4.石壁の中の人
二人が木々の間を抜けると、そこには黒い艶のある石の壁のようなものが建っていた。
高さも横幅も大人三人が目一杯腕を広げたくらいの大きさがある。
だが、厚さはバイスの手でつまめるくらいしかなかった。
壁の前には、平べったい細かい石のようなものが並んでいる。石は、木立から射す光を反射して輝き美しかった。石には白い模様が刻まれていた。
「これ、良い物」
鬼が自慢げに駆け寄る。
「わぁ、すごーい。綺麗だね」
「そう、すごい。これ、すごい」
バイスの歓声を、鬼は満足そうに繰り返す。鬼は、丁度腰の高さにある平たい石の上に載った落ち葉を取り除く。更には、壁に付いていた汚れを葉っぱで拭きだした。
きらきらと光る石の美しさに、バイスはすっかり心を奪われる。思わず鬼に対する不安感を忘れて、一緒に石を綺麗にし始めた。
「コ……モード、バイスモー……」
突然、鬼でもバイスの声でもない声が響いた。
バイスが驚いて鬼の方を見ると、鬼は壁を指差している。
「私、違う。これ、人居る」
そんなまさか、とバイスが壁を見ると再度、
「コモンドモード、バイスモー……プリー……」
壁のほうから声が聞こえた。
しかし、当然の事ながら壁は薄く、人が入れる隙間があるとは考え辛い。
「人が居るなら出してあげなきゃ。もしかして、ちっちゃい子なのかも」
バイスは厚さの無い壁のほうではなく、平べったい石の方を探り始める。石の卓は子供なら入りそうだと思えた。
「それ、触る。嫌な音出る。怖い」
「でも、ここに入ってたらご飯食べられないよ。出してあげないと。バイスって僕の名前呼んでるし」
バイスには、この声が何を喋っているかは理解できなかった。
でも、自分の名前を呼んでいるのに、知らない振りはできないと思う。
「大変。私、肉やる」
バイスの言葉に鬼も一緒になって、石が並んだ卓をまさぐり始める。
鬼の言うとおり、平たい石を触ると、笛を吹くような甲高い音がした。
バイスが中に入っている人に伝わるかと、比較的大きい石を叩くと、何も音はしなかった。
その代わり、黒い壁が星のように光り始める。
「おはようございます。バイス様。ミコト」
光りだした壁の中から、はっきりとした声が聞こえる。
「私、名前。喋った!」
鬼が尻餅をつく。
「こんな薄い石の中に居るなんて……」
バイスも驚きのあまり息が止まりそうになる。
やがて、石の光が弱く収まっていく。
そこには、石の中から人が、バイスと鬼を見返していた。
「音声での駆動を認識しました。主の使用する言語の習得を完了。私の名前はハデス。我が主、バイス様。ご命令を」
黒い長い髪と切れ長の黒い目をした美しい男が、バイス達をじっと見つめている。
バイスと鬼は、驚きのあまり腰が抜けて座り込んでいる。
どちらとも何も言わないまま、沈黙の時が過ぎた。