澄んでいた。

 スープを1口含めば、見た目からは想像できないほど強い旨みが感じられた。味が濃いわけではない。いくらでも飲めそうなほどスルリと喉の奥へ落ちていくが、いつまでも心地よい旨みが口の中に残っている。

 旨みの中核は肉の旨み。肉の串焼きよりも更に濃い凝縮された旨みを感じる。そしてそれを、野菜の甘味と旨みが優しく包み込んでいる。

 スープだけでとてつもない満足感を得られる料理だった。

 続いて中の具を口にする。

 スープに入っている野菜はイモとキノコ。そして1口大の肉と小ぶりな腸詰め肉。

 イモを口に入れる。溶けた。

 今まで形を保っていたのが不思議なくらいにホロホロと崩れ、スープがその中心までしっかりと染みこんでいる。イモの淡泊な味がスープの味をより引き立てている。

 キノコを食べる。弾力のある歯ごたえ。スープが溢れ出す。

 キノコの繊維を噛み切る食感や弾力のある歯ごたえが心地よく、噛むほどに中から旨みが溢れ出してくる。スープを吸い込み更にキノコ自体の旨みが合わさり、もう1段上の旨さを感じさせていた。

 肉。身と脂が3層に分かれた肉。

 すくえばスプーンの上でフルフルと震えている。見ただけでその柔らかさが伝わってくる。

 口に入れれば、脂は溶け、身は解けていく。

 歯など必要ないほど柔らかく、その中にたっぷりとスープを吸い込み、口に入れた瞬間に肉汁と共に溢れ出してくる。やはり肉の旨みは強く更にしっかりした塩気もあり、スープの味を引き締めていた。

 もう1つの肉。1口大の腸詰めにされた肉。

 はち切れんばかりに膨れあがった腸詰め肉。中にはところどころ緑色の何かが見える。

 噛めば、弾けた。

 薄く弾力のあるパリッという歯ごたえの後、中から肉汁が溢れ出して来る。細切れにされた肉と一緒に香草が入っているのか、とても爽やかな香りが広がっていく。スープの味を吸っていない正に肉だけの旨みと、清涼感のある香り。スープの優しい味わいの印象がガラリと変わる。

 最後にパンを口にする。

 固くボソボソとしたパン。中身が詰まっており食べ応えはあるが、余り美味とは思えなかった。口の中の水分もどんどん奪われていく。

 少し落胆した気持ちで再びスープを飲む。

 目を見開いた。

 スープの味が、1口目の鮮烈な味が蘇っていた。

 食べ進める内にスープの味に舌が慣れ、スープの複雑な旨みが少しぼやけて感じていた。しかしパンを口にすることで舌が洗われ、再びその複雑な旨みを感じることができた。

 敢えての味気ないパンなのであった。

 1つの皿の中でいくつもの味を楽しむことができる。確かに串焼きの店主が強く推すだけはある、とアルクラドは思った。

 その後、別々の具を同時に口に入れたり、パンをスープに浸して食べるなど、色々な食べ方を試し、アルクラドはスープをしっかりと堪能した。

「非常に美味であった」

 アルクラドは大満足な様子で席を立ち、店を後にした。


 食堂を出たアルクラドは再び串焼きの屋台へ向かっていた。

 店主に紹介された店はどこも美味で串焼きとは違った美味しさがあった。それを知れたことに喜びを感じたため、店主への礼が必要だと感じたのだ。

「おっ、兄ちゃん、全部食ってきたのか? どうだ、美味かったか?」

 アルクラドに気付いた店主は作業の手を少し止め声を掛ける。

「うむ。どれも美味であった。其方のおかげだ、感謝する」

「よせやい、礼なんかいらねぇよ。たまに俺の串焼きを食いに来てくれりゃいいからよ」

 店主は照れたように顔を背け手を振る。

 相変わらず屋台の回りには食欲をそそる香りが漂っている。

「これで買えるだけ頼む」

 初めに来たときよりも少なくなった金を差し出すアルクラド。驚く店主。

「あんだけ食ってまだ食べんのかい? まぁ兄ちゃんは見かけによらず大食いだけど……」

「どこも美味であったが、其方の串焼きが一番美味であった」

 どこも美味しかった。最後に食べたスープは、ただ旨さを競えば、串焼きよりも上であった。しかしここの串焼きが一番好きだとアルクラドは感じていた。

「へへっ、嬉しいね! よっしゃ1本おまけだ、持ってきな!」

 他の店を勧めはしたが店主も料理で食っている1人の人間。自分の料理が一番だと言われとても嬉しかった。

 アルクラドは串焼きを受け取ると、すぐにその場で食べ始める。

「うむ、美味だ」

 そうしていつもの様に、変化の乏しい表情でそう呟くのだった。

お読みいただきありがとうございました。

食事回の閑話でした。

アルクラドはどんどんグルメに目覚めていく予定です。

またまた評価とブックマークありがとうございます!

少しずつですが増えていくのが、楽しみであり励みになります

次回、少し更新時間空きまして2章に移る予定です。

次回もよろしくお願いします。

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