ガソリン
(ストラスがラフィアとの約束を思い出している頃、同時刻)
「おいおい、このジーム様に一人で向かってくるなんて、無謀だと思わねぇのかぁ?」
明日菜ちゃんとジームの距離は既にかなり近いわ。速さのある攻撃なら、そう簡単には避けられない。
でもそれは、明日菜ちゃんにとってもジームにとっても同じよ。
早く援護しなくちゃ。友久さんにもらった、あれを……使う時ね。
(これは、本来の使用法を無視した使い方だ。どんな問題が起こるか、俺にも予想できない。それでも使うか?)
そんなのへっちゃらよ。大事な人を守れるんならね。
「──召喚魔法、水鉄砲」
(まず、飛距離が出るように改造した、ライフル型の水鉄砲。今ここにあるこれを、ゲーム中召喚魔法で手中に召喚しろ)
よし。そして、次は……
ゲーム前、友久さん言われたことを鮮明に思い出す。
私にはこの武器がどんなもので、本当にこんなものであのジームを追い詰められるのかも分からないけど、あの頭の良い友久さんのことを信じるしかない。
きっと、この状況も友久の想定の中に入っているはずよ。
落ち着いて、言われた通りにやるの。
「あんたを倒せる策があるから、わざわざ現れたとは、考えないのかしら?気持ち悪い」
私がちまちま準備をしている間、明日菜ちゃんが時間を稼いでくれている。
急がなくちゃ。
「うおぉい!ビビって目がウロウロしてるクズちゃんが、言ってくれるじゃねぇか」
「あら?表情を読む才能がないのね。そんなんじゃ女の子にモテないわよ?ジーム君」
「うるせぇぞ!!──ガン・ウィング!!」
風魔法!?壁に叩きつけるとかならともかく、それ自体じゃ攻撃にならないはずよ!?
「うわあぁっ」
「そもそもてめぇみてぇなゴキブリがどんな策を講じろうと、俺様を殺せるわけねぇだろがぁっ!!」
明日菜ちゃんが強烈な風で後方へ吹き飛ぶ。逆にジームは──
「よおぉ、この一発で永遠におねんねだ」
──その風をそのまま利用して、体勢を崩した明日菜ちゃんの真上に。
既に右手を構えてる。
でもこっちだって、もうライフルでジームに狙いを定めてる。
スコープ越しに見える光景に、鼓動が脈を速く刻む。引き金に掛けた指には汗が。
落ち着くのよ。焦れば手が震える。
深く息を吸って……
「ガルム──」
「……フゥッ」
──パァァンッッ
「──ぐあぁぁぁっ!!めがぁぁぁっ!!」
さっきまで笑みを浮かべていたのに、両目に手を当てのたうち回って悲痛な叫び声を上げるジーム。
はぁはぁ……よし。ギリギリだったけど先に攻撃できたわ。明日菜ちゃんも無事みたい。
「くそがああああっ!!なんだこりゃ、水じゃねぇぞ変な臭いもしやがる」
そう、それは特殊な液体よ。私も存在を知らなかったし、ジームが知らないのも無理はない。
友久さんから聞かされたその液体の名前は……ガソリン。
そしてその特徴は──
「いいのかしらジーム?私の反撃に備えなくて」
「ふんっ。不意打ちでいい気になるなよ!!所詮てめぇらの攻撃なんてな、蜂が刺した程度なんだよ!!」
そこは蚊が刺したじゃないの!?蜂だと結構大怪我よ!?
「それはどうかしらね。──ガルム・フレイム!!」
ドガァァァンッ!!
──炎魔法の威力を爆発的に上げること。
「攻撃総力二千二百、防御魔力千二百、タートル負傷者一名です」
やっぱりやるわねジーム。ギリギリでガソリンの意味に気づいて咄嗟に水魔法で威力を殺すなんて。
それにしてもこのガソリンってやつすごいわね。ジームの攻撃を止める為に眼球に一発ずつと、着衣に二・三発撃ち込んだだけなのにこの威力の爆発が起きるなんて。
このタンクの中にまだまだ沢山入っているし、ひょっとしたらひょっとするかも。
「うおぉいっ!そうか、二体で役割分担てか。ゴキブリの考えそうなことだなぁっ!!だがこの俺様に傷を負わせるとは、いいぞ、いい作戦だ。やれば出来んじゃねぇか。気抜くなよそのまま全開で来い!!燃えてきたぜ──ガンズ・リカバル!!)
肉体回復魔法を使った。適性値は少し減ったけど、火傷と視力が回復する。
ここからが、ジームの化け物じみた本領発揮ね。癪だけど、本当に一瞬も気は抜けないわ。
でも、ジームが次の攻撃を仕掛けてくるその前に、光魔法を当ててる。みんなのことを把握しておかないと。
えっと……友久さんとピスナーさんとストラスさんの三人が既に、光魔法の届かない状況にされたようね。
みんなギリギリの戦いなんだわ。相手は格上、無理もないわね。
無駄に適性値の消費はできない。引き続き光魔法で姿を隠す援助が必要なのは、悠一さんだけね。
よかった。これで、だいぶジームとの戦いに集中できるようになったわ。
みんな、私たちが最後の援護をするまで、ちゃんと生き残っててね。
再び、中にガソリンを入れたライフル型の水鉄砲を構え、ジームに狙いを定める。
「──ブレイク!!てめぇを殺す前に、まずはあの爆発の軸になってるスナイパーをなんとかしねぇとなぁ」
確かにガソリンを食らわなければ、炎魔法を食らってもそれ程のダメージにはならない。
でも私は、この戦いまでの特訓のほとんどを、このライフルを撃つことに専念してきた。
ブレイクでどんなにジームが動き回ろうと、外すつもりはないわ。
「残念ね。あの女、その程度じゃ外さないわよ?」
「ずいぶん信頼してやかんだなぁっ!」
「別にそんなんじゃないわよ。気持ち悪い」
素早く動くジームの残像が次々と明日菜ちゃんを囲っていく。
この速さじゃ当たらないわ。でも落ち着くのよ。点で狙うんじゃなくて、必ず動きが止まる時がある。流れの中で、そこを狙うのよ。
──シュッ
よし。止まっ……た……
「ぐあぁっ」
「さぁ、どうする!!」
スピードで明日菜ちゃんの後ろをとって、人質にするように首に腕を回すジーム。
ダメよ。このままじゃ明日菜ちゃんが巻き添えになっちゃう。これじゃ撃て……
「私に構うなぁぁっ!!……何度も言わせないでよ。気持ち悪い」
……ビクッとして、思わず生唾を呑んだ。
明日菜ちゃんが、あんな大声を出すなんて。
本気なんだ……
でも、ジームの思い通りにはさせない!
──バンッバンッバンッ
「おいおい、どこ狙ってやがる!ビビって手元が狂ってきたかぁ?」
ジームの足元に三発撃ち込む。その攻撃の意味に、ジームは気付かず笑っている。でもその余裕に、あんたは文字通り足元を掬われるのよ。
「うぉっ、なっ」
そう、そのガソリンって代物はね、とっても滑りやすいのよ。
──バンッバンッバンッ
足を滑らせ体勢を崩したジームに、さらに三発入れたわ。これでいける!!
「この距離、私も食らうかしら。でもしょうがないわね、肉を切らせて骨を断つわ。──バルム・フレイガ!!」
「くそっ──バギル・シルド!!」
もう!また防がれたわ。あの術、二千代の適性値の中で最高位防御魔法よ。破れるわけないじゃない。
「ふっはははっ!この程度で俺様がやられ──」
「──ブレイク!!パワーシフト、腕力強化!!」
(煙の中から!やばいっ)
「うおぉぉぉぉっ!!」
「うおぁっぶはぁっおぉえっぼはぁっ」
すごい。明日菜ちゃんは、ジームがあれを防ぐことまで読み込んでいたんだ。
それを囮に爆発の煙で自分の姿が見えなくなるのすら利用して、肉体強化を使いながらのボディブローからワンツー、アッパー。
あのジームが後方へ吹っ飛ばされるほどの威力。
やった!これならさすがに!
「「ジームさん!!」」
ジームの手下二人が声を上げながら駆け寄ってくる。
そうだ。まだあの二人がいたわ。明日菜ちゃんの適性値は残り少ない。今戦いになれば確実にやられる。
「来るなぁぁぁっ!!……俺様が、格下相手に手を貸せと命令するわきゃねぇだろ。黙って見てろ!!」
「「ジームさん……」」
ジーム、あれを食らってまだ立ち上がれるの!?
……そうか、さっきの最高位防御魔法、あれを掛け続けていたんだわ。
そんな、あれでもダメージを与えられないなんて。
でもどうしたの?近寄ってきた二人の動きが止まったわ。それどころか、また元の場所へ戻っていく。
ジームが来るなと怒鳴ったのは聞こえたけど、距離が遠くて、後の言葉が聞こえなかった。
「なによ。まだ舐められてるみたいね」
「いんや、舐めちゃいねぇよ。むしろ、こっちの策に乗ってこなかった頭脳といい、この作戦といい、そしてさっきの機転の効いた攻撃といい、正直少し見直したぜ。だからこそぉ、俺は俺のやり方でてめぇらをぶち殺すがなぁ」
「なるほど、敬意を表すってわけね。嬉しいじゃない」
見るからにジームは魔力を溜めている。
明日菜ちゃんもそれに合わせるように適性値の回復を図ってる。
遠巻きに見てる私でも分かる。きっと……次の一戦で決着が付く。