パーティー
「つまり、俺たちがハメスに九十九パーセント勝てない理由は、魔法適性の絶対的な差にあるわけだ」
「はい……国にはそれぞれ魔法適性の高い種族が沢山いる順にランクがあります。私たちの国は、星ゼロ個ですが、アスプールは星三つ。最高ランクです」
「どの程度の差になるのか具体的に教えてくれ」
「数字で言いますと、パテシアの国民一人の魔法適性数値は百二十前後です。王女である私でも、二百十程しかないんです。それでアスプールの方は、一人一万ぐらいかと……」
「なるほどな。確かに、勝てるわけねぇと絶望するには充分な差だ」
みんなから少し離れたところで、友久とラフィアが何やら話している。
何の話だろう?僕も話に混ぜてもらおっかなー。
「でも、絶対に勝てないわけじゃない。だから、今日のことを一人でそんなに悩むな」
「はい……」
「たとえ、心無い人形にされようと殺されることがあろうと、ここの奴らはお前を恨んだりはしない」
「はい……」
「……そうか。それでもそんなに涙が溢れるっていうなら……なら、ハンカチを持て」
「……ハンカチ?」
「どうしようもないくらい辛い夜には、涙を拭ってくれるハンカチが必要なんだ。この世の中には、それを持ってない人も山ほどいるけど、でもお前は、こんなにたくさん持ってるじゃないか。俺たちが、いるじゃねぇか」
「友久さん……」
「それはきっと、幸せなことだ」
うーん。友久がなんか言ってたみたいだけど、話しかけていいのかな?いいよね。せっかく近くにきたし。
「ねぇねぇ、何話してたの?」
「うるせぇハンカチ一号!黙ってろ!」
すっごい勢いで怒られた。話しかけただけだよ?ねぇ?
「そんなに怒んなくていいだろ友久!しかもハンカチ一号って何だ!あっ!さては新手の悪口だな!?この最低野郎!」
「まぁまぁこの生ハムメロンでも食べて落ち着け」
うわぁ生ハムメロンだぁ。ありがとう友久!
「すごい美味しいよこれ」
「単純な奴……」
やめて。そんな残念な目で僕を見ないで。悲しい。僕だって自分自身の脳が悲しいよ。
「そもそも友久たちを探すのも苦労したんだよ?」
生ハムメロンの生ハムを退かしてメロンを食べながら、友久に向かって言う。
「それは悪かったな。しかしその食べ方は贅沢過ぎないか?」
まったく食べ方なんてどうでもいいだろ。人の話を聞いてるのか。
「悪かったじゃないよ。どれだけ探したと思ってるんだ。向かいのホームに路地裏の窓、そんなとこにいるはずもないのに」
「あぁそうかそうか」
全然聞いてないな……
「悪いラフィア。バカに時間を取られてた。話に戻ろう」
「あっはい……」
全部僕のせいなのか……
いつものことか。いいですよ。はいはい。
「さっき、勝てないとは決まっていないって言ったろう?その理由の一つが、科学だ」
「……科学?」
ラフィアがキョトンとしてる。ってことはやっぱり、科学ってあの科学のことだよね?
「実は俺たちの世界には、その科学ってのがある。魔法に勝てるかもしれない、俺たちだけが持ってる最強のカードだ」
「最強ですか!?」
最強?目をキラキラとさせるラフィアとは対照的に、友久が言った言葉が、科学の意味を知っている僕には、引っかかった。
「待って……友久。水を差すようだけど、本当に科学で、魔法に勝てるの?」
「確かにお前の思ってる通り、科学は魔法に劣ってる部分が多いのかもしれない。未だにほぼ解明されていない科学は、便利でもないし、強くもないのかもしれない」
だったら……
「でも科学は、それがいいんだ」
「なんでいいのさ?なんでそれで最強なの?」
きっと友久は、僕がそれを聞くことすら、分かっていただろう。でも、聞かずにはいられなかった。
「解明されていない。それは、可能性を秘めているってことだからだ。魔法と違って、限界が分かってない。それこそが、最強なんだ。誰かも言ってただろ?頭空っぽの方が夢詰め込める、って」
「それは言ってたってより、歌ってたが正しいけどね。チャラーヘッチャラーじゃないんだよ」
すると友久は、僕のツッコミをほぼ聞き流しながら、さっき見せてくれたスピーカーを使って、お祭りを楽しんでいたみんなに聞こえるように話し出した。
「みんな聞こえるか?俺は、この国を救うために違う世界から来た、中井友久だ!」
僕には見えないけど、きっと今みんなは、王宮の天辺にいる僕たちのことを見ているはすだ。
こんなことをして、友久は何をする気なんだ?
「みんなの中には、今お祭りを楽しみながらも、不安に駆られてる人も多いだろう。……ほぼ確実に負けるような戦いに敗れるだけで、死ぬかもしれないからだ」
「………………」
静まり返る群衆に、友久は続ける。
「でも大丈夫!俺たちには、科学という未知なる可能性がある!適性が低くたって、魔法が使えなくたって、強くなれる可能性だ。だから、誇ればいいんだ!弱いことを。これから強くなれるってことだから。何もない!それは素敵なことだ。これからいくらでも手に入る」
群衆の目の色が変わるのが、僕の目にも見えるようだよ。凄いよ友久。
そう感心していると、突然友久が僕の腕を引っ張った。
僕はみんなから見えるように友久よりも前に出され──
「こいつの頭なんて、まさに何も入ってない!でもそれは、猫型ロボットのポケットのように夢がつめ込み放題ってことだ!」
──見世物にされた。
返せ!さっきの僕の尊敬を返せ!
「友久……それ褒めてるんだよね?」
「安心しろ。バカにしている」
「あっ、やっぱり」
国民みんなの前でバカにされて、あぁもう生きていける気がしないよ。
「いや、その……そんなに落ち込むなよ。正直悪かったと思ってる」
友久が謝ってるよ珍しい。
「だから、俺たちは戦える。必ず勝とう!」
群衆に、力強く言い切った友久。
かっこいいじゃん友久。あっ!
「まさか主役の座を狙って!?」
「何を言ってんだ気色悪い」
暴言が直球過ぎるよ……
「もうちょっとオブラートに包んで」
「うるせぇな。お前の口オブラートに包むぞ」
そういうことじゃない。物理的にオブラートに包まないで。
「ほらよ。主役奪われたくねぇなら、お前も一言言っとけ」
ゆっくりと掌に乗せてきたこれは……マイクか。
えっとえっと……友久みたいにかっこいいこと言わなきゃ。えっと……
「ダメだ。何も思いつかないよ」
「お前はお前らしい一言を言えばいいんだバカ」
そっか。なら……思ったことを。
「絶対勝とうね!みんなで頑張れば、なんとかなるよ。百分の一の力しかないなら、百人で協力すればいい。それだけだもん!」
「ハハハッ!バカってのは、本当に単純でいいよな」
「なんだと友久!!」
(協力すれば、か。全く、その通りだよ)
僕は後ろへ下がって、友久にマイクを返す。
「で?これからどうするの?友久」
いきなりハメスたちと戦うのは、難しいと思うけど……
「擬似戦争に参加する仲間を見つけるんだ。俺とお前とラフィアは決定として、あと六人必要らしい」
ってことは、九人で戦うわけか。
「僕、役に立つかな?もし邪魔なら、友久だけ出てよ」
国民全員の命が懸かっているからね。我儘は言えないよ。
「気にするな。ゲームモードの時のお前は、意外と役に立つ。いつもあれぐらい物を考えて動いてほしいものだ」
いつもバカで悪かったな。
「ゲームモード?」
ラフィアが疑問形で、友久が言った言葉を繰り返した。
そっか。まだ言ってなかったね。
「いつも持ってるこのタオルね、母親が唯一僕に残してくれたものなんだ。僕のことを捨てた最低な母親なんだけど、でもやっぱり思い出もあったし、血の繋がった人だから、これだけは、ずっと大切にしてる宝物なんだ。そのせいかこれを着けて本気で何かする時は、いつもより頑張れるって感じかな」
「こいつな、そのタオルを目を隠すように頭に巻くんだ。で、その時のこいつを俺はゲームモードって呼んでんだ」
「なるほど。そういうことですか」
ゲームに負けたくない時に、僕がよくそうするからなんだけどね。
「これだけは、ラフィアにも、友久にだってあげられないんだ」
「要らねぇよそんなもん」
なんだとこいつ。
「……私にもありました。そういうの」
ありました?
「なくしたの?」
「いえ、自分で捨てたんです。ウルフさんが……以前話した私の大切な人が、いなくなってしまった時に、その人がくれた宝物を」
ウルフ……ラフィアのために命懸けでハメスのところへ行って、そして帰って来なかった、ラフィアのSPだっけ。
今は、ラフィアのことも忘れて、砂人形にされちゃったんだよね。
「ずっと持ってると、思い出してしまうので」
この紅い眼のせいで、僕には大切な人と呼べる人がほとんどいない。
だから僕には、ラフィアの苦しみが本当の意味では分からないのかもしれない。
けれど、自分を認めてくれて、唯一ずっと側にいてくれた友久を、失うことと同じようなことなのかもしれないと思った。
「おい、今なんか気持ち悪いこと思っただろ」
「あっ、すみません」
くそ。やっぱりいなくなった方がせいせいするかもしれない。
「ウルフさんが消えて、死んでしまったんだと思った時は、後を追おうとしたこともありました」
そうだ。真剣な話だった。友久め。
「どうやって思い止まったの?」
「後を追おうとした時、ミータさんに言われたんです。──ぺんまあたぬはゆさびじきるべぼ、って」
「うん。ごめん全然分かんない」
あれ?真剣な話なんだよね?
「あなたが後を追って死んだら、今度は私が、後を追って死にたくなるじゃない、そう言ってくれたんです」
結構いいこと言ってたのに、滑舌のせいで台無しだよ……
「そっか。そう言ってくれる人がいる限りは、死んでられないもんね」
「……はい」
あっ、そうだ。すっかり忘れてたけど、今の話で思い出したよ。
「そうだ。僕、ラフィアにプレゼントがあるんだ」
「えっ?私にですか?」
「うん。さっきそこの屋台で売ってたから」
僕は、小さなぬいぐるみをラフィアに手渡す。どんなのかは分からないけど……ピンク色の何かなのは確かだ。
ラフィアの表情は見えない。でも、喜んでくれてるよね。
「ありがとうございます悠一さん!この子すごく可愛いです♡」
うん。声からしても、これは喜んでくれてるみたいだ。
「そいつ、お腹を押すと口が開くみたいなんだ。何か喋ってるのかもね」
「あっ、ほんとですね!」
笑いながら、何回もお腹を押して遊ぶラフィア。可愛いな。
お腹を押すと口が開く。
お腹を押すと喋る……
お腹を押すと……
「やめてあなた。お腹の子に罪はないわ」
「変なアテレコしないでくださいよ」
あっ、怒られた。ごめんなさい。
「ごめんごめん」
「それ、いつか大事になる時が来る。だからずっと持ってろ」
「あっ……はい」
なんだよ友久。僕があげたのに!大事になる時っていつだよ。そうだいつと言えば……
「そうだ、友久。一緒に戦う人って今日の今から探すの?」
「いや、明日からだ。既にラフィアから候補は聞いてるしな。そんなことより悠一、さっきシェフが、人参とジャガイモと玉ねぎと豚肉なんかを仕入れてたぞ。お前、あれも好きだっただろ?」
何!?人参にジャガイモ、玉ねぎと豚肉だって!?
「じゃあ今シェフが作ってるのは、牛丼だな!」
「そんな奇抜な牛丼はねぇよ!どう考えてもカレーだろ」
えっそうなの?好きなものって言うからてっきり。カレーも好きだけどさ。
「じゃあ僕、ちょっとカレー取ってくるね」
「行ってこい行ってこい」
友久に冷たく見送られて、僕は階段を下りていった。