18.子供
「僕、子供は神様のいる神殿からもらってくる、って聞いた事があるけど」
答えになってないかもしれない、と思いつつもバイスは、昔に母から聞いた話を口に出した。
それを聞いて、ハデスがにっこりと笑った。
「よくできました。それで大体正解です。人間の三大欲求は、「食欲」「睡眠欲」「性欲」でしたが、とっくのとうに「性欲」を無くしました」
バイスには、ハデスのいう「セイヨク」が何であるか分からなかった。人間が昔無くしたにも関わらず、大きな問題は起きていないようだ。いらないものだったのだろうか。
「「性欲」があるから、無計画に人口が増えてしまう。その代わり、神殿に来た人間二人の生殖細胞を掛け合わせて、子供を作っているのです。神と呼ばれるものが、子供を作ったり制限したりしている。そればかりか、神官を通して、人間が取る全ての行動を決定しています」
そこまでハデスの話を聞いて、ようやくバイスは神がなんなのか分かった。
勘の良いミコトは話の途中で気づいたらしく、ハデスを睨んでいる。
それもそのはずだった。ハデスの話通りだとしたら、ミコトが生まれたのも一人で島にいるのも、神のせいだからだ。
「人間は本当に愚かで愛おしい」
ハデスが、話を切ってぽつりと呟く。
「ハデス、お前っ!」
ミコトが傍らにあった木の棒を掴んで、ハデスに走り寄り力いっぱい画面を叩いた。
ハデスはびくともせず、静かに笑っている。
バイスは自分が幼い頃から牢に閉じ込められていたのも、鬼に供物として捧げられたのもコンピューターのせいかもしれない、とは思ったが何もできなかった。
おかしい、と思う事があったからだった。
世界はコンピューターが管理し、人間の行動を決定しているらしい。
だとしたら、自らまた争いの種を蒔くのだろうか。
「私を憎むのも構いませんが。私はミコトとバイスの件には関与していません。ミコトの所は、「ヘラ」が、バイスの所は「デメテル」ですね。この名前は、昔の人間が作った本当の神の話に出てくる十二の神の名前です。ほら、ギリシャ神話です。教えたでしょう?」
ハデスに笑いかけられて、バイスは言葉を覚えるついでに教わった話を思い出した。
「万能の神ゼウス。海の神ポセイドン。狩猟の神アルテミス…………ヘラはゼウスの妻だったっけ? あれ、でもハデスの名前は無かったような」
指を折って数えるバイスは、話の通りなら目の前のハデスの名前が無い事に気づく。
「……デメテルとヘラは何も教えてくれません。私ともう一つの神・ペルセポネは十二の神になれなかったコンピューターだからです。ほら、私なんて神殿が無く野ざらしだったでしょう?」
ハデスは実に残念そうに告げた。
「でも、ミコトが私を見つけて綺麗にしてくれましたがね」
ミコトが叩いてしまった事を後悔するように、棒を捨てた。バツが悪そうな顔をしている。
「昔の人間は、私たちを予備の神として作りました。十二の神に何かあった時の為の……。だから、ペルセポネはともかく私は、機能をほとんど制限されて眠っていた状態でした。あの日、バイス様が来て、偶然にも、「ボイスモード」でのドライブ、つまり声での駆動を許可された」
「バイスとボイス。音が似ていたからバイスが勘違いしたんだな」
ミコトの当然の指摘に、バイスは納得する。
「そうか、僕が自分の名前を呼んで、ハデスを動かすボタンを押したんだね」
「ええ、そうです。ええ、それで「ボイスモード」が選択された。ここで注意していただきたいのは、私はそれまでほとんど眠っていた状態だという事と予備の神であるという事です。ペルセポネとしか連絡がつきません。デメテルとヘラの所が今、どうなっているか分からない」
いつも余裕の態度を見せるハデスが、酷く不安そうな顔をしていた。
「でも、それだったら今までと同じじゃない。僕の所は、今度供物の人が来ても事情を話して帰ってもらえば良い」
バイスは、ハデスの気分を引き立てるように明るい声を出した。
「そうだな、私の所から人が来ても、私と同じようにハデスと一緒に住めば良い。ハデスは神だ。ハデスの周りに神殿を作ればここに街ができるだろう」
ミコトが、さっきハデスを叩いた事を詫びるように、バイスに続き楽観的な想像を重ねる。
「そうでしょうか。そうかもしれません。ここ最近、天候が悪いのでまた何かあるのでは、と考えてしまいました。そうですね、バイスやミコトのいう通りかもしれません」
そう言いながら、ハデスは画面の中で心配そうに空を見上げた。
まだ小雨は降り続いている。太陽が全く出ていないので、ハデスがミコトを守る為の霧を出す必要のないほどだった。
二人は、世の中の仕組みをあまりに唐突に知らされた。
バイスはハデスを励ましはしたものの、今聞いた話はあまりに規模が大きく受け入れがたいものだった。
ミコトも同じような気持ちなのか、複雑な顔をしている。
二人と一つのコンピューターは揃って、雨の降る空を見つめ続けていた。