ウルフ
パテシアを出て、ロボットたちだけの国に歩いて向かう。
隣国とないえ、歩いて行くには遠すぎる気がするんだけど……
「ねぇ、歩いて行くの?」
「仕方ないだろ。この世界には車も電車もないんだから」
確かに、言われてみると見渡す限りどちらも無さそう。代わりにこの国の人たちは……飛んでる?
「うわぁーすごいよ友久。みんな飛んでるよ」
「今まで気づかなかったのか。この世界では魔法が使えるらしいぜ?」
魔法?アニメやゲームでよく見るあの魔法のこと?
僕、一度でいいから使ってみたかったんだよね。
「じゃあさ、その魔法で飛んでいこうよー」
「申し訳ありません悠一さん。異世界の人は、魔法適性というものがないので、魔法を使えないんです」
友久の代わりに、ラフィアが答える。別にラフィアが謝ることじゃないけど。
「あぁ……そうなんだ……」
ちょっとがっかりはしたかも。
「だからラフィアは俺たちに合わせて歩いてくれてるんだろ。いいじゃねぇか、俺たちの世界と違って隣国に行くなら歩いてでも数時間程度らしい」
そうだね。それぐらいならなんでもないか。
そう思ってさらに歩みを進めた。
「見えてきました。あれがアスプール、ロボットたちの国です」
夕暮れ時──全員に流石に疲れも見え始め、会話も疎らになっていたその頃、僕を除く二人は、やっと目的地を視認したみたい。
「おっと……」
砂に足を取られた。
隣から木々の姿が無くなってから数時間。広大な砂漠をなんとか歩いてきたけど、そろそろ限界が近いらしい。
──アスプールという国は、どうやら砂を操る魔法で建国されたらしく、国民も、今までロボットや骸人形と呼んできたが、砂で出来た砂人形というのが、正式な呼び方だとさっきラフィアに習った。
そうしてもう少し歩いたところで、僕たちはアスプールの入口に立った。
そこには砂の門が構えてあって、そこから国の四方を囲うように、壁が築かれていた。
国の入口に門というのは不自然に思ったが、人間の侵入を嫌う国王の気持ちの反映だろうという友久の言葉で、納得がいった。
感触は煉瓦のように硬く、とても砂で出来たものとは思えないほどだった。
魔法って凄いんだなぁ。
門を開いて、中に入る。
そこでは、何十何百という人がそれぞれ、商売をして買い物をして遊んで仕事をして、暮らしていた。いや、正確には、暮らしを装っていた。
彼ら自身は、プログラムのままに動きを繰り返す、ただの人形なのだから。
想像していたよりもずっと狂気に満ちた情景に気を取られていると、何かに気づいた友久が、口早に言った。
「おい、やべぇ──ラフィアがいねぇ!!」
えっ?ラフィアがいない?
「待ってよ。トイレとかじゃないの?」
「バカか。だったら何も言わず消えるわけねぇだろ。連れ去られたんだこの国に入ってすぐに!」
そんな。僕たちが、目を離したから……
ハメスは人間を砂人形に変える魔法が使える奴だ。早く見つけないと相当やばいよ。
「すみません。ハメスって奴がどこにいるか分かりませんか?」
思わず、近くにいた奴に話しかける。だが。
「今日はいい天気ですね。お魚が安いですよ」
「無駄だ。そいつらはプログラムされたことしか喋らねぇよ」
とんちんかんな返答しか返ってこない。友久の言う通りだ。こいつらに聞いても意味がない。
どうする。どうする。どうする。
「落ち着け悠一。ハメスはラフィアを砂人形には出来ない理由がある。奴が切羽詰った時以外は大丈夫だ。連れ去ったのも、逃げられるのを避けるためなだけだろう」
「なんだ。なら少し安心だよ」
「とにかく手分けして王宮を探すぞ。パテシアでのラフィアの屋敷みたいに、ハメスもこの国のどこかにある豪邸にいる可能性は高いからな」
さすが友久。僕と違って冷静で頭も働く。ここは言う通りに動こう。
「分かった。じゃあまた何かあったらここで」
その言葉を最後に、僕たちは二手に別れた。
「何の真似なんですかハメスさん」
「何の真似って言われてもー別にちょっと誘拐しただけじゃーん」
「こんな乱暴な連れ方をしなくても私は逃げたりしません」
「自分の国人質に取られちゃってるもんねーww」
「………………」
「そんな顔しないでよー。言う通りにしてれば、国には何もしないってー」
「本当ですか?」
「約束しちゃうよ。あっ、指切りする?ねぇねぇ指切りしよ指切り」
「ここだよ!ねぇ?バカでかい屋敷でしょ?」
「あぁ。バカでかい屋敷をバカみたいに走り回ってよく見つけたなバカ」
褒められてるんだよね。バカにされてる気しかしないよ。
「きっとラフィアとハメスはここにい るはずだ」
やった。ちゃんと役に立ったよ。
友久に言われた通り動いたら、すぐにそれらしきところが見つかったからね。
友久に伝えて、今二人で王宮の目の前に立っているわけだけど。
「どうやって中に入るの?」
「正面突破しかないだろ」
だっ……大胆だな。
「でも、見張り役の奴らがいるよ?」
「倒すのは気が引けるってか?お淑やかな女子じゃあるまいし。蹴散らして正面突破しかないだろ」
だっ……大胆だな。
「でも、結局ここにラフィアがいなかったら、僕たちただの不法侵入だよ?」
「とりあえず全員ボコボコにして、間違ってたらごめんなさいだろ」
だっ……大胆すぎない!?ねぇ?
しかし、悠長なことは言ってられないからな。今こうしてる間にも、ラフィアは危ない目に合ってるかもしれないんだ。乗り込むしかないか──
「おい。遅いぞバカ。早く来い!」
──ってもう倒してるし!
僕が決意を決めた時、すでに友久は正面突破を決行していた。なんて奴なんだ。
「遅いからお前の分はないぞ」
僕が走って近寄ると、倒れた砂人形たちを見下しながら友久が言ってくる。
何故お菓子を独り占めした兄の言い訳みたいなこと言ってるの!?
「行くぞ」
「うん」
一緒に扉を開いて中に乗り込むとそこには、数十という砂人形たちと立ち尽くすラフィア。そして、傲岸不遜に椅子にふんぞり返っている男が一人。
明らかに砂人形たちとは異質。たぶんハメスはあいつだ。
「なーに?騒がしくない?」
喋り方からして、たぶん砂人形じゃない。そのハメスらしき奴が口を開いたんだ。
あぁ。僕の苦手なタイプだ。でもまぁいいや、そんなことより。
「騒がしいじゃない!ラフィアを誘拐したのはそっちだろ!ふざけたことしやがって、返してもらうぞ!」
僕の声を聞いてラフィアが振り返る。
「悠一さん!友久さんも!」
安心したように僕たちの名前を呼ぶラフィア。
ひとまず何もなくて僕たちも安心だ。
「今行く!」
「ちょっとお待ちください」
「ハメス様に近づくんじゃない!無礼者!」
近寄ろうとした僕たちを近くにいた砂人形たちが止めてくる。関係あるか。ラフィアの無事のが優先だ。
「邪魔だよ。どけ!」
「俺たちは、ラフィアを守るために来たんだ!てめぇらの好きにさせるわけにいかねぇんだよ!」
──ドォォン。
えっ?
待ってよ……今、何が起きた?
友久が、「ラフィアを守るために来た」そう言った瞬間だ。
けたたましい爆発音と火花。硝煙が上がるハメスの手元。
目の前で、崩れ落ちるラフィア。
ラフィア……?
「ラフィアアァァァァッ」
僕の叫びに、反応はない。
嘘でしょ?嘘だよね!
何が起こったの?ねぇ!?
「ハメス!!お前一体何を──」
「──落ち着けバカ!死んじゃいねぇ!たぶん炎の魔法だ」
砂人形を振り払い、激昴してハメスに向かっていこうとした僕を、僕とは違い一部始終をしっかり見ていた友久が止める。
炎魔法?つまり……どういうこと?ラフィアは大丈夫なの?
「なーに焦っちゃってんのぉー下級魔法一発じゃんwしかも足だしw動けなくなるぐらいだよ」
ぐらい……だと?
「そっちがさーラフィアちゃん奪うとか言っちゃうから、ちょっと逃げれなくしただけじゃね?てかシャレじゃね?」
シャレだって?ダメだ。やっぱりこいつとは仲良くなれる気がしないや。
「現実で言うなら、足を銃で撃たれた。それに近い」
友久が小声で伝えてくる。
銃で撃たれるレベルが、シャレで済むわけないだろ。
ラフィアは本当に、こんな奴のところで一生を過ごすのか?
何のため?国のため?ラフィアだけが犠牲になっ──
「悠一さん、私大丈夫です。心配してもらっちゃってすみません」
──ラフィアの言葉が、ブチ切れそうになった僕を正気に戻した。
あぁ。まだよかった。友久の言う通りだ。死ぬほどのものじゃない。
座ったままだけど、こっちを振り返ったラフィアに安心する。
「私、もう大丈夫です。ここまでありがとうございました。これ以上居たら、悠一さんたちも危険になります。だから私のことは、もう気にしないでください」
こんな状況になってもラフィアは、国と僕たちのことしか考えていない。
何で?もっと自分のことを考えればいいじゃん。
銃で撃たれるような衝撃が、大丈夫なわけないじゃないか。
泣くほど辛いことが、平気なはずないじゃないか。
「喋れるってことはまだ結構元気っぽくね?えーもう一発いっちゃおうかなー」
「「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」」
「ジョークだよジョークww」
僕と友久に同時に睨まれて、おどけてみせるハメスに苛立ちが募る。本当に胸糞悪い。
「何でそんなに怒るのかしらねー」
「そうだよなーたかが餓鬼の一人ぐらい死んでも問題なしなし」
「てか、さっさと死ねよな。もっと撃ち込むぞってか?」
「死んだら掃除するのは私ですよ?まったく面倒くさい」
「人間なんてあー気持ち悪い。何考えてるか分かんないし。死んじゃえ死んじゃえってのよね」
ハメスに連動するように、突然周りの砂人形たちが一斉に喋り出した。
意志がないとしても、いい気分じゃないのは確かだなこれは。
「手を出さない約束ですよ?これぐらいのこと、へっちゃらです!」
全部ぶっ壊してやろうか。
僕と友久が、ついにそう思ってしまったのを見透かしたように、ラフィアは笑った。
それは、今までのどの笑顔より、はっきり見えた気がした。
分かった。分かったよラフィア。
僕なんかより、ラフィアはずっと大人なんだね。
これが正しいことかは分からないけど、君がそうまでしてかっこいいなら、僕はもう何も言わないよ。
全然考えてなかったけど、現実に帰る他の方法も、考えなくちゃな。
ずっと引っかかっていたものが、その笑顔でなくなった。
──そう思った瞬間。
嘲笑うかのようなあいつの言葉が過ぎった。
「まぁ実を言うと今既に、砂人形たちがパテシアを襲ってるさ頃なんだけどねwだから頑張っちゃっても意味ないんだww」
すぐには、何を言っているのか、分からなかった。
パテシアを襲ってる?ちょっと待ってよ。パテシアの人たちは助かるんじゃないの?国を救うために、だからラフィアはこんなに頑張ってるんでしょ?そういう約束だったんでしょ?なのになんで!!
決まってる……最初から、ラフィアをここに連れ出すための嘘だった。そういうことだ。
泣いてたぞ。こんな小さな子が、国を救わなくてはいけないからと、泣きながら覚悟を決めたんだぞ。
誘拐されようと、どんなに痛めつけられようと、私は大丈夫だからって必死に耐えてきたんだぞ。
なのに、それを嘲笑う卑劣な嘘?酷すぎるよ。酷すぎるじゃないか。
ふざけるなよ……
「ふざけんなよてめえぇぇ──」
「お願いします」
僕の咆哮が木霊する中、震える声が聞こえた。
「お願いします。言うことは何でも聞きます。どんなことにも耐えます。人形にされたっていい。殺されても構わない。だから……国だけは、国だけは助けてください」
「んー残念だけど、ダーメーww」
必死に懇願するラフィアを嘲るハメスの表情に殺意を覚える。
「お願いします。お願いします。お願いします」
どんなに否定されても、やめない。
泣きじゃくりながら、壊れたテープレコーダーのように何度も繰り返すラフィア。
もういい。もういいよ。見てらんないよ。
「もういいよラフィア。無駄なことだって分かってるじゃないか」
「………………」
「辛かったよね。今まで、よく一人で耐えたよ」
近寄って、しゃがんで、ラフィアを抱きしめた。
「約束したのにぃ……国には何もしないって言ったのに……なのに……ごめんなさい。こんなはずじゃなかったんだけど。私、本当にバカだから。嘘だなんて思わなくて……もうどうにもならなくてぇ……」
ラフィアが謝る必要なんかない。バカでもないよ。ラフィアは必死だっただけだ。
「うん。うん。分かってる。分かってるから」
頭を撫でると、ラフィアはさらに泣いた。鼻水を啜りながら、声をあげて泣いた。やっぱりまだ子供だ。
こんなにも、小さな女の子だ。
「言っちまえよ」
目が合ったのだろうか。ラフィアが友久の方を向くと、ずっと黙っていた友久が口を開いた。
「その言葉を俺も悠一も、ずっと待ってる」
友久のその一言が引き金となって、ついにラフィアの心のダムは決壊する。
「だずぅげて゛ぐだぁざいぃぃ」
まったく友久め。いいとこ取りしちゃってさ。
でもこれで、やっとラフィアを救える。国を危険に晒すことになるけど、頑張るのは僕だけじゃないからね。国の皆もいる、友久もいる。なんとかなるよね。
「クソッタレなてめぇに一つだけ聞いておく。何でラフィアとの約束を破った?」
友久が、ハメスに尋ねる。今さら理由を聞いても、僕は許せる気はしないけど。いや、それは友久も同じかな?
「約束?したっけ?覚えてないわー俺三歩歩くと忘れる主義だからー鶏かよつってねwwまぁしてたとしても、普通嘘だって気づくでしょ。馬鹿丸出しww本気で信じちゃってたのかよってね。ねぇ?ねぇねぇ本気?気づくでしょww本気で自分の命だけで国が救えると思ってたのかよww腹痛いわ。マジうけるwマジうけるわww死ぬに決まってんじゃんねwそいつもそいつの家族も国の奴ら全員、死ぬか奴隷かしかないわwそいつのやってきたことは超無駄wついでにそいつは超バカwってね」
ふざけたことを笑いながら喋るハメス。
友久の質問に対する、答えになってないんだよ。
「そういや前にもいたなーそいつみたいなバカw救いたい人がいるんですーとか言ってたっけ。まぁ即効砂人形にしてやったけどねwwいやーなんつったけなあいつ。頭なんか下げちゃってさwエルフだっけかな?狼ってより子犬だろってなw」
こいつ、いい加減にしないと──
「……るさぃ……うるさい!その名前を呼ぶなぁあ!!」
──僕より先に怒鳴ったのは、さっきまで泣いてたラフィアだった。
何?聞いたことないよラフィアのこんな声。
驚いたのは、僕と友久とハメス。無理もないか。
「僕たちも限界。そろそろその汚い口を閉じてもらえるかな?」
「………………」
珍しく素直に黙ったハメスに、僕は続ける。
「絶対に擬似戦争でお前たちに勝つ。国の人たちもラフィアも、お前のものには絶対にさせないから覚えておけ。それと、残念だよ。落ちる涙が見えるのに、人の悲しみがわからないんだね」
僕はラフィアを連れて、友久とその場を去った。