むかし
○○
まだ二十代だった。店番をしていた。
その頃の話だ。
ある日の夕暮れに、
小学生低学年の女の子が来た。
家の鍵を忘れて、家に入れない
と僕に言うんだ。
ここで待たせて欲しい
と。
僕は言った。
「近くに友達の家はないの」
彼女は、しばらく無言だった。
しばらくの後に 。
○
ここは寒い。
あの時もストーブを使っても寒かった。
僕は当時、今と同じ様に追い詰められていた。
そして、すっかり疲れていた。
成果のでない日々と年齢だけが、
冷たく存在感を増していた。
僕は
見ず知らずの女児を店に待たせる事で立つかもしれない、
近所の風聞が怖かった。
もっともな発言力。
友達の家に居させてもらいなよ
という言葉で不安材料を遠ざけた。
それに彼女は返答したんだろうか。
僕に対して。
思い出せない。
僕の言葉に失望し、黙して店を出たのだろうか。
忘れてしまった。
へなへなと
彼女と僕を隔てる台に顔を寄せて
出来るだけ目線を合わせて僕は発言した。
拒絶の言葉を。
いないとは言わなかった。
きっと友達の家に行ったさ。
ここよりずっと居心地の良い場所へ。
今日も寒い。
そのせいか、思い出したんだ。




