プロローグ
皆様、初めまして。
拙作ですが、お付き合いいただければ幸いです。
これからよろしくお願いします。
「こんなトコにホントに宝があんのかよ?」
薄暗くカビ臭い通路の中で1人の男が愚痴をこぼす。
「んなこと俺が知るかよ。けどもう後がねぇんだ」
もう1人の男がなだめるが、彼の声に覇気はない。
愚痴をこぼした男は筋骨隆々の大男でむき出しの腕は少女の胴ほど太く、手には分厚いバトルアックスが握られている。髪も髭も伸び放題で、衣服までみすぼらしく野蛮人のようである。
対するもう1人の男は小柄で猫背。髪や髭はある程度整えているが、意地の悪さが表情に滲み出ている。武器の代わりにカンテラを持ち、周囲を警戒しながら歩を進めている。
とある事件で大きな借金を抱えた彼ら。奴隷となり極めて過酷な労働を課せられようとしていた彼らの耳に入ったのが、遺跡に眠る財宝の話。少しでも奴隷となる未来を遠ざけるため、彼らは事の真偽を確かめることなく、噂される遺跡へと足を運んだ。
蒸し暑い気温の中、鬱そうと生い茂る森の中を歩き続け、ようやく辿り着いたのが森の中にひっそりと佇む石造りの建物だった。遺跡との触れ込みを聞いてやってきたが、遺跡と喚ぶにはあまりにも小さく、少し大きい程度の民家だった。
藁をもつかむ思いで中を探索すれば、地下へと続く通路を発見し、今に至る。
カビの臭いに満ちた通路は、暑い季節ということもあり、虫の楽園となっていた。至る所にクモの巣が張られ、通路の上下左右に関わらず巨大な虫が我が物顔で闊歩していた。
そんな悪路に辟易していた2人の前に、黒ずんだ壁が現れた。
「なんだ、これ?」
「迂闊に触るな。俺が調べる」
大柄の男を押しのけ、小柄の男がそっと壁に触れる。石で覆われた周囲の床や壁とは材質が異なり、長い時の中で腐食の進んだ金属であった。
男は時に這いつくばり隅々まで金属の壁を調べ、それが扉であり罠の類いはないであろう確信を得た。
「よし、じゃあ押すぞ」
「おう」
2人は腰を落とし、扉を力いっぱい押していく。腐食のせいか扉は重く、時折ひどく軋む音が聞こえてくるが、少しずつ扉は開いていった。途中、扉の一部が割れたりもしたが、無事通路の奥へと続く道が開かれたのである。
扉の先は、今までの通路と打って変わって、神聖な空気に満ちた空間だった。
部屋中に敷き詰められた床石はコケの1つもなく真っ白で、香でも焚かれているのか不思議な香りが漂っていた。
何もない部屋だった。剣の刺さった棺桶がある以外は。
「棺桶……ってことは、ここは誰かの墓か? にしてもこいつは凄ぇな……」
大柄の男が棺桶に近づき、そこに刺さる剣を見て、ため息を漏らすように呟いた。
恐らく金属でできているであろう柄から垂直に鍔の伸びる剣。一見すると十字架のようにも見える単純な造りながら、一切の刃こぼれもなく新品同然に光り輝いている。それどころか剣自体がわずかに光を放っている。この剣には魔法的な施しがされており、そのおかげで長い時の流れの中にあって、造られた当時の姿を今にとどめているのだろう。
「どうする? 棺桶に罠はなかったが、十中八九、何かが封印されてる。こんな場所に封印されてるんだ、かなりヤバいぞ」
小柄の男は相方が剣に見とれている間に棺桶を調べ回っていた。罠はなかったが、何かが封印されていると確信していた。
邪悪な気配は感じないが、先ほどから頭の中で警鐘がずっと鳴り響いている。神聖な場所だが、死者を弔うために、棺桶に剣を突き刺したりはしない。よくよく見れば剣は胸の位置に突き立てられている。相当な何かがここで眠っているのだ。
「だがこの剣はかなりのお宝だぞ。それに床や壁の石も金になるかも知れない」
神聖な輝きを放つ剣はもちろん、汚れや傷の1つもない石材も、歴史的、魔法的価値があるかもしれない。一か八かやってきた2人だが、ここは正しく宝の山だった。
「剣を抜いてすぐ逃げりゃ何とかなるんじゃねぇか? 案外何もねぇかもしれねぇしよ」
慎重な小柄の男であるが、大柄の男の言葉も一理ある。何より2人は、ここで金を得られなければ奴隷となって過酷な労働をさせられる運命が待っている。それこそ死ぬ方がマシだと思える運命が。
「いっちょバクチといこうか!」
「おう! ハナからそのつもりだったんだ」
男たちは互いに頷き合い声を張って自身を鼓舞する。
大柄の男が棺桶に近づき、剣の柄を握りしめる。白銀に煌めく剣は僅かに冷たく、スッと心が穏やかになるのを男は感じた。
腕に力を込め、剣を引き抜く。
剣はするりと抜け、余りの軽さに男は少し体勢を崩す。
一般的な片手剣よりも幅が細くスラリと長い刀身にはやはり刃こぼれ1つなく、剣自身が僅かに輝いている。しかしその先端部分には、真っ黒な汚れがこびりついていた。
「何だ、この汚れ?」
「ふぅ、何もなかったか……」
大柄の男が汚れに気付き、小柄の男が何も起きないことに安堵の息を漏らしたその時。
空気が一変した。
部屋に満ちあふれていた神聖な気配が恐ろしい何かに塗りつぶされた。
心臓が締め付けられ上手く息ができない。
手が震え脚が震え、まともに立っていられない。
男が剣を落とし甲高い音が響き渡る。
うずくまり胸を押さえ何とか空気を吸い込もうとする2人の前で、棺桶の蓋が僅かに浮かび上がった。
蓋は恐怖に震える男たちの方へと動き、ゴトリと鈍い音を立てて床に落とされた。
棺桶の中は蓋の陰で2人からは見えない。
現れたのは真っ白な木の枝。そう思えるほどに干からびた人の腕であった。
一切の水気を失った腕は朽ち木そのもので、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどだ。
その腕が棺桶の縁に掛けられ、もう1本の腕が現れた。それも反対側の縁に掛けられ、身体を起こすように力が込められた。
何かが出てくる……!
2人は息をするのも忘れ、棺桶をじっと見つめた。
現れたのは一切の生気を感じない真っ白な人の形をした何か。朽ち木でできた不気味な彫像のようなそれは、視線を巡らせるかのようにゆっくりと首を動かし、2人の男を確かに捉えた。
眼窩には干からびた果物のような、濁った半透明の丸い何かがあり、確かに2人を見つめていた。
余りの恐怖に2人は半分意識を失いかけていた。
「ソ、コノ・・・・・・モノ、タチ、ヨ・・・・・・タノ、ミ、ガ、アル・・・・・・」
ひどく掠れた、ただ空気が漏れただけのような声が、朽ち木の彫像から発せられた。2人はそれが自分たちに向けられたものだとは思わず、口を開けただ呆然とするばかり。
「ス、コシ、デ、イ、イ・・・・・・チ、ヲ・・・・・・ワケ、テク、レ、ヌカ・・・・・・」
白い朽ち木は男たちに手を伸ばし、棺桶から這い出て、ゆっくりと近づいていく。
「っひぃいいい! いやだっ、助けてくれ!」
「止めてくれ! く、来るな!」
自分たちに向けられた言葉を理解した2人は震える脚にムチ打ち、得体の知れない化け物から少しでも距離を取ろうと後ずさる。しかし化け物はゆっくりと、しかし着実に2人との距離を詰めてくる。
「く、くそっ、来るんじゃねぇ!」
思うように動かない身体と迫り来る化け物。そんな極限状態の中で、男は手に触れる固く冷たい感触に気付いた。
手元に先ほどの剣が転がっている。
慌てて拾い上げ、震える手で剣を構える。
「ヤ、メロ・・・・・・ワ、レハ・・・・・・イ、ノチ、ハ・・・・・・ト、ラヌ・・・・・・」
「うるせぇ! も、もう一回、こいつでぶっ殺してやる!」
僅かに動きを止めた化け物に気付かず、男は剣を振りかぶり、倒れ込むようにして剣を叩きつけた。
剣は何の抵抗もなく化け物の身体を切り裂き、床石までも切り裂き、刃が根元まで地面に埋まっていた。
「や、やったか……」
荒い呼吸を繰り返しながら、動かない化け物を見つめている。
「・・・・・・ザ、ンネ・・・・・・ン、ダ・・・・・・」
俯いた顔を上げ、化け物は両の手で男の腕をがっちりと掴んだ。
「っひ……」
声にならない悲鳴を上げ化け物から逃げようとする男だが、身体が全く動かなかった。化け物はそんな男の腕を伝い、少しずつ身体を寄せてくる。
ガサガサの手が肘を掴み、肩を掴み、頬を掴んだ。
朽ちた白い顔がすぐそばまでやってきた。
彫像の口が大きく開かれた。
頬がひび割れるほど大きく開かれた口には太く大きな牙が2本。男の首に突き立てられた。
「ぎゃぁっ……!」
男は一瞬だけ悲鳴を上げるも、すぐに声をなくし時折、身体をビクリと痙攣させている。
男はあっという間に血の気を失い、土くれ色の物言わぬ死体となってしまった。
「ワレハ、イノチヲウバウキハナカッタガ、ワレニヤイバヲムケルナラバ、ハナシハベツダ」
男がピクリとも動かぬ死体となった代わりに、朽ち木のようだった化け物の肌は幾分の生気を取り戻していた。人の肌らしい張りも僅かながら取り戻し、飢餓で死ぬ寸前の人といった様子となっていた。
「サテ、ソナタノナカマハコロシテシマッタガ、ジュウブンナチハ、ワケテモラッタ。ソナタガ、コノママタチサルノデアレバ、ミノガソウ」
少しはマシになったものの、変わらず聞き取り辛い声で、化け物は小柄の男に語りかける。
相棒が化け物に血を吸われて死んでしまったことをなかなか受け入れられないでいたが、ようやくその事実を飲み込むことができた。
「あ、あいつは、俺の大切な仲間だったんだ! な、仲間を殺られて、黙ってられるかよ!」
腕っ節に自信のない小柄の男であるが、無残に殺された仲間を置いて逃げるほど腰抜けではなかった。できるのなら仇討ちを。せめて友の為に戦い、名誉の死を。
小さなナイフを、震える手で抜き放った。
「ソウカ・・・・・・デハ、タガイノホコリト、イノチヲカケテ、タタカオウ・・・・・・!」
白い肌を持つ化け物は、滑らかな動きで両腕を広げた。
男は腰だめにナイフを構え、叫び声を上げながら突進した。技術も何もない、簡単に避けられる攻撃だ。
それを化け物は避けもせず、防ぎもせず、正面から受け止めた。
ナイフは容易く化け物の身体に突き刺さり、真っ赤な鮮血がナイフを伝い真っ白な床石を汚した。
「オノレノキョウフヲコロシ、ヨクゾワレニ、タチムカッタ。ミゴト・・・・・・ソナタハ、マサシク、センシデアル」
しかし化け物はそれを一切気にも留めず、悠々と語り出す。
「ヒガノリキリョウヲカイサヌ、オロカモノ・・・・・・サレド、シヲオソレヌバンユウ、ミゴトナリ・・・・・・」
依然として掠れた化け物の声に、興奮の色がついてくる。真っ白な両の手が、男の頭と肩に添えられ、首をさらけ出すように、頭が傾けられる。
「ソナタラノシヲ、ムダニハシナイ・・・・・・ソシテ、ワレニイドンダバンユウ、ケッシテワスレヌト、チカオウ」
既に抵抗を見せない男にそう語り終え、化け物は再びその牙を突き立てた。
ほどなくして、2体目の土くれ色の人形が地面に転がった。
その2つの死体の傍で、その血を啜った化け物だけが立っていた。
カラカラに干からびまるで朽ち木の様だった肌は、生まれたばかりの赤子のような張りが生まれ、絹の如くすべらかになっていた。
豊かな髪は銀糸の如く輝き、美しい柳眉がかたどる鋭いまぶたの下には真紅の瞳が輝いている。高く通った鼻筋の下の薄い唇は、美しく紅が引かれたように真っ赤だった。
一糸纏わぬ姿で立つその姿は、時の彫刻家が技の限りを尽くして作り上げた彫像よりも更に美しく、神が造り給うた美そのものであった。
「名も知らぬ戦士たちよ……せめて心安らかに眠れ……」
真っ赤な唇から紡がれる滑らかな言葉は、耳心地の良い中低音で、耳に滑り込んでくるような声音だった。
目の前に外へ続く道を見た白い男は、足下に転がる剣に気がついた。
「これは、魔族を滅ぼす聖銀の剣……」
男は自身の心臓を貫いていた剣を拾い上げる。手に若干の不快感があるが、それ以上の害は感じられなかった。
自身を2度に渡って貫き切り裂いた剣を携え、男は外へ繋がる道へと歩き出した。扉を抜けた先は、カビと虫とで満たされた不快な通路。それを意にも介さず男は歩き続ける。
程なくして通路が終わり、石造りの家屋へと男は姿を見せた。
家屋の中を見回した後、光の差し込む入り口を見つけ、眉をしかめながらその方向へと歩を進める。
入り口に近づくにつれ、聖銀の剣に似た不快感がどんどん強くなっていく。それでも構わず光の下へ歩を進める。
太陽が空のほぼ真上に位置し、惜しげもなくその光を大地に振りまいている。不快感と共に、身体中に錘を付けたような倦怠感が襲ってくる。しかしそれ以上の害はなかった。
「これは吸血鬼を焼き殺す、陽の光……」
男は、陽光が吸血鬼にとって致命的なものであると知っていた。しかし自分にとって致命的でないことに、違和感を覚えていた。
「光は、遮ることができる……」
違和感を覚えたが、今は全身の倦怠感が気になった。それも光を遮れば収まると知っていた。
男は自分の身体を見る。
何も身につけておらず、太陽の光が余すことなく自身の身体を照らしている。身体が怠くなるはずである。
剣を持つのとは逆の手を額に当てる。
男の身体から魔力がほとばしり、身体に纏わり付いていく。
魔力の奔流が収まったとき、真っ黒な衣服に包まれた男が立っていた。
「我は吸血鬼。悠久の時を生きた、その始祖たる血族……」
ボツボツと自分の頭にある知識を呟く男。
自身が何者であるかは分かる。しかし何をしてきたのかが分からない。
あの場所で封印されていたことは理解できる。しかし何故そうなったのか分からない。
知識と記憶の差異に戸惑いながら、しかしそれも一瞬のこと。鬱そうと生い茂る森の奥へと視線を向ける。
「我の生きた時より、如何ほどの月日が流れたか、この目で確かめるとしよう」
分からないことを嘆いても仕方がない。
男は迷わず前へと進む。
己を貫いた聖剣のみを携えて。
こうして永き眠りより覚めた吸血鬼の祖が世に解き放たれたのである。
およみいただきありがとうございます。
2~3日毎のペースで更新するよう頑張っていきます。





