帰還
「ねぇ友久、ウルフって誰なのかな?」
足を怪我したラフィアを背負いながら歩いていたら、疲れからかラフィアはすっかり寝てしまった。
そんな中、会話もなくなりだいぶパテシアに近づいた辺りで、ふと思い出すように友久に尋ねる。
ラフィアは寝ちゃってるし、友久なら分かるかもしれない。
「あぁ。あれだろ?ラフィアのSP」
あー。そういえばいたねそんな人。ラフィアが助けを求められなくなったきっかけの人か。
「ライオンハートの人か。でも名前は狼なんだね」
「別に本人はライオンハートのつもりはないからな」
そりゃそうだ。
「あなたを守るために生まれてきました、だっけ?」
「呆れるほどにそうさ傍にいてあげる、だろ?」
ライオンハートに影響されすぎだよ。
「それただの歌詞だよ」
「No.1にならなくてもいい元々特別なonly.1だろ」
「それ歌変わってるし」
まったく友久は。
「それにしても、珍しくかなりおこだったなお前」
あっ、それ振り返っちゃう感じ?そういうのって中二病的なのと一緒で後で冷静になるとハズイやつ──
「国の人たちもラフィアも、お前のものには絶対させないから」
──うわぁああやめてー聞きたくないよー
「覚えておけ!」
うるさい。
「黙れ友久!」
人が苦しむのを楽しみやがって。悪趣味野郎。
「絶対に擬似戦争でお前たちに勝つ!」
うるさい。うるさい。うるさい。
「残念だよ落ちる──」
あぁぁあもう。
「やめないと記憶がなくなるまで殴り続けるよ」
「──ごめんなさい」
うん。良い謝罪だ。
それに、怒ってたのは仕方ないじゃないか……
「まぁ確かに、自分を認めてくれた数少ない人が、酷い目に合わされたら、我慢出来なくなる気持ちも分からなくない」
「分かってるくせに」という目で友久を見たら、ため息混じりに友久は僕の気持ちを読み取った。
そうだよ……あの時、あんなことを言われると思わなかったから。
遠くを見ながら思い出すのは、昨日、ラフィアに目が見えないことを話した時のこと。
「こんな、長い前髪にしてるからですよ」
「うわぁっ」
「あっ、いや、これは、その……この紅い目は……病気で……ごめん。気持ち悪いよね」
皆から、「化け物」とか「気持ち悪い」と嫌われたこの紅い目を見て。
「気持ち悪いよね」と、自ら卑下した僕に対してあの時……
「そうですか?紅い目なんて、太陽みたいでカッコイイと思いますけど」
きっとラフィアは、僕に気を遣った訳じゃない。
でもだからこそ、本心からのその一言が何より嬉しかったんだ。
ずっと大嫌いだったこの瞳を、 笑わない人がいるなんて褒めてくれる人がいるなんて。
「カッコイイ」そのたった一言が、とてつもなく嬉しかったんだ。救われたんだ。
だから僕は、ラフィアを大好きになったんだ。
だから僕も、ラフィアを助けたいと強く思ったんだ。
「友久……頑張ろうね」
「……当たり前だろ」
負ければ国の人たち全員が砂人形だ。僕たちの責任は大きい。
でもなんとかするよね……友久が。
「ん……あれ?悠一さん?」
「あっ、ラフィア起きた?もうすぐパテシアに着くよ」
「ごめんなさい。おんぶしてもらってるのに私寝ちゃって……」
「あはは。大丈夫だよ」
ラフィアが目を覚ました時、いつもの赤い空が暗くなっていた。
さすがに疲れてきたけど、パテシアまでもう少しだし大丈夫だ。
「ほら、もう着くぞ」
「あっ……」
友久の言葉にラフィアが顔を曇らせる。
ラフィアどうしたんだろ?いつもセクハラ発言ばっかりの友久だけど、今のは普通のこと言っただけなのに。
「お前今、心の中で俺の悪口言ってただろ」
なっ!?なんて鋭い奴なんだ。僕の表情見すぎだろ。えっ……もしかして。
「僕のこと……好きなの?」
「どっ……どうしたら今の一言でそうなるんだ!?バカの思考回路は理解出来ねぇ!」
友久が吐きそうな顔で見てくる。うん大丈夫だこれはゴミを見る目だ。好きな人を見る目じゃない。ついでに、友達を見る目にも思えないけど。
というか、そんなことより。
「大丈夫?ラフィアどうしたの?」
「いえ……ちょっと怖いだけです。私がハメスさんと上手くいかなかったせいで、国の人たちを巻き込んでしまったので」
そうか。そのことを気にしていたのか。でもそれは、ラフィアのせいじゃないよ。
「大丈夫だよきっとみんな──」
「──そんなこと気にして、お前は悠一か」
僕の気遣いをガン無視して、友久が暴言を吐く。最低な奴め。
「友久!そういう言い方ないだろ!しかも僕の名前をバカの代名詞みたいに使いやがって!」
「あぁ。すまんすまん」
「人の気持ち考えろよ!お前は悠一か、なんて言われたら、どんだけ嫌な気持ちになると思ってんだ!最低な悪口だ!」
「お前、自分で言ってて悲しくないのか?」
いいんだ。僕もう、自分に自信がないんだよ友久。
「そんなことないですよ!悠一さんは、ちょっと頭が残念なだけです」
グサッ。フォローになってないどころか、ものすごい直球で心を抉られたよラフィア。
「というか、俺が言いたかったのはそういうことじゃない。……ほら、着いたぞ」
友久が指さした先には、パテシアの国民たちが。
「ラフィア様だ。ラフィア様がきたぞ!」
「本当だ。ラフィア様よ」
「ラフィア様ラフィア様!」
みんなが集まってきて、ラフィアを取り囲む。
待ってよ。ラフィアは何も悪くないんだ。責めないであげて。
「………………みなさんあの……」
何を言えばいいんだろうと言葉を探すラフィアに、みんなは泣きそうな顔で口を揃えた。
「「「「「無事でよかった」」」」」
ラフィアが戻ってくるということは、この国が危なくなるということ。
なのにみんな、心の底からラフィアの無事を喜んでいる。
あぁ。本当にいい国だな……
「みなさん……怒らないんですか?」
戸惑うラフィアの問いに、周りが首を傾げる。それを見て友久。
「何驚いてんだ。当たり前だろ。王女様が無事だったら、誰だって嬉しいに決まってる」
うん。そうだよね。当たり前だよね。
「よかった。私、怖くて……」
胸をなで下ろすラフィアを、嬉しくも少し羨ましく、僕は見つめた。
「お祭りをしよう!ラフィア様の無事を祝って!」
突然、みんなに聞こえる声で、誰かの提案。誰だ?でも、すごくいい提案じゃないか!
「やろうやろう!!」
そう言って、みんなが賛成してからは早かった。
肉屋が肉を揃え、八百屋が果物を用意し、シェフがそれを調理する。
そして数時間で、王宮の内外にずらりと豪華絢爛な高級料理が並んだ。
他の国民たちもそれぞれ、踊りを披露したり、歌を歌ったり、主役であるところのラフィアなんかは、王宮の一番高いところから、みんなの笑顔を嬉しそうに眺めていた。
そんな中僕と友久はというと……
薪を拾っていた。
なんで?うん。僕たちが聞きたい。僕たち今日結構頑張ったのに……
しかし、理由はあるんだよね。
ありとあらゆることが魔法で行われるこの世界で、僕たちが手伝えることは数少ない。そう、その結果がキャンプファイヤーの為の薪拾いだ。
もちろん、火も魔法でつけるらしい。
「みんな盛り上がってるねー」
「全く、これから死闘になるかもしれないってのにいい気なもんだ」
すぐこういうこと言うんだよこの男は。
「あれ?そういえば、ハメスの話によるとこの国、僕たちがいない間に襲われたんじゃなかったっけ?」
「あーあれか」
友久がどうでも良さそーに返事をする。
だいたいわかる。こういう時は、友久が何かをした時だ。
「何、友久。砂人形たちをどうやって倒したの?」
「別に倒したわけじゃねぇよ。ただあいつらは、意思がないから自分の考えで動けない。イレギュラーがあったら、何もせずに国に帰るしかない。それを利用しただけだ」
なるほど。つまりどういうことだ?
「俺は昨日のうちにハメスの行動を予想し、砂人形たちが来ても追い返せるように、爆竹を仕掛けといたんだよ」
爆竹?そんなの、この世界にあるわけないし、友久が持ってるわけも……
「……まさか僕を脅かすためにわざわざ持参してたの?」
「そんなわけねぇだろ。これだよ」
友久が見せてきたのは、iPhone?はて?そんなものでどうやって?
「昨日のうちに爆音を録音しておいて、それをタイマーで鳴らしただけだ」
「でもそんなの、砂人形たちに聞こえるの?」
「大丈夫。これがあれば」
友久が投げてきたのは……なにこれ。
「あぁ。ゴミか」
「ゴミなわけねぇだろバカ」
へぇっ?違うの?
「俺が昨日作った簡易なスピーカーだ。元々スピーカーはほぼコイルと磁石と針しか使ってねぇから簡単に作れた。魔法で動くようになってるしな」
なっ……なんだ?バカな僕には理解不能だけど……とにかく、このスピーカーとiPhoneを使って、友久が砂人形たちを追い払ったわけか。
「やるじゃないか。褒めてつかわす」
「いい度胸じゃねぇか」
叩かれた。ボケの通じない奴だな。
「おーい。そろそろ薪持ってきてくれー」
「あーはーい」
誰かに大声で呼ばれたから、釣られて大声で返す。
「行こう友久」
「あぁ。ついでに俺はラフィアのところに行ってくる」
ふーん。じゃあ僕も着いていくか。
「じゃあ、薪を置いたらラフィアのところで。僕はちょっと生ハムメロンを二十個ほど食べてから行くから」
「大事な話なんだ。ちゃんと来いよ」
二十個にツッこまないどころか珍しく真剣なトーンに、少し戸惑いながらも、僕たちはみんなの方へ向かった。