16.ハデスの分かりづらい慰め
「ごめん、僕が死んであげるわけにはいかないんだ」
バイスは、動物の命を絶ってしまったことに対し、いつもながら心に痛みを覚える。
ミコトとバイス、二人がこの島に暮らしていくと、絶えず何かの命を奪っていた。食べるために動物を狩っていたし、色々な物に利用するため植物も切っている。
生きていく為に必要な事だと分かっていたが、心の痛みは消えない。
バイスは動かないトラの横に、そんな思いを抱えながら佇んでいた。
ハデスも、そんなバイスの気持ちを分かっているのか、何も言わなかった。
「バイス、ただいまー!」
そんな固い雰囲気を打ち破るように、ミコトが水浴びから帰ってきた。
さっぱりして嬉しいのか、にこにこと上機嫌に笑っている。
「おかえり、ミコト」
バイスは、そんな明るいミコトに救われた思いで、薄っすらと笑い返した。
「わっ、バイス。トラ倒した? バイス、すごい。今日はトラの肉を食べよう」
ミコトは、バイスの腕を掴んでくるくると回り、大きな獲物にはしゃいだ。
「更に良いことには、そのトラは珍しいトラでしてね。ただでさえ個体数が少なかったのですが、バイスが倒してくださったおかげで、この島にトラがいなくなりました。もう危ない大型肉食獣はいません」
ハデスも、ミコトの明るい雰囲気で調子を取り戻したのか、いつものように流暢に喋りだす。
「このトラはこれで絶滅かもしれません。家畜にはならない獣ですし、人を襲うし、ちょうど良かった。肉食なので、若干臭みのある独特の味がしますが、いい調理方法を教えましょう。味を整える調味料も出しますね」
「あまりいなかった動物、殺しちゃって良かったのかな」
バイスは仕方の無いことだと思いつつも、ハデスに問う。
「私は、人間が生きていれば、どんな動物が死のうが、植物が絶滅しようが一向に構いません」
「そうだ。まずバイスと私、生きてるのが大切」
ハデスのあっけらかんとした言葉に、ミコトが続いて言葉を重ねる。
「人間は時々そのような詩情に溢れた考えをしますね。人間が居ても居なくても、動物は食べる為に殺し合い、増えたり減ったりしています。気候の変化で絶滅したりもします。動物にしてみれば、人間の力に負けたということです。ただ、それだけの事で、後悔するのはおかしいかと。ちなみにもちろん動物は人間を殺してしまった時、後悔はしていませんよ」
ハデスが、鈴を転がしたような声で笑う。
バイスは、そんなものだろうか、と半分納得したような気持ちになる。半分はまだ納得はしていない。
だけど、自分が心に痛みを密かに抱えていても問題はないだろう。
「あっ、バイス。頭にこぶがあるぞ」
そんな会話をしている内に、バイスに纏わりついていたミコトが、枝にぶつけて作った瘤を発見する。
そういえばそうだった、とバイスは熱を持っている瘤を抑える。
「落ちてきた枝にぶつかっちゃって」
「まず、食べるより、手当てが大切だ。川で冷やそう」
ミコトがバイスの腕を強く引っ張る。
「二人とも、そろそろ自由時間は終わりですので、早く帰ってきてくださいね」
時間にうるさいハデスが、二人に釘を刺す。
「はーい」
二人は仲良く返事して、小川への道を急いだ。