ち
ょうちょ。
今日も暑い。石の階段を昇る。視界をさっと羽が過る。蝉かな。視線が追いかける。蝶だ。二匹。上下に連なっている。紐付けされたように。ひらひらと空中で一瞬の静止を織り混ぜつつ二匹は踊るように飛んでいる。きれいなものだな。この暑いのに。
華麗な蝶の空中舞踏は木陰へ引き下がった。終わりか、視線を外すと蝉の死骸が転がっていた。あるいは転がる蝉の死骸を急に思い出した。止まっていた足を動かす。石の階段を昇る。今日も暑い。工事の終わった神社を目指した。
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模造。
刃の無い模擬刀がするりと空中を滑り落ち床への落着の前に留まる。どうにも違う。また追い出される時が来たのだ。昨日までの是を今日は非と自身が突き付けている。故郷の様に馴染んだ所作もまるで知らない土地のよう。家族よりも親しく接してきたのにまるで知らぬ通りすがりのよう。まさかと思って繰り返しても、やはりもう馴染んだ感覚は微塵も無い。よく似た別になってしまった。迷子になったのだ。新しい居心地のよいモノを見付けられる算段も無いのに。もっとよいモノをという初心もすっかり薄れて掠れ脇に避けているというのに放り出されたのだ。
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手水舎にて
いつもはお行儀よく置かれた柄杓達は珍しく乱雑に石の器に据えられた竹製の置き場に掛けられていた。柄杓達。一つは皿が上を向いて置かれ、一つは皿が下になり水に落下してる。残りの三つはややばらけて置かれているがおおむねいつも通り。
竹に掛ける。いつものように。皿を下へ向けて。
改めて柄杓で水を掬う。石の器にはなみなみと水が湛えられている。おや石の縁に茶色いものが三枚。枯れ葉でも飛ばされてきたか。先ずは一枚。柄杓で水ごと掬う。流す。柄杓の皿に茶色だけ残ってしまった。水を掬いなおそう。曖昧な認識も水と共に流れだしたのか、柄杓の皿にある茶色の残りを見るともなく見た。次いでまじまじと見た。それでようやくそれが枯れ葉ではなかったと気付いた。蝉の羽だ。水を掬う。流す。今度は羽も流れて行った。石の器にはまだ二枚。それもやはり羽。柄杓で掬おう。柄杓をちゃぷりと水に入れる。柄杓は水の流れを起こし羽を翻弄した。なかなか掬えない。石の縁の水辺でしばし戯れる蝉の羽。翻弄されたが一枚掬い、器の外へ流した。慣れたのか三枚目にはさほどかからず掬った。やれやれ。改めて手を洗い口を濯ぐ。
羽の持ち主は何処へ行ったのだろう。三枚の羽を残して。それらしきものはなさそうだったが気付かなかっただけだろうか。
それにしても公衆衛生としてはどうなのだろうか手水舎というものは。今に至っては不適切不衛生ではないのだろうか。口を濯ぐ時はやや捨て鉢な考えが過る。考えつつ参拝を続けた。
参拝途中、羽ばたくものが視界を通り過ぎる。蝉かな。




