女神召喚記―プロトタイプ―
耳に届くどよめきに、リツトは戸惑っていた。先程まで早朝の通学路を辿っていかたかと思えば、一瞬の視界の暗転後に気づけば多くの人に囲まれている。
『な、なんだこれ』
状況を理解するためにキョロキョロと視線を這わせてみる。最近では見ることの少ない、木でつくられた建物にリツトはいつの間にか座らされていた。リツトを囲む人たちは、和服のような、だが日本のものではないような装いをしている。
首を振れども、状況がまったく理解できない。ただ、綺麗な声に呼ばれたということだけは何となく覚えている。
「勇者殿、よくぞおこしくださいました」
どよめきが静まり、しわがれた声がリツトの耳に響く。そちらへ視線を向けると、自分が座らされている椅子の丁度真向い――群衆が割れ、背の低い老婆が現れた。
「勇者って、俺?」
リツトは自分の鼻を指さして老婆に問う。
「その通りです。異国よりこの地へ招かれし勇者殿。私はここの長、ハル。みんなからはハルバアとよばれております。勇者どののお名前は?」
「はぁ、リツトと言います」
「リット殿! よい名じゃ」
老婆が顔に一層の皺を浮かべると、周囲からは歓声が上がった。ざっと見て、40名程度。小さな木の小屋一杯には人がいるが、町で育ったリツトにはそれ程多いものとも思えない。
「リツト殿、こちらへ。まずはこの世界を見て欲しい」
老婆の誘導に従い、リツトは左右に分かれた群衆の間を抜け、表へと出る。
「なんだか、のどかなところですね」
勇者見習いは見たままに感想を述べていた。建物を出ると、淡いピンクの花を蓄えた木が目についた。他にも草花が多く茂っており、彼が暮らしていたコンクリートに囲まれた世界とは異なるものだと思い知らされる。
『本当に、別世界に呼ばれてしまったのか』
言葉には出さず、感想を噛みしめる。生きていれば異世界に呼ばれる経験の1つ程度はあるものさ、と師匠が言っていたことを思い出す。狼狽えていたって仕方がない。更に視線をぐるりと回しては、やはり状況の確認にいそしむ。
木々や草花が目立っていたが、その他木製の建物が多く目立つ。これも彼の世界とは異なるものだ。180度視線を回すと、今しがた出て来た建物が目についた。
「この村の守り神です」
ハルバアがそれに合わせて説明をしてくれた。建物の入り口直上、そこには端正な顔立ちの女性像が備え付けられていた。とても綺麗なのだが、石でできているようで、表情豊かとはとても思えなかった。
内装は木でできていたが、この建物の外観は石造りになっている。リツトは神殿のような雰囲気をそこに重ね、ここが他の建物とは異なった役目をもっていることを理解した。
「ねぇねぇ、この人がユーシャどの?」
あどけない声がリツトの耳に届いた。呼び出された建物の中にいたのは大人ばかりだったが、その外にこの子は立っていた。
「そうじゃ、勇者リット殿じゃ」
ハルバアが少女に微笑みかける。
「おー、リットか! あたしはミーナだ、よろしくな」
にしし、と笑いながら小さな少女が片手を差し出してくる。リツトという発音がこの世界では難しいようだが、握手の習慣があることに勇者見習いは安堵していた。自分よりも小さな少女、恐らくは10歳程度だろう――に手を伸ばす。
「あ、ら――」
途端、リツトの視界はぐるりと回り、背中に衝撃を受けた。
「ハルバア、こいつ弱いぞ。ほんとに勇者か?」
「こ、これミーナ! なんとバチあたりなことを!?」
村の長が目を開き声を荒げるが、当の少女は笑っている。リツトはというと、握手をした瞬間に軽々と投げ飛ばされたことに眼を白黒とさせていた。まだまだ少年という域のリツトであるが、元の世界では同年代を相手にしては愚か、高校生にだって体力勝負で負けたことはなかった。このことは、少なからず彼の心に火をつけることとなった。
「ミーナも、皆もよく聴くといい。勇者殿は、この世界の仕組みがまだわかっておらぬ。お前たちが束になったら倒すこともできるだろう……」
聴衆の視線を集めるように長老は一拍をおいた。
「だが、我々が束になっても叶わないアヤツに勝てるのは、リット殿だけなのじゃ」
おおーー、と歓声があがる。リツトはこれまでの経緯や、どうやったら帰れるかなどいつの間にか頭の隅に追いやられていた。
目の前の人たちが、自分に頼みたいことがある。更には、ミーナというちびっちゃい少女に投げ飛ばされた借りがある。特に後者の借りを返すまでは帰るなどとは言えないと思ってしまうのだ。
「では、リット殿、こちらへ」
ハルバアに誘われ、リットは建物の脇へと移動する。のどかな村であったが、呼び出された建物の裏手へと回ると、リツトは息を呑むことになった。
「これって……」
彼の視界の先、建物のすぐ後ろには切り立った崖がそびえ立つ。そして、その先に見える大きな大地――力強く目には映っているが、その全貌は黒い靄のようなものに包まれてよく見えない。
「救ってほしいのは、この村ではないのです。今、リット殿が見ている大地――神の世界を救うため、力を貸して欲しい」
細い瞳の奥、小さな瞳は真摯に訴えている。
「救うっていったってどうやって?」
ここに来て疑問をもった。確かにリツトならば並大抵の人間よりも活躍はできる。だが、さらりと少女に投げ飛ばされたように、ハルバアが語ったように、彼一人の力では世界を救うなど到底できそうにもない。
「それはですな――」
ハルバアが説明をしようとしたところ、村の奥から悲鳴が響いた。
「な、なんじゃ!」
「あたし見てくるー」
気楽にミーナは告げて飛び出した。タンタンと壁、屋根を蹴とばし軽快に走り去っていった。
「リット殿、説明は後じゃ。ミーナを追いかけねばならぬ」
「……わかった」
老婆の焦りを感じ取り、リツトは頷いた。
飛び交う悲鳴――幼子や女性が無残に地べたを這っている。その騒動の中心には、粗雑を絵に描いたような顔のでかい男が立っていた。手には何やら鈍器を握りしめている。
「ようやくここまで進行できた。神の世界は手に収めたというのに、この村に手を出してはいけないだなんて、ボスも案外臆病者じゃないか」
ならば俺が世界をとってやると、男は豪快に笑った。手に握り絞められたものは、刃渡り1m程度の剣だ。剣と言っても、殴り倒すことが主に作られているそれは、人を殺傷するようなものではない。であるというのに、男の周りにはぐったりとした人たちが横たわっている。
「この男根剣があれば、世界を手にすることも、夢ではない!」
男が剣を振るうと、液体が吐き出され若い娘の頭にかぶさる。あぁ、と小さな悲鳴を上げた女性はそれ以後精気を失ったようにぐったりとしてしまう。人を殴れば殴る程に力を増すこの剣は傍若無人に暴れまわる男にこの上なく合っているようだ。
白光液という魔法の液体は、殴り続けることで吐き出される。その効果は、先程の女性を見た通りだ。
「まてーー」
場に似つかわしくない、明るい声が響いた。身軽なミーナが男へと飛び込み、阻止をしようとする。
「あ、」
非常に間の抜けた声が響いた。ミーナの着地点には白光液がまかれており、足を滑らして転んでしまうのである。
「なんだこのチビは?」
転んだ少女は足を掴まれ、宙吊りの状態になる。
「ミーナ!」
リツトは思わず叫んだ。身体能力が高かろうが、大の大人に捕まってしまえば、少女は抵抗もできないだろう。
『リツト、今こそ剣を取るのです』
この世界に呼ばれたときに聴いた、綺麗な女性の声だ。
『そして――私を、呼ぶのです』
封じられた神の世界、数々の神が力を失った今、ただ1柱残った女神を呼ぶ剣――
「そうじゃ、この力こそが勇者の力! 人造神剣、その名も――」
ハルバアは眼を見開き叫ぶ。
「来い、女神の剣!!」
リツトの手には少年が扱うにはやや大きい一振りの剣が握られていた。
時間切れ。ミミナ終わったら、書き直します。
他の人の設定いれるとか、むずかしい!!