か
蚊
十二月十九日の夕暮れ時。一匹の蚊を見た。西の硝子扉を開けたら入って来た。棚の側面に着した。蚊だ。もう冬だというのに。まじまじと見ながら思う。蚊もどこかで冬を越すんだ。消え去るわけではなくどこかにいるんだ。そっと蚊の尻をつついた。すると蚊は消えた。飛び去ったのだ。どこかへ。
夢。
夢を見る。寝床から起きる夢を。朝か。そして朝日の射し込む部屋で起き上がる。そこには誰かがいて声を掛け合う。気安くいつものように。それでも僕は部外者だった。あるいはそんな関係は存在しないと知って話を切り上げた。また掛布団をかぶり目蓋を閉じた。そして目を覚ます。薄暗い夜明けの前の一人だけの部屋で。
蝉。
十二月二十六日の神社境内。松の幹に蝉の抜け殻を見た。曲がった幹を屋根に雨風を凌いだのだろう。このまま春を迎え夏を迎えるのだろうか。松の幹にしがみついた空っぽの蝉だったものが頼もしく思える。そうなった時近くに新しい蝉の抜け殻があったらなにか感じるものがあるだろうか。しばし蝉の抜け殻を眺めた。あくる日。そこには何もなかった。松の幹だけが変わらずにあった。乾いた風の強い日だった。




