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森の外へ

 「ストップ! ストップ! ストーーーーーーーーップ!!!」


 「千尋―! おそーい!」


 カーヤの森の中を俊敏に動き回るニーナ。非常に足場が悪い中、アスリートの人がアスファルトの上を走るかの如く無駄のない動き。


 「道案内は……俺がついて行ける速さでって……言ったよね!?」


 一応それでも千尋がギリギリ付いてこられる速度にはしてくれているみたい。あくまでギリギリ。


 「千尋は文句ばっかり。この森を抜けないとまともなご飯食べられないんだよ? わたしなら木の実とかでも数日持つけど、千尋は多分空腹で倒れたところを魔獣に襲われるよ」


 「あ、一応死因は空腹じゃなく捕食ですか」


 なんとも笑えない話だ。


 「そうだよ。あの人たちだって強かったはずなのにペアを組んで行動していたでしょ? それくらいこの森はただの人間――特にサバイバルの知識がないと生きては帰れないんだよ」


 よくそんなところを住処にしていたな。


 「もちろん、わたしはサバイバルの知識なんてないから期待してもムダだよ」


 ニーナがえっへんと薄い胸を張る。や、そこは自慢げに話しても仕方ないでしょう!


 「えーと、俺らは生きてこの森抜けられるの?」


 頼みの少女がこうだと、不安になってくる。そして、この聞き方は嫌なフラグを立てた気がした。


 「……」


 「お願いだからハッとした顔で固まらないで」


 お母さん、俺泣きたい。

 走りっぱなしだし腹減ったし喉渇いたし暑いし……。

 しかも、森を抜けるのに4日近くかかるみたいだし。まあ、ニーナのペースならそんなにはかからないらしいけど。

 

 事実、ただ真っすぐに南下していけばそんなにはかからない。しかし、そのルートは水が流れる川がないため、途中で進路を変えて休憩しなくてはいけない。が、川の近くは魔獣の他にも様々な生き物が生息している。夜も、魔獣に襲われる可能性があるため安全地帯をあらかじめ探さなくてはいけなかったり(これに関してはニーナの両親がいくつか設置していたらしい)、魔獣の妨害で進行速度が著しく低下したりするのが大きな原因だったりする。

 早い話、魔獣にさえ遭遇しなければ川に沿っていけばいい。遭遇さえしなければ。


 「ところでニーナ、この森ではどんな魔獣がでるんだ?」


 情報は武器だ。全てを凌駕するほどのチートじゃなければ情報は生死を分けるほど重要だ。


 「えーと……話によると、大きいのより小さいのに気をつけろだって」


 んん? 曖昧だな。というか、もしかして……


 「ニーナ、それはどういう……」


 「パパとママに聞いた話だから詳しいことはわからない」


 まじかーーーーーーーー!!!!!!!!

 得られた情報、ゼロ。

 生存率、著しく低下。

 気力、低下。

 頭の中にそんな機械音声が流れてきそうだ。


 「あ、でも大丈夫だよ! ニーナ、千尋より強いから!」


 ニーナ、千尋より強いから。

 千尋より強いから。

 千尋より。

 千尋って、弱いね(笑)。草生えるわwww


 「ガクッ……」


 膝から崩れ落ちた。なぜか聞こえないはずの幻聴まで聞こえた。精神力はもう残っていません。


 「え? ちょ、千尋!? 大丈夫???」


 どこか痛いの? ニーナが忙しく千尋を撫でる。頭を撫でる。よしよし。

 こんな小さな女の子に慰められるなんて……。羨ましいとか言うな。惨めなんだ。心が痛い。そう、痛いのは心だよぉ!!


 おかしいな、雨なんか降っていないのに。



 何はともあれ、ニーナの超人的察知能力により、今日一日魔獣に遭遇することなく安全地帯に到着した、らしい。

 ニーナの両親が設置したというこの安全地帯、はっきり言って俺の目でも感覚でもさっぱりわからない。


 「本当にこの円で囲った部分が安全地帯なのか?」


 ニーナは視覚的にわかりやすくするために、地面を円でなぞった。


 「そうだよ。魔王の配下クラスまでなると防げないけど、この森に生息する魔獣程度なら侵入はできないよ」


 ん? いますごい単語が出てきたよね?この辺にそんな連中うろついているの?


 「はい、これ」


 ニーナに質問しようと思ったが、その前に食べ物を渡された。木の実だけど。


 「これは……」


 コウカの実にも似ている気がするけど、なんだ? 手触りがざらつく……。


 「むー、千尋知らないこと多すぎる」


 ごめんなさい。本当にごめんなさい。でもね、仕方ないでしょ? だって俺からしたらこの世界は初めてだし、非日常的すぎるし。


 「まあ、千尋はこの世界のこと知らないんだったら仕方ないか……ハァ」


 すっごい溜め息。もしかしてニーナって、すごいめんどくさがりや?


 「これはサッチーの実だよ」


 はい。その続きも聞きたいんです。


 「……食べないの?」


 なんだろう、今の彼女はいたずらする前の子供にも見える。

 俺は恐る恐るソレを口に運んだ。


 「あれ? 普通だ」


 コウカの実とは全然違って普通にサクッと行ける。


 「小さいからわかりにくいけど、甘いね」


 ほのかに甘味もあって美味しい。


 「でしょ?」


 そんな彼女の表情は笑顔の花で咲いていた。


 「どお? いい意味で騙された時の気分は」


 笑顔でそんなことを聞いてくるのだ。

 

 「うーん、いい意味でびっくりした、かな?」


 「えー、それだけ?」


 「まあ、それだけかなー」


 ぶー、とニーナは不貞腐れる。ふりをした。


 ◇


 手持ちの木の実と干し肉、水も決して多くはない。それでもニーナとの何気ない話――お互いの世界のこと――は千尋にとっては心休まる瞬間であった(主にニーナからの質問に答えたばかりだったが)。

 夜の静けさ。夜をメインに活動する生き物以外は寝入っている。

 一応は簡易的な結界が張り巡らされているため、カーヤの森を彷徨う魔獣は侵入はできない。ただ、外からの攻撃は防ぎようがないので、交代で番をすることになった。

 ニーナの希望もあって、先に千尋が番をすることになった。というのも、ニーナの中に流れる血のうち、獣人もエルフも朝が得意だからとか(本当かどうかは不明)。

 結論から言ってしまえば、その日の夜は何もなかった。


 翌日は、飲み水確保のためルートを少し変えて進むことにした。


 「あははは! 千尋! すごく冷たいよ!」


 ブーツとソックスを脱ぎ、川の水ではしゃぐニーナ。ニーナいわく、かなり久しぶりとのこと。

 ワンピースの裾を持ち上げながら足でこちらに水をかけてくる。

 

 「わっぷ! 何すんの!?」


 はしゃぐ姿があまりにも絵になっていたため、油断していた。

 ニーナはこちらを見て、お腹を抱えながら笑っている。


 「あははは! おもしろーい!」


 ったく。

 両親を失って塞ぎ込む日が続くかと思ったけど、立ち直りが早いのかなんなのか。

 

 「おーい、あんまりはしゃいで転ぶなよー」


 これだけ夢中になっていれば転んでしまわないか不安だ。一応注意だけはしておく。

 が、


 バシャーン


 盛大に尻餅をついた。

 

 「言ったそばから……大丈夫か?」


 川へ近づきニーナに手を差し伸べる。

 ニーナが千尋の手を取った瞬間――


 「えい」


 そんな可愛らしい声とともに千尋を水の中へ落とす。


 バシャーン


 俺は顔面から川にフルダイブ。それはもう受身なんか取る余裕もなかったから、思いっきり川底にある石に鼻をぶつける始末。

 

 「わ、わ、千尋! 血!」


 ああ、大丈夫大丈夫。ただの鼻血だから。

 下流の動物さんたちごめんなさい。鉄の味がもししたらそれは俺のかもしれません。でも安心してください。毒なんて入っていませんので。


 ◇


 二日目の夜も問題なく一日が終わる。

 三日目の移動時は魔獣に出くわすも、ニーナの先制攻撃で首の骨を折られ、あえなく絶命した。

 え? 詳細? 気づいたらそうなっていました。魔獣を追い越す頃にはもう即死していたので。


 そのまま日が落ちていき3日目の夜。問題が発生していた。

 安全地帯があるはずのそこはほとんどが何もなかった。

 文字通りというわけじゃないけど、人の手が入っている感じだ。

 いくつもの木が切り倒されて、運搬中なのか手押し車のような馬車の荷台のようなものがいくつもある。

 見た感じ触った感じ、長年放置されていたものではないことだけはわかった。

 ということは、最近まで、もしかしたら今も人の行き来があるということになる。


 「どうする? 多分この道に沿って行けば人里までいけると思うけど……」


 判断はニーナに任せよう。人間から忌み嫌われている彼女がどうしたいか。


 「……人の気配はある程度察知できるから、少し離れたところからこの道に沿っていこう。でも、今夜は安全に寝られるところないからそこは我慢してもらうけど、いい?」


 ニーナがそうしたいと判断したなら俺はそれに応えるだけだ。

 少しずつ小休憩を挟みながら進行する。

 少し視線を例の道に移すと人の気配や影はなくとも、人が確実に通っているというのが分かる。

 人にとっては未開の地を少しずつ広げて行き来しやすくなるのはわかるが、なんかこう、やるせない気になる。


 「まって」


 ニーナが小声で静止をかける。


 「なにかいた?」


 息を潜めながら周囲を確認する。はっきり言ってしまえば夜目はきかないのであまり見えない。月明かりが人道と比べあまり届かないというのもあるが。

 とすると、ニーナはこちらに視線を移すとしゃがめと合図した。


 数分経っただろうか? どこからともなく声が聞こえてきた。


 ――で、どうするよ?


 ――知らねえよ。あいつの言うことは嘘ばっかりだから適当にぶらついてりゃいいだろ


 聞こえた声は二人分。だけど、ニーナいわく四人はいるとのこと。

 そして、その四人はお互いの距離を一定に保ちながらこちらに近づいてくる。


 まずい――

 てかなんでこっち来るの!? 見つかったら同説明すりゃいいんだ!?


 「千尋、少しずつ下がって」


 ニーナが千尋の袖を引っ張る。

 その手は少し震えているようだった。

 最悪見つかるのが俺だけならなんとかなると思い、ニーナを背に隠しながら少しずつ後退することにした。


 あまり派手に動くと音で気づかれる可能性があるため、後退速度は遅い。

 あっちは速度を気にしなくていいから距離が少しずつ縮まる。

 石を明後日の方向に投げて気を逸らそうにも、木々の間を縫って投げられるほどコントロールはよくない。


 と、考えを巡らせていると四人は進路をずらして千尋たちから遠ざかていく。


 ――気づかれていないよな?


 それでもゆっくりと足元に注意しながら後退していく。

 視界から開拓中の道が見えなくなった。

 視界は依然として木々に囲まれている。


 「千尋、多分もう大丈夫。先に進もう」


 促されて、千尋はニーナについていく。


 さっきの四人はなんだったんだろう? 会話自体はあまり聞こえなかったが、誰かに指示されていた感じがした。

 また、遠目でもわかるようにそれぞれが武器の類を携帯していた。


 ――まるでニーナを襲った二人組と同じだな。


 腰に吊るしているショートソードの柄に指を滑らせる。

 千尋が腰に携帯しているショートソードは、その二人組の内の一人から頂いたものだ。

 千尋は、武器を携帯しているイコールあの二人組と同類という先入観を持ってしまっている。

 異世界最初の武器の出会いが酷かったためかもしれないが。


 視界が悪いため、ニーナは速度を昼間と比べ落としているのが分かる。というか、昼間と同じ速度で移動されると千尋は間違いなく、転ぶか木と衝突することになるだろう。

 しかしなんというか、ニーナの索敵能力の高さは素晴らしいの一言だ。

 この連日、不意打ちを食らうとか、複数の魔獣に囲まれることが一切なかった。

 むしろ、ニーナの方から不意打ちを与えるという場面しか目にしていない。


 情けないが、今のニーナはすごく頼もしく見える。こんなにちっちゃいのに。


 「千尋、休憩入れる?」


 珍しく気を使ってくれた。


 「いや、大丈夫だ。ニーナが安全だと思うように動いてくれ。ここまで来たら多少疲れていても何とかする」


 「へー、今更そんなこと言ったってかっこよくないよ。あーあ、残念だったね。最初からそう言っていればかっこよかったのになー」 チラ


 「ほ、ほほう? 随分と煽ってくださいますね? ニーナお嬢様?」


 「む、なんか馬鹿にしてない?」


 「いいえ、そんなことは決してございません」


 なんとまあ、低レベル? な争いだろうか。それでもお互い本気で言い争っているわけでもなく、程よく緊張をほぐしているだけなんだが。


 「ふう……でも無理はしないで。千尋はわたしたちとは違って純粋な人間なんだから。わたしたちの基準に合わせていたら簡単に倒れちゃうから」


 「ああ、本当にやばくなったらちゃんと言うから」


 「できれば本当にやばくなる二歩手前くらいで教えて欲しい」


 できるだけ余裕を持っておかないと色々と困る、とニーナは最後に付け加える。

 ニーナの意図するところにすぐピンとは来なかったが、すぐに理解した。

 

 「不測の事態になった時に、自分で対処できなくなってしまうからか」


 「正解」


 仮にスタミナが2割残っていたとしよう。突然後ろから魔獣が飛び出した時、全力で逃げれば振り切れるなら、その2割を使って全力で逃げるという選択肢が生まれる。

 だけど、スタミナが何割も残っていなかったら逃げようにも逃げ切れず、魔獣になんやかんやされるのがオチだろう。

 ここぞという時の場面を想定して残しておいて欲しいという、そういうことだ。


 だけど、はっきり言って自分の限界なんてわからない。今が何割くらいかも把握できない。自分のことだろと言われるだろう。だけど聞いて欲しい。言い訳を言わせてくれ。


 「俺は普段運動とか、授業以外ではあまりやらないから自分の体力を知る機会がなかった。よって、動けるか動けないかの二択しかない!」


 ドヤ顔で言ってまくし立てる。はっきり言ってカッコ悪い。知ってるさ。陰キャには似合わんよ。健太なら以下略。


 「誰に言っているの?」


 しかも、ニーナに言ったつもりなのに聞いてくれていなかった。


 「いや……何でもない。さあ進もうか」


 忘れよう。いや、忘れてくれ。

 深い溜息とともに記憶を消去したい。

 下を向いて歩いていたからなのか、突然止まったニーナに背後からぶつかる。


 「ああごめん……どうし――」


 俺は固まった。

 ニーナの索敵能力は伊達ではないのを、ここ数日一緒にいただけで身に染みるほど理解はしていた。つもりだった。

 しかしなんということか。視線の先には長い銀髪の生き物がいるではないか。

 その表情は長い髪によって隠されているが、隙間から覗く紅い瞳はこちらに狙いを定めているようにも見える。

 


 これってもしかしてやばいのかな?

 ニーナはというと、腰を低くして相手の出方を伺っているようだった。

 戦闘態勢に入っている。だけど、耳はエルフ耳のままだ。


 時間がゆっくりと進んでいく。ニーナも髪の長い生き物もお互い動かない。

 風はまったく吹いていないのに、木々がお互いのまとっているオーラで揺れているかのようだ。

 周囲の音も沈黙を保っている。まるで世界からこの空間だけ切り取られたかのようだった。

 だけどその空気も長続きはしなかった。


 ドオォォォン


 「なんだ!?」


 突然の轟音に俺は驚き、髪の長い生き物から反射的に音のした方へ意識を向けてしまった。


 ヤバイと思って視線を戻したが、いつ消えたのか、もう視線の先にはただの森しかなかった。


 「ニーナ、あいつは?」


 「きえた……でも千尋。もっと大変なことが起きたかも」


 「大変なこと?」


 「今の轟音、あれ多分魔獣。しかも近い」


 え、それってやばくない?

 と思ったとき、近くはないが声が聞こえた。


 ――回りこめ! 大型だろうが一匹だ!

 ――依頼と全く違うぞ! どうなっているんだ!?

 ――おい! 金より命だろ! 俺は降りるぜ!

 ――てっめえ! 腰抜けか!

 

 さっきの四人組が交戦しているみたいだ。

 

 「……」


 「千尋、今のうち」


 「あ、ああ」


 ニーナに引かれてその場から離れる。


 「……」


 「千尋、わたしたちが行ってもどうこうできる魔獣じゃないと思う」


 どうやら考えていることを見透かされていたみたいだ。

 正直、あの四人組がニーナに対して友好的かどうかはわからない。多分敵対視しているんだと思う。それでも、同じ人間だし、助けてやりたいとは少しは思ったわけで。

 それでも自分が何もできない現実を突きつけられて。

 見捨てることしかできない自分があの時と重なるような気がして。

 でも今一番守らなきゃいけないのは目の前にいる少女だから、彼女の存在をしっかり守ってこそだと思う。


 ――――


 聞こえてくる断末魔を背に、必死に森を駆け抜ける。

 

 こうして三日目の夜も無事生き延びる。


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