入院
「それで?どうなの練習の方は」
「悠一さん。やっぱり僕にこんな重役無理ですよ。ごめんなさい」
相変わらず苦戦中らしいクリニカは、話しかけた僕に、いつもの挨拶をしてくる。
この一週間、ずっとこんな感じだ。
「そんなことばっか言ってるから無理なのよ。気持ち悪い」
「明日菜ちゃん、そんな言い方しない方が……」
「はぁ?なに?私に文句ですか?あんたみたいなブスが?気持ち悪い」
わぁー。顔を見なくても語尾だけで誰か分かるよ。僕以外にもうるさいのが見に来てたんだね。
後ろから聞こえる罵声に、その人の顔を思い浮かべてから振り返る。
「二人も来てたんだ。修行は上手くいってるの?」
「バカにしてるのあんた?私たちは治療魔法がほとんどだから特訓なんかほとんどないのよ!気持ち悪い」
「明日菜ちゃん、バカにしてるんじゃないと思うよ。悠一さんは本当にバカなだけだよ。許してあげて」
落ち着くんだ悠一。彼女らに悪気はない。ぶん殴っては負けだ。
「そうだったね、ごめんごめん。あっ、そうだ。なら二人も一緒に聞いて」
「はい?」
「なに?気持ち悪い」
「僕もですか?」
三人が一斉に僕を見る。ラフィアが攫われたこと言っておかないと。
「うん。それがね、ゆうかい……」
いや、待てよ?ここで誘拐されたなんて言ったら、みんなは不安がるんじゃ。
ダメだダメだ。今でさえみんないっぱいいっぱいなのに、不安を煽っちゃダメだよ。なんとか誤魔化さないと。
「誘拐?何よなんかあったの?気持ち悪い」
えっと……えっとえっと。
「ゆうかい……ゆーかい……ゆかい……そう。愉快な人になるための本とか探してるんだよね僕」
やっちまったぁー。この誤魔化し方は無理があったぁー。
自分で言った後に気がついた。これはやばい。笑顔でなんとか押し切れないかなー。
「あの……悠一さんはもう既に十分過ぎるほど愉快な人だと思うんですけど……」
やっぱり無理だったか。なんか哀れみの目で見られてるよ。こうなりゃヤケだ。
「まず、なりたいんですか?」
「うん!」
我ながらなんてハッキリとした返事なんだ。
「あっ……そうですか。ごめんなさい」
くそ。もう引き返せないじゃないか僕のバカ。クリニカまでそんな顔をしないで。
やっぱり今からでも本当のことを話そうかな……
「おいお前ら!ちょっと来い!」
突然、僕たち全員、友久に大声で呼ばれて振り返る。
友久は、珍しく焦った様子で走ってきた。
どうしたんだろ?
「ラフィアが見つかった。今、病院だ」
僕たちは、すぐさま病院に向かった。
「ラフィア!!」
「………………」
すぐさま病院に駆けつけた僕の声に、意識のないまま反応しないラフィア。
「ラフィアさまぁだいじょうぶなのぉ?」
友久に向かって真っ先に涙目で尋ねるハク君の台詞は、僕が聞きたかったことと同じだった。
「大丈夫……なはずだ。回復魔法もかけてるし。だが、意識が戻らない」
「そんな……」
昨日まで、普通に話していたのに。
僕がちゃんと側にいれば……
あれ?でもおかしくない?だって相手は、ラフィアを戦争に出させないために誘拐したんでしょ?
意識不明の重体とはいえ、なんで返してきたんだ?
いや違う……友久は見つかったって言った?
「ねぇ友久、どういうこと?」
「えっとな……ほんとはな、ラフィアがどこにいるか知ってたんだ」
「何?あんた敵と通じてたの?気持ち悪い」
そんなわけないだろうけど、隠し事は確かに気持ち悪いぞ友久。
「ねぇねぇ、気持ち悪い友久。どういうことか教えてよ」
「気持ち悪いバカにも分かるように言うとだな。奴らがラフィアを狙ってくる可能性はあったからな、発振器を仕掛けておいたんだ」
気持ち悪いバカ?誰だそれ?おーい。気持ち悪いバカさーん。
「振り返ってんじゃねぇ。お前だお前」
「なんだと友久!?バカは仕方ないとして気持ち悪いとは何だ!バカは仕方ないけど!!」
「バカにも怒れよ。でな、発振器で居場所が分かったから、助けに行ったんだけど」
時既に遅しだったわけか。
ラフィア……こんなに傷ついて……
なんでいつも……ラフィアだけが傷つくんだ……
「僕、許せません。自国の王女様をこんな目に遭わされて。絶対勝って、タートルの奴らに教えてやります。していいこととダメなことがあるって」
ラフィアの姿に憤り、擬似戦争への想いを高め、絶対に勝つと断言したのは、いつもからは考えられない、クリニカだった。
「私も、ムカついてきたわ。あいつら、ほんと気持ち悪い」
続けて言ったのは、明日菜。こっちもラフィアをこんな目に遭わされてキレてるみたいだけど、こっちはいつも通りといつも通りか?
「私も、できるだけのことはします!」
「僕も、ラフィア様をやった奴、ぶっ飛ばすんだぁ」
言葉と言い方のギャップが凄まじいハク君と自分らしく決意表明をする陽菜。
それにしてもみんな、相当士気が高いね。
でも、当たり前か。
ラフィアは確かに生きて帰ってきた。
でも、こんなにボロボロなんだ。
意識もない状態で、友久が助けに行くのがちょっとでも遅かったら、本当に危なかったかもしれないんだ。
誘拐された時の恐怖は消えやしないし、この傷だらけの身体とボロボロの服を見れば、奴らにどれだけのことをされたのかも容易に想像できる。
クリニカの言った「許せない」は、全員が思っていることなんだ──
「ふん。ラフィアが傷つけられたぐらいで、てめぇらは大袈裟なんだよ。俺様には、何一つ関係ねぇな」
「僕も、どうでもいいなー。別に誘拐されたとか傷つけられたとか気にすることなくない?。そんなことよりさ、ラフィアがこんな状態でほんとに勝てんの?勝てないならやめようよ。負けんなら意味ないじゃん。てか、かっこ悪いし」
──この二人を除いては。
「二人は本当に、ラフィアがこんな目に遭わされても、何も感じないの?」
「あぁ」
「うん」
即答か……
「少しでも期待した僕が、バカだったよ」
「何本気になっちゃってるの?そういうの……恥ずいよ?」
もういい。ストラスもピスナーも嫌いだ。
「行こう友久」
僕は友久と二人、部屋へと戻った。
「本当にムカつくよあの二人!この国の王女様が誘拐された上に意識不明にされたのに、関係ないんだって!」
「聞いてたよ。俺も同じ部屋にいたんだから。……でも大丈夫だと思うぜ?」
「何がさ」
半ギレで友久に突っかかる。
「あれは本心じゃねぇよ。本当にどうでもよかったら、あの場所へ駆けつけたりはしねぇよ」
ふーん。どうだかね。
「そんな顔すんなよ。それより、明日は早いんだ。もう寝ろ」
「分かってますよーだ。はいはいおやすみ」
口を尖らせながらも友久の部屋を後にした。
友久の言う通り、明日は早い。ストラスとピスナーのことはもういいや。さっさと寝よう。