1.供物は小船に乗って
雲ひとつ無い青空と、光を軽やかに乱反射する海が広がっている。
ユラユラと小舟が揺れていた。
少年が一人と屈強な漕ぎ手が二人で島に向かっている。
「ねぇねぇ、雲が一杯だ。下に落ちてきたの?」
もうすぐ十七歳になろうかという少年が、幼い口調で喋った。
だいぶ近くなった島は、今や視界一杯に広がっていた。
島全体が、濃い靄に包まれている。
しかし、少年の目から見れば、それは空に浮かんでいた雲の塊に見えた。ああ、だから太陽があんなに光っているのか、と思う。
不安で漕ぎ手の服の裾に手を伸ばし掴むが、すぐに振り払われた。
「あれは霧です」
まるで霧が出迎えるかのように、舟の近づく辺りでうごめいている。所々にしか緑は見えない。
島に近づくにつれて霧が濃くなり、辺りが見えづらくなる。
――やがて、小舟が浅瀬の砂に乗り上げて静かに止まった。
「鬼神様、供物をお受け取りください。お怒りをお静めください」
「今度は族長のご長男様だ。さぞかし鬼神様も喜んで下さるだろう」
漕ぎ手は舟を降りないまま、少年を島の方へ押しやる。
「大丈夫。僕、ちゃんと鬼神様に食べられるように頑張る。ここまで、ありがとう」
少年はこの日の為に、幼い頃から牢獄に居られたまま育ってきた。
牢獄を出られたのは、この小島に住むという鬼神様に食べられる為だった。そうすれば鬼神様の怒りが晴れて、海がまた穏やかになり、作物もよく実り家畜も肥える。皆が幸せに暮らせるのだ。
それが良いと、自分たちの神様が教えてくれたのだ。
少年は、着てきた真っ白い長衣を汚さないように砂浜を一歩一歩進んでいく。自分の黒い目と髪に映えるようにと、母が織ってくれたものだった。
「申し訳ありません、バイス様」
「鬼神様に出くわさない内に行こう」
少年に向かって深く頭を下げた漕ぎ手の一人を、もう一人が強く引っ張る。
漕ぎ手は、少年・バイスに背を向け、自分たちの住む島に向かって漕ぎ出す。