お
だやかな夜に。
穏やかな夜に耳鳴りが響く。ふとした瞬間に自覚すれば清んだ音色が響き続ける。思い出す。霊媒は言った。:特別な時に特別な場所で選ばれた者が崇高な方々に会うならば立ち所に力の所在は知れる。
そのようなことを霊媒は言った。ただその特別な場所は遠そうだった。ので断った。それに今ここで実証出来ない事に興味がなかった。
授けたには違いなくともそれを表すに時と場所を選ばねばならない。ただの逃げ口上としか思えぬ文言。今ここで検証出来ない事にどうにも乗り気になれなかった。仰々しい儀式をしたいとは思えなかった。
鈴虫が鳴いている。
耳鳴りは止まず続いている。意味はなさそうに感じる。静かにして頭を冷たく感じる。痙攣の上で頭骨は広がろうとし頭皮は延びる。そんなことに何の益もないだろう。少々広がったところでどうという事もないだろう。新しい事は何もなく閉塞は息苦しさは促すばかり。霊媒には影を成果の如く言われて久しい。新しい事もなく。冷え冷えとした空気を鼻から入れて鼻から出した。後頭を搾り搾り。留め反発させ落とし顎で打った虚空を下へ二度打った。角度も微に。留め反発させ顎を伝い奥歯へ奥歯から後頭へ後頭から頭頂へ流れる振動。あるいはほとんど変わらない振動を意識が順繰りに照らす事で生まれる虚構の強弱。頭骨を撫でた強弱。新しい事は何もなく耳鳴りは高らかに鳴り響き高く高く音色保つ。
耳鳴りを綺麗な音色に感じる。
が昔からそうだっただろうか。昔はそう感じた覚えがない。耳鳴りも変わるものなのだろうか。耳鳴りを聞く感覚が変わるのだろうか。
耳鳴りは綺麗な音色。役には立ちそうもない。気休め以外に。
鈴虫は鳴き止んでいた。日付も変わった。そろそろ帰ろう。
鈴虫が三度鳴いた。車両が通る。鈴虫。人の話し声。おずおずと鳴き始めた。どこか遠くに感じる。




