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旅立ち

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 早朝、緑生い茂る森の真ん中。全焼した家の前で千尋の、目覚ましにしては酷すぎる絶叫が響き渡る。

 

 「やってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまった」


 全力で叫んで、その後は壊れたラジオのように同じことをブツブツと繰り返していた。

 間接的とは言え、人殺しの手伝いをしたのである。

 一応、そのままには出来なかったので、少女の両親合わせ、四人分埋葬したがやってしまった業は消えるわけではない。冷たく動かなくなった身体を見るたび、あの頃の記憶が蘇る。


 「悪魔から逃れることは出来ない、か」


 いつか誰かが言っていた、呪いの言葉。誰に言われたかも思い出せない。言葉だけがはっきりと頭にこびりついて取れない。


 「うぅ……ん」


 少女が身じろき目を覚ます。


 「…………」


 「あ……ごめん、起こしちゃったか」


 千尋と少女は視線を交わすも、その時間はほんの僅か。少女はすぐに視線を落とす。

 その表情は影がかかっていてわからない。


 「え……と、その」


 「助けてくれてありがと……」


 「あ、うん」


 「……ぅ……ひっぐ、、、ふえぇぇぇぇぇぇん」


 少女は泣き出した。千尋はどうすればいいかわからずオロオロするだけ。

 こんな時健太なら、言葉の一つや二つ掛けてあげれるだろうけど、俺には無理だ。


 「パパァ……ママァ……ふえぇぇぇぇぇぇん!!!」


 とりあえず、泣き止むまで頭を撫でてやった。獣耳はなかった。



 「お見苦しいところをお見せしました」


 少女は目を真っ赤にしながら頭を下げる。

 器用に少しずつ後退しながら。そして木陰に隠れる。

 あ、これまだ信用されていないパターンかも。


 「んー、そんなに危なく見えるかなぁ」


 「いえ……違うんです……わたし、知らない人が苦手で」


 何というか、猫みたいなこだな。


 「あの……名前……」


 「え、ああ、」


 そう言われてお互い自己紹介していなかったことに気づく。まあ、状況が状況だったから仕方ないといえばそれまでなのだが。


 「改めて、俺の名前は高砂千尋。今日……あー、昨日高校一年になったばかりだ。よろしく」


 俺は離れている少女に聞こえるよう、少し大きな声で言った。口元が僅かだが動いているのが見て取れたため、名前を連呼しているのだろう。


 「わ、わたし……ーナ………………千尋………………気持ち悪い……………怖いっ…………する?」


 えーと、ごめん。小声過ぎて聞き取れないです。でも聞こえた部分だけで要約すると、相当ショッキングな内容です。初対面の少女に怯えられながらそう言われると泣きそうです。泣いていいですか? 泣きますよ?

 地面に手を付いた俺はいわゆるorz状態だった。

 

 「え? え? ど、どうしたの千尋!?」


 少女がわたわたと駆け寄ってくる。


 「も、もしかして背中の傷痛むの?」


 傷……あー、そういえば斬られてたんだっけ……。


 「ってあれ? そういえば痛みがというより、血が止まっているな???」


 「血なら、わたしが止めた……でも不思議。血は止まっても痛みはあるはずなのに、全く痛がっていない」


 「血を止めたって、魔法みたいだ……あ、うん。痛くはないよ。心は痛いけど」


 「心???」


 「気持ち悪いって、怖いって言われたらね、はは」


 「あ、もしかして聞こえなかった? ごめんなさい……わたしの事気持ち悪いって、怖いって思ったりしないの? って聞いたの」


 「え? 君が? なんで?」


 なんでだ? いやまあ確かに? さっきのケモ耳を見たらそう思う人は確かに存在するかもしれないけど、俺は凄くいいと思うわけで……ん? なんか色々確認しなきゃいけないことがある。短時間で色々あって何かどうでもよくなって流し過ぎていた。


 ひとまず、一つ一つ確認していかなきゃ。


 「確認したいことが結構あるんだけどいいかな?」


 「だって、わたし普通の人間じゃなくて、半端ものって言われているし――――え?」


 やばい。タイミング被った。というか、今のは俺が悪かった。俺から聞いたのに(特に意識はしていなかった)、返答を待たず次に質問をしようとしたからだ。

 最悪なことに、聞き逃してしまった。


 「ああ、ごめん。もう一回いい?」


 「ごめんなさい。どうぞ」


 「「…………」」


 またしてもかぶってしまった。

 こんな時、健太ならうまくやってくれるんだろうけど、俺には以下略。

 微妙に気まずい沈黙が流れる。

 風が吹き木々が揺れる。水滴が頭に落ちてくる。

 太陽は高く昇り、空気が暖かくなってくる。

 くぅっと可愛らしい音が聞こえる。


 「…………」


 少女が顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

 そういえば、俺も湖の水を飲んだくらいでまともな食事をとっていなかった。

 思い出すと急に空腹感が襲ってきた。

 ぐぅと、こっちは少し濁りのある音が出た。不公平だろ。


 「ん、待ってて。今食べ物出すから」


 少女が顔を真っ赤にしながら、とてとてと歩き出す。

 全焼し完全に崩壊した家に足を踏み入れ、木片をどかした床下に手を突っ込んだ。

 出てきたのは何かの入れ物だ。

 少女は来てと手招きをする。

 足元に気をつけながら近づくと、少女の手には木の実みたいなものと、干した肉のようなものがあった。


 「はい」


 渡された物を一瞥する。見た目は干した肉だ。どのくらい保存されていたものだろう……


 「ありがたいんだけど、これ、期限とか大丈夫なやつ?」


 食す前に聞いておかなきゃいけない。こんなところで食中毒なんて起こしたら、いろんな意味でまずい。

 って、ちょっとまって。顎に手を当てて考え込まないで。すごく不安なんですけど……。


 「……期限ってあるのかなぁ」


 斜め上の回答だ。大丈夫大丈夫じゃない以前に、期限という概念を知らないみたいな回答だった。

 なら、これを作った時期を聞けばなんとなくわかるかも知れない。


 「じゃ、じゃあ、これっていつ作ったやつかな……?」


 少女はまた考える仕草をする。

 あ、これやばいやつかも。


 「たしか、300年くらいま――――」


 「はいストップ! 普通に俺が食べたらやばいやつ!」


 この子には悪いけど、流石にうん百年前の肉は食べられない。

 ごめんと言ってその肉を返す。

 少女は美味しいのにと呟いて受け取った。食べたことはあるらしい。


 「これ……はむ……獣人族に伝わる、はむはむ……特殊なはむ……もぐもぐ……ん、特殊な方法で保存しているから、例え千年前の人魔戦役時代からの肉でも、味は落ちても非常食としてはとても安全なのに」


 それを先に言ってくださいな。言われたとしてもにわか信じがたい話ではあるが。

 しかし、千年前のでも普通に食べられるのか。すごい保存方法だな。

 

 目の前の少女――名前はよく聞こえなかったからなんて言えばいいのかわからない――の食べている姿を見ていると、余計にお腹がすいてきた。


 「はい。こっちは一週間前くらいに摘んだやつだから。こっちのほうが安心でしょ?」


 「あ、どうも……」


 木の実だった。見た感じはクルミっぽいけど、クルミなのかな?

 少女が先程似たようなやつを口にしていたので食べられないことはなさそう。

 少々不安はあるが、意を決っして勢いよくかじりついた。

 

 ゴリッ!


 「あ、食べるとき気をつけてね。わたしが食べたのとは違ってコウカの実は……遅かったか」


 めちゃくちゃ硬かった。例えるならカレー食べているときスプーンごと噛じった感じ。


 「あ、あと、食べ方なんだけど、コウカの実はまず皮を剥いてから水に少しずつ溶かしながら食べるのが一般的なんだよ」


 さいですか。


 「でもコウカの実ってそんなに珍しくもなく結構市場でも出回っているのに、なんで食べ方を知らないの?」


 「え……そうなの? 日本では聞いたことないけど――――」


 そうだ、ここは俺のいた地球とは――たぶん――違う世界なんだ。

 どこから話そう……。


 「??? にほんって何!? 聞いたことない!」


 まあそうなるよね。俺からしたらここは異世界だし。


 「うーん、正直俺もここがわからないんだよなぁ。日本ってのは、俺の住んでる国かな」


 「へぇ~。この周辺の国じゃなさそうだね! もしかして、海の向こうから来たとか!」


 やけに食いついてくるな。そんなに興味がおありで。


 「海……なのかどうか。その前にひとつ確認したいことあるんだけど、ここってどこ? あと、近くの街ってなんていうの?」


 まずは本当にここが異世界かどうかを確認しなくちゃいけない。十中八九は異世界だろうけど。


 「え、ええと……わたし、人のいるところは行けないから、パパとママから聞いて知っていることしか話せないけど、いい?」


 そんな上目遣いで小首を傾げられて小動物みたいに瞳をうるうるさせられたらどんなことでもOKを出しちゃうって! いや、今回のはそんなことされなくても全然いいんだが。


 「んとね、ここの森には正しい名称はないんだけど、エルフ族の間ではカーヤの森、獣人族の間では深い森、人の間では……屍人の迷い森って言われているみたい。カーヤって言うのはエルフ族の間で……あ、今はそんなことはいいね。」


 用語解説はまあ、気が向いた時に聞いておこう。


 「それと、南に真っ直ぐ行くと一番早く森を抜けられるの。人の足でたぶん四日くらいかな? その近くにグランドール帝国が支配するダイスの街があるんだって。東だと大きな海が広がるみたいなんだけど、近くには小さな村がいっぱい。西はパパとママの祖国がたくさん広がってるって言っていた。北は魔王の国が広がっているって言っていた」


 早く俺の話が聞きたいがために一気に喋ったみたいだ。

 結論から、異世界確定。それはもう疑いようのない異世界です。


 「うん、俺も初めて聞く地名と種族ばかりだね。」


 え、そうなの!? 少女は若干驚いていた。


 「まず、この世界に日本はない」


 少女の目が点になっている。日本に住んでいると言っておいて日本は存在しないなんて言ったらそうなるよなー。

 俺も「ワタシ、アメーリカカラキマシタ。デモ、アメーリカッテイウクニハコノセカイニハナイYO」なんて言われたら、は? ってなるしな。

 口の中で噛めるほどの柔らかさになったコウカの実を食べ終え、続きを言う。


 「日本っていう国は、この世界と別の世界にあるんだ。」


 「別の、世界?」


 「そう」


 「どうやってここに来たの?」


 まあ、そうなるよね。でも俺でもそこはよくわからないんだよなぁ。ファミレスのトイレからきましたって、センスの欠片も感じられない。


 「気がついたら?」


 「むぅ、曖昧すぎるよ。ニーナ全然わかんない」


 あ、この子ニーナっていうのか。


 「えーと、じゃあ意味わからなくてもいいから、とりあえず聞くだけ聞いてね」


 ありのままを話すことにした。

 友人とファミレスに来た。ズボンを乾かすためトイレのドライヤーを使おうとしたら、トイレの扉の奥から声が聞こえた。くぐり抜けた先はこの家の中だった。ついでに言うなら、その声の主は君だった、と。


 少女――ニーナはこちらを黙って見つめる。流石に突拍子もないよなと思ったのも束の間。ニーナは立ち上がり、ある一角まで歩き止まる。


 「ねえ、千尋が出てきたところってここ?」


 そこはもう崩れて元がどういうところかわかりにくいが、燃え落ちる前の家の形からたどると多分そこであっている。でもなんで?


 「ママが……ママが三日前くらいにここに不思議な魔法をかけていたの。聞いても答えてくれなくて、私が入ろうとしたらダメだって言われて。そう……そうなのねママ。ママがかけていた魔法は、違うところと繋げるため、そして、こうなることがわかっていたからなのね……ママのバカ」


 ニーナは服の袖で目元を拭いこちらに振り向いた。その顔にはまだ未練が残っていた。


 「ねえ、千尋。にほんってどんな国なの?」


 「ああ、いい国だよ。生活にはほとんど不自由がない。地域差は若干あるかもしれないけど、家があって、家族がいて、友達がいて、学校があって、食べ物もたくさんあって、ネットに本、ゲームもあるし。見所は季節があることかな。春は桜と出会いの季節、夏は海で思いっきり遊んで、秋は食や芸術を楽しんで、冬は新年を祝って……毎日が飽きないよ」


 改めて自分の国を説明するのって難しいな。健太ならスラスラ言えるんだろうけど、俺以下略。


 「千尋は……」


 「ん? なに?」


 「千尋は、自分と違う生き物でも、その……差別とかそういうの、したりする?」


 俺は試されているんだろうか?

 差別ねぇ……そういうことは、とっくの昔にやめているよ。


 「俺はどんな人間だろうと、差別なんてしないよ。苦手はあるけど」


 そこに動物を含まないのは、扱いが違うからだ。多分ニーナは人間以外の部分を聞きたかったんだと思う。でも、俺からしたら、ニーナは立派な人間だ。差別のしようがない。


 「本当に……本当に差別、しない?」


 「ああ。というか、なんで差別しなくちゃならないのかがわからない」


 「だってほら、わたし、半端ものだ――――」


 「違う!」


 「!!」


 「半端ものってなんだよ! この世界の言葉か? そんなの知らん! 俺からしたら、いや。俺以外誰から見ても、立派な人間だろ! それを、ちょっと耳が違うからとか、強いからという理由だけで半端もの扱いにする、そんなクソみたいな人間のほうがよっぽど半端ものだよ!」


 「でも! わたしは人間の血だけじゃなく、エルフや獣人の血が通っているんだよ! ただの人間からしたら、立派な化物だよ! 魔力に富んでいて、力でも圧倒できて、それでもどの種族になりきれないこの血が!」


 「だったら!」


 ガッと、俺は力強くニーナの肩を掴む。

 ニーナはビクッと反応する。


 「そんな世界、変えてやればいい」


 「簡単に、言わないでよ」


 わかっている。人間に染み付いた差別意識を完全に払拭するのは並大抵の

ことじゃ叶わないことくらい。


 「ニーナ、全ての人間は君みたいな子達の敵なのか? 一人も味方はいないのか?」


 「わからないよ……」


 「なら、俺が味方になってやる」


 「わたしの……」


 「ああ。だからさ、自分のこと化物とか言うのやめてくれ。君自身も化物や半端ものなんて思いたくないだろ」


 「わたし……わたしも、人間……だもん……」


 ニーナは、涙を堪えた。一瞬の沈黙のあとに見せたのは、笑顔だった。


 「千尋、ありがとう」


 「ん」


 「それじゃあ千尋、ちょっとあっち向いてて」


 え? 急展開過ぎて意味がわからない。

 

 「もー! 早くあっち向いてよ」


 言われるがままだった。

 後ろを向いているとしばらくしてシュルシュルと衣擦れする音が聞こえた。

 おいおいおい、まさかまさか。まさかだよな。

 ばさっと明らかに布が地面に落ちるSEも聞こえた。

 

 「んーと、たしかここら辺に……あった。ん、よかった、無事みたい」


 普通、目的のもの探してから脱ぎません? こっちはすごく心臓に悪いんですけど!

 さすがの姉さんも背中越しとは言え、俺の近くで着替えはしないのに(恐らくやる気はあるだろうが)

 ニーナちゃん、羞恥心とかありますか?

 いったいどこまで脱いだんだ? 羽織っていたローブだけ? 服? もしかして下着も!? いやいやいやいや、流石にそれはないよないやでも待てよ、相手は女の子。汚れは結構気にするだろうし、全部着替える可能性もいやしかし待て! 後ろ向いているからって相手がふとした瞬間振り向かない可能性がないわけでもないのに全裸になるなんてあり得るか? 上着だけ、行っても一線はしっかり守って着替えるのがセオリーでって俺は何を考えているんだ! 女の子、それも初対面の、流石に失礼極まりない! だめだ、煩悩が! そうだ、ここはお経を唱えて心を無にするんだ! そうとなれば早速、南無阿弥陀ぶ――――


 「千尋、もういいよ」


 「そうか、争いは何も生まないな」


 「爽やかな顔して何言っているの???」


 絶句した。そこには美少女がいた。

 ワンピーススタイルは基本ベースとして変わらないが、全体的に可愛らしいデザインの装備だ。

 先程まで素足だったのが、動きやすそうなロングブーツに替り、羽織ているローブもしっかりとした素材なのがわかる。


 「これね、ママが遺してくれたものみたい」


 ニーナの手には一通の手紙が握られていた。

 流石にこの世界の文字は読めないので内容を聞いてみた。


 『わたしの可愛い娘ニーナへ

 あなたがこれを読んでいるということは、私たちはこの世にはいないのでしょうね。とても残念なことです。でも、この箱を開け、これを読んだということはもう決心がついたのだと、母は思います。私の未来視が正しければ、近くにあなたを助けてくれる方がいるとおもいます。あなたがその方を信じている限り、あなたは一人ぼっちじゃありません。


 私たちは、人里を避け暮らしていました。あなたは、私たちができなかったことをやろうとしています。それはとてもとても大変なことです。母として、そばであなたを見守りたかった。ですがそれは叶わぬ夢。せめて、母としてあなたにできる限りの備えと助言を与えたいと思います。


 あなたにはこの先、たくさんの仲間に出会うことでしょう。その人たちを信じなさい。世界は敵だけじゃないのです。そして、全ての鍵は千年前の人魔戦役に原因があります。まずは私の母、ニーナから見ておばあちゃんに当たる方と会いなさい。おばあちゃんは私の故郷にいます。そして、パパのお母さんの妹、叔母に当たる方に会いなさい。それからのことはその方たちが道を示してくれるはずです。


 強く行きなさい。そして、人精獣の三種族の血が流れていることに誇りを持ちなさい。あなたは多種族の希望の光なのだから。


母より』


 それは、別れを告げる内容よりも、愛娘の身を案じる内容よりも、力強く前へ背中を押す手紙だった。


 「そういうこと。だから千尋、これからよろしくね」


 上手く乗せられた気がしないでもないな。しかし、変える方法がわからないなら、行動するしかないな。


 「うん、よろしく」


 「それじゃ、まずは南に行って最短で森を抜けなきゃね。真っ直ぐ西に行くと時間もかかるし、何より、凶悪な魔獣が住み着いているみたいだし」


 ニーナはぴょんと跳ねて歩き出す。

 最初のイメージとは打って変わって活発な子だなと思う。


 「ああ、ちょっとストップ」


 俺は思い出したかのようにニーナを呼び止める。


 「なに?」


 「ちょっとこっち」


 俺はある場所へニーナを案内する。

 そこは盛り上がった二つの土。


 「君が眠っている間に勝手にやったんだけど、君の両親はここで眠っているからさ、挨拶をしないとね」


 別れ、とは言えなかった。


 「パパとママが……そう」


 どうしたらいいか分からないでこちらを見上げる。他人と関わることがなかったせいなのか、または世界観の違いが現れているのかは定かではないが、俺の知っている常識とはイコールにならないらしい。


 「こういう時は、手をあわせてお辞儀をするんだ。そして行ってきますって言うんだ」


 「こう?」


 「そう、そんな感じ」


 ニーナは両手を合わせ、両親に挨拶をする。

 行ってきますと。そして、ありがとうと。


 「それじゃ改めて、いこっか千尋」


 「俺のついていける速さで道案内を頼むよ」


 異世界へ来て、俺は初めて冒険をする。

 諸々忘れていることはあるけど、今は気にしなくても問題はない。それよりも、


 「一応、貰っておくか」


 俺を殺そうとしたショートソードを剣ベルトごと頂戴して腰に付ける。この森に魔獣が潜んでいるなら、自衛手段がないと生きて抜け出せそうにない。

 さて、過去の悪夢が俺を追い越すか、過去の悪魔を突き放すかは、俺の行動しだいか。


 「千尋―! はやくー!」


 「ごめん! 今行く!」


 俺、いつ日本に帰れるんだろう……。



 「…………」


 木々の隙間から覗く赤い瞳。


 「あの子、美味しそう」


ストーリは進んだというより、進むための準備が整った回ですね

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