9.ファイヤー
「さぁ、これでミコトが鬼なんかでは無い事が分かりましたか?」
今まで二人のやり取りを見守っていたハデスが、満足げに笑った。
「え、うん。もちろん」
バイスは一も二もなく頷く。
「では明日から、バイス様とミコトがきちんと喋る事ができるようになる為にも、私と貴方達が正しい意思疎通を図れるようになる為にも、言葉を教えます。同時にこの島で人間らしく生きていく為に必要な事も教えます」
ハデスの言っている事は、バイスにはほとんど理解できなかった。
だが、言葉を教えてくれようと思っている事だけは、なんとか分かった。
「ハデス、私、教える?」
ミコトは「教える」という単語だけ分かったらしく、しきりに「教える」を繰り返している。
「ええ。明日のために今日は、ひとまず火を起こして寝てください。色々あって疲れたでしょう? 明日は、夜明けから始めましょう」
ハデスの言葉にバイスが空を振り仰ぐと、大分日が傾いていた。いつも自分の牢獄の松明には絶え間なく灯がともっていた。火がどこからどのようにして来るのかは知らなかった。
「えー、火作る。疲れる」
ミコトは火の起こし方を知っているようだった。
でも、やりたくないようで手近な木に登って寝ようとする。
「ま、確かにあのミコトの火の起こし方では疲れますね。では、今まで私を掃除してくれたお礼に、これをあげましょう」
またしても、ハデスが言い終わると同時に、石の卓へ日の光を浴びてきらめく物が現れた。
「すごい!」
「だめです、ミコト。バイス様に使わせて下さい」
歓声をあげて光る丸い小さい物を取ろうとするミコトを、ハデスが鋭い声で止める。
「僕が持つの?」
バイスは光るものを手にする。
それは、向こうが見えるのに石を持っているような感触のする不思議な物だった。無いようなのにあるような物……。
「ご飯を食べる時のお椀を持つように持ってください」
ハデスの指示に、バイスは光る物をへこんでいる方を上にして持つ。
そんなバイスとハデスを、ミコトは気を悪くした様子も無く目を輝かせて見つめている。
「端を持って下さい。そう、それでよく日の光が当たるように、右へ、もう少し前。そうです。しばらくそのままで……」
バイスは、自分が何をしているのかも分からないまま、ハデスの言うとおりにする。石を持ったまましばらく立っていると、足元で何かが焦げる匂いがする。
「バイス、下、火!」
「うわっ」
ミコトの指摘に、バイスが下を見ると落ち葉が勢いよく燃えていた。牢獄の松明と同じように赤い火を上げて燃えている。
どうして火がついたんだ?