12.幾月かが過ぎて「いかだ」
バイスが、ハデスとミコトの居る奇妙な島に来てから、穏やかに幾月かが過ぎていった。
朝から晩まで、ハデスは辛抱強くバイスとミコトに学習させ続けていた。
その結果、バイスとミコトには、自分たちを取り巻く世界の事が少しずつ分かり始めていた。
「おーい、バイス。早く来い」
ミコトは、鬼などではなく生まれつき体に色を作る事ができない病気であった。
ハデスは、信じられない事に、昔の人に造り出された「コンピューター」という「物」であった。人に命令されなければ、人を守ることくらいしか自発的にできないのだという。
だから、自分が住んでいた島の天気に、ミコトとハデスは当然無関係だったのだ。
ハデスは、「天気や収穫の良い時期に、鬼への供物を捧げる時期が重なっていただけの事です」と言っていた。
「……お前、何やってる」
バイスは、頭をごんごんと叩かれる感触にようやく我に返った。
そこで、自分が海を見たまま立ち止まって居た事に気づく。
「ごめんなさい、ミコト。この島に来た時の事思い出していたんだ」
バイスが目の前に立っているミコトに笑いかけると、ミコトは白い頬を赤くした。
「思い出すな。舟を盗ろうとして失敗した。浜の光を受けて倒れた。バイスに助けられた。良い思い出とは違う」
勉強熱心なミコトは、バイスと出会った頃より格段に話ができるようになっていた。光に弱いミコトの周りには、ハデスの操る霧が光を遮るように渦巻いている。
「この下だ」
ミコトが海に面する急斜面を軽々と下りていく。ほとんど崖と言っても差し支えない所を、バイスも慌てて下りていく。
斜面を下りきり、視界が開けるとそこにはすぐ目の前に海が広がっていた。
浜辺が無く、膝まで位の高さがある岩棚を降りると、すぐに海面になっている。
「私が作った「いかだ」だ」
海面には、丸太を植物の蔓で繋ぎ合わせた「いかだ」が浮いていた。
「こんな舟、海を渡れない」
「でも、すごいよ。こんなに太い丸太運ぶのは大変だったでしょ。見せてくれてありがとう」
「いかだ」はずいぶんがっしりとした丸太で作られていた。バイスとミコトが試しに乗ってみても沈まない。乗る時、少し揺れはしたが二人分の体重を受け止めている。
「せっかくの自由な時間。バイスは、なぜこれが見たい言った?」
「僕が来る前、ミコトが何をしていたのか気になったんだ」