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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

not退場 × yes裏ボス VS イカレル主人公

作者: 帰り

 気付いてしまったのはこの学校を初めて見た時だ。


 学校を背景にアクションRPGのタイトルロゴが見えた気がした。

 自然と私はゲームの世界に転生したんだと、主人公でもモブでもない、裏ボスキャラだと、知ってしまった。




 学生の為に設けられた図書室には、高所の本を取るために置かれている小さな脚立がある。

 その上に座って、読書していた私の頭に、大きな手がぽんと乗った。


 誰なのかは見当が付いているので驚きはしない。

 またいつもの戯れかと、恨みを込めた視線だけを上げれば、予想通り私の頭に手を乗せた、同じく学生のニックが見下ろしていた。


「ついに図書室の一部になったか。」

 撫でるにしては強めな力で、ぐしゃぐしゃと私の髪をまぜながら、探したぞとニックが笑う。


 彼は、ニックというキャラは一見すると、気だるげでやる気の無さそうな、ひょろりと頼りない男だ。


 しかし実は、無駄なくしなやかに鍛えられた肉体を持ち、面倒見がよくて、不思議と人を惹き付ける魅力をもっていると、私は長くはない付き合いで知った。


 ニックが来ると陰気な空気は逃げ出してしまうらしい、薄暗かった図書室が明るくなった気がした。


 奥まった本棚の間で、影と同化しかけていた私はため息をつく。

「いちいち降りるのが面倒なんですよ、どうせ誰も使っていないですし…。理解出来たら手退かしてください。私の頭を鳥の巣にしたいんですか。」


 背を流れる長い髪を手櫛で直し、じっとり見上げると、ニックはおどけてみせる。


「心外だな、お前が毎日毎日図書室で一生懸命勉強してるから褒めてるんだろ?」

「同じ歳なんだから、その上から目線やめてもらえませんか。」


 私の不満にニックは少し屈んで視線をあわせると、ふわりと笑った。

「そりゃ、お前がちっこいくて可愛いのが悪い。」

「…身長はどうでもいいんですよ。」


 話題をかわすのは、さらりと出てくるセリフに照れてしまうからだけじゃなく、ニックが本心ではないと信じているから。


「つれないな、照れてるくせに。」

「……。もう、ほっといて下さい。」

 ささやかな抵抗も見抜かれてしまうことだし、私は彼に言葉で対抗することを早々に諦めた。

「はいはい。邪魔して申し訳ございません。」

「……。」


 ニックは私を勉強熱心なヤツだと思っているようだけど、本質は違う。

 私が放課後に同じ行動をとるのは、私がミカイというキャラクターとしての自覚があるからだ。


 ゲーム内のミカイは、一言で言えば最強だ。


 ゲームでは特定のキャラを仲間にすることが可能なのだが、仲間にするにはまずそのキャラに勝たねばならない。そして、その一人である図書室のミカイは、一周目のプレイで勝つことはほぼ不可能なキャラだった。


 ミカイとは放課後の図書室でいつでも戦える、ただ、レベル上限が99の世界でミカイだけは上限を持たない。


 レベルが"???"の三桁表記のミカイに不用意に挑めば秒で戦闘が終わる。


 ラスボスより強く、仲間枠のキャラのくせに一周目で手に入らない事から裏ボス扱いなのだ。


 そんなイカれキャラ、ミカイに転生してしまった私が並の努力で彼女(ミカイ)になれるはずがない


 一応器はあるのだろう、未だ限界を感じた事はないが、プレイヤー視点のステータス画面がいかに便利であったか痛感している。


 今のところゲームとしての強制力は無いようだけど、知性と魔力が密接な関係にあるこの世界では実益も兼ねているので、裏ボスとして恥じぬ強さを求め、進んで本を読み漁っている。


 が、このところニックがやって来ては私をたらしこもうとするので、嫌味の一つも言ってもいいだろう。


「ニックさんは毎日毎日、用も無しにいらっしゃって、余程お暇なんですね。」


「ん?ミカイに会いたいってのは大事な用だろ?」


「…ぅ。」

 だめだ、ナチュラルにカウンターを食らってしまった。


 ――しっかりしろ私、彼が私をかまうのは私のせいでバグってるだけなんだから。


 そう思っても、動揺に固まってしまう私の肩の上にニックは顎を乗せ、頬が触れそうな距離で囁く。


「耳まで赤くなってるぞ。ミカイは可愛いな。」

「…っ、ニックさんの距離感がおかしいんですよ、こういうの耐性無いって言ってるじゃないですか。」

「そんなトコも可愛いと言ったら。」

「怒りますよ。」

「知ってる。…全く…落としがいがあるよ、ほんと。」

「なんですか?ニックさんは私なんかに執着するような人じゃないでしょう、もっとイメージ通り、大勢の女性と遊び回って下さい。」

「…お前ん中で俺のイメージどうなってんだ。」


 ニックは私の肩に額を押し当て、脱力した。


 ――重い。


 でも、ニックの声と重みが、シナリオを無視してでも彼を助けた事が間違いでないと私に思わせてくれる。


 ゲーム本来のルートから外れた弊害か、無駄にデレるキャラになってしまったけど。


 ……彼はシナリオ通りなら、私より二年後に地方から進学してきた主人公の入寮日の夜、初めて幻魔に襲われた主人公を庇って死んでいたはずのキャラだった。


 幻魔は人の欲望を糧とする生命体で、ゲームでいえば敵モンスターだ。


 やつらは夜を好む。日暮れと共に動き出し、食らった欲望を元に様々な姿に変わり、欲望の質により凶暴化し、時に人を襲う。


 だが、幻魔は常人には見えない。

 世間の不可思議な事件の正体を知っているのは幻魔を可視出来る特殊な人間だけ。


 ニックを含む特殊な人間達は、夜狩り(よがり)と名乗る組織に入り、夜な夜な危険な幻魔を人知れず討伐しているのだが。


 何も知らなかった主人公はそこで初めて幻魔を可視化出来るようになる。

 ニックの死を背負い、同じ思いを誰にもさせたくないと決意した主人公が夜狩り(よがり)として成長していくのがゲームのあらすじだ。


 その筈なのに、私がシナリオに背いて、キーパーソンであったニックを我が儘に助けたのは衝動だったと言っていい。


 いや、記憶を辿ってみると、あるいはそれが必然だったのかとも思える。


 私の、ミカイとしての記憶は暗い山の中で始まる。


 私は捨てられたのだと思う。


 どのつく田舎の山中で泣きじゃくる幼い私を拾ってくれた夫婦はとてもいい人で、自分たちの子の中に私を入れてくれた、けど確かな一線があって、本当の家族にはなれなかった。


 幻魔が見えることが異端だと早々に気付いた私は、捨てられたくない一心で、夜の畑でやつらが暴れても布団をかぶり耳を塞ぎ、幾夜もやり過ごした。


 だが、満月の夜、やつは私の隣で寝ている末の子に手をかけようとしたんだ。


 無我夢中だった。

 体当たりして、転がった先にあった木のおもちゃをひたすらに叩きつけた。


 弟の泣き声に両親が駆けつけ、明かりが灯ると、やつは居なかった。

 でも私は間違いなく感触を覚えていたし、やつが微かな断末魔をあげ煙のごとく消滅したのを見た。


 壊れたおもちゃと、泣きじゃくる末の子を見たあの日から、私は家族にばれぬよう幻魔を狩り始めた。


 裏ボスたるもの、やはり素質はあったのだ、手頃な農機具も武器となり、いつの間にか使えた僅かな魔法で家と畑に近づくやつらを狩りまくった。


 兄弟達が食べ盛りで、夫婦の苦労が目に見えてきた頃。私は一人の夜狩り(よがり)に出会った。

 幻魔を狩る私を見た老年の夜狩りは、私を養子にしたいと言った。


 何も知らないはずの夫婦は頑なに断った、大切な我が子だからと。

 本当の家族でない私はそれだけで十分だった、一人でも減れば夫婦も少しは楽になるだろう、私の心は決まった。


 老年の夜狩りと私は幾つか約束をした。

 私が去ったあとの代わりに夜狩りを派遣させること。正式な夜狩りには討伐報酬があるというので、報酬の半分を夫婦に届けること。


 まさか、老年の夜狩りが国の中央にある組織の本部長を勤めているとは思わなかったけれど。


 本部長が突然養子にしたと連れてきた、何処の誰とも分からない私を組織は案外すんなりと懐にいれた。

 通常、ゲームと同じ五人でチームをつくり見回りをするのだけど、初めて配属されたチームで一緒になったニックにいたっては、不審の色がありありと見てとれたけど。


 ニックとの関係が変わったのは、私が入学と同時にゲームの世界に転生したと気付いてから。


 シナリオを知る身でどうするべきか悩んで、私は自分の心が楽になりたいがために、ニックに極力優しくしたり、満月の夜は気をつけろとほのめかした。


 あやふやな心を抱えたまま、その夜は来た。


 満月は私をあの日の衝動に駆り立て、ベッドで縮こまりやり過ごそうとした私を赦してはくれなかった。


 男子寮にたどり着いた時、今まさに主人公を庇うニックが視界に飛び込み…。


 私の記憶はここでいったん途切れる。


 …目覚めはニックの胸の中だった。

 魔力を使いすぎて、頭はくらくらしたけど、満ち足りた気分で心は軽かった。


 ニックいわく、「月からお前が落ちてきて、ばかでかい氷刀で幻魔を脳天から真っ二つにした後、糸が切れた様に倒れた。」らしい。


 内緒にしているけど、少しだけ覚えている事がある。

 胸にもたれ掛かる私に、ひどく焦った顔で私の名を呼ぶニックが何故だか可笑しくて、凄く嬉しかった。


 ニックがところ構わずデレ始めたのはこの一件の後から。


 彼が死なずとも主人公は夜狩りに入ったのでほっとしたが、代わりにニックが致命的におかしくなっていたのだ。


 私にべったりな以外は普通なので、バグとしてもまだましだと考えるようにした。


「…にしても、どんだけ強くなりゃ気が済むんだ?お前を小動物みたいに可愛がってる上層部のオッサン達がまた泣くぞ。」


 いつの間にか立ち直っていたニックが私の手元の本を覗き込みながら呆れる。


「こんなもんまで着けて…。」

「触らないでっ!」

 私の首にかかる細いチェーンに触れたニックの手を振り払うと、彼は眉を潜めた。


「そのロザリオがろくなもんじゃないってのは解ってんだ。なあ、何がお前を駆り立てる?お前はなんでそこまで強くあろうとする?」

「…っ。」


 身に付けているロザリオは、全ステータスが三分の一になるかわりに経験値を三倍にするアイテムだ。


 特定の場所に週一で現れる露店で購入できると、ゲームを知る私は思い出して直ぐに買いに走った。

 数字が見えないので効果の真偽は不明だが、このくらいの負荷を背負わなきゃミカイにはなれない。


 この世界でまだ主人公は会いに来ない、主人公が配属された夜狩りの部隊とも接点は無いので、この先も会うことは無いかもしれない。だけどゲームを知っているからこそ、最強のミカイでありたいんだ。


 ――何と思われようが、私の我が儘は貫いて見せる。


 口をつぐむ私にニックが先に視線を外して、諦めに肩を落とす。


「はぁ…。お前が素直に話すとは思ってない。だけどな、覚えておいてほしい。俺は、なりふり構わず幻魔に突っ込んでくお前が心配なんだよ。…いくら強くとも命は一つしか無いんだ。」


「命は…一つ…。」

 ――分かってる、ここはゲームの世界でもゲームじゃない。


『…ほんと?』


 ふと、私の頭の中に声が聞こえた。


『本当にわかっているの…?…ニックの気持ちをバグだと思い込んでるじゃない、彼はゲームのキャラクター?ここに居るのは一人の人間なのに…?』


 どこか懐かしい声は、私に問いかけてくる。


 ――でも、そうであっても彼に直接な言葉を貰った事もないし…単純にからかわれているのかも…。


『じゃあ、あなたの気持ちは?…ねぇ、この世界を信じていないのは…あなた自身なのよ。』


 ――そんなことは…。


『あなたは私じゃない。自由に生きてあなただけのミカイになって。』


 ――あたなは、誰?


 返事はなく、私に似た誰かが、私をすり抜けて行った幻影が見えた。


「あぁくそっ。」と頭を掻き、ニックがはきすてた声に我に帰る。

「あのな、俺は命を救われたからだけじゃなくお前を助けになりたいし、出来る事なら守ってやりたい。俺は、お前のこ、と…。」


 言葉は不自然に途切れた。


 私は平穏な図書室に突如起こった惨劇に、叫ぶ余裕すらなかった、


 第三者の叫びと共に、真っ黒な刀身がニックの胸から突き出ていたからだ。


「あああああ!!このゲームは!そんなんじゃないだろおぉ?!」


 私に覆い被さる形で倒れたニックを抱き止め、その後ろにいた人物に私は驚き、目を見開いた。


「そんな…気配が全然――!…なんで…あなたは…!」


 ――主人公!?


 記憶とはおおよそ違う、ひどく猫背の主人公が、伸びた髪からギョロりと瞳を輝かせチッと舌打ちしていた。


「どいつもこいつも勝手な事しやがって…主人公は僕だろぉ?なあ!僕が!主人公が!いらないキャラのミカイを仲間にしてやろうと来てやったのに!なに死に損ないと恋愛ゴッコしてんだよ!ああ!!もうやめだ!もしもアンタが僕と同じなら…僕に負けて僕の言うことを聞くなら、そいつを生かした事は許してやろうと思ったのに!」


 喚きちらす主人公に、私は臨戦態勢をとりつつ、苦しげな息を吐くニックの様子を伺う。

 ――よかった、息はある。でも出血が酷い…。


 一応回復魔法はあるけれど、自己の治癒を活性させるささやかなモノでしかない。

 それでも回復をニックにかけ続けるしかない。ゲームらしく一瞬で治らないことがもどかしい。


 ニックを半ば引きずりながら後ずさる私に、ゆらりと殺気を放つ主人公がゆっくりと距離を詰める。


「おまけのキャラのくせに好き勝手しやがって、みんなみんなミカイが凄いってミカイばっかり褒めやがって、本当にそこにいるべきは主人公の僕なのに!もうミカイはいらない、ミカイなんかいなくてもクリア出来るんだ!今の僕ならラスボスなんか一人で倒せる!だからさぁ!」


 主人公は、ニタリと嗤った。


「死んでよ、ミカイ。」


 言い終わるかどうかで、主人公はその場から消え、目の前で腕を振り下ろしていた。

「…!!」

 ――っ速い…!


 ぎりぎりで圧縮した空気をうち当て、打撃に近い刀の衝撃をしのぐ。

 ――ここじゃ炎や雷の派手な魔法は危険過ぎる…!

 ゲームらしく特殊なフィールドでもないのだ。


 なんとかやまない攻撃の合間に氷の杭を浮かべ飛ばすも、魔法は次々と主人公の持つ刀に打ち消され霧散してしまう。


 防戦一方の私を一心に狙う、その黒く日本刀を模した武器には見覚えがあった。


「っなんで"夜明(よあけ)"が…!?」

 ――その武器は二週目でなければ取れないはずなのに…!今は…一周目は立ち入り禁止の洞窟で、入れないはずじゃ…!


 私の焦りに、主人公は攻撃の手を休めることなく口角を上げる。

「やっぱアンタは同じか。助かったよ、ここじゃ二週目の解放を待たなくても、透明な壁も無けりゃ"今は入れない"なんてメッセージも出ない!気配を消してしまえば見張りも気付かない!入り放題さ!」


 幻魔の雑魚が永遠と一定数湧くあの洞窟で、戦闘後ごく稀に入手出来る対魔力の武器、夜明。まるで魔力特化のミカイを倒す為だけに用意された刀。


「あははは!弱い弱い!ミカイなんて所詮こんなもんだ!僕は!強い!!」


 ――なるほど。雑魚ばかり相手にしてレベルを上げたから、速さも重さもあるのに滅茶苦茶で力任せな攻撃なのか。


 技術のつたなさが分かろうと、私と対ミカイ用武器との相性は最悪な事に代わり無い。


 私だって武器が使えないことはないけれど、他の人と違って魔法発動の詠唱がいならいミカイにとって、炎や雷、氷を操った方が遥かに身軽で楽なのだ。それになにより、ゲームでは武器を持っていなかった。


 反撃の糸口を掴めず、ニックを抱えつつジリジリと追い詰められ、遂には壁に背中が当たって逃げ場を失った。


 いたぶるのが好みなのか、主人公は恍惚とした笑みすら浮かべ余裕を見せる。


「なあ、アンタに僕の苦労がわかるか?ゲームの知識はあるのに、僕はそいつが死ぬ時まで幻魔を見ることが出来ない。…もどかしかった!早く早く!夜狩りで活躍する僕になりたかった!……ところがどうだ」


 突然、乱暴な連撃がピタリと止む。


 ぷつりと切れた言葉の先を言わんとする、主人公の乱れた髪の奥で淀んだ目は、背筋が凍るほど恐ろしく私を見ていた。


「始まってみれば、ミカイ、ミカイ、ミカイ…!僕の心の傷となり成長するための大事なイベントをぶち壊し、あり得ないことに夜狩りのメンバーにまでなっていて、ヒーローになるはず僕を誰も見ない…!おまけに本部長の養子だ…?そこは!僕が!実力を認められて座る設定だったのに!全部台無しだ!!」


「…え?」

 ――主人公が本部長の養子になるはずだった?…そんなの、知らない。


 困惑する私に、少しの驚きと疑いの眼差しが向けられた。


「何だよその顔、設定集にあっただろ?まさか、知らないのか?」


 ――私が知っているのはゲーム内だけで得られる情報だけだ。


 瞬間、黒い光が頬を掠めた。

 滲む血の隣には刀が突き刺さっていて、私の表情から正確に読み取った主人公の目が不気味に弧を描いた。


「…じゃあアンタはミカイの正体も知らないんだ?」

「しょうたい…?」


「なんでミカイだけがレベルに上限が無いと思う?それはさ、ミカイが人間じゃないからだよ。アンタは幻魔と人の間に産まれたばけもんなのさ!」

「…!!」


 主人公の情報を信じるには足らないけれど、私の脳が、心が、揺さぶられる。


「捨てられたミカイはさ迷い、山中でとある夫婦に拾われる。夫婦は、ミカイを売って金にしようと考えたんだ。」


「…やめて。」


「ところが暫くして夫婦の末の子が幻魔に襲われ死んでしまう、一緒に寝ていたミカイは自分が助かりたいが為に幻魔に襲われる末の子を見捨てたんだ。」


「やめて…。」

 ――いやだ!聞きたくない!


 私のものではないミカイの記憶がフラッシュバックする。


「何も知らない夫婦はミカイが恐ろしくなってミカイを捨て、ミカイは誰からも愛されず、かつての罪滅ぼしに幻魔を倒す事だけにとらわれ、夜狩りから監視されているとも知らず、一人孤独に幻魔を殺し続け自分の存在意義を保とうとする哀れな女、それが本当のミカイなんだよぉ!!」


 彼女(ミカイの)負の感情が流れ込んできて、視界が滲む。


 ――…さみしい、悲しい、憎い、怖い…。


 流れ込む情報は苦しいものばかりで、いつの間にかニックを抱き締める腕に力が入ってしまったのか、ニックが小さく唸った。

「ってーな。ごちゃごちゃと、わけわかんねー事ばかり、うるせー、奴、だな。」

「ニックさん、喋っちゃ駄目です!」

 ――まだ血が止まらないのに…!


 主人公がちらと視線をニックに落とす。

「死に損ないが、まだ生きてたのか。」

「ああ、ミカイに抱き締められるなんて、嬉しくて昇天しかけたよ。」

「はぁ?」


「ちょ、ちょっとニックさん!ふざけてる場合じゃ…!」

「お前も何泣いてんだ、お前は誰も見殺しにしてねぇし、育ての親とは手紙のやり取りしてんだろうが。俺の知っているミカイは仲間もいるし、本部長のオッサンにも大切にされてる。おまけに無駄にモテやがる。」


 最後は何故か急に不機嫌になったが、体は私に預けたままで、やっぱり辛いんだとわかる。


「ニックさん、傷がまだ…大人しくしないと。」

「ぅぐっ…、聞け。よくわかんねーが、もし、お前の強さの理由があのイカれ野郎なら………ぜってー負けんな。」

「…!」

「あとお前、やっぱ少し抜けてんな。」

「え?」


 ニックが私を抱き締めるように腕を回し、首にかかるロザリオのチェーンを、引きちぎった。


「まあ、そこも可愛い――。」

 力なくだらりと垂れたニックの体と反対に、押さえ込んでいた力が解放に歓喜し、私の奥から力が沸き上がる。


 ――魔力が満ちる、体が軽い…!


「また、また、また!僕を無視すんなよぉ!もういい!終わりだ!二人共死ねよおぉぉ!おぁは?」


 主人公は、踏み出そうとした足が動かず、間抜けな声を出し必死にバランスをとろうとぐにゃぐにゃ動く。

 思わず噴き出してしまいそうになった。


「な…?!うわあぁ!あ、足が凍ってる…!床とくっついて!くそっ、ミカイ!!」


「状況説明ありがとう、主人公くん?」

 ――でもまだまだ。


「うわあぁあぁ!!氷が上がってくる!やめろ、やめろ!やめてくれぇぇ!」


 じわじわ足下から氷に閉じ込められる恐怖に、主人公がぼろぼろ泣き出してしまった。


「あ!夜明(よあけ)!夜明は…!」

 自分で壁に突き刺したくせに、動揺からかキョロキョロと辺りを探す主人公。


 仕方無いので教えてあげた。

「君の刀なら既に凍ってるけど?」


 美しく壁からはえる氷の中で、静かに眠る黒い刀に主人公は頭を抱え震える。

「…なんで!どうして!有り得ない!夜明は魔法を打ち消すのに!」

「…消されるなら、またかけたらいいでしょ?」


 刀を呑み込む為に、何重にも何回も氷付けにしてしまえばいい。

 今の私にはそれが可能なんだから。


「そんな馬鹿な…。なんで、なんで急に強くなったんだよ…。」

「それは簡単、"福音のロザリオ"を外しただけ、君も知っているよね?」

「あ?あああ?!それも僕から奪ったのか!!」

「ごめんね。あの洞窟でレベル上げするならこのアイテムは喉から手が出るほど欲しかったでしょうに。」


「僕をバカにするなっ!それは僕のアイテムだ!返せ!」


 ――顔だけ残して氷付けの人に凄まれてもねぇ。

 さて、ニックの怪我も心配だ、そろそろ終わりにしよう。


「…ここはゲームじゃない、私達以外の誰かが買っていてもなんら不思議はないこと。…いい加減目を覚まして。君はゲームの主人公じゃない、この世界で生きる一人の人間なの。」


「何だよそれ!ずるいじゃないか!僕は何も手に入れてないのに!ミカイばっかり!」

「残念だけど、これが現実。私は私の我が儘で今を手に入れた、きっと、シナリオにすがった君との違い。」


「…ミカ――」


 口も氷で閉ざしてしまえば、強制的に大人しくなった。

 荒い鼻息と忙しなく動く目が多少煩いがよしとしよう。


 一息ついて見渡せば、思ったより被害の少ない図書室に安心する。


 腕の中で眠るニックの呼吸も安定してくれていた。

 ロザリオが外れてからずっと、ありったけの回復魔法注ぎ込み続けていた成果があったようだ。


 …確か、夜狩り本部の地下に、罪を犯した夜狩り専用の独房があったはず、生きて、ニックを傷付けた罪をしっかり償ってもらわなくては。


 ――ヤバい、くらくらする、魔力切れかな。本部に救助要請をしたら、少し、休もう。


 ぼんやりした意識の中、確信をもった疑問が浮かんだ。

 ――ニックがもし助からなかったら、殺してやったのに。









 いつの間に寝てしまったのか、握ったままだったニックの手がピクリと動いて、私は突っ伏していたベッドから顔を上げた。


 夜狩りの医療施設、白いシーツをかけたニックがゆっくりと目を開ける。ぼうっと天井を眺めた後、私と目があった。


「…助けられたのは二回目だな。」


 私は勝手に溢れる涙を空いている片手で拭う。


 私達が救助され、主人公だった彼が連行されてから五日がたっていた。

 私も2日ほど寝込んだけど、ニックがまだ起きていないと知った時は生きた心地がしなかった。


 ニックはまたぽんやりと天井を見る、でも、どこかもっと遠くを見ているようにも思える。


 握っていた手を少しだけ握り返されて、ニックがぽつりぽつりと話始めた。


「一度目の、満月の夜、月を背に降りてきたお前は綺麗だった。氷の大剣を振り上げ、舞い散る氷の欠片が光を反射して輝いていた。目が離せなかった。」


 割と恥ずかしい告白だけれど、真剣な口調に水を指すのは憚られ、静かに耳を傾ける。


「本当はもっと前から気になっていたんだ、本部長の連れてきた新人が協調の気もなく、前線で真っ先に幻魔に突っ込むのが気に食わなかった。そのくせ、よく仲間の動きも見ていて、危険な時は必ずフォローする。謙虚で努力もかかさない。皆が可愛がるわけだ。」


 ――それは…随分勝手に動いてる自覚はあったし、その我が儘で誰かが傷付くのは嫌だったから…。


「学校に入った途端、妙に優しくなるわ、おかしな予言はするわ、怪しげなロザリオは身に付けるわ、掻き乱されっぱなしだった。」


 ――ま、まあ私もいろいろあったので…。


「で、満月の夜に確信した。」


 遠くから戻った眼差しは、真剣身を帯びて私に戻ってきた。


「俺はミカイが好きだ。」


 驚きよりも喜びが勝るこの気持ちを、もう誤魔化せない。

 するりと頬にのびてきたニックの手に身を任せ、私は素直に呟く。


「私も…ニックが好き。」


「え?」


 ――え?

「なんでニックが驚くの?」

「いや…、敬語じゃないミカイが甘えて…俺を好きだと…。俺やっぱり死んだのか?」


 ものすごくイラッとしたのでニックの手をつねっておく。

「ぃってっ!わーった、すっごい生きてるな、俺!…って、おまっその髪どうした?!」


 しっかり目が覚めたニックは、長かった髪をバッサリ切った私に目を丸くした。

 軽くなった毛先を摘まんで、ニックに見せる。

「切っちゃった。変、かな?」


「んな訳あるか、凄く似合ってる。じゃない、よかったのか?髪の長さは随分こだわってただろ?」

「うん、もういいの。私には、もう…必要無いから。」


「…そんなスッキリした顔されたんじゃ、理由を聞くのは野暮か。」

 呆れたような優しいため息を鼻からもらしたニックに、微笑みで返す。


 しかしニックはすぐ、思い出したみたいに難しい顔をして、何か言いたげなのに口元に手を当て考え込んでしまった。


「どうしたの?」

 小首を傾げ促すと、ニックは言いづらそうに額に手をやった。


「いや、さ。幻魔にも大人しい奴はいるし、人間にだって狂暴な奴はいるだろ。だから、あー、何が言いたいかというと、お前はお前だからあんま気に病むなっつー事で、お前が何者でも、俺はミカイのことが、す、す…き、だなと…。」


 さっきはもっと恥ずかしいセリフをはいていたくせに、いまさら照れ始め視線をおよがすニックが無性にいとおしく思えて、思わずクスリと笑ってしまった。


「…笑うなよ。」

「そりゃ、可愛いニックが悪い。」

「…はっ、俺の真似だとしたらひどい物真似だな、どうせなら俺が照れるくらいのセリフを――。」

「ね、ニック、ちょっと黙って…。」

 そう言って、彼の唇に指をあて、顔を近づける。


 目を閉じる寸前、ニックの驚いた目が一瞬見えた。








「相変わらず、放課後は図書室なのな。」

「私、この場所結構気に入っていたみたい。ニックは無理して着いてこないでもいいんだよ?」


「解ってないな。俺はいつでもお前を視界に入れておきたいんだよ、出来ることならずっと触れていたいし、お前を諦められない奴等に俺の女だって見せびらかしたい。」

「よくまあホイホイと…。ニックさんの口は砂糖か何かで出来てるんですか。」


「…舐めてみるか?」


「…っ!私はまた無謀な戦いに挑んでしまったのか…。」

「何だそれ、ミカイはかわいいな。」


「ニックには一生敵わない気がしてきた…。」

「くく、ミカイにも勝てないものがあるんだな。」


「そ、そういえば、ニックは何でこのロザリオの効果を知ってたの?」

「んー…。…そこそこな強さの俺がなんでミカイと同じ精鋭班に居ると思う?」


「サポート?」

「まぁ間違っちゃいない。」

「はっきりしないね、もしかして、口止めされてるの?」

「さてね、どうだろうな。」


「………ふむ。」

「…どした?」


「ニック、私ね、ニックの事もっと知りたいの、だって、その…好きな人、だから…、だめ?」

「…っ!!…あーくそっ、わかったよ!お前、そのおねだり絶対に他で使うなよ!」


「えへへ、勝った。」

「はあ…。敵わないよお前には。あー…そうだな…、例えば、だ。目に見えないものが文字として見えたら便利だと思わないか?道具の効果とか、強さや健康状態が数字で簡単に知ることが出来る人間がいたら、安心だよな?」


(まさかのプレイヤー視点!?)


「そんなヤツが、?(クエスチョンマーク)だらけで何にも見えない女の子を好きになったら、心配で目が離せなくなるのは仕方ないと俺はおもうんだ。」


「そんな…。」

「嫌、だよな…。悪い。」

「(そんな所が設定に忠実だなんて)残念。私の強さは見えないのか、知りたかった。」

「そこかよ。」


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