集団神隠しに遭いました、どうやら異世界に召喚されたようです。勇者はいませんが
俺の名前は早見 悠太。
ちょうど中弛みの時期の高校二年生だ。
勉強やスポーツ、容姿が優れているわけでもない極普通の平均的な人間だ。
極普通の、とは言いつつも俺、いや俺達総勢三十九人は普通じゃない一面もある。
それは、異世界に召喚されるというライトノベルではありがちな出来事に遭遇したってところかな。
そして、俺は今特殊な訓練を受けさせられている。
勇者じゃないのに…、と思いつつ俺は昨日のことを思い出した。
朝一に家を出て、学校についたのは午前六時三十分。
別に、陸上とか、そういった運動系の部活に入っているわけでもないが、いつもこの時間に学校に来ている。
職員室に教室の鍵を取りに行って、誰もいない時間を謳歌する。
だだっ広い教室に一人でいるのは中々開放的で何処か心地よいとは思わないだろうか。
俺の性格上、期日ギリギリで追い立てられて提出物を執り行うのは合わない。
特に進学校生でもなく、しかも高校二年生が問題集を解いているのを見ると、「こいつ、学校に来て急いで課題やってやがるぜ」って思うかもしれないが、俺がやっているのは今週末出されるかもしれない課題だ。
そこは間違って欲しくないな。
ただ、無駄になってしまったが。
一時間もの間、その至福のひと時を味わっていると朝練帰りの同級生が教室に入ってきた。
同時に、やや早く学校に来た同級生が登校してくる。
俺の中学時代の友人である智樹がひどい顔で教室に入ってきた。
この時の俺は心配していたが、今は心配なんかしていない。
寧ろ恨みすら感じている。
『おはよう智樹って、どうした!?』
『何が?』
『顔色悪いし、その隈はどうしたんだ』
『熊?いや、俺熊のキーホルダーなんて付けてねぇぞ。
生徒指導せいしにバレたら怠いし』
『その熊じゃねぇよ。目の隈の話だよ』
『ああ、昨日から腹痛が酷くてね。それであまり眠れなかったんだよ』
『ノロか?』
『いや、食中毒かもしれない。昨日、□□県産の牡蠣食ったから』
『あー、ま、無理するなよ』
『もともとそのつもりだけどな、全く今日は意地でも学校に来なければよかったよ』
智樹のところは余程の病気でさえなければ、学校を休むことは許さないような家庭だ。
ノロにしろ、食中毒にしろ、余程の病気に入ると思うが。
ただ、それで奴が学校を休んでいたら、奴が助かるのは運命で定められたものとしか考えられなくなってしまう。
奴は朝礼が終わると、奴にしては珍しく自発的に提出物を出しに行った。
そして問題の一時限目。
英語の授業で、英語の教科担当は英語が不得意な人を好き好んで当てるクソ野郎だが、体調不良者には優しいという一面も見受けられた。
英文音読が終わり、英文和訳の時間が始まろうとしたところで、奴は手を挙げた。
あんなに必死そうな奴の顔は初めて見たが、食中毒による腹痛と俺達の身に起きた出来事は釣り合わないと思う。
奴がトイレに行って八分ぐらい経った時、突如目眩が俺を襲った。
周りの反応を見る限り、俺だけではないことがわかったが……。
あまりの辛さに目を瞑り、吐き気が治まったと思って目を開けると、そこは教室ではなく何処かの国の遺跡の中という、異常事態。
よく、小説や深夜アニメで見聞きする異世界召喚ということはすぐにわかった。
遺跡の中で目を覚ました俺達を待っていたのは西洋風の顔立ちをした、如何にも高貴そうな身分の女性だった。
周辺をゆっくり見回すと、黒い外套をきた性別不詳の人が遺跡の台を囲っている。
『古の召喚術は成功だ!』
『これでこの国は救われる!』
とか、その性別不詳の集団は騒いでいた。
ザ・高貴なお嬢様が彼らを宥め、一歩前に出ていう。
『私達の呼びかけに答えていただき有難うございます』
そんなの知らねぇよ、と言いたくなるが我慢した。
『私達は今、魔獣に生活を脅かされています。どうか、勇者様方──』
『わかりました、僕達の力であれば自由に使ってください。
皆んな、困っている人がいれば助けるのは当たり前だよな?!』
クラスのリア充こと、優希がそう言う。
こいつ、表向きではライトノベル読んだり、深夜アニメ見ている奴を侮蔑しているが、俺達は知っているんだぞ。
お前が俺達異常にファンタジーものにどハマりしていることを。
しかし、そのことを知らないクラスカーストトップの優希及びその不愉快な仲間達は恰もクラスの意思かのように協力を二つ返事で了承した。
いつまでも遺跡の中では申し訳ないと思った姫さんが、近くの砦まで案内(強制連行)してくれて、ここでお待ちかねの鑑定タイムになった。
我こそは勇者だ!を体現した優希が意気揚々と鑑定する。
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六房 優希
レベル:1
職業:学生
体力:C-
攻撃:D+
防御:D-
特攻:B+
特防:E-
俊敏:C+
称号:【妄想癖】【虚言癖】【優柔不断】
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もう笑ったね、俺を含めてクラスの最大派閥に属さない人たちからは思わず失笑が溢れたよ。
当の本人は唖然としていたけど、それ以上に驚いていたのが取り巻きと姫さんだった。
優希は何度も鑑定しては結果を見て、最後には白く燃え尽きていた。
そんな彼を置いて、全員の鑑定を終えた時に問題が起きた。
いや、問題が起きたことが初めて認知された。
本当、これを聞くと驚くと思うけど言うよ?
俺達は集団神隠しに遭いました。
異世界に召喚されたようです。
“勇者は居ませんが”
『そんな筈は……、ちゃんと四十人召喚した筈です!』
四十人。この時いたのは、生徒三十八人、教師一人の総勢三十九人。
姫さんが慌てているのを余所目に何かに気がついた人がいた。
『智樹がいない』
そのことに気がついたのは他でもない俺だった。
俺がポツリと漏らした言葉に反応した他の友人が、『そうだ、智樹がいない!』と騒ぎ出した。
全員出席しているのに、人数が足りない。
それは可笑しい。
この時の俺も、今の俺と同じように過去を振り返っていた。
その最中に、智樹と話していたのを思い出した。
そして、智樹がいないことに気がついた。
同時に彼奴が勇者だということも理解した。
彼奴の何処が勇者なのか、昨日の俺にはわからなかったが今の俺にはわかる。
漏らしそうなくらい腹痛に苛まれてるのに一時間も電車に揺られてきた。
勇者だ。
でも勇者、お前だけは赦さねぇ。
何お前だけ現実世界で楽して生きているんだよ、と。