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別れ、そして……

 「なあ。千尋のやつおそくねーか?」


 「そうだね。大丈夫かな?」


 「…………」


 健太、真希、深雪、それぞれが運ばれてきた料理を食べながら、学生服を乾かしにトイレに行った千尋が未だに戻らないことに、気になり始めていた。

 千尋がトイレに行ってから10分前後で各料理が運び込まれ、そこから10分ほど時間が経っているため20分以上は戻っていないことになる。


 「俺ちょっと様子見に行ってくるわ」


 だが健太がトイレを確認しに行っても千尋の姿は見当たらなく、一般客が用を足しに出入りするくらいだった。


 ちなみに、トイレは店の入口から遠く、健太たちの席は店の入口に近いため、千尋が店から出ようとしたら目につくはずだが、その痕跡すらなかった。

 健太は冗談半分でこう語った。


 「千尋の神隠し……なんてな」


 ◇


 ――なんとなく。なんとなくだが、少女の消えていった方に足を運ぶことにした。

 うろうろ彷徨うよりは、進む場所を明確にしておいたほうがいい気がしたから。

 もしかしたら、少女を偶然見つけられるかもしれないと思った。まあ、見つけたところで逃げられるだけだろうけど。

 雨の降る深い森の中、無造作に伸びきった雑草をかき分け、ぬかるみに足を奪われながら、前へ前へ進む。

 10分、20分、身体は段々と重く、体温は下がり、空腹は限界を超え胃が痛くなる。歩く速度は遅くなり、次第にはふらつき始めてきた。


 (少し……休も)


 適当な木に体を預け、体力の回復を待つ。

 それでも身体は冷え、胃は悲鳴を上げるのに変わりはなく、状態は悪化していくいっぽうだ。それでも休息を選んだのは精神的に参っていたからである。

 

 どれくらい休んだのだろうか?

 空は木々で覆い隠され分からないが、うっすらと明るくなっていることから朝だろうか? 雨は止み他生物の声が聞こえ始める。

 そろそろ動き出すか……

 

 ――――――――


 頭に声? が響く。

 

 (まただ)


 数時間前はこの声を頼りにたどると少女に出会った。

 だけど、なぜ自分は聴くことができるのか。ただの偶然なのか、昔の痛い設定が生きてきたのか、千尋にはわからなかった。


 たどってみるか。雨でぬかるんだ土を踏み、歩みを進めていく。

 陽が徐々に昇ってきているのか、視界がだいぶ広がってきた。

 

 数分もせず歩くと視線の先が眩しく、直視できず目を細める。

 光に目が慣れ少しずつ開くと、視線の先には湖が広がっていた。

 そこだけが別の空間のように幻想的だった。それだけで絵になるような。


 「すげー。こんなところもあるんだ」


 湖の底がはっきりと視認できるほど透き通っており、太陽を反射し、緑豊かな森がまるで、エルフや妖精の隠れ里のようだった。

 なんとなく耳をすませば妖精の歌声が聞こえそうだ。


 「記念に収めておくか」


 ポケットの中のスマホを取り出し、数枚ほど適当に写す。

 写したはいいけど、別にどうこうするつもりはない。

 修学旅行先で適当に写したけど、それで終わる写真たちと同じ扱いだった。いやまあ、たまに振り返ったりするときに眺めたりはするよ。

 しかし、一度気を抜くと疲れがどっと来るな。

 てか、あー、喉渇いた。この水飲んで大丈夫かな? 大丈夫だよな? 綺麗だし? 

 うん、たぶん大丈夫だ。

 水を手にすくって……なんて上品なことはしない。そのまま顔面から突っ込んだ。

 ゴク、ゴク、喉の渇きだけでなく、空腹を満たす勢いで飲む。飲む。飲み続ける。

 

 「っはあ」


 腹いっぱいに満たされた。味は……水でした。

 自然の水なので少々気にしていた部分はあったが、水道水と対して変わらなかったかもしれない。

 これであとは体力をちゃんと回復させてから動こう。少女のことは気になるが、安直に動いてもいたずらに消耗させるだけだ。しっかりと万全の状態で臨もう、そう思った。

 

 ――い……だ…………め……!!…………さ………!!!――


 「!!」


 突然、直接脳内に響く声。スタンバイモードに移行していた千尋の身体は電源オンモードに切り替わった。

 何度か確認できた声。その声の主は今絶体絶命に陥っている。

 嫌だ。やめて。殺さないで。

 助けてとすすり泣くあの声とは全然違う。

 千尋は駆け出した。

 なぜ駆け出したかって? なんとなくだよ!

 千尋という人間を善悪で分けるなら、彼は善寄りの人間だ。いや、善であろうとしている。

 昔の罪滅ぼしということもあり、少しでも誰かの役に立てたり正義のヒーローになろうと一時期暴走した黒歴史もある。

 高校生になったばかりだが、そんな過去が今の千尋を動かしているのは事実だ。

 もう二度と、後悔しない為に走る。

 

 再び方角が狂いそうな深い森に入っていく。だが、聞こえてくる声が方角を狂わせない。

 視界は相変わらず悪く、先ほどの湖だけが本当に別空間だったのではないかと思う。

 木々の間隔は狭くないものの、直進できないもどかしさと焦燥感が入り乱れ足元がお留守になってしまう。


 「!? ぐっ……」


 小さな窪みに足を取られ転倒してしまうが、止まらない。

 不格好でも、情けなくても、足は止められない。

 普通なら、そこまでする理由がわからないという人が大半だろう。だが、千尋にはそうする理由があったのだ。

 ややあって、炎が見えた。いや、家が燃えていた。

 しかしどこか既視感のある家だった。


 「一周回って戻ってきたのか……」


 昨夜、千尋が迷い込んだ少女の家だ。それが燃え盛り、火柱が上がっているのだ。

 そして、その燃え盛る家の前には例の男二人と、両手両足が黒い縄で縛られた少女の姿が。


 ――このまま生かしてたら帰路で何があるかわからん――

 ――血と体さえ残っていれば最低限の実験には使える――

 ――なんでもするから殺さないで!!――

 ――ガキにゃ興味ねえ。もう少し大人なら慰みものと思ったが、化物なんかとヤッたら汚れちまう――

 ――化物親子揃って同じところで死ね――


 男が少女を炎の家に放り込む。


 「いやぁぁぁぁーーーーーー!!!!! 熱い!!!!!! 熱いよ!!!!!!! 助けてーーー!!!」


 「ははは!! 化物が何か言ってグルハァ!?」


 男が地面とキスをする。


 「待ってろ! 今助ける!」


 男の後頭部を石で思いっきり殴ったのは千尋だった。

 男を殴り倒し、そのまま少女のところへ駆けつける。

 その背後に、もう一人の男が迫る。


 「さっきのガキか。二度も邪魔者がって。テメェも死ね」


 腰に携えていたショートソードを抜き、千尋に突きつける。

 だがここで黙ってやられる千尋ではない。

 男を殴った石を全力で投げつける。コントロールはお世辞にもあるとは言えないが、当たろうが当たらなかろうが、千尋から視線を外すのは成功した。あとは近くで燃えている家から剥がれ落ちそうな木の破片を引きちぎり、こちらに視線を戻した男の目に突き刺す。


 「ぎっ……あああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 突き刺された痛みと、炎の熱さで男は絶叫する。

 確実に潰してしまった。一生治ることはないだろう。

 一応心の中で静かにごめんなさいをする。目の前の驚異は一応抑えられたので、千尋は少女を抱き、その場を離脱する。


 「くっ、あ゛あ゛あ゛……待てよクソガキがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 よろよろと片目を抑えながら、鬼の形相でこちらを睨む。

 隣では殴られた男も立ち上がる。

 思ったより回復が早い。

 千尋は殴ることに躊躇ったのだ。思いっきり殴ったつもりが、理性のどこかでブレーキをかけていたようだ。

 殴ってしまった後悔と、全力を出せなかった後悔が残った。

 中途半端って、良くないなぁ……。

 ダメージがあるとは言え、少女を抱えた千尋は逃げるのは容易ではない。いや、体力を削りすぎた千尋は不可能としか言えない。

 少女を置いて逃げても、結果はあまり変わりそうもない。


 男が凄まじい速度で千尋に迫る。どうも人間離れした速度だ。おかしくね?

 少女を抱えたまま身を屈めやり過ごす。

 男は突き出したショートソードを背中越しに振り抜く。伊達にこんな森の奥までやってきていない。

 冒険者の間では中の下レベルだが、何の技術も持たない人間からしてみれば、その戦闘技術は驚異そのものだ。

 振り抜いたショートソードが千尋の右肩を掠める。


 「っ!!」


 片目が潰れて距離感が掴めなくなっても感覚は衰えておらず、追撃の蹴りを入れる。

 直撃を避けるため前に飛び逃げるが、結果的に転倒することになる。

 

 「クタバレッ!!」


 銀色の死が弧を描く。

 避けることはできなくはなかったが、千尋は避けることができなかった。

 腕の中に少女がいたから。

 そしてその一閃は千尋の背中に傷を生み出す。

 

 「があああ!!!」


 朱い水が空中に躍り出る。


 ◇


 わたしは多分助けられたんだと思う。でも、信用はできなかった。もしかしたら、それは演技で、後で殺そうとしていたかもしれない。

 でも、ほんとのところ、わからなかった。

 人間はちょっと自分たちとは違う人間にとても冷たい。ううん、生き物として見てくれない。

 悪魔の遣いとか、世界の汚点とか、半端ものとか。

 でも、助けてもらったのに何もお礼も言わず逃げたのは後悔した。

 だから一言だけども、遅くなったとしても、ちゃんとお礼を言いたかった。

 一度来た道を戻ったけど、男の子には会えなかった。

 そして自分の家に戻ってきてしまった。


 あの男たちはどうなったのかわからない。逃げたわたし

たちを追ったかもしれないと思った。

 だから家は安全と思って、パパとママに会いたくて、そして、男の子が言っていた『この子”も”殺すのか』がどういうことか確かめたくて。

 酷かった。数時間前までパパとママとわたしの三人で楽しく過ごしていた時間が、あの男たちに壊された。

 扉は壊れ、窓は割れ、床や壁には大きな穴。家具も直せないくらい壊されていた。

 そしてわたしは見てしまった。

 暖かかったパパとママ。もう、ニーナとお喋りもご飯を食べるのもできなくなった。

 泣いた。たくさん泣いた。

 どうしてこんなことをするの? ニーナたち何も悪いことしてないよ? どうしてどうして?

 でも、人の神様は残酷だ。いないと思っていた男たちがわたしを押し倒して手と足を縛ったのです。

 いやだ! やめて! 殺さないで!

 わたしの叫びも虚しく家の外まで連れてこられ、男たちはニーナたち家族の思いでが詰まった場所を焼いたのです。

 こんな醜いものがここにあるだけで汚いと。

 わたしは暴れました。もうわけがわからないです。

 そうしたらわたしは火の中に投げられたのです。

 熱い。

 ああ、世界は残酷です。


 でもそんな残酷な世界でも手を差し伸べてくれる人がいました。

 さっきニーナを助けてくれた男の子です。

 男たちをやっつけてニーナを抱き上げてくれました。

 酷い人間にもこんな人がいたのは初めてでしたので、とても頭が混乱しています。

 ニーナが混乱している間に状況が変わります。

 男が立ち上がって男の子を襲い始めまじた。

 何度かは避けたけど、ニーナをだき抱えたまま二人で倒れてしまいます。

 男の子はわたしを手放せば自由に動けたかもしれないのに、ずっとわたしを守ってくれました。

 そして、ニーナのせいで、男の子の背中から朱い、とても朱い水が空高く舞った気がしました。

 わたしの中で、何かが切れました。


 ◇


 「くそっ! ガキが!」


 男は足で千尋の頭を思いっきり踏みつける。


 「がっ!」


 背中の痛み。頭の痛み。それでも少女を守り通す。

 自分の行動に後悔はしたくないから。

 だけど、もう長くは続きそうにない。

 数秒もしないで殺されるのはわかる。だが、最期の一瞬まで突き通す。

 

 「やめ……て」

 

 今、腕の中の少女が喋ったよな? 


 「その人に酷いことするの……やめてよ!!!!」


 突如、突風が吹き荒れる。

 いや、千尋の中にいた少女がものすごい勢いで飛び出したのだ。

 

 「な、なん……」


 男がくの字になって後方へと飛ばされる。

 燃え盛る家の前まで転がり、そのまま気を失う。


 「ば、化物め……」


 後頭部を殴られた方の男がロングソードを構え少女に斬りかかる。

 少女は自身に降りかかる死の一閃を左手でいなし、自由な右手を大きく開き、爪でひっかく。

 

 「ふごぉ!」


 ただの少女がひっかくその痕は、まるで獰猛な獣による切り裂きのようだ。

 実際、少女をよく見てみると、先程までは存在しなかった獣の耳が頭頂部から生えており、少女の爪は鋭く伸びていた。表情は幾分か怒りがこもっていた。

 あまりの変身ぶりにただただびっくりするしかない。

 対照的に男はつけられた傷より、少女にやられた事へのショックが大きいのか、意味のわからないことを叫んでいる。


 やっぱり化物だ。

 神の失敗作だ。

 なんで早く死なねぇ。


 少女が一歩近づくと、男は一歩下がり、もう一歩近づくと二歩下がった。

 そしてもう一人の男の隣まで来ると逃げ場がないと気づいたのか、再度長剣を構えなおす。

 そして、男が動くよりも、少女が動くよりも、第三のものが早く動いた。

 ガラガラ。

 燃え盛る家が倒壊したのだ。


 「な……ひっ」


 因果応報というやつだろうか。

 千尋は放火現場を見ていないが、恐らく男達によって燃やされている。

 そして、自分たちが燃やした家に潰される。

 倒れゆく家を少女はただじっと眺めていた。

 千尋からは背中しか見えないため、その表情はうかがい知れない。

 

 ◇

 

 火が収まり、家が完全に倒壊するまで少女はずっとその様子を静観していた。

 千尋はなんとなく少女の隣に来ていた。ただその隣に。

 少女が静かに涙しているのを見てしまったから。

 手のひらに爪が食い込み、血が流れているのを見てしまったから。

 長いようで短い時間が過ぎていく。


 「あり……がと」


 少女の上ずった声が耳に届く。

 そのありがとうは、助けに来てくれたことへのありがとうなのか、隣にいてくれてありがとうなのかは分からないが、お礼を言われたのだ。なら、返事は決まっている。


 「どういたしまして」


 そう言った直後、少女が淡い光に包まれたかと思うと、頭頂部から覗いていた耳は消え、代わりに今気づいたことなのだが、髪の毛の隙間からはエルフのような尖った耳がチラッと覗いていた。

 そして、少女は突然千尋の方へ倒れだした。


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